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ヒトの伝説  作者: Glucose-One
第3章 ディストルン・エイファリオンという子供 1888ー
15/17

第15話

蜥蜴人族。

古代より、

北方大陸中央部にある世界最大の湖、

ヴァラン湖で生活してきた人型種族である。


種族元来の優れた身体能力、

人族に劣らない知性、

部族単位で有する、優れた『特殊技能』。

そして、何より特筆すべき政治的野心の無さ。


かの超古代文明の発生から崩壊に至る空前の混乱期から、

ベルオクス王朝成立に伴う過酷な種族対立に至るまで、

蜥蜴人族はその孤立と独立を保ってきた。


しかし、16世紀後半から本格化した産業革命と

同時期に起こった第2次魔術革命が世界の在り方を変えた。

世界は相変わらず実力至上主義だったが、

その「実力」の内容が変わったのだ。

もはや、種族的特性だけで

他種族に優越する時代は終わったのだ。



熟練の蜥蜴人職人が、

その特有の優れた身体能力と『特殊技能』を用いて

いかに手早く優れた製品を作ったとしても

意味を成さない。

早朝、過酷な労働で疲れ果てたベルオクス人労働者が、

機械化された工場の始動ボタンを押すだけで、

遥かに安定した品質の製品を遥かに大量に作ることができるのだ。



こうして蜥蜴人族の優位性が急速に損なわれる中、

かの大災厄が大陸を襲った。


そう。

17世紀から200年に渡って続く魔王大戦だ。


魔人族の種族的に格上の身体能力、

工業的に格上の技術力。

これらに圧倒された蜥蜴人族は

あえなく服属することになる。



やがて、召喚された異世界人を筆頭とする国土回復運動が盛んになると、

蜥蜴人族は人族や獣人族の手によって魔人族から解放された。

そして、待っていたのは新たな圧政だった。

冒険者組合である。


だが、戦後に冒険者組合が財政破綻で崩壊すると、

蜥蜴人族は200年ぶりの自由を手に入れた。

しかし、荒廃した故郷と、

そこに住む困窮した蜥蜴人達にとって、

その「自由」は重荷だった。



現在、彼らは人族の一国家の植民地の原住民として扱われている。

新たに提唱された種族ヒエラルキーのもと、

遥か格下の劣等種族としての身分を享受していた。


――――――――――


町の僻地に簡素な住宅街が伺える。


先祖から代々受け継いだ土地をベルオクス人に「譲り」、

住処を失った蜥蜴人達が流れついたことで出来た町だ。



アファルイーとディストが今いる町には、

種族によって生活空間を分ける規則はない。

だが、それは別に、

この地の原住種族である蜥蜴人族と植民者たるベルオクス人が

仲良しこよしで隣あった家に住んでいる、

ということを意味するわけではないのだ。


2者の間には歴然たる経済的格差が存在する。

ベルオクス人が雇用者と被雇用者の2種類に分けられる一方で、

蜥蜴人族には被雇用者の1種類しかいない。



身体的に勝る蜥蜴人族ならば、

その場でベルオクス人を制圧し、

あるいは殺すことも出来る。

だが、その結果として生じる解雇や、

執念深い保安官による「指導」のことを考えて、

蜥蜴人の多くは殴られながら頭を下げるのが常である。


そんな彼らは

西ラーザルン社会の下層に位置づけられているわけだが、

必ずしも不満というわけではない。

何故なら、同族の大半が半奴隷としてベルオクス人に「所有」されている現状を

よく理解しているからだ。

ベルオクス人の下層に位置するのなら、

蜥蜴人族における中層に位置することは間違いない。




だが、物事には必ず例外が存在する。

アファルイーとディストがいるベルオクス人住宅街の外縁、

いわゆる蜥蜴人族住宅街の奥地にある、

とある豪邸の存在がまさにそれだ。


その豪邸は、

蜥蜴人族には馴染みのない「聖天」様式の建物で、

純白の外装が施されている。

周囲には本国ベルオクスから取り寄せた得体のしれない植物と

不自然なまでに整えられた芝生で覆われる、広大な庭に囲まれていた。


内部には、

同じく本国ベルオクスから取り寄せた

見慣れない1流調度品の数々がある。

食事の時間になれば、

とても食べきれない量の料理が食卓に並ぶ。

口に合わなければ、あるいは食べ残せば潔く廃棄する。


住人の身の回りの世話のために、

多様な部族を源流に持つ蜥蜴人族が駐在している。

中には警備員も含まれる。

彼らは等しく屈強な姿で、

装備は一流品だった。




そんな豪邸の主の名はライゼル47世。

数百年に渡って続いたライゼル族の族長である。



60年ほど前、彼の祖父は、

冒険者組合が財政破綻と共にラーザルンから撤退するのに乗じて、

莫大な土地と財産を得た。

彼の直系の子孫であるライゼル47世は、

当然それらを受け継ぎ、

この地における圧倒的な財と力を成していた。


だが、それは20年ほど前に崩れた。

ラーザルンの地下資源を目当てにやってきたベルオクス人が

全ての元凶だ。


そのベルオクス人は、

紳士的な笑みと野蛮な手段を巧みに用い、

ライゼル47世にとある契約を迫った。

文字の読み書きが出来なかった彼は、

その契約の詳細を知らないまま、

やむなく「×」印を署名代わりにした。



そして、ライゼル47世は全てを失った。

土地も。

財産も。

それらに伴う「族長」としての権威も。


やがて、ラーザルン全土がベルオクスの植民地になると、

彼は植民地政府から「公爵あるいは侯爵に相当する地位」を認められ、

平均的なベルオクス人の年収の1万倍の年金を提示された。


困窮の極地にあったライゼル47世はその提示を呑み、

蜥蜴人族のみならず、ベルオクス社会でも上位の富豪になった。



だが、その莫大な金が、

彼の先祖が数百年に渡って連綿と受け継いできた「族長」の位に勝るものなのか。

その問いは、

ライゼル47世という一人の蜥蜴人を壊すには十分すぎるほどの重みがあった。


――――――――――


〈〈1888年 ベルオクス=ウェルリオ共和国連邦

 ベルオクス共和国領ラーザルン 西ラーザルン州〉〉


20年来の失意の中で堕落したライゼル47世の元には、

彼の世話をする使用人以外、殆ど誰も残っていなかった。


彼の数多いる妻の全員が、

子を産むとすぐ、

莫大な金を受け取り、

ラーザルン各地で優雅な暮らしを始めた。


そして、数多いる実子たちは、というと、

父の立場とその財産を元手に、

植民地政府のそれなりの地位に食い込み、

各々の人生を歩んでいた。


現在、彼と同じ建物に居を構える親族と言えば、

生まれて4、5年になる一人の子供だけだった。

彼を生んだ女性は既に、

生涯に渡る放蕩生活に耐えるだけの金を得て、

どこか遠くの地に移り住んでしまっていた。

残っている小さな子供の鋭い眼差しを見る限り、

彼がこの家を出るのも時間の問題に思える。


「外出して参ります」


蜥蜴人族だから、と言うべきか、

4、5歳ながらも、

その子供の足腰はしっかりしていて、

張りのある声をしている。


目元の青痣や、

体中に散見されるぼろぼろの鱗、

一部分の肌がむき出しになった足元。

まさしく、

昨日、正体不明の子供ディストと出会った、

ラインその人だった。



ラインは行く当てもなく家を出て、

広い庭を無造作に闊歩していき、

すぐに敷地を出た。


その後、見覚えのある道を歩いていく。


家の敷地から一歩出ただけで、

風景はがらりと変わる。

建物のサイズは何倍も小さくなり、

建物の様式から清潔感に至るあらゆるところで全くの共通点がない。



やがて、住宅街を抜けて荒野に着くと、

ラインは適当な場所に座る。


100年ほど前に魔人族が放った新型爆弾、

いわゆる『魔素爆弾』の影響が抜けきれておらず、

この辺り一帯の土地は死んでいる。

植物が育たたないから、

当然動物もいない。

土にしみついた高濃度の『魔素』の影響だ。


どうしても自然を回復させたいというのなら、

大陸西部の凶悪な魔植物を持ってくるしかない。



そんな地で、ラインはとある練習を始める。

魔力操作の練習だ。


彼は、魔素から魔力を生み出せるようになる『特殊技能』を持っている。

いわゆる『魔素適正』や『魔力適正』といわれる代物だ。

だが、魔力といった法術に繋がる類の能力は

蜥蜴人族内では嫌悪の対象となる。

持っているからといって直ちにどうにかされるわけではないが、

使わないよう言われるのが常だ。


だから、ラインはこんな荒野にまで来て、

こそこそと魔力の練習をしていた。

一定の成果はあるものの、

彼には魔力や魔術に関する何の知識もないし、

知識を得るような機会も勿論ない。


練習の成果は、

ライン自身の勇敢さや情熱に反し、

客観的に見れば遅々としたものだった。



ラインは目を瞑って唸り、

あれこれと苦悶しながら体を色々な方向にねじる。


やがて、何とか体内で魔力を生み出し、

それを体外に放出する。


この秘密の練習を始めて1年で、

これが一番の成果だった。



ラインはこの動作を何度も繰り返し、

体外に放出する魔力を増やしていく。

深呼吸によって肺がパンパンになるのと感じを覚え、

ラインは魔力放出を止める。


それなりの量になった魔力を、

今度は凝縮しようと試みる。

何の特性も持っていない魔力の塊だが、

凝縮さえできれば、

ベルオクス人の小説にあるような、

『火球』や『水球』のようなことが出来るのでは、と信じていた。




そんな時、ラインの試みは一気に無に帰す。

集中が途切れたのだ。


「ライン!」


白髪白瞳白皙。

不気味な子共が一人、

ラインの後ろから肩をとんとん、と叩いたのだ。


「お前……!?」


ラインはこれ以上ないほどに顔を歪め、

その名を思い出す。


ディストルン・エイファリオンという名を。

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