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第五話

 本日の天候は雲一つない快晴である。


 さんさんと輝く太陽はまぶしくもとても暖かい。


 その下をドラゴンが悠々と泳ぐ姿は実に雄々しかった。


 時折、頬をそっと優しく撫でていく風はほんのりと冷たい。


 まだ冬の名残を感じさせるが、それが返って心地良かった。


 今日のような天候は正しく、絶好のピクニック日和である――そう口にしていた当人の機嫌はすこぶる悪い。


 頬をむっと膨らませることで不機嫌さを露にしているが、幼い見た目のため怖さは微塵にも感じられない。


 怒る姿でさえも外見相応らしいが、当人は見た目とは裏腹に非常に怒っていた。



「おいアリッサ、いい加減機嫌を直せって」


「だってライシお兄様! せっかく……せっかくライシお兄様と二人きりでデートができると思ってたのに!」


「まぁ、お前の立場になって考えればその気持ちはわからんでもないけどな」



 と、ライシは左手に視線をやった。



「えへへ~ライシ兄上様のお手て、とってもあったかいですぅ」



 と、エスメラルダが頬を緩めた。


 妹は全員で五人いる。


 末っ子のクルルと四女のカルナーザは、まだ幼い。


 そのためアスタロッテの下から離れていないが、残る三人はとにもかくにも好奇心旺盛で、その行動力は良くも悪くも極めて高い。


 母であるアスタロッテはいつもひやひやと肝を冷やし、家臣たちもなにかあっては自分たちの首が物理的に飛ぶとあって、その顔はいつも疲れていた。


 まだまだ幼い子供なのだから、視界に入るものすべてに強い興味を示すのは致し方ない。


 だが、その好奇心がために時に命を落としてしまう可能性だって十分にありえる。


 一度我が子を失った……あれは悪夢である、とそう自己暗示したことで精神の崩壊こそ免れたものの、その時に味わった恐怖は未だ彼女の根底にある――アスタロッテの気持ちをおもんぱかれば、落ち着いてほしいと願う気持ちもわからないでもない。


 そうしたアスタロッテたちの心身的ストレスを軽減するのも、ライシの仕事の一つであった。


 家臣たちの言うことは基本聞かない妹たちも、兄からの言葉なら大抵は素直に従ってくれる。


 何事にも飴と鞭が必要だ。


 妹たちの欲求を満たしつつ、しかるべき時にはしっかりとその手綱を握る。こうすることでライシは、これまでも妹たちの暴走を制御してきた。


(ブラック企業務めの社畜なサラリーマンみたいな顔してるやつ、ウチには多いからなぁ……それでもよく辞めないよな)


 これもひとえに、アスタロッテの人望によるものが大きいだろう。


 六児の母親ではあるが、若々しい肉体に美貌は未だ健在である。


 家臣いわく、子持ちとなったことでそこに慈愛が加わりより一層美しくなったとのことらしい。


 それについては、ライシも男である。


 子供として常にアスタロッテを目にしてきたからこそ、だんだんと美しくなっていく母の姿にはつい見惚れてしまうこともあった。


 血のつながりがなければ、単なる変態である。


 自分はあくまでもノーマルな性癖だ。ライシは誰に言うわけでもなく、だがどうしてもそう弁明せずにはいられなかった。



「おいエスメラルダ、お前たしかこの時間は勉強の時間だろう? サボってちゃ駄目だろ」


「だってぇ、ライシ兄上様とアリッサお姉様がデートしているのを見てしまったんですものぉ。エスメラルダだけ仲間外れにするなんて、アリッサお姉様ずるいですぅ!」


「いや別にこれはデートとかじゃなくてだな――」


「ふふふっ、私とライシお兄様は遥か古の時代から結ばれているんです。この絆の強さは例え姉妹であっても負けませんから」


「エスメラルダだって負けてないもん! ライシ兄上様はエスメラルダと将来結婚するんですぅ!」


「あのなぁ……」



 なんの因果か、妹たちは大変良く懐いてくれている。


 それはひとえに彼女たちが幼いからであり、大きくなれば純粋さも消失して、最悪疎ましく思われる日もやってくるかもしれない。


 あくまでも可能性の域を脱しないが、これまでにもそういった光景をライシは数多く目にしてきた。事実、彼の周囲にいた兄妹の仲は仲がよかった、と言うのはこれがなかなか難しい。


 中には兄とさえも思わずゴミくず呼ばわりする妹も少なからずいた。


 自分もいつか、かわいい妹たちからそんな風に言われてしまう日がくるのだろうか、とライシはしばし沈思する。


 もちろんこないに越したことはないが、けれどもいざ直面すればその時はきっとそれなりにショックは受けるのだろう。


 今のうちに、せめてかわいい姿をしっかりと目に焼き付けておこう。ライシはそんなことをしみじみと思った。



「――、はいはい。姉妹なんだからもっと仲良くするように。喧嘩ばっかりしてたら母さんの胃にその内穴が開いちゃうかもしれないから」


「えぇ!? お母様の胃に穴が空いちゃうんですか!?」


「ふぇぇぇ~ん! そんなのいやですぅ!」


「今すぐに空くわけじゃないからな? でも積み重なっていったら本当にそうなるから。だから仲良くするんだ、わかったな?」


「はぁい、ライシお兄様」


「わかりましたぁ……」


「それならよし」



 と、ライシは二人の頭を優しく撫でた。


 その傍らでは、安堵の息を深々と内心で吐いていた。


(とりあえず、こいつらがガチの喧嘩をしなくてよかった……)


 かつて一度だけ、姉妹喧嘩が勃発した。


 喧嘩の内容も、実に些細なことだった。


 大人からすればそのようなことで喧嘩をしたのか、とあきれてしまうぐらい些細な理由である――その些細な理由によって魔王城は一度だけ、崩壊寸前にまで陥っている。


 子供とはいっても魔王の血を継ぐ彼女たちだ。


 純粋な破壊力だけであれば、間違いなくこの城にいる誰よりもずっと強い。


 幼いがために力の使い方、その責任を理解できていない子供にはすぎた武器と言っても過言ではない。



「とりあえず花畑にでも行ってみるか」



 と、ライシは城の外へと出た。


 城の周囲には美しい花で彩られている。


 これが魔王()の趣味であるのだから不思議な感覚に陥る。


 ライシがここへはじめて訪れたころよりも、その規模は未だ拡大中だ。


 甘く優しい香りがふわりと香る空間は、それだけで自然と心をいやす。


 そして妹たちは、この花畑が何よりも大好きだった。


 アスタロッテが直々に丹精込めて育てた甲斐あってか、妹たちも世話には積極的である。



「う~んいい匂い~」


「そうだなぁ」


「なんだかお腹が空いてきちゃいましたぁ」


「なんでそうなるんだよお前は……」



 穏やかな時間が静かに、ゆっくりと流れていく。


 争いとは正に無縁で、平穏そのものがここにはある。


 退屈でこそあるものの、なにものにも代えがたいものであるのは確かだった。


 とてもいいことではある、がその環境に甘んじれないのがライシである。


(いつか必ず、俺はこの城の外を絶対に見てやる……)


 ライシは、外見だけでいえばいかに大人の思考と言えど周囲の目からは子供であることになんら変わらない。


 それだけでなく、アスタロッテの過保護さも相まって外出するのにもいちいち許可がいる。


 こうしてアリッサたちと散歩をしている現在でも、護衛は必ずつけるよう言いつけられてるほどだ。


 言い換えればこれは監視である。


 いくら聞き分けがよい子供と言えども、いつ何時とんでもない行動をしでかすかわからない。


 軽んじられたものだな、とライシは自嘲気味に小さく鼻で一笑に伏した。


 自分はそこまで幼くないし、やるとするならばバレないようにやる。



「ライシ様、それとアリッサ様にエスメラルダ様。あまり遠くへ行かれますと魔王様が心配されまする。ささっ、そろそろ城の方へお戻りください」


「そんな……! まだライシお兄様とデートして一時間しか経っていませんよ!?」


「もっとライシ兄上様といっしょにデートしたいですぅ!」


「そ、そう言われましても……」


「こら二人とも。母さんが心配性なのは知ってるだろ? それにワガママ言って家臣たちに迷惑かけるんじゃあない――そろそろ城に戻るか。帰って顔見せないと、また何するかわからないし」


「いやです! アリッサはまだ帰りたくありません!」


「エスメラルダもですぅ!」


「……ワガママばっかり言うな。そういう奴は嫌いだぞ」


「きらっ……! き、嫌いにならないでライシお兄様! いい子にしますから……!」



 嫌い、という言葉がアリッサやエスメラルダには大変効果的である。


 もちろん妹たちが悲しむ姿はライシとしても目にしたくはない。


 よってライシは極力、当人の前で嫌いという単語を使わないよういつも心掛けていた。


 使う時は、彼女たちのワガママがどうしても手に負えなくなった時のみ。


 いわば最終手段であった。使いたくないことにはなんら変わらないが。



「それじゃあ、早く城に帰るぞ」


「はーい……」


「素直でよろしい。また今度してやるから機嫌直せよ二人とも」



 渋る妹を連れて城へと戻ろうとした、その矢先だった。



「ん?」



 ライシの視界にふと入ったそれは、この周辺ではまずあってはならない存在だった。



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