第一話
ラブコメ+妹+ファンタジーな作品です。
思いついたがままに書いてますwww
それはまるで、上質な天鵞絨の生地をいっぱいに敷きつめたかのような空だった。
きらきらと輝く数多の星は小さいながらも、現存するどの宝石よりもずっと美しい。
中でもとくに、ぽっかりと漆黒の中に浮かぶ金色の満月はとても神々しかった。
周囲を優しく包む静寂はどこまでも穏やかで、不気味さは微塵もない。
時折頬をそっと撫でていく夜風は優しく、そしてとても心地良かった。
喧騒もなく、視界いっぱいに大自然が生んだ芸術を心から楽しむ。これもまた一興だろう。
もっとも、このような状況でなかったならば、の話に限定されるが。
(……いやいやいやいや、普通にやばい状況やぞこれ! なんでこないなことになってんねん!)
と、赤子は内心で激しく困惑した。
籠の中にすっぽりと納まるほどの小さな赤ん坊だ。生まれてまだ間もないのは一目瞭然である。
物心もつかず満足に言葉すらも発せられない――しかし内心では、感情と言葉が爆発的にあふれ出ていく。そのさまはさながらナイアガラの滝のよう、といっても過言ではないだろう。
(目が覚めたらいきなり森の中って、どないなっとんねん! これは、アレか? 俗に言うアレなんか!?)
赤子は、いわゆる転生者である。
アニメや漫画で、この手の描写は決して珍しくはない。
むしろ『またこの手の設定か、はいはい』などと揶揄するものがいるぐらいだ。
王道的すぎるから批判的な意見も多い――だからと言って、未だ栄えているのはそれだけ需要があるからに他ならない。
あろうことか赤子は、異世界転生者として第二の生を新たな世界で受けた。
彼の生前は若くして病死というあまりにも呆気ない幕切れだった。
せめて次の人生ではもっと長く生きていろんなことをやってみたい……、切に祈りつつ短い自らの人生を閉じたはずだったが――なんの因果か。このような形で生き永らえてしまっている。
(せやからって、まさかの捨て子とか誰も思わへんやん! 終わった……もう俺の人生ここでガメオベラや)
と、赤子は心底自らの不運さを嘆いた。
赤子である以上、彼にはもう成す術がない。
誰かの手によって拾われでもしない限り、この先に待つのは明確な死のみである。
自分でどうにかしようにも、未発達な身体では寝返り一つさえも満足にできない。
第二の人生がRTAで新記録を立てれるぐらいの短さで、終わりを迎えようとしている。
冗談ではない、と赤子はすこぶる本気で思った。
(こんなところで死んでたまるか……俺は、なにがなんでも絶対に生き残ったるんや!)
未発達な身体に力をこめる。
当然ながら、いくら力を入れたところで籠の中から出ることすらもままならない。
やるだけ無駄なのは火を見るよりも明らかで、しかし赤子は決してあきらめようとしなかった。
今の自分に果たしてなにができるのか。持てる力を最大限に活用し、足掻き続ける。
諦めなければきっと、なにかしらの形で報われる。赤子はそのことを誰よりもよく理解していた。
今回だって諦めさえしなければ必ず報われるに違いない。そう頑なに信じて何度も挑む赤子の努力に、神が応えたのか。
「ふむ、まさかこのようなところで赤子を見つけるとはな……」
しわがれた男の声が不意に耳に入った。
助かった、と赤子は思った。不安と恐怖と戦ってきた赤子の表情にも、この時ばかりは安堵が色濃く浮かぶ。
これでなんとかなるかもしれない。声の主の善悪については、赤子は微塵も気にしていなかった。
仮に男が悪人で、これから人身売買にかけようとしてもそこから自力で脱するだけの自信が彼にはあった。
そうした自身も、男の正体を目前にした途端跡形もなく赤子の胸中から消失してしまう。
(な、なんやねんこいつは……ホンマもんの化け物やないか!)
その男の身なりは、黒い執事服を見事に着こなしていた。
さぞ名のある家に従者として仕えているのだろう。
ただし男の背中には身の丈と同じぐらいはあろう漆黒の双翼が生えていた。
更に顔はヒトのそれとは大きくかけ離れすぎている。
禍々しい形状の立派な黒い角こそあれど、フクロウによく似た形をしていた。
以上から、男の正体がまず人間でないのは言うまでもない。
悪魔――赤子の脳裏に、よく知った言葉がふっとよぎった。
(いやいきなり敵キャラやん! 赤子やからどないもすることできひんし、完全に詰みやん……俺の人生、こんな形で終わるんかいな)
と、赤子はひどく憂いた。
悪魔がこうして現れてしまったからには、もう赤子に成す術は一つとしてない。
このまま無残に殺されるのか、あるいはなにか怪しげな研究材料にでもされるか。
いずれにせよ、これより待ち受けているであろう結末は等しくロクなものではないのは確かだった。
どうせだったら一思いにやってほしい、と赤子はそっと目を閉じた。
(……なんや。全然なんもしてこうへんやん。もったいぶらんとさっさとせぇやマジで)
待てと待てども、一向に絶対的な死がやってくる兆しがこない。
焦らされているのか、と赤子はおそるおそる目を開けた。
悪魔は依然としてそこにいる。さっきまでとの違いは、ジロジロと物珍し気に見据えている姿はそこにあった。
上から下へゆっくりと、品定めをする悪魔の仕草に赤子は訝し気な視線を送る。
程なくして、悪魔がくちばしをそっと開いた。
「この赤子……この我を前にしても泣くどころか睨み返してくるとは。ただの生まれたばかりの赤子ではないようだな――どれ、少しばかり貴様のことを調べさせてもらうぞ」
「あーうー! だー!(意訳:おいさわんな! 同じ悪魔でもどうせやったらボインのお姉ちゃんがえぇわ!)」
抵抗も皆敷く、鋭い爪を生やした手が赤子の額にそっと触れた。
次の瞬間、爪先より眩い閃光が一瞬輝き――
「これで話せるようになったはずだ。貴様が本当にただの赤子でなければ、疾く言葉を発してみるといい」
「あぁ!? お前ふざけ……って、俺赤ん坊やのにめっちゃ流暢に話すことができるやん! うわっ、気持ち悪! 声の高い俺の声、こんなんやったかぁ!?」
「……開口一番、ずいぶんとやかましい奴だな」
深い溜息を吐いて悪魔は心底呆れている様子だが、赤子にしてみればそれどころではない。
本来であれば、赤子がこうも言葉を発するなどありえないことなのだ。
それがどうか。同年代はおろか、大人と同じぐらい言葉を発することを可能としている。
どうやらこれは悪魔の魔法による仕業であるらしい、と赤子は瞬時に察した。
高音な己の声には慣れないが、だがこれでどうにかなりそうだ。
赤子は改めて悪魔のほうを見やった――悪魔は特に何かするわけでもなし、ただ返す視線は呆れを帯びている。
「……アンタ、いったい何者なんや?」
と、赤子はおずおずと尋ねた。
「我からすれば貴様の方こそ何者だ? こんなにも流暢に話せる赤子というのは、我も500年以上生きてきた中で一度も目にしたことがないぞ」
と、悪魔もどこか関心した面持ちでそう返した。
「ご、500年って……めっちゃ長生きやん――って、そんなことはどうでもえぇわ。アンタ、俺をこうやって喋れるようにして、いったい何が目的なんや?」
「言葉がまず話せるのであれば、これほど楽なものもあるまい? 物言えぬ赤子のほうが本音を言えばずっと楽なのだが……この際だ、贅沢は言ってられまい」
「――、なんの話や?」
「単刀直入に言おう――小僧、貴様にはこれより我が魔王アスタロッテ様のご子息として振舞ってもらう」
「……は?」
と、赤子は素っ頓狂な声をもらした。
悪魔の言っている意味がまるで理解できなかった。
何故、一介のヒトの子にすぎない自分が魔王の息子のフリをしなければならないのか。
赤子がそう疑問を抱き小首をはて、と傾げていると悪魔が静かに口火を切った。
鋭いくちばしより紡がれるその言葉には、先程にはない重圧感が宿る。
「受けるか、受けないか。貴様に拒否権はないと思え小僧。今ここで野垂れ死ぬのは小僧、貴様とて本望ではあるまい? ならばどうするか、答えはすでに決まっているとは思うがな」
「そりゃまぁ、この状況やったら背に腹は代えられんわなぁ」
と、赤子は自嘲気味に小さく笑った。
よもや第一発見者が悪魔だったとは、誰も思うまい。
これが物心つく前であったならば、これより己が身に降りかかることに何一つ疑問に思うこともなかったかもしれない。何故ならそれがその者にとっての常であるのだから。
だからと言って、悪魔のいうとおり自由に選択するだけの猶予がないのもまた然り。
こんなところで死にたくないし、終わってたまるものか……――例え相手が悪魔であろうと生きられるのであればなんでも構わない。
「俺はな、今度こそジジイになって、そんでもってみんなに看取られながら影の上で拳を突き上げて“わが生涯に一片の悔いなし”いうて老衰すんねん……」
「……ずいぶんと具体的な最期だが、まるで意味がわからんぞ」
「んなことはどうでもえぇねん。俺はとにかくなにがなんでも生きたいんや。そのためやったら、アンタが悪魔だろうがなんだろうが受けたる」
「――、では決まりだな。言っておくがもう後戻りはできんぞ?」
と、悪魔がくちばしをわずかばかりに釣りあげた。
「んなもん、覚悟の上や。その代わり、とことん脛齧らせてもらうから覚悟しぃや」
と、赤子も不敵な笑みをふっと返した。
「いや、脛をかじるのはやめろ。それはさすがにヒトとして終わっているぞ」
「いやマジレスすんなや。俺かてすねかじりになる気はさらさらないわ」
悪魔としての怖さがあまり感じられないのは、きっとこの悪魔からだろう。
赤子はなんとなく、そんなことをふと思った。
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