表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒトの伝説  作者: Glucose-One
第2章 とある子供 1888
11/17

第11話

冷めきった気持ちのままで呆けていると、

数日が経ってしまっていたという。

そのことに恐怖心を抱くも、

訪れた急展開はそれを忘れさせた。


そんな混乱するアファルイーをさらにかき乱すように、

顔を紅潮させたベルオクス人は

色々な話を振ってきた。

経歴や、

この地にきた経緯、

近況などだ。


アファルイーには答える気など毛頭なかったが、

全てを突き返しては悪い。

そこで、ベルオクス語を学ぶ意欲がある、

という何にもならない情報だけを与えた。


こうすれば帰ってくれると思ったがその矢先、

事態は一変した。


『ベルオクス語?

 よければ、

 私が教えますが』


一体どんな思惑があってか、

その男は、

アファルイーのベルオクス語学習を承諾したのだ。


「そういわれても、

 対価を払えませんよ」

『……

 ——対価?

 何、そんなものは結構ですよ』


つまり、その男は無償で

アファルイーにベルオクス語を教えるということだ。


こんな都合の良い話があるものか。

アファルイーはそんなことを思ったが、

男の目は本気だった。



アファルイーは少しだけ姿勢を正して聞く。


「もう一度お名前を伺っても?」

『もちろん

 ティム・グリムンです』


アファルイーは呆然としたまま頷いた。


――――――――――


〈〈1888年 ベルオクス=ウェルリオ共和国連邦

 ベルオクス共和国領ラーザルン 南ラーザルン州〉〉

教会の庭園に白い子供の姿があった。

その目の前には2人の生徒がいて、

離れた場所からは

別の生徒がこちらの様子を覗いていた。


本来であればもっと堂々と注目を浴びるはずだが、

時間は放課後。

生徒の大抵が図書館で自習するか、

もしくは屋外で遊んでいる場所だ。

場を騒がしくするようなタイプの生徒はこの時間、

基本的に教会の宿舎近くにはいないのだ。


そんな静かな空気が漂う中、

生徒の1人は興奮気味に言う。


「なぁお前、

 精霊ってのはマジなのか?」


それはスヴェンの親友、デーアの声だった。

隣にはスヴェンの姿もある。


ベンチに腰掛ける子供を前に、

2人は聖術で形作った不格好な土づくりの直方体の上に座っていた。


「そうだよ

 精霊だよ」


デーアはうなり、スヴェンが手に持つ本を覗く。


「なぁ、その本には何か書いてないのか?」

「さっぱりだ

 というか、

 血の通った体を精霊が持つことを

 真向から否定してるよ

 たった一文でね」


スヴェンはため息まじりに言うと、

本をパタンと閉じる。



その本の題は『精霊概論』。

北方大陸で流通する、

精霊をベルオクス語で論じた数少ない著書の一冊だ。

だが、目の前の子供の存在がその本の信憑性を一気におとしめている。

あるいは、その子供が例外中の例外なのか。


「なぁ、腕触らせてくれ

 脈をはかりたい」


子供は手を差し出すと、

デーアは裏返して手首に指をあてた。

肌からは生気のこもった暖かさを感じるし、

確かに脈打ってもいる。


「そうむやみに触るんじゃないよ

 それより、その体はどこからきたものなんだい?

 表現は悪いけど、

 もともとは誰かの体だったりしないのかい?

 精霊が後天的に体を手に入れた、ってことなら

 一応は納得できるけど……」

「生まれた時からあったみたい」

「それは、例のアファルイー

 ——さんが言ってたのかい?」


子供が頷くと、

スヴェンとデーアは顔を見合わせる。


「スヴェン、ふと思ったことがある」

「なんだい?」

「『人の体を持つ精霊』なんて、

 全国の研究者を総動員して研究するようなことだと思わないか?

 こんな辺境で、

 適当に野放しにしていい奴だとは思えないよ……」


スヴェンは子供のほうに視線を戻す。


「でも、ゆくゆくはルベリオルンに行くんだろう?」


子供は「うん」と言って頷く。


「それなら、いずれは注目を浴びるさ

 向こうには精霊人のコミュニティーがある、

 って聞くしね」

「この辺りの新聞も、

 こういう特異な存在を報道すべきだろ?

 辺境の地方誌に限って背伸びして、

 斜に構えた報道とか、

 『ルベリオルンにおける流行が~』なんて言うんだ

 これだからダメなんだ」

「でもそんな大々的に報道したら、

 色々と面倒なことが起こるよ」


デーアは黙ってしまう。

その『面倒』な事態が容易に出来た上に、

アファルイーの件を思い出したからだ。


「そういえば、

 グリムンがアファルイーさんにベルオクス語を教える、

 っていうのは本当なのかい?

 放課後、グリムンが教会に向かうのを見た、

 って人がいるみたいなんだ」

「本当だよ

 今も教わってると思う」

「ってことは、すぐ近くにグリムンがいるってことか……」


スヴェンがそうぼやくと、デーアはにやつく。


「お前、グリムンに散々な目にあわされてるもんな?」

「ホントだよ

 勘弁してほしいね

 ところで、

 アファルイーさんはベルオクス語を勉強してる、

 ってことだけど、

 君はなんでベルオクス語も精霊語も話せるんだい?」

「確かに、それは疑問だね

 人族と精霊人族とじゃあ、

 声帯の構造が全く違う

 発音できる音自体に根本的な差があるんだ」

「そういえば、デーアはグリムンの授業取ってるんだったな

 『異言語発話』を学ぶんだろう?」

「そうだ

 『特殊技能』ありきで使ってるくせに、

 それがない俺らが上手く使えないと小馬鹿にしてくるんだ

 たまったもんじゃない」


スヴェンとデーアの話は、

子供にとって何となく聞いていて楽しかった。


子供が笑顔で話を聞いていると、

スヴェンは突然、あることを思いつく。


「……もしかして、

聖法って言語習得にも使えるのかい?」


子供が頷くと、

2人は再び顔を見合わせる。


「とんでもない奴だなぁ

 俺がもしそんなこと出来たら、

 グリムンにぎゃふんと言わせてやりたいね」

「文字なんかも、聖法習得できたりして……」


子供はしばらく考えたが、

直観がそれを否定する。


「ううん、無理」

「どうして?」

「必要ないから」


つまり、必要あれば出来るのか。

デーアがそう小さくぼやいたのが聞こえたが、

子供は反応しない。

スヴェンの提示した仮定に対する答えに

確証を持てないからだ。

だが、2人は子供の沈黙を肯定ととらえ、

ますます眉をひそめた。


「聖法ってのは、

 使う時どういう感じなんだい?」


子供は答えられずに黙ってしまう


「なら、

 この聖法は成功しそう、とか

 この聖法は失敗しそう、みたいな感覚があるのかい?」

「ない

 使う前に

 頭に浮かべた時、

 出来るかどうかわかるもん」


デーアは興味深そうにうなずく。


「じゃあ、聖術とは全く違うわけだな」

「そりゃそうだよ

 聖法はよく、奇跡だなんて形容されるからね」


――――――――――


スヴェンやデーアと別れた子供は

宿舎の一室に向かった。

3階の隅にある、いつもの部屋だ。

聞くところによれば、1・2階は生徒用で、

3階は大人が使っていたり、

来賓用だったりする。

本来は生徒の立ち入りが厳禁の領域だ。

アファルイーの部屋を訪ねてきた生徒が、

どれだけの覚悟を持っていたのかが分かる。

もちろん、それはアファルイーにとって良い結果をもたらさなかったが。


「ただいま」


そう言って部屋に入ると、中にはアファルイーがいる。

机に向かって手を動かしている。

側にはいくらかの本が積まれていた。


つい最近までのアファルイーとは大違いだ。


「ベルオクス語勉強してるの?」


子供が近づいてそう言うと、

アファルイーはやっと子供の姿に気付く。


「帰ってきたのね

 今日は何をしていたの?」

「話してた」

「そう」


アファルイーは簡潔に返事を終えると、

すぐに机のほうを向く。


子供は手持無沙汰になって、

適当な椅子に座る。

疲労がたまりにくい体であるため、

何もしないで、

何も考えないで時間を過ごすことは苦にならない。


子供は壁の適当なところに視線を移すと、

そのままじっとして動かなくなる。

夜が明けて、外に出てもよくなるまでこうするつもりだった。



だが、アファルイーはふと手を止め、

子供に話しかける。


「ねぇ」


子供は、視線をすぐにアファルイーへと向ける。


「何?」


アファルイーは暫くの沈黙を経て言う。


「この数日、私のために動いてくれていたみたいね」


子供は、アファルイーの言っていることがよく分からない。

椅子に座って足をぶらぶらさせながら、

無言でアファルイーの顔を見つめた。


「お礼を言っていなかったわね」


アファルイーは視線を一旦子供から離すと、

やがて立ち上がり、子供の元に向かった。


「ありがとう」


そう言って、アファルイーは子供を抱きしめた。

予想外の展開に子供は戸惑ったが、

何より気恥ずかしくて仕方がなかった。

ただ、彼女を無理に引きはがすわけにもいかず、

じっとそれに耐えた。



抱きしめ終えると、

アファルイーは面と向かって子供に言う。


「ねぇ」

「何?」

「名前を決めるって話

 私から言っておいてなんだけど、

 しばらく待ってちょうだい」

「うん」


子供の返事を聞くと、

アファルイーは再び机に向かう。

だが、すぐには椅子に座らなかった。

彼女にはまだ言うべきことがあったのだ。


「ところでなんだけど、

 ここ数日、

 私何をしていたかしら?」

「何もしてなかったよ」

「……そう」


アファルイーは子供のほうを見ないまま、

ぼそりと頷いた。


その姿は、どこか悲壮感に包まれていた。

第2章 ー終ー

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ