第六話
人間である。それも全員等しく武装している。
彼らの出で立ちから何者であるか、それを察するのはとても容易であった。
冒険者たちだ。そしてその目的は言うまでもなく、魔王の討伐だろう。
「貴様ら、そこで止まれい!」
「ここがどこか知っての狼藉か!? 命惜しくば早急に立ち去れィ!」
悪魔たちの警告に、男の一人がふっと不敵に笑った。
見るからに装備の質が他と比較してずいぶんといい。
おそらくこの男がパーティーのリーダー格なのだろう、とライシは察した。
「俺たちは勇者一行なんだぜ? だったらここに来たのがどういうことぐらいか、言わなくたってわかるだろう?」
男の口から語られた言葉に、ライシは目を一瞬だけ見開いた。
(勇者、か……実際に見るのははじめてだけど。これは厄介な奴がきたなぁ)
勇者とは、その名が示すとおり勇敢なる者にのみ送られる称号である。
冒険者が数多くの偉業を成したことで送られるこの称号は、いわば冒険者にとっては憧れでもあるのだ。
勇者となることで様々な特典が与えられる他、周囲から敬われるのは約束されよう。
とはいっても、誰しもがそう簡単になれてしまえば今頃この世界は勇者だらけである。
早々易々となれるものでないからこそ、ライシは男たちに強く警戒した。
もし、本当に彼らが真の勇者であるのならば今の自分たちにとっては悪夢でしかない。
きっとこの護衛二人だけでは、どうにかならないだろう。ライシは瞬時にそう察した。
「貴様……ならばここで無様に朽ち果てるがいい!」
「我らに挑んだこと、後悔するんだなァ!」
「あ、馬鹿よせ!」
ライシの制止も虚しく、二つの命が彼の目の前で散った。
彼らも決して弱くはなかった。アモンと比べれば、まだまだ彼の足元にも及びはしないが、けれども護衛を任されるだけの実力は確かにあった。
その二人が目の前でばっさりと斬られた。
おそろしいぐらい呆気なく散った二つの命を目前に、いよいよライシも臨戦態勢に入る。
「さぁてと……って、なんだこのガキ? 見たところこいつも悪魔みたいだが」
「なぁアッシュ。こいつら、悪魔だけどなかなかかわいいんじゃね?」
と、槍を持った男が不意にそう口にした。
「ん~まぁ確かにそうだなぁ。よし、それじゃあとりあえずこいつらは生かしてとっ捕まえておくか。ガキの頃から調教しておけば、将来いい奴隷になりそうだからなぁ」
「は?」
次の瞬間、ライシは地を蹴っていた。
ドンッ、という轟音と共に大量の砂煙を巻き上げて一陣の疾風と化したライシは、たちまち男の懐深くへともぐりこむ。
そして、打った。天を穿つぐらいの気概で槍を持った男の腹部に拳を容赦なく叩きこんだ。
深々と突き刺さる拳を通じて、骨を砕く感触がしかと全身に伝わる。
「ぐげぇぇ……!」
「テメェ……俺の仲間をよくもやりやがったな? テメェはいらねぇ、ここでぶっ殺してやる」
「……俺の勝手なイメージかもしれないけどな? 勇者っていうのはもっとこう、神聖で雄々しくて誰からも尊敬される……そんなイメージなんだよ。それがお前らにはまったくない、ただのチンピラも同じだ。そんな奴が軽々しく勇者だなんて言葉、口走ってんじゃねーよ」
「こンのクソガキがぁ……!」
「アリッサ、エスメラルダ! お前たちは城まで逃げてこのことを伝えろ――アリッサ、お前はお姉ちゃんだ。頼んだぞ」
「で、でもライシお兄様は……!」
普段は姉妹喧嘩で容赦なく魔力を行使するアリッサたちだが、実戦経験については皆無である。
こればかりは致し方ない。何故なら彼女たちはまだうんと幼いし、なによりもアスタロッテが争いから極力遠ざけようとしていた。
命のやり取りをしたことがないアリッサたちは戦力として数えるのは愚の骨頂だ。
それ以前に、自分よりも幼い妹を戦いの場に出すなど言語道断である。
曲りなりなりにも自分が長男だ。一番最年長だから妹を守る責務がある。
やるしかない。ライシはふっと溜息を吐いた。
「俺なら大丈夫だ。だから早く、アリッサはエスメラルダを連れて逃げろ!」
「わ、わかりました……いきますよエスメラルダ!」
「で、でもぉライシ兄上様がぁ……!」
「いいから!」
必死に逃げる二人を横目で見守りつつ、ライシは改めて男たちを見据えた。
お世辞にも勇者とは思えぬ言動を平然と吐く彼らは、やはりチンピラの類にしか思えない。
よくもこれで勇者になれたものだ、とそう思ったライシはハッとする。
まさか、と脳裏に浮かんだ疑問を隠すことなくそのまま男たちに向けて発した。
「お前ら、正規の勇者じゃないだろ?」
「なに?」
「おかしいと思ったのはさっき俺がアンタらの仲間を殴った時だ。仮にも勇者一行だって言うのなら、アンタだけでなく他のメンバーもそれ相応に強くないといけない。だが、ガキの俺のパンチ一発で呆気なく沈んだ……だからこう思ったんだよ、こいつらはもしかして正規の方法で勇者になったんじゃないなってな」
あくまでもこれらはすべて憶測の域を脱しない。
本当に功績を積んで勇者になった可能性も完全に皆無とまでは言い切れない。
しかし、彼らのこれまでの言動からライシはこの仮説を思いついた。
しばらくして、アッシュと呼ばれた男がにしゃりと笑った。
口を三日月のように歪ませたその笑みは不気味であり、外道と呼ぶに相応しい。
「このガキ、なかなか鋭いじゃねぇか」
と、アッシュが得意げに答えた。
否定するわけでもなく、あっけらかんと返答したアッシュにライシはいぶかし気に見やる。
「いいかガキ、よぉく憶えておけ。勇者っていうのはな、単純に強いとかそんなんじゃねぇ。いかに頭を使って賢くのし上がることができるかなんだよ」
「……なるほど、つまりアンタらは奪ってきたわけだな? 他人の功績をあたかも自分たちがしたかのように」
この手の輩は、創作の中ではあるものの度々目撃したことがあった。
自身は一切合切、なんの努力も痛みを背負うことなく甘い汁だけを横から奪いすする。
ハイエナのような人物像に嫌悪感を示す者は多く、それと同じぐらい破滅する様を読者は強く望む。
かく言うライシもそんな読者の一人であり、自分であればこんな手ぬるい真似はしない、などと思いつつも楽しんでいた。
それをよもや、自らの手で遂行することになろうとは果たして誰が想像できよう。
これはいい機会だ、と今度はライシが不敵な笑みをわずかに作った。
もともと彼も端正な顔立ちで、成長するにつれてあどけなさは徐々に鳴りを潜め、男としての雄々しさが変わりに現れつつある。それでも子供なので周囲からの評価はまだかわいいのままだった。
かわいいと称された顔が、今は見る影もない。
不敵に笑うそれはまるで鬼神のようですらあった。
「俺は、なんの努力もしないで他人の努力を嘲笑ったり奪う奴が大嫌いなんだ――まさか自分の手でそうした輩をボコボコにできる日がくるなんて思ってもなかった」
「はぁ? 俺らに勝てるとでも思ってんのかぁこのガキぃ。こっちには勇者だけに送られる特別な装備もあるんだぞ?」
「それがどうした? 宝の持ち腐れ、猫に小判って諺があるの知ってるか? お前らはまさにそれなんだってことを、たった今から思い知ることになる」
「このガキ……おいお前ら! こいつをぶっ殺すぞ!」
アッシュの言葉に、応とけたたましい雄叫びが上がった。
勇者としてその在りようは極めて最悪ではあるものの、似た者同士がためか。
絆については想像しているよりもずっと強く彼らの間では結ばれているようだ。
だからといって手心を加えるつもりはライシには毛頭ない。
(さて……今の俺がどこまでできるかはわからないが、いっちょやってみますか!)
と、ライシは握った拳を静かに構えた。