第13話
朝になると外に出て、幾人かの生徒と交流する。
彼らが学校にいく時間になると、
教会の庭園の一目のつかないところでうろうろしたり、
何かを眺めたりする。
日が落ちてきて生徒が学校から戻ってくると、
生徒と再び他愛ない交流をする。
スヴェンがいれば、
真っ先にスヴェンの元に行って話す。
やがて、寮の門限が近づくと庭園からは生徒がいなくなり、
かわって幾人かの大人達が行きかうようになる。
大人に見られるのは避けろと言われているため、
アファルイーの部屋に戻る。
戻ると、アファルイーは相変わらず勉強していて、
ごくたまに会話をする。
そんな繰り返しの生活を過ごして、
既に1か月が経っていた。
――――――――――
〈〈1888年 ベルオクス=ウェルリオ共和国連邦
ベルオクス共和国領ラーザルン 南ラーザルン州〉〉
窓からの陽射しによって、朝が来たことに気付く。
さらに、時計を見て生徒が起きる時間であることを確認して、
子供は外に出る準備を行う。
といっても、する準備などたいしてない。
彼は服を一着しか持っていないのだ。
アファルイーによれば、中央大陸で生まれた時、
最初に着せてもらった服だそうだ。
それ以来、聖術を用いて洗浄・修繕を繰り返している。
決して新品のような見た目ではないが、
聖術を使った甲斐があって、状態はすこぶる良い。
子供はいつものように身だしなみを整え、
問題がないことを確認する。
だが、今日はいつもと違う。
どこか違和感があるのだ。
それは自分の体に対して、
それとも服に対してか。
少なくとも、どこか体がむずむずするような感覚がするのだ。
「ねぇアファルイー
むずむずする」
アファルイーは常に机に向かって勉強をしているが、
話しかければ答えてくれる。
「変って、何が?」
「なんか変」
ディストルンはぐるっと一周した後、
再び身だしなみを整える。
それを見て、アファルイーも違和感を感じ、
子供の姿をいろんな方向から見る。
「……もしかして、
体が大きくなったのかしら」
一体どういう原理か、
子供は生まれた時から3、4歳の体を持っていた。
その体は生命活動を行っているだけあって、
しっかりと成長していたのだ。
もちろん、不規則な成長ではあるが。
「頼んで、教会から新しい服を貰いましょう
とりあえずそれで我慢しなさい」
子供は頷き、部屋を出た。
――――――――――
外に出ると、幾人かの生徒の姿が見える。
子供の白い体はよく目立つため、
すぐに視線が集まる。
だが、以前のように注目の的となることはない。
殆どの生徒がすぐに視線を元の場所に戻す。
そんな中、子供は後ろから声を掛けられる。
「ディスト!」
子供は、そのなじみのない単語に反応する。
振り向けば、お馴染みの制服を来た生徒の姿があった。
顔は何となく見たことがある気がするが、
名前は分からない。
あるいは、覚えていないだけか。
「僕のこと?」
子供がそう言うと、生徒は苦笑いをする。
「そのくだりはいいよ
名前が決まったの知ってるんだから」
それを聞き、子供は実感する。
自分は、ディストルン・エイファリオンという名前を得たのだ、と。
そして、周囲の者からは略してディストと呼ばれているのだ、とも。
ディストと呼ばれ、
それが自分の事か、と聞くのは、
名前が決まって以来、何度も繰り返している。
だが、その度に興奮に近い感覚を感じていた。
子供は意気揚々とした表情をする。
「何?」
「この法具に聖力を込めて欲しいんだ」
「分かった」
子供は用途の分からない法具を受け取り、
そこに聖力を込める。
ここ最近、この手の頼みを生徒からされることは多く、
随分と手慣れてきた。
「はい、満タン」
法具にこれ以上聖力が入らないことを感じ、
子供は法具を返す。
「おお、助かる!
これ代金」
生徒はそう言うと、子供の手にいくらかの硬貨を握らせ、
すぐに立ち去ってしまう。
貨幣価値に疎い子供には、
それがどの程度の金額なのかは分からない。
いつもと同じ種類の硬貨が同じ枚数だけあるのを確認するので精一杯だ。
とはいえ、子供は聖素から無制限に聖力を生み出せるため、
法具に聖力を込める程度、
対価を受け取るだけの消耗にもなっていない。
もちろん、無制限に聖力を生み出せるだけであって、
無限の聖力を一度に生み出せるわけではない。
子供が一度に生み出せる聖力量は微弱で、
それを超えるような力の使い方をすれば、
当然相当程度の消耗はするに違いない。
もっとも、そんな状況の想定が必要な環境にはいないが。
子供は硬貨をズボンのポケットに突っ込み、
庭園を歩き回った。
――――――――――
朝、生徒が庭園でたむろする時間が終わり、
大人達の出入りが活発になる。
子供はアファルイーのいる部屋に向かい、
部屋で何をしようかと悩む。
「ただいま」
そう言って部屋に入ると、
珍しく、グリムン以外の者がいることに気付いた。
聖父パウルだった。
『ディストルン、座りなさい』
アファルイーがノイズ混じりのベルオクス語を使う。
「どうしたの?」
『今後の見通しがたったのよ』
「そうなの?」
子供はアファルイーの隣の席に飛び乗る。
「こんにちは
久しぶりですね」
パウルが笑顔で子供に言う。
子供にはパウルに関する記憶があまりない。
記憶の中では印象が薄いのだ。
ただ、大きな灰色の瞳は特徴的で、
目につく。
「お二方が町を出る用意が出来ましたので、
それを伝えにきました」
町を出る?
そう思いつつも、
子供はじっと聞く。
「ここはベルオクス人居住区でして
この1か月ほど、
お二方には大変な不便をおかけしました
少し前にも、予想したほどではありませんが、
亜人族の居住に関する講義もありましたから、
中々平穏な状態ではいられませんでした
そこで、居住に関して種族の制限がない、
西方の町に確認を行っておりまして
ようやく承諾の旨の返事を頂いたんです」
『すぐにでも出発できるんですよね』
「えぇ
馬車は手配してあります」
アファルイーは全く動じることなく、
いつも通りの無表情だった。
最近だと、どこか冷たい表情をすることが多くなったが、
それほど変わりはない。
一方で、子供は自分でも分からない理由で動揺してしまい、
あたふたと2人の顔を交互に見る。
「今日?」
思わず声に出る。
『えぇ
随分長いことここにいたでしょう?
早く出ましょうね』
特段の不平はない。
少なくとも思いつかない。
それでも、アファルイーの言葉を拒絶したくなる。
だが、肝心のその気持ちを言葉に表せない
それを言葉に出すことはおかしい、
という感覚すらあった。
「さぁ、教会の裏口に馬車を停めてありますから」
パウルは笑顔でそう言って立ち上がると、
アファルイーも立ち上がる。
片手にはそこそこのサイズの鞄があった。
整頓された机を見るに、
筆記用具やノートの類が入っているのだろう。
「もう行くの?」
『あぁ、新しい服のことなら問題ないわ
向こうの町に着いたら、
好きなのを調達しましょう』
アファルイーは笑みを浮かべる。
その笑みは子供の目に酷く不自然に映った。
だが、子供にはどうすることも出来ず、
しぶしぶアファルイーについていき、
馬車に乗り込んだ。
馬車の中はそれなりに広く、
子供の心の中にあった、
どことない虚しさが強調されるような感じがした。
『今までお世話になりました』
アファルイーは馬車の窓からパウルに向かって一礼する。
「また何かの縁でお会いできることを祈っています
では、よい旅を」
パウルが言い終えると、
馬車が走り出した。
子供は何も言えず、
ただ外を眺めるしかできなかった。
そんな時だった。
馬車の窓から、教会から学校に向かう通りがかすかに見えた。
そこに、特徴的な人物がいたのだ。
青髪青瞳、色白の肌。
服は南4校のものだ。
子供は、それがスヴェンだと確信した。
どうしようもなく悲しくて、
その悲しさが理解できなくて、
子供は最後までスヴェンの姿を目に焼き付けようと、
必死にその姿を追った。
そして、建物に隠れて見えなくなる瞬間、
そのスヴェンと思しき人影が立ち止まった
そして、顔がこちらを向いた。
子供は驚いて、
苦しくなって、
すぐに窓の縁に隠れた。
次に外を見た時、見慣れた人物は誰一人していなかった。