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ヒトの伝説  作者: Glucose-One
第4章 とある亜人族の子供 1890ー
17/17

第17話 出会いの時

【ルベリオルンでアール魔化鉄道橋 開橋】

 関係者「魔風による落橋事故に終止符を打つ」

  ― ラーザルン・オブザーバー紙 1890年3月4日


――――――――――


〈〈1890年 ベルオクス=ウェルリオ共和国連邦

ベルオクス共和国領ラーザルン 西ラーザルン州〉〉

朝、ディストは読み途中の本を閉じる。

もう何度も繰り返し読んだ本だから、

自分がどこまで読んだか記録しておく必要はない。

続きから読んでも、最初から読んでも、

もはや感じ方は変わらないのだ。



ディストは絵本を本棚にしまうと、

アファルイーと一緒に教会に向かう準備を始める。

聖術を用いて、体と服を順番に綺麗にし、

最後に身なりを整えれば準備は終わる。


アファルイーの体格には変化がみられないが、

ディストは違う。

既に6, 7歳の体格だ。

この地に移住してきた2年、かなり成長した。

もっとも、その体の成長速度は歪であり、

実年齢の4歳に対して成長しすぎているが。


「行きましょう」


アファルイーはそう小さく呟くと、

ディストと手を繋いで家を出る。

その際、今朝の新聞を手に取るのを忘れてはいけない。


――――――――――


『今日もお願いします』


教会での礼拝を済ませたアファルイーはそう言い、

颯爽と教会を離れる。


残ったディストは修道女に連れられ、

お馴染みの部屋に向かう。


もう修道女の顔を見るのは止めたし、

何か言われることもなくなった。

だから気を病むことはない。



ディストは部屋の隅にもたれかかり、

今朝の新聞を床に広げる。


広げたのはラーザルン・オブザーバーという地方新聞だ。

西ラーザルンで購読できる新聞の中で、

最も安いのが良いところだ。


【ルベリオルンでアール魔化鉄道橋 開橋】

 関係者「魔風による落橋事故に終止符を打つ」


ディストは第1面の記事を読み進んでいく。

正直なことを言えば、良く分からないことが多い。

ただ、分かることは着実に増えている。

とはいえ、それが本当に「分かった」と言えるのかは確かめられないが。


「…土地制度改革」


今度は先ほどとは毛色の違う記事が出てきた。


何やら急速な都市化が都市環境を悪化させているらしく、

本国の首相が動いているらしい。

ディストの知識では、文面以上の情報を読み取れないが、

ともかくそういうことらしい。


この教会付近の小さなこの教会付近の小さな建物の数々や広大な農地のことを考えれば、

「都市化」とやらがどう環境を悪くするのかさっぱり分からない。



ディストは視線をずらし、別の記事に目を移す。


そんな時。

激しく、それでいて静かな足音が聞こえる。

まるで何かから逃げているかのような足音だが、

謙虚さの足りない走り方をしているのだろうか。

足が床につく度、かなりの振動を伴っている。

これでは静かな意味がない。



ディストはその足音が徐々に近づいていることに気付き、

新聞を読むのを止めて扉付近に立つ。


この教会で預けられるようになってからの2年間、

非常に単調で窮屈な時間であったが、

それに彩りを与えるかのように、

冷やかしに来る子供がいくらかいた。



ディストは腕を組み、

冷やかしに来たであろう子供を待ち構える。


そして、とうとう扉が開け放たれた。


「ここには———」


ディストは注意しようとするが、

不思議なことに気付く。


部屋に入ってきた小柄な少女はディストの存在に気付いていない。

その服はよれよれで、

その顔を後ろからのぞく限り、

薄汚れている。


「——ねぇ」


ディストが声をかけると、

少女の肩は飛び上がる。

声にならない悲鳴を上げ、

入ってきたときのような勢いで部屋を出て行った。



ディストは呆然と自分の体を眺め、ため息をつく。


――――――――――


アファルイーが教会から戻ってくると、

ディストは新聞片手に教会を出る。


「仕事はどうだった」


ディストがそう言うと、

アファルイーは暫く間を置いて口を開く。


『家に戻ったら話すわ』


アファルイーは非常に不機嫌な様子だ。

ディストはその見慣れた姿を一瞥し、

すたすたとアファルイーについていく。


――――――――――


移住してしばらくして、『亡命精霊人としてのアファルイー』は町でかなり知られるようになっていた。

植民地の田舎の町らしくなく、

彼女はそれなりに受け入れられた。

それと言うのも、ベルオクス人と精霊人の間には良好な関係が築かれた歴史がある。

それは例えば、魔王大戦以前の宗教面での交流、

魔王大戦中と戦後の相互支援などだ。


実際、9年前に中央大陸で内戦が起きると、

ベルオクスは多くの亡命精霊人を受け入れるようになった。

だが、この数年で雲行きが怪しくなった。

長期化し始めた内戦は、精霊人族のナショナリズムを刺激した。

結果、中央大陸内では精霊人族を至高の人型種族とする言説があふれた。

そうなれば当然、他種族を卑下する言説も現れる。


ベルオクス国内では、

好況不況に関わらず精霊人に莫大な支援をすることに批判が集まっていた。

結果、親精霊人族の風潮は一転し、

各種メディアは精霊人族のあらゆる言説を取り上げ、

反精霊人族的な世論を作り上げた。

最近になって、そうした風潮が本国から離れた地であるここ西ラーザルンまでやってきて、

事態は一変した。


アファルイーを見る目はがらりと変わり、

仕事探しは困難を極めた。


面接すら断られるのならまだしも、

店への出入り禁止とまで言われることが増えた。

アファルイーはみるみる内に孤立した。



だが、幸運の風も吹いた。

この町の聖学校がアファルイーの経歴を買い、

聖術学の講師を依頼したのだ。

おかげで生計の数字が赤くなるのは防げたが——


「そもそも人族に聖術は無理だわ」


アファルイーは日毎に強くなっていく口調で愚痴を言い始めたのだ。

癇癪を上げるような雰囲気ではないが、

部屋の空気感は完全に死んでいる。


ディストは本を置き、

死んだ目でアファルイーの顔を見て話しを聞いている。

最低限聞いていれば、その愚痴の矛先が自分に向くことはないと考えたのだ。


だが、いつかは自分も攻撃されるような気がしていた。

アファルイーとディストがルベリオルンへ行くための手続は遅々として進まず、

2人に向かって吹く逆風がますます強くなっている。

アファルイーが爆発する日もそう遠くない。


数年前、アファルイーが嬉々として語っていたベルオクスでの生活は、

もはや魅力どころか現実味を失っていた。


――――――――――


翌日。

昨日と変わらない生活を始める。


朝、教会へ行く準備を始める。

準備が終わると家を出て、今朝の新聞をとる。

それを片手に教会につくと、

蔑視まるだしの修道女の誘導のもとで部屋に向かい、

そこでひたすら時間を過ごす。



ディストは退屈な気分のまま、

半開きの目で難解な新聞を読み進める。



何やら、ラーザルンの植民地軍が快進撃を続け、

植民地の拡大に成功したようだ。

その地は「沿ラーザルン」という地だそうだ。

ベルオクス本国による植民地化に伴う『土地整理』によって故郷を抜け出した蜥蜴人族が多くいたらしい。

新聞によれば、今回の軍事作戦の成功により、

名実ともに蜥蜴人族はベルオクスの『保護』下に入ったそうだ。


ディストは勢いよく記事を読み進めていく。

記事の後半では、今後の植民地獲得の推測が述べられていて、

ようやく大陸中央部への進出が本格化していくことへの期待が述べられている。



ここで語られている大陸中央部がどんな様子なのかは分からない。

だが、新聞に書かれていることが正しければ、

『魔王大戦の戦禍を克服できていない非文明的な人型種族』が多くいるらしく、

迅速に『教化』していくことが経済・人道両面で求められているらしい。


ディストは嫌な気分になり、いくらかページをめくる。


そんな時だった。

足音が聞こえる。


ディストは一層嫌な気分になり、

ため息をつきながら立ち上がる。


今度は一体どんな奴は冷やかしにきたのか。

そんなことを思いながら待っていると、

何やらノックの音がした。


「ねぇ、白い亜人の人、

 いるの?」


そんな声が聞こえる。

「亜人」という言葉に嫌な感覚を覚えるが、

何やら会話が出来そうな感じがして、

少しばかり高揚する。


だが、ここからつまらない冷やかしに突入したことなら数多ある。


「——来ないで

 僕はここから出るなって言われてるんだ」

「なら、私が入ればいいのね?」


ディストが「は?」と言う間もなく、

見覚えのある少女が入ってくる。

昨日突然部屋に入ってきて、そして突然出て行った少女だ。


「貴方、ホントに真っ白なのね」

「出て行ってくれ」


そう言いつつも、

ディストは思わず後ずさりしていた。

声も小さかった。


「いいじゃない

 この部屋の周りは修道女が少ないの

 小声で話せば、

 まずばれないわ」


ディストは話したいという気持ちを抑えたが、

それが限界だった。

もう一度出ていけと言う勇気はなかった。


「昨日は御免なさい

 馬鹿な男子達に追いかけられていたの」

「……それは災難だったね」

「貴方の話、聞いたわ

 ずっとここにいるのね

 白い幽霊だなんて言われてるみたいよ?」


ディストは黙る。


「ねぇ、ちょっと話さない?

 同年代の子達は馬鹿ばかりで話が通じないの」


少女がそう言うと、ディストは小さく頷く。


「そ、良かったわ」


――――――――――


少女は適当な場所に座ると、

まっすぐにディストを見つめる。


「それで、あなたなんていう亜人なの?」

「亜人じゃないよ

 ……一応、精霊なんだ」

「精霊?

 バカみたい

 ならその体は何?」

「有機精霊の類らしいよ

 僕も良く分からないんだ」


ディストは俯きながら言う。


「人と話す時は目を見なさいよ

 陰気な男子ね」


ディストは一層俯く。


「最近、町に精霊人族がいるとかなんとか聞いたけど、

 あなたはそういうのなの?」

「まぁ、そういう感じだね」

「そ、まぁ、白い精霊人族ってことでいいわ」


少女は満足げな表情で言う。


「あなた、随分と話し方が大人っぽいけど、

 白い精霊人族はそういう種族なの?

 それとも、そういう『特殊技能』を持ってるの?」

「『特殊技能』?」


ディストは思わず素っ頓狂な声を出す。

新聞ではいくらか見かけたことはあるが、

漠然とした意味で直観的に理解しているだけだった。


「……『特殊技能』のこと知らないの?」


知らないというわけでもないので、

ディストは微妙な反応をする。


「残念な知識量ね」


少女がそう呟くと、ディストは渋い顔をする。


「『特殊技能』ってのは、鑑定学の概念よ

 才能とはまた違う特殊な力なの

 義足みたいないものよ

 本物の足ほど繊細なことはできないけど、

 本物の足より頑丈で確実な働きをしてくれるの」


その「義足」の考え方にはいくらか疑問が残るが、

疑っても仕方ない。


「私ね、成熟速度が上がる『特殊技能』を持っているのよ

 かなり強度の高い『特殊技能』なの」

「……僕の場合は多分、種族的な力だろうね」

「そ、人族もみんなそんな感じだったらいいのにね」


ディストは頷くことも首を横に振ることもしないまま、

微妙な反応をする。


「貴方歯切れが悪いわね

 それも種族的特性かしら」


少女は突然立ち上がって言う。


「ばれない内に元の場所に戻るわ

 あなた明日もいるでしょう?

 今度は早く来るから、

 もっとマシな会話が出来るよう妄想でもしてなさい」


少女は静かに立ち去った。

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