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ヒトの伝説  作者: Glucose-One
第2章 とある子供 1888
10/17

第10話

歴史

文化

経済


多くの面において、

ベルオクスは北方大陸の頂点にある。

西方の帝国や南方で威張っている獣人族さえいなければ、

ベルオクスが覇権国であってもおかしくはない。

実際、かの超古代文明が崩壊して以来、

歴史の大部分で覇権を握ってきたのは

ベルオクス人とウェルリオ人の国家だ。



そんな恵まれた国家に、ある人族の男がいた。

名はティム・グリムン。

いかにもベルオクス人的な名前であるが、

どういうわけか

性格もベルオクス的だった。


熱狂的な帝国主義者

大の亜人族嫌い

ベルオクス人としての過大な誇り

身の丈に合わない正義感


ベルオクス人とは何か。

その質問に対して凡そ出るだろう要素を兼ね備えているのが、

ティム・グリムンその人だった。



彼は、首都ルベリオルンの郊外にあるスラム街の、

とある極貧家庭に生まれた。


父親はグリムンが生まれる前に蒸発していて

居所が分からない。

死んでいるかもしれない。

母親はグリムンを溺愛していたが、

いわゆるお嬢様育ちだった。

金を稼ぐことも貯めることも苦手で、

貧困から抜け出せる可能性は絶無だった。

だが、極端な楽観主義者でもあった。

小指をぶつけただけで涙を流すようなひ弱さだったが、

空っぽの財布や棚を見ても決して嘆かない人物だった。


この性格が遺伝したのか、

それとも家庭環境の影響だろうか。

グリムンは非常に逞しく育った。

道端で裕福そうな人を前にしても、

水たまりに映る、ボロボロの布を被った自分の姿を前にしても

引け目を感じることは全くなかった。

周囲の大人にどれだけ殴られたり罵られたりしても、

母親と自分自身に対する漠然とした誇りがあって、

全く意に介さなかった。



そんな彼は、

成長する中で自分の立ち位置を把握し始めると、

一つの目標を持った。

それは、

いつか家族2人が毎日おいしいパンでお腹を満たせるようになる、

という目標だ。


だが、グリムンはあらゆる教育から縁遠く、

才能を開花させる環境にも恵まれなかった。

具体的な目標を立てる方法も、

それに必要な力をつけるための方法も、

グリムンにはさっぱり分からなかった。


そんな彼に転機が訪れたのは19歳の時だった。

年齢を偽って陸軍に入隊したグリムンは

軍内で能力詳細(ステータス)鑑定を受けた。

彼はそこで、

自分が強力な『特殊技能(スキル)』を所持していることを知った。


その『特殊技能(スキル)』とは、

大気中の聖素から聖力を生み出せるようになる『聖力適正』である。

つまり彼は聖力保持者だったのであり、

聖術士になれる、ということだった。

しかも更に幸運なことに、

彼が持っているのは単なる『聖力適正』ではなかった。

「非常に強力な」『聖力適正』だったのだ。



本来、魔力や聖力といった法力というのは

親から子へと遺伝する力であり、

特殊技能(スキル)』なり法具の補助なりがなければ

使えるようにはならない。

会得できる法力量にも限界があって、

これも親からの遺伝である。


グリムンの人生は不幸な道の上にあったが、

こと『特殊技能』に関しては

比類なき幸運に恵まれたのだ。



軍で年齢詐称による懲罰を終えたグリムンは、

軍で得た奨学金を手に、

聖術士に向けた勉強を始めた。



聖力が遺伝的な力なだけあって、

大抵は生後間もない頃から聖術士になるための勉強を始める。

その点で言えば、

20代が間近に迫る中、

やっと聖術士を目指すというのは

あまりに滑稽な話だった。

実際、グリムンが入学した社会人向けの聖科学校では、

彼はさんざんな扱いを受けた。


だが忘れてはならない。

グリムンという男は決して凡人などではない、ということを。

彼は、「バカ」と言われると「自分はバカなんだ」と思ってしまう男だが、

自分が「バカ」であることに何の劣等感も感じない男なのだ。


グリムンはいわれなき中傷を難なく飲み込み、

すぐに聖術士としての頭角を表した。

俗にいう「紳士」的な態度だったが、

その身振りや容姿がその要素を相殺してしまっていた。

ともかく彼は、

母親と一緒に幸せに生きてく、

そんな漠然とした光景をやりがいの源としていた。



やがて、グリムンは優秀な成績で社会人聖術学校を卒業すると、

再びありったけの奨学金を得て大学に進学した。

大学では持ち前の『特殊技能』を用い、

通常では習得が困難な聖術をいくつもマスターした。

その代表が、『異言語発話』である。


『異言語発話』とは、

自分とは声帯の構造が異なる種族の言葉を話すのに必要な聖術であるが、

習得が難しい。

というのも、この聖術は仮の声帯を聖力で疑似的に作るわけだが、

普通に考えて、

喋りながらそんな高度な聖術を維持できるわけがない。

そのため、『特殊技能』や高度な法具の補助がなければ、

大抵はカタコトにしか話せないのだ。


この壁を『特殊技能』を用いて難なく乗り超えたグリムンは、

高度な聖術の専門書に通じるべく精霊語をマスターした後、

獣人語や蜥蜴語も学んでいった。



こうして、グリムンは聖術士としての輝かしい展望も想像するようになった。


だが、グリムンはやはり不幸な男に違いなかった。

聖力運用能力を伸ばすのに最も適切な時期は10代の成長期であるが、

彼はその時期を、

貧困と無知によって無駄にしてしまったのだ。



通常、聖術士の雇用では聖力量が重視される。

聖術など、大抵は法具があればどうにかなるのだ。

どうにかならないのは、

一部の研究者になったり、

国家レベルの実力者になる時ぐらいだ。

どれも、グリムンに縁のない世界だ。

そんな彼は

どうあがいても平均未満の聖力量しか持てなかったのだ。


確かにグリムンは、

高難度の聖術を扱える。

聖力運用能力も目を見張るほどずば抜けている。

だが聖力を持つ一介の被雇用者という観点で見れば、

彼は少々突出した専門があるだけの

しがない聖術士に過ぎなかったのだ。



彼はいつしか、

未来に輝かしい何かを見出すのを止めた。

そして、周囲に流されるように教育の道へと進んでいった。

が、グリムンは成功を諦めてもなお

逆境から離れることは出来なかった。


貧乏人

三流大学の出

『特殊技能』の持ち腐れ


こうした蔑視にさらされる中、

ついにグリムンは社会に対する不満を抱くようになった。

やがて、不満は自分自身への劣等感へとつながり、

悪循環が始まっていった。

とはいえ、ここで挫ければ自分も母親もくいっぱぐれる。

そう思い、グリムンは生来の精神性で仕事に勤しんだ。


だが、どれだけ強い内部構造を持っていても、

外部の支えが貧弱であれば

強さなどたかが知れている。

ある日突然届いた母親の訃報を見て、

グリムンは瞬間的に膝から崩れ落ちた。



彼は逃げるようにしてルベリオルンを去り、

東方植民地の原住亜人族である、

蜥蜴人族相手に教鞭をとることとなった。


その学校では、


「遅れた文明を享受する亜人族に、

 聖天教の名の元で教化し近代化させる」


という大義が掲げられていた。

いわゆる「ベルオクス人としての責務」のことである。

帝国主義輝かしい昨今、

よく聞く言葉だ。


そんな環境の中、

グリムンは蜥蜴人族に対する蔑視を丸出しにした。

彼は、ふつふつと湧いてたまってきた不満のはけ口を

蜥蜴人族に向けたのだ。

だが、そんなあくどいやり方で

何かが好転するはずがない。

ある時 蜥蜴人族の堪忍袋の緒が

完全に切れてしまったことで、

全てがめちゃくちゃになった。

暴徒と化した蜥蜴人族生徒を相手に、

グリムンは危うく刺殺されそうになったのだ。

命からがら学校を抜け出したグリムンだったが、

学校では死傷者が続出し、やがて崩壊した。

植民地政府軍も一部出動する事態になった。


その後、彼はまたもや逃げるようにして、

植民地内のベルオクス人居住区に移った。

そこで『異言語発話』を使えるという能力を買われ、

教会近くの公立学校で聖術学を教えることとなった。

彼の流暢な精霊語や蜥蜴語は生徒にもかなり好評だった。

教師という身分、

畏怖される立場。

彼はそれなりに充実した生活を送り始めた。

だが、彼には愛すべき者も、

愛してくれる者もいなかった。


グリムンはすぐに、

生活の空虚さに悩み始めた。



こうして、彼が変化のない生活を送る中、

町である噂が流れ始めた。

何やら、南方から精霊人族が亡命してきたという。

おまけに、真っ白な子共を連れているらしい。

嘘にしろ本当にしろ、わけのわからない噂だった。

グリムンは当初、この話にはあまり興味を抱かなかった。

亜人族関連で、

彼は一度大きな失敗をしているからだ。


そんな中、

ある日突然グリムンは、

その精霊人に関する直談判を生徒から受けた。


――――――――――


〈〈1888年 ベルオクス=ウェルリオ共和国連邦

  ベルオクス共和国領ラーザルン 南ラーザルン州〉〉

噂によれば、

その精霊人というのはかなりの熟練聖術士で、

名門大卒であるらしい。


とりわけその精霊人の容姿については評判で、

校内でもそれについて騒ぐ生徒の姿を見かけた。


だが、白い子供が突然ドアをすり抜けるという光景を見て、

関心の矛先は完全に精霊人から逸れていた。


これから目当ての精霊人と話すというのに、

それどころではなかった。





が、グリムンの関心は、

容易に精霊人へと舞い戻った。


「ど、どうも」


金髪青瞳、色白

尖った耳に加えて、

病的なまでに細い四肢。

どれも、その女性が精霊人族であることを示している。


「どうも、初めまして

 聖科学校で聖術を教えている者です」


グリムンの声は震えていた。

それは緊張か、

それともまた別の感情か。


ともかく、グリムンは自己紹介を続けようとしたが、

あることに気付く。

相手の精霊人がきょとんとした顔をしている。


それもそのはず。

その精霊人にベルオクス語が分かるはずがない。


グリムンは咳払いをして、

聖術『異言語発話』を発動する。

授業の際に何度か使ったことはあるが、

こうした形で活用するのは初めてだった。


『ゴホン!

 失礼

 初めまして

 聖術学の教師をやっている者です

 ティム・グリムンと申します』


グリムンは握手を求めようかと思ったが、

とっさに手を後ろに回す。


精霊人族の握手文化についての不安もあったが、

何より亜人族に触りたくないと思った。

ただ、それが本心ではないとうのは、

グリムン自身も何となく察していた。


『突然お邪魔してしまい

 申し訳ありません

 ここ数日、何やらずっと部屋にいる、

 という報告を受けたんです』


アファルイーは状況がよく理解できていない。

2者の間には決定的に気まずい空気が流れていた。


『ところで、お名前を伺っても?』


アファルイーは暫くの沈黙の末、

ぼそりと答える。


「アファルイーです」


それを聞いて、グリムンは思わず鳥肌が立つ。

その声がやけに頭に響くのだ。

決して、精神異常とか聖術とかの類ではない。

単に、グリムンが緊張しているのだ。


『しばらくの間、

 何か異常はありませんでしたか?

 精神的に、体調的に』

「すこぶる元気ですよ

 私は精霊人族ですから」


それを聞いて、子供は思わずアファルイーのほうを見上げる。

アファルイーの言葉は嘘だからだ。

決して元気などではない、

ということを知っているからだ。

この数日の行動は、

精神的に健全な者の姿には思えなかったからだ。


その一方、グリムンの緊張度合いは極限に達し、

気が気ではなくなっていた。


彼の目線は、アファルイーのつま先からその頭上へ、

今度は、頭上からつま先へと目まぐるしく移っていく。


そうしている内に、

彼は自分の顔があつく火照っていることに気付く。

汗が出ているわけでもないのに、

タオルを取り出して首元や頬をぬぐう。

やはり、顔の火照りは止まらない。


彼は異常を感じるも、思わずアファルイーの容姿をまじまじと見てしまう。



真っ白な肢体

異様に赤みがかかった唇

くっきりと見開き、日の光を映し出す碧い瞳

そして、どこぞの旧貴族の肖像画を思わせる、整った顔付き



グリムンは自らのそんな表現を呪う。

心中で思わず恥ずかしくなってしまった。


何とか落ち着こうとするが、

自分の顔がどんどん熱くなっていることを感じる。


『うちの生徒が、

 無断でアファルイーさんを訪ねたと聞きましたが』


アファルイーは答えない。

そのせいで、長い沈黙が2者の間に流れる。

グリムンはどうしようもなくなって、

しばらくアファルイーの顔を見続ける。


そして、彼ははっとする。






ティム・グリムンは、

自分が目の前の精霊人に一目ぼれしたことに気付いた。

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