ネトラレ幼馴染
長く苦しい戦いだった。
だが、ようやく終わるのだ。このクソみたいな一年が。幼馴染の美少女が毎月のように男たちに襲われるという悪夢のようなシナリオが。
「クソッ! アイツさえ邪魔してこなければ明乃はボクのモノだったのに!」
「大人しくしろ! お前がしているのはただのストーカー行為だぞ!」
太った少年がパトカーに押し込まれている。
三月の事件。ストーカーに襲われるシナリオも阻止できた。
これで明乃を取り巻く一連の事件は収束する……と思いたい。
後は洋介が明乃に告白するだけだ。明乃が処女のまま卒業式を迎えると、幼馴染の二人は無事に結ばれてハッピーエンドに到達する。少なくとも原作ではそうだった。
「明乃、明日は卒業式だ。早く帰って暖かくして寝るんだぞ」
「うん。心配してくれてありがとう」
でも、これでいいのだろうか。
本当に俺が選ぶべき選択肢は原作のハッピーエンドなのだろうか。
いや、俺はもう、幼馴染を……洋介を裏切っている。明日、俺たちはこれまでの関係を清算することになる。そうしなければ前に進めない。
「ケイちゃん」
明乃は潤んだ目を俺に向けた。
「……今回も私のことを守ってくれたよね。何時もありがとう」
「幼馴染だからな」
やはり思う。これでいいのだろうか。迷いは何時までも晴れなかった。
明日、洋介が明乃に告白するのに。
俺は何かを間違ってしまったのかもしれない。
高校三年の始業式の日だった。
体育館で校長の話を聞き流していた時、頭にビビッと電流のようなものが走ったのである。それは前世の記憶のようでもあり、エロゲのシナリオを脳に叩き込まれたようでもあった。俺自身、何がどうなっているのかよくわからなかった。
ともあれそれはエロゲだった。
「え? これマジ?」
エロゲである。それも凌辱系。
俺の幼馴染、藤代明乃が色々な男たちに無理やりエッチなことをされまくる話である。
……やべぇ。
タイトルは『ネトラレ幼馴染~俺の巨乳幼馴染は男たちに蹂躙される~』だが、ネトラレどころか普通にレ〇プばかりだった。二回目から感じ始め、三回目で淫乱になっていた。我が幼馴染ながらチョロすぎるが、エロゲなのでしょうがない。
しかし、救いはあった。
明乃の幼馴染。エロゲの主人公である洋介が勇気を出せば、男たちを撃退できるのである!
「ねぇ藤代ちゃん。今日の放課後、俺たちとカラオケに行かない?」
「え、でも」
「柳ちゃんも一緒に行きたいって言ってるよ。せっかく同じクラスになったんだからさ、俺たちとも仲良くしようぜ」
明乃がクラスの陽キャグループに絡まれていた。
「行こうよ明乃。岬君マジで面白いからさ。行かないと損するって」
そこに春休みの間に急激にビッチ化した明乃の親友が猫撫で声ですり寄っていた。アタシは岬君の女よというフェロモンを教室中にプンプン振りまいている。あれでも先月まではおさげ頭で眼鏡をかけた委員長キャラだったんだぜ。信じられないだろ。
「洋介。あれ、助けに行かないとヤバそうだぞ」
「え、でも」
「このままだと明乃はカラオケボックスで睡眠薬を盛られて男たちに集団でエロいことをされるからな。それが嫌なら助けに行った方がいい」
「岬君はそんなひどいことはしないと思うけど……」
するんだよなぁ。だってここ、エロゲの世界だから。
「好きな女を取られてもいいのかよ」
「明乃はただの幼馴染だって。それにカラオケに行くのは明乃の自由だよ」
しかし、俺がいくら背中を突いても洋介は動いてくれないようである。
「ああもう」
結局、俺が動かなければいけないようだ。
「ごめんよごめんよ。そのカラオケ、俺も混ぜてくれない?」
「はぁ?」
なんだテメェ空気読めよという視線が俺に突き刺さる。
あまりにも空気が読めていない乱入者の存在に場の空気は白けきっていたが、明乃はホッとした顔をしていた。
で、カラオケに行く途中で俺は明乃に耳打ちしておいた。
「食べ物とか飲み物には絶対に手を付けるなよ。ヤバい薬を盛ってくるから」
「……え、それって」
明乃は驚いて目を丸くしていたが俺の言葉に頷いてくれた。春休みの間にビッチにされてしまった親友のことで陽キャ男子たちに疑念を抱いていたのだろう。
それからカラオケボックスに入ると頼んでもいないのにジュースを持ってくるし、しきりに「飲まないの?」とか「それマジで美味いよ」とか「嫌いなやつだった? 俺のと交換する?」などの言葉が飛んでくるので、明乃は目に見えて怯えて震えるようになっていった。
陽キャどもは警戒されているのを理解すると、剣呑な目付きをして頷き合っていた。このままだと実力行使してきそうだと思い、俺は一瞬の隙をついて明乃の手を取ってカラオケボックスを脱出した。
「はぁ……はぁ……ケイちゃん、もう走れないよ……」
「おっと悪い。でもマジでヤバかったな。あいつらジュースを飲んでなくても力尽くでレ〇プしてくる雰囲気出してたぞ」
「笑えないよ。同じクラスにあんな怖い人たちがいるなんて」
明乃が泣きそうな顔で俺にしがみ付いてきた。
それからしばらくの間、陽キャグループが明乃に絡みに行く度に俺がスライドしてブロックしていたら、奴らは根負けして別のターゲットを襲いに行くようになった。さらにしばらくすると陽キャグループ三人が自主的に退学することになったと担任が説明していた。順当に考えれば警察に捕まったのだろう。あんなアホなことを常習的にやっていたら捕まるのは必然である。
エロゲのタイトル『ネトラレ幼馴染~俺の巨乳幼馴染は男たちに蹂躙される~』にあるように明乃は巨乳美少女である。黒髪ロングの清楚系で、性格は大人しいため、押せば簡単にヤれそうな雰囲気を漂わせている。
そのせいかあらゆる男たちが明乃に襲いかかってくる。世も末だった。
さて、五月の事件である。
明乃の叔父が事業に失敗して無一文になり、明乃の家に転がり込んできたのだ。
「あまりこう言うことを言うのはよくないと思うんだけど、叔父さんが私を見る目が少し変な気がするの」
昼休み。
明乃が俺と洋介に相談してきた。
ちなみに洋介が突いているのは明乃が作ってきた弁当である。こいつは平日は何時も明乃の手作りの弁当を食ってやがるのだ。爆発しろ。
「変ってどんな感じなんだ?」
洋介が明乃の手作り弁当を食べながら首を傾げて言う。
「具体的に言葉にするのは難しいんだけど、ふとしたタイミングで背中に視線を感じたりするの。冷蔵庫からお茶を出してる時に、叔父さんに見られている気がしてゾッと寒気がしたりするんだけど……」
「ふーん」
洋介は目を細めて、微妙な反応を見せた。
「流石にそれは自意識過剰じゃないかな。その叔父さんはただ何となく明乃のことを見てただけだと思う。たぶん考えすぎだって」
「いやいやいや」
洋介のあんまりな態度に俺は呆れてしまう。
「おい洋介。女子ってのはな、男の視線に敏感なんだよ。わかるよな、明乃?」
「うん。ケイちゃんもよく私の胸を見てくるから」
「な? バレてるだろ? ところで俺は土下座した方がいいのでしょうか?」
「別にいいよ。もう慣れたから」
明乃がジト目を俺に向けてくる。
それはともかくとして。
「無駄にエロい身体をした美少女JKと一つ屋根の下だぞ。男なら誰でもワンチャンあるかもって期待するって」
「でも叔父と姪は結婚できないだろ」
「関係ない。所詮は男と女だ」
洋介は納得できないと不満顔だった。
どうやら洋介は今月もエロゲの選択肢で駄目な方を選んでしまったようである。
「でもどうしよう。私が気を付けるしかないのかな」
明乃の意見で叔父を家から追い出すのは難しいだろう。と言うか、まだ叔父は何もしていないのに家から追い出してしまうのは流石にやりすぎである。明乃もそこまで事を荒立てるつもりはないようだ。
「部屋に鍵をかけられたらいいんだけどな」
「私の部屋、そんなのないよ」
「そんなあなたにドアノブストッパー!」
俺はスマホの画面を明乃に見せる。
ネットで調べれば一瞬である。便利な世の中だ。
「両面テープでドアノブが動かないように固定する器具な。それでも強引にこじ開けようとしてきたら防犯ブザーを鳴らすようにしようか」
「そんなのがあるんだ。ケイちゃんってすごいね」
「わはは、もっと褒めるがよい」
と言うわけでホムセンで揃えたグッズで明乃の部屋の防犯を整えることにした。
明乃の家に行ったのは小学生の時以来だった。夕飯の支度をしていた明乃ママに事情を説明すると、明乃ママは娘の不安を深刻に受け止めたらしく、私も気を付けると言ってくれた。あとお茶とクッキーが大量に出てきて俺のお腹を一杯にされた。
「ケイちゃん、ありがとう。助かったよ。これで大丈夫だよね?」
「いやいやいや、所詮これは対症療法な。根本的な解決にはなってないから」
「うーん。叔父さんが早く次の仕事を見つけて自立してくれればいいんだけど」
「最悪一年でも二年でも居座ってくるかもしれないからな」
件の叔父はハロワにも行かず部屋に引きこもっているらしい。
事業に失敗したということだが、俺はエロゲの知識で知っていた。その事業はいわゆる転売屋だったが、税務署の調査が入って追徴課税を食らい、ギャンブルで積み重ねた借金が返せなくなったという人間のクズだった。
姪をレ〇プするのだ。そりゃクズに決まっているか。
「ま、こっちも何か手がないか考えておくわ」
「助かるけど、あまり無理しないでね」
「おう。まぁ、ほどほどに期待しててくれ」
「今日はありがとう。ケイちゃんが心配してくれて、私、嬉しかった」
ちょっと照れる。
玄関まで見送りに来てくれた明乃が手を振ってくれて、こっちも手を振り返して、俺はなんだこれと首を傾げながら家に帰った。
ちなみに、俺は件の叔父がすでに色々とやらかしていることを知っていた。
叔父は明乃の部屋に盗聴器やカメラをわんさか仕込んでいたのである。
俺はネットで探知機をポチッた。五千円が飛んだ。
そして、明乃の部屋から出てきた大量のブツをテーブルに並べると、温厚な明乃パパも流石に険しい顔をして弟を追い出したのである。
「ケイちゃん。本当にありがとう。ケイちゃんがいなかったらと思うと……」
明乃は叔父の凶行に泣きそうになり、震えながら俺に抱き着いてきた。
怖かったんだね。仕方ないよね。でも彼氏でもない男に安易に抱き着くのはやめようね。
六月の事件。
委員会活動で帰宅が遅くなった明乃は近道しようとして公園で浮浪者に襲われることになる。
ちなみに委員会とは美化委員である。
学校中のごみ箱などを見回り、チェックシートに「ここ汚ねぇ」「ここ奇麗」などと印を入れていく、意味があるのかよくわからない活動だった。
「今日は委員会があるから帰るのが遅くなるかもしれないんだけど……」
「ふーん。それなら俺は先に帰った方がいいか?」
「うん。何時終わるかわからないから」
洋介は幼馴染を待つという選択肢を選ばなかった。
明乃は残念そうだったが、洋介は弁当を食うことで頭が一杯のようである。
俺はそれを呆れ顔で眺めていた。
そして、午後七時。
下校時刻はとっくに過ぎているのだが、その日は委員会活動をブッチして帰宅してしまった者が続出した結果、顧問の女性教師がヒステリーを起こし、しわ寄せで明乃たちの仕事が激増してしまったのである。
そして明乃は早く帰りたいがために、暗い夜道の中、さらに暗い夜の公園に足を踏み入れてしまったのだった。
「ひひひ……お嬢ちゃん、おっぱい大きいね……」
「だ、誰ですか!?」
髪がボサボサで涎を垂らした不潔な男が現れる。
異質な男から下品な視線を向けられ、明乃が恐怖に喉を引きつらせていた。
「ちょっとだけでいいから、おじさんにおっぱい触らせてよ」
「やだ……来ないで!」
「おっと。大声はやめてね。近所迷惑だから」
「――っ!」
隠れていた別の浮浪者が背後から明乃に襲いかかり、彼女を羽交い絞めにする。さらに明乃の口にボロ切れを押し込んで悲鳴を上げられないようにした。
明乃は悲鳴を上げることもできず茂みに引きずられていく。
そこに偶然……ではないが、俺が現れた。
「はい、防犯ブザー」
「ちょ、やべぇって!」
「逃げるぞ!」
案外チキンな浮浪者たちである。
明乃は茂みの中で泣いていた。何なら失禁していた。
「大丈夫っすかー?」
「……ケイちゃん?」
「おいおい、まさか明乃かよ!?」
俺はそこで襲われていたのが明乃だったと気付いたことにした。
我ながら白々しい演技だったが、頭がパンク寸前の明乃は気付けない。
「ケイちゃん……どうしてここに……」
「予備校の帰りなんだけど」
俺はさらに嘘を重ねた。
予備校に通っているのは事実。だが、今日は予備校の日ではなかった。
「ひっく、ひぐっ。ケイちゃん。怖かった。怖かったよぅ」
明乃が号泣しながら俺に抱き着いてくる。
今回は桁違いの事件だった。明乃の恐怖も過去最高だろう。
本来ならこんな事件、起こすべきではなかった。洋介が明乃を待っていればそれでよかったはずなのだ。だが俺は洋介ではない。洋介の代わりに明乃を待ってやることはできない。というか不自然なのだ。
「もう大丈夫だ。大丈夫だから」
気の利いた言葉は出てこなかった。
俺は明乃の背中をさすり、頭を撫でることしかできなかった。
七月。
女子の体育教師が産休に入ってしまい、女子の体育を担当するのが筋肉ムキムキのゴリラ系男性体育教師になってしまった。
そこでマッチョが言う。
「藤代。お前、水泳の授業を休んでいただろう。放課後に補習をするぞ」
「え、私だけですか?」
「他のやつは別の日にやる。今日はお前の番だ」
などと体育教師は意味不明なことを言う。
水泳の授業を休んでいた者など幾らでもいるのに、なぜか明乃を名指しである。
と言うわけで明乃は幼馴染の少年二人に相談することにしたのだった。
「ヨウ君。やっぱり私だけが補習って変じゃない?」
「それはそうかもしれないけど、補習が必要なのは事実だろ?」
「でも私が授業を受けていないのは一回だけ、それも休んだわけじゃなくて見学していたんだよ。私よりも休んでいる子なんて何人もいるはずなのに……」
「そもそも何で見学してたんだよ?」
「おい洋介。それは聞くなって」
洋介は不思議そうに首を傾げていた。
君はホントに駄目だなぁ。
女子が水泳を見学する理由なんて一つしかないだろうが。
明乃は恥ずかしそうに俯いていた。
と言うわけで今月も洋介は駄目だった。
放課後、明乃がスクール水着でプールに向かうと、マッチョは股間をビンビンにしながら明乃を待ち構えていた。存在からしてセクハラである。明乃は直視できないと顔を背け、その様子を嘗め回すように見ていた体育教師がいやらしく笑った。
そして水泳の補習が始まった。
しかし明乃の不安は杞憂とばかりに何も起こらなかった。明乃はただひたすら泳がされ、やがて空が暗くなってきた。何時まで経っても帰らせて貰えなかったのだ。
「あの、先生。私、もう疲れて泳げないんですけど」
「そうか。そろそろ頃合いだな」
体育教師がおもむろに明乃に近付いてくる。
そして、いきなり明乃の胸を鷲掴みにした。
「いやっ! やだ! 何をするんですか!?」
「ふふふ。もう部活は終わっているからな。誰も助けに来ないぞ」
「え?」
明乃はプールの近くにあった時計を見るが、まだ下校時刻になっていないはずだった。
「あの時計には細工がしてある。実はもう六時を過ぎているんだ」
「……そんな」
「とは言え悲鳴を上げられるのは困るからな」
体育教師がSMで使うボールギャグを明乃の口に噛ませようとしてくる。
明乃は体育教師から逃げようと身をよじるが、男女の力の差は歴然としていた。鍛えられた男の身体がしっかりと明乃の美しい肢体をホールドしている。
「やだ! 誰か! 誰か助け――ぐむっ」
そして明乃の口にボールギャグが噛ませられた。
瞬間、シャッターの光がプールを照らした。
「はい、先生。クビだね。今までお疲れ様でした」
「……これは、手が滑っただけで」
「手が滑ったら生徒に抱き着きながらボールギャグ噛ませるんだ?」
その言い訳は流石に無理筋である。
「うわあぁぁぁんっ! ケイちゃん! ケイちゃん!」
明乃が俺に抱き着いてくる。
ごめんよ。証拠を押さえるために怖い思いをさせてしまったね。
でもスクール水着のまま男に抱き着くのはやめた方がいいと思うんだ。君、巨乳幼馴染だからね。その刺激は童貞にとってはあまりにも甘美であり強烈すぎるのである。鼻血出そう。
そして体育教師は転勤になった。クビじゃねぇのかよ。教育界ってクソだよな。
そんなこんなで夏休み。
家族で旅行に行った明乃たち。お隣さんの洋介の一家も一緒である。この二つの家族は毎年のように一緒に旅行に行くという風習があるのである。
そこになぜか俺もいた。
たまには俺も混ぜてくれよとダル絡みした結果である。
洋介は非常にウザそうだったが、明乃はなんだか嬉しそうだった。
「ケイちゃん! 泳ぎに行こうよ!」
ホテルに到着したばかりだというのに俺の手を引っ張る明乃である。やたらテンションが高いのは旅先だからなのか。
ともあれ先日の事件で水泳がトラウマになっていないようで俺は安心する。
「すまんな洋介。明乃と距離を縮めるチャンスだったのに邪魔をしちまって」
「明乃とはそういうのじゃないから。ただの幼馴染だから」
「照れんなよ。ひと夏の思い出、作っていこうぜ?」
「余計なお世話だって」
洋介は憮然とした顔で俺と明乃の後に続いた。
そしてホテル専用のビーチに着いた俺たちに接近する者たちがいた。
金髪で日焼けした典型的なチャラ男である。
「君チョーカワイイね! 俺らと一緒に遊ぼうよ!」
「あ、あの。私、連れがいるので……」
「えー、そこのパッとしない男二人? 君にはそんなやつ釣り合ってないって! 俺らと遊んだ方が絶対に楽しいよ!」
一学期に男たちに襲われまくっている明乃は恐怖でガクブルしていた。
俺はそれを見てから幼馴染の少年を突いた。
「ほら洋介。点数稼ぎのチャンスだぞ」
「え、でもどうしたら……」
「俺の明乃に手を出すなって大声で叫びながら突撃するだけだろ」
エロゲの選択肢の一つはそれだった。
しかし洋介が男気を見せる気配もなく、言い訳ばかりで尻込みをしている。
「いやいやいや! 流石にそれはハードルが高すぎるって!」
「……お前さぁ、まさかビビってんの?」
「ビビってないから。でもあいつらたぶん大学生だぞ」
だからどうした。
言ってる間にチャラ男たちが明乃の手を引っ張っている。
「あ、あの、ごめん、なさい。わ、わた」
明らかにテンパっている明乃。そして洋介はビビっている。
またかよ。
やっぱ俺がついてきて正解だったわ。
「はいはい、お兄さん。強引なナンパはやめましょうねー」
「は? なにお前。邪魔なんだけど」
「空気読めって。それとも痛い目に遭いたい感じ?」
「はぁ」
発言が小物すぎて引くわ。
と言うわけで、俺は胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
「え、何すんの?」
「必殺技とか出しちゃう感じ?」
チャラ男たちが俺を馬鹿にするが、それは一瞬だけのことだった。
「誰かあああああああ! 助けてええええええ!」
いきなり大声で叫び出す俺である。
ビーチにいた無数の目が俺たちを直視する。
「助けてくださーい! ボクの友達がさらわれそうなんですー!」
「ちょ!」
「おまっ、洒落にならねぇって!」
監視員が笛を吹きながら駆け寄ってくる。
チャラ男たちが逃げ出すのを眺めながら、俺は一言「雑魚が」と呟いた。
「啓太、流石にそれは他力本願すぎないか?」
黙れよヘタレ。
何もできなかったやつが俺を批判するなよ。
「ケイちゃん、ありがとう。かっこよかったよ」
「おう。お世辞でも嬉しいぜよ」
明乃が俺を見る目が熱っぽい気がする。熱中症かもしれない。
俺は持参してきたポカリを明乃に渡し、水分補給の重要性を説いておいた。
「ケイちゃん、私を心配してくれるんだ……」
そりゃ幼馴染だからな。
九月。
夏休み中にグレたらしいヤンキーが明乃に絡んできた。
「おっ、いい女発見。今日はあれにしようぜ」
「いいねぇ。俺が一番槍な」
「なっ!? やだ、誰か――」
恐るべき早業である。
明乃は複数人のヤンキーたちに空き教室に引きずられていった。
洋介はそれを唖然と突っ立って眺めていた。
「ど、どうしよう……先生に助けを求めないと……」
「バーカ」
俺はことごとく選択肢を外していく幼馴染を罵った。
俺が百十番したスマホを通話状態のままポケットに放り込み、それから教室に飛び込んだ時には明乃は下着だけになるまで剥かれていた。
「ケイちゃん! 助けて!」
「なんだテメェ。邪魔すんならぶっ殺すぞ」
「邪魔するに決まってるだろ。脳みそ入ってんのかよ」
「はっ! 死ねよ!」
ヤンキーが殴りかかってくる。
俺はボコられた。
ちょっとだけ考えていたのだ。一矢報いることができるかもしれないと。
しかし、無謀だった。
多勢に無勢。五人のヤンキーに取り囲まれ、俺はサンドバッグのように袋叩きにされる。
「もうやめて! ケイちゃんが死んじゃう! 私があなたたちの言うことを聞くから、ケイちゃんを殺さないで!」
「ふーん。いいじゃん。頭がいい女は好きだぜ」
ヤンキーが調子に乗っていた時、パトカーのサイレンが学校中に響き渡った。
「え? お前マジ?」
「サツに頼るなんてダサすぎるだろ」
「ダサくていいんだよ。明乃が守れるならな!」
ヤンキーは勝ち誇る俺の顔面をぶん殴ってから教室を飛び出していった。
やっぱエロゲの世界ってクソだわ。IQ低いやつらが多すぎる。
「ケイちゃん」
明乃がボロボロ泣きながら、ぶっ倒れていた俺にしがみ付いてくる。
「こんなの、ひどいよ……あんまりだよ……」
「明乃が無事ならそれでいいさ」
今回はしんどかった。
俺は両目を閉じる。口の中が血で一杯だった。
そんな俺の唇に何かが触れた……気がした。
十月。
なぜだろう。俺は明乃と予備校の自習室で勉強していた。
ちなみに洋介は公募推薦でFラン大学に入学を決めており、さっさと受験戦争からドロップアウトしてやがった。あいつはクソである。
「ケイちゃん、ここ、わかるかな?」
「うーん。余弦で三角関数でパパパッと」
「ケイちゃん、人に教えるの下手だよね……」
「フィーリングで解いてるからなぁ」
うるさくすると怒られるので、ボソボソと会話する。
明乃は一学期に看護系の専門学校を目指していると言っていた。だから俺と同じ理系である。
明乃の成績なら予備校に通うまでもなく合格できると思うのだが、俺につられて予備校に通うようになったのだろう。まぁ勉強するのは悪いことではないので、俺がとやかく言うことではない。
ちなみに十月の事件は生徒会選挙で応援演説して欲しいと真面目そうな眼鏡男子が明乃のところに押しかけてきて、一緒に演説の草案を考えている時に「こんなに好きになったのは君が初めてだ!」と襲いかかって来る。
明乃は例のごとく俺と洋介に相談を持ちかけた。
「引き受けるべきなのかな。私、人前で演説するの苦手なんだけど」
「別にやってもいいんじゃないか? ちょっと演説するだけだろ」
そして、またもや間違った方を選ぶ洋介。こいつわざとやってんのかな。
「やめとけって。あいつ、真面目な顔をしているけど、ただのムッツリだからな。美少女に応援して貰いたいだけのミーハーだぞ」
「び、美少女って」
明乃が頬を赤らめて照れていた。
「何事も経験だろ。内申で有利になるかもしれないし」
「受験戦争をドロップアウトしたやつが偉そうに語るなよ。内申の影響なんて微々たるものだぞ。その時間で勉強した方がマシだ」
「うーん。ケイちゃんがそう言うなら今回はやめとくね。それに応援って言っても、私、あの人のこと何も知らないし」
と言うわけで、今回は事件を起こさず未然に回避。
ちなみに明乃は二学期に入ってから洋介に弁当を作るのをやめていた。受験勉強で手一杯らしい。仕方ないね。
十一月。本格的な冬の到来が見えてきた時期。
明乃はお隣さん家のドアの前にいた。
「うちのお母さんが晩御飯、作りすぎちゃって。よかったらどうぞ」
「悪いね。いつもお世話になってしまって」
酒臭い息を吐いているのは洋介パパだった。
「あれ? おばさまとヨウ君は?」
「妻はママさんバレーの打ち上げだよ。洋介は部屋でゲームでもしているんじゃないかな」
「そうなんですか。あ、お鍋、台所まで運んでおきますね」
「ありがとう。助かるよ」
家族ぐるみの付き合いがあるため、明乃は躊躇いなく隣家に上がる。
そこで明乃はリビングのテーブルにうず高く積み上げられたビールの空き缶を目撃した。
「……えっと、飲みすぎじゃないですか?」
「はは。こんなおじさんを心配してくれるのかい?」
「心配しますよ。当たり前じゃないですか」
お隣さんで幼馴染の父親である。
明乃にとってはその程度のことだったが、酔っぱらった洋介パパには違った意味で受け止められたらしい。
「明乃ちゃん、優しいんだね。それにしても、美人になったなぁ」
「あ、あはは……ありがとうございます……」
「明乃ちゃんは小さい頃、おじさんのお嫁さんになるって言ってたんだよ。覚えてるかな?」
「え? 覚えてませんけど……」
幼児の言葉など所詮は戯言である。聞き流すべきだ。
しかし洋介パパは明乃のことを己の女だとばかりに血走った目を向けている。
「あ、あの。おじさま……」
不穏な気配を感じて明乃が後退った。その踝に日本酒のビンが触れて、ゴロリと転がる音がした。
「妻は……浮気しているんだ。ママさんバレーなんて嘘なんだ……」
「……それは」
「明乃ちゃん。こんな哀れなおじさんを慰めてくれないか」
洋介パパがすり寄って来る。
明乃の全身が総毛立つ。そして、突然掴みかかってくるならまだしも、じわじわと距離を詰めて来られるせいで、明乃は困惑してしまい悲鳴を上げる機を逃してしまった。元より仲がよかった幼馴染の父親である。突然の凶行に理解が追い付かないのだ。
「明乃ちゃん……今日はおじさんが可愛がってあげるからね……」
「や……やだ……ゆるして……ゆるして、ください……」
「約束したじゃないか。おじさんのお嫁さんになってよ。明乃ちゃん」
洋介パパが明乃の手を引いて寝室に連れ込もうとする。
その時、チャイムの音色が家中に響き渡った。
洋介パパが黙り込む。
二度、三度。チャイムが鳴る。
「……ったく、何やってんだよ。にしても、しつこいな。セールスか?」
洋介がダルそうに部屋から出てきた。
「あれ? 明乃、来てたのか?」
「……う、うん」
「おすそ分けか。何時も助かるよ」
洋介が物音に気付いて部屋から出てくる――と言う選択肢は選ばれなかった。もしもチャイムが鳴らなければ洋介は部屋でゲームに没頭し続け、幼馴染の純潔が散らされていただろう。
「わ、私、帰りますっ」
明乃が早足に家を飛び出した。
不思議なことにチャイムを鳴らしまくっていた存在は姿を消していた。
明乃は部屋に戻り、動悸が収まると、SNSで一通のメッセージを送った。
『ケイちゃんが助けてくれたの?』
首を傾げるクマのスタンプが返ってきた。
明乃は『ありがとう』と入力した。既読が付いただけだった。
十二月。
エロゲってクソだよなと俺は黄昏ていた。なんで善人である洋介パパの頭をおかしくするんだよ。
エロのためですね、わかります。
いや、わかりたくねぇよ。
と言うわけで十二月のネトラレイベントである。
「同じクラスの長野君に告白されたんだけど……」
「断れよ」
俺は即答した。
それに食ってかかるのが洋介である。
「おい啓太。それを決めるのは明乃の自由だろ。外野の俺たちがとやかく言うことじゃないと俺は思うけど」
「お前ってそればっかだよな」
俺は最早期待ゼロの幼馴染をジト目で眺める。
何らかの修正力が働いているとしか思えない言動だった。エロゲのプレイヤーによって洋介の言動が狂わされているのではないかとすら思えてくる。
「いいから断れ。いいな?」
「うん。断るね」
明乃は相談してきた時よりも表情を明るくして頷いていた。
が、その男子は一度断られても諦めずに明乃に告白してきた。
「やっぱり諦めきれないんだ! 俺と付き合って欲しい!」
「ごめんなさい。他に好きな人がいるの」
「そんな! 俺以外の男に明乃が奪われるなんて、絶対に嫌だ!」
と、その男子が明乃に襲いかかる。
はいはい、証拠写真。
スマホのシャッター音でその男子の高校生活は終わった……と思いきや停学一週間だった。処分が甘すぎると思います。
そして、その翌日。
「これは昨日のお礼……ううん、今までのお礼。迷惑だったら捨ててくれていいから」
明乃が俺に弁当を作ってきた。
捨てられるわけないだろう。巨乳美少女JKの手作り弁当だぞ。
それにしても、お礼ね。
受験勉強で忙しいから弁当を作らなくなったはずなのだが、これはどういうことなのだろう。
で、そのお礼はさらに翌日、その翌日も続いて、やがてそれは日常になった。俺は昼休みになると明乃の手作り弁当を食っていた。洋介が「本当にただのお礼なのか? 明乃は俺には弁当を……」と虚ろな目をしながらブツブツ言っていた。
いや。
いやいやいや。
……これ、不味くないか?
一月はセンター試験……の前に初詣である。
そこで明乃は酔っ払いたちに絡まれ、神社の物陰に連れ込まれそうになっていたところにすかさず俺がインターセプト。イベント阻止一丁上がりである。姫始めレ〇プを思い付くエロゲのシナリオライターが恐ろしい今日この頃。
ちなみに初詣には「一緒に合格祈願しに行こうぜ」と誘ってみたところ、明乃は一瞬も迷わずにオッケーしてくれた。
明乃と毎年一緒に初詣に行っている洋介が俺のことを鬱陶しそうに見ているが、なんかもうごめんとしか言えない。
で、月末。とうとうやってきたセンター試験の日。
俺は明乃と試験会場まで足を運んでいた。
「たしか明乃の志望校って共通テスト関係なかったよな。記念受験?」
「そんな感じかな」
この時はまだ、俺は明乃が看護学校を受験すると思い込んでいたのである。
二月。
俺は滑り止めの大学の試験会場に、なぜか明乃と一緒に向かっていた。
「あの。明乃さん」
「どうしたの?」
「なぜゆえに俺と一緒のところに?」
「記念受験かな?」
「いやいやいや、併願受験の費用は馬鹿にならんのですよ!?」
滑り止めは入学金が取られるので軽く二十万から三十万は飛んでいく。遊びで出せる金額ではないのである。
しかし明乃はどこか楽しげに笑うばかりだった。
そして俺は二月後半から始まる国公立の試験会場にも、なぜか明乃と一緒に向かっていた。
「あの。明乃さん」
「どうしたの?」
「なぜゆえに俺と一緒のところに?」
「記念受験かな?」
「流石にその言い訳は無理があると思います」
国公立なんてどう考えても第一志望だ。
俺はようやく明乃が看護学校を目指していないことに気付いたのである。
「明乃さん」
「うん」
そろそろ、認めるべきなのかもしれない。
「……俺と同じ大学に行きたいとか?」
明乃が頬を赤らめて小さく頷いた。
ごめん。洋介。
ちなみにエロゲのイベントは問題なく処理しておいた。違法な薬物を所持していた化学教師は転勤になった。教育界は今日も腐っていた。
三月。
大学の正門前の広場にて、合格発表の紙が掲示板に張り出されていた。
俺と明乃は自分の番号を探していた。流石の俺も心臓が爆発しそうだった。
大丈夫。模試はA判定だ。試験も手応えがあった。自己採点もよかった。だから大丈夫だ。何度も自分に言い聞かせる。
「あ! あった!」
「マジか! おめでとう! 明乃!」
「違うよ! ケイちゃんの番号だよ!」
「俺のかよ! いや嬉しいけど! 明乃の方は!?」
明乃は暗い顔をして俯いた。まさか……。
足元が崩れそうな心地がしている俺に、明乃がペロっと舌を出す。
「私も受かってた」
「フェイントやめろよ! ほんともう、俺をショック死させる気かよ!」
「えへへ。ごめん。でもこれで一緒にキャンパスライフが送れるね!」
俺と明乃は二人抱き合って合格を喜んだ。
付き添いで来ていた明乃パパがそんな俺たちの様子をスマホで撮影していた。
卒業式の前日。
洋介が真面目な顔をして俺に宣言した。
「啓太。明日、卒業式が終わった後、俺は明乃に告白するから」
「……そうか」
「ただの幼馴染はもう嫌なんだ。俺も前に進むことにしたよ」
「……そうか」
「啓太。お前も明乃のことが好きなんだよな。けど悪い。明乃は俺のものだ」
ごめん。
でも、すっごく言いたい。
お前、ピエロだよ。
この一年、お前は何をしていたんだよ。
エロゲの選択肢で正しい方を選んでいれば、まったく問題なく明乃と恋人になれたはずなのだ。なのになぜこいつは、ことごとく外れを選んでしまったのだろう。やはりプレイヤーによって行動を狂わされているのだろうか。
高校二年までは明乃は洋介のことを男として意識していた。毎日弁当を作ってくるのだ。その愛情にさっさと気付いていれば、とっくに付き合えていたはずなのに、すべてを台無しにしたのは洋介自身である。
「なぁ洋介。最近明乃がストーカーされてることには気付いているか?」
「明乃が? まぁ明乃は可愛いからな。ストーカーされるのも仕方ないだろ」
仕方なくねぇよ。
「一応、言ったからな」
最後の選択肢は俺が用意してやった。
しかし、その日の放課後。洋介はさっさと一人で家に帰ってしまった。
大方、明日告白するまで明乃と顔を合わるのは気まずいと考えたのだろう。
「ケイちゃん」
「ああ。帰るか」
放課後のチャイムと同時に明乃が俺のところにやって来る。
そして「その男は誰だぁぁぁ!」とストーカーが俺に襲いかかり、俺は用意していた催涙スプレーをそいつの顔面に吹きかけることになる。
卒業式の後。
校門の前に集った生徒たちが「ズッ友だよ!」と泣き合っている。
明乃はそんなクラスメートたちの間をすり抜けていった。
「待ってくれ!」
そんな彼女に声をかけたのは十年以上の時を共に過ごしてきた幼馴染の少年だった。
「大切な話があるんだ。俺についてきて欲しい」
洋介は覚悟が決まった顔をしていた。
明乃はヨウ君もやればできるんだなと感心したが、しかしそれはいささか遅すぎるとも思った。去年でも一昨年でも、中学の頃でもよかった。その頃に告白されていたなら、明乃はその想いを受け入れていただろう。
「ごめんね。ケイちゃんが待ってるから」
「明乃! 本当に大切な話なんだ! 十分……いや、五分でいいから!」
「ヨウ君」
本当に、今更である。
明乃はなぜか泣きたくなった。一滴だけ涙がこぼれた。それだけだった。
「ごめんね。私、ケイちゃんが好きなの。だからヨウ君の気持ちには応えられない」
「……何で、啓太なんだ。」
洋介は口を半開きにしながら呆然と立ちすくんでいた。
「何で啓太なんだよ。あいつが何をしたって言うんだ……」
「ケイちゃんからは色んなものを貰ったから。楽しいこと。嬉しいこと。悲しいこと。色んな青春の思い出。この一年、とても大変だったけど、でもいい思い出も一杯あったんだよ?」
「わからないよ……俺、ガキの頃からずっと明乃のことが好きだったのに……」
「うん。知ってる。でもヨウ君は何も言ってくれなかったから」
すべて手遅れ。
明乃は自嘲するように微笑み、幼馴染から決別するかのごとく踵を返した。
目的地に向かう。
なぜか担任を胴上げしまくっている集団の中に、明乃にとっての意中の人物がいた。
「明乃か! もうちょい待ってくれ! あと二十回は上げるから!」
「もう勘弁してくれ!」
担任が泣き言を言っている。
しかし二十回どころか五回で生徒側がバテた。担任は許された顔をして他の生徒のところに逃げて行った。
「もう。何してるの」
「これも思い出だって。特攻服を着てくるよりマシだろ?」
「なにその例え。極端すぎるよ」
明乃は自然と収まるように幼馴染の腕に抱き着いた。
最初の頃は抱き着かれる度に動揺しまくっていた啓太も、もう慣れたようで平然としている。
「どこ行くの?」
「一種のケジメを付けに行く感じかな」
「ケイちゃんと一緒なら、どこでもいいけど」
「なら地獄にでも行くとするか」
「ごめんなさい。さようなら」
「おいおいおい。ここは地獄まで一緒に来てくれる流れじゃね?」
他愛のない話をしながら校内を練り歩く。
辿り着いたのは教室だった。
啓太はチョークで落書きされまくった黒板の前で立ち止まる。
「ここでいいの?」
「迷ったんだが、やっぱりここかなって。一年間、一緒に過ごしてきた場所だからかな」
実のところ啓太と明乃が同じクラスになった回数は三回しかない。
洋介とは九回だ。明乃は子どもの頃からずっと洋介と一緒だった。
なのに、こうなった。不思議なものである。
「幼馴染といっても、今年になるまではケイちゃんとはそこまで仲よくなかったんだよね」
「だよな」
啓太が洋介の家に遊びに行くと、そこに明乃がいる。そんな関係だった。
洋介を間に置かなければ会話が成立しないほどだった。
それが変わったのは今年に入ってからだった。カラオケの事件から二人の関係は急速に距離を縮めることになった。
「さて、始めるか」
啓太が居住まいを正す。ついに来た。明乃は生唾を呑み込んだ。
「藤代明乃さん」
「はい」
「俺は、あなたのことが好きです」
「はい」
「俺と、付き合ってくれますか?」
「喜んで」
二人、微笑み合った。
「うっし!」
啓太がガッツポーズをした。
「もう。せっかくいいムードだったのに台無しだよ」
「そんだけ嬉しいってことだよ。あー、緊張した!」
途中まで、すごくいい雰囲気だったのに。
でもそれが啓太らしいのかもしれない。
「ケイちゃん」
「おう」
「不束者ですが、これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ。と言うか明乃って放っておいたら他の男に襲われそうだから、基本ずっと傍にいるけどオッケーだよな?」
「やだなぁ。ケイちゃん、束縛が強いんだ」
「駄目か?」
「ううん。一緒にいて。ずっと一緒にいて欲しい」
二人の顔が引き寄せられていく。
最初に鼻先がぶつかったのも、何というか、啓太らしいと明乃は思った。
と言うわけで、エロゲの物語は幕を下ろした。
「どうしたの、ケイちゃん?」
「感無量になってた」
「まだ生まれてないのに?」
「幸せすぎて死にそう」
「はいはい。出産前に私を未亡人にしないでね」
俺は奥さんのお腹に耳を当てていた。なんだろう。すごく生命の神秘を感じた。
「動いた気がする」
「動いてないよ」
「いや、動いたね。俺じゃなかったら見逃してたわ」
「だから動いてないって」
一瞬たりとも目を離せない美人すぎる若妻のために俺は在宅の仕事をしているほどである。なのにエロゲに出てきそうなクズ男はまったく姿を現さず、キャンパスライフも平和すぎて拍子抜けしたほどだ。
「ケイちゃん。仕事用のスマホが鳴ってるよ」
「あー、出たくない」
「出て下さい。この子のためにもっとお金を稼ぐのです」
「ういうい、この資本主義の犬め。……はいお電話ありがとうございます。こちら中川デザインワークです。ああ、吉田さんですか。何時もお世話になっております。ええっと、二週間ほど前に納品しておりますが。はい、確認の電話も入れて……え、今からですか!?」
仕様変更だった。世の中クソである。
「辛い」
「頑張って稼いでね、パパ」
「単価が高い仕事だから頑張るけどさ。おっぱい吸ってもいい?」
「大きい赤ちゃんだなぁ。この子が生まれるまで待っててね」
二か月のお預けである。だが俺は待てる男なのだ。
俺は泣く泣く部屋に籠り徹夜作業に勤しむことになる。妻の応援がなかったらやってられないレベルのお仕事だった。
さて。
今回のお話でエロ目的のプレイヤーがいたなら、まったく使い物にならなかっただろう。その点についてだけは本当に申し訳ない。
ただ、どうでもいいことだが、俺は何となくこう思っていたりする。
ネトラレ幼馴染。
俺、幼馴染を寝取ってるんだよな。