9 こう見えて意外と胸は大きいのです
午後になり、私は別邸へ向かった。
デザイナーさんに私の身体のサイズを測ってもらうことになっているのだけど……。
「なんで、みんないるの?」
なぜか部屋の前にはトーマやバルテル、従僕長が立っている。
3人は私を部屋に入れるなり、小声で話し出した。
「お前、今日ドレスの試着をするんだって?」
「試着? 今日はサイズを測るって聞いてるけど……っていうか、なんで知ってるの?」
私ですら今朝レナルド様から聞いたばかりのに、なぜ使用人のみんなが知っているのか。
その質問に、3人は気まずそうに顔を合わせた。
「実は、ノエルがドレスの試着をするって話が俺らのところにも伝わってきてな。若い奴らが──お前を女だって知らない奴らが、おもしろがって覗こうとしているんだ」
「ええっ!? 何それ!?」
従僕長はそう説明するなり、ため息混じりに窓のほうをチラッと見た。
この部屋は2階だけど、窓の外には高い木が見える。
まさか、あの木に登って!?
「奥様がいればそんなことはしないんだが、前から予定していたお茶会があるとかで出かけてしまったんだ。だからあいつらは……ノエルのドレス姿を見てからかおうとしているらしい」
バルテルが呆れた様子で言った。
隣に立っているトーマはずっと黙ったままだけど、イライラしているのが思いっきり顔に出ている。
ドレス姿をからかおうとしてるなんて、最低!
でも、今はそれよりも……服を脱いでいるところを見られるのはまずいわ。
「一応注意はしたけど、たぶん懲りずに覗きに来る可能性が高い。だから俺達が直接ここに来たんだ」
「窓はカーテンで見えなくできるが、この扉から覗く可能性があるからな。俺達が部屋の前に立っていれば大丈夫だろ」
「従僕長……バルテル……ありがとう。あとトーマも」
「ついでかよ」
不服そうにボソッとトーマが呟く。
みんなが私の秘密を守ろうとしてくれているのは、素直に嬉しい。私は3人にニコッと笑顔を向けた。
同じようにニコッと微笑んだバルテルが、視線を私の顔から下に向ける。
「……ところで、お前その格好は一体どうしたんだ?」
「おい。バルテ……ぶはっ。お前、せっかく俺がこらえてたっていうのに!」
ブカブカな服を着ている私を見て、2人が笑い出す。
この様子からして、実は最初から私の不恰好な姿をおかしく思っていたらしい。
「……これが1番小さいサイズらしいんだから、仕方ないでしょ! 僕だっておかしいのはわかってるから」
ムスッとしながら文句をいうと、いつものしかめ顔でトーマが言った。
「チビだから仕方ないよな」
「チビィ!? た、たしかに高くはないけど、決してチビじゃな──」
コンコンコン
その時、扉がノックされて4人で目を合わせる。
従僕長が「はい」と返事をして扉を開けると、外には30代くらいの女性が立っていた。おそらくデザイナーの方だろう。
「はじめまして。デザイナーのカーミラと申します。あなたが……ノエルさん?」
「あっ、はい! よろしくお願いします」
「ヴィトリー夫人からお話は伺っております。えっと……」
カーミラさんは私以外の3人をチラリと見回す。
口には出していないけど、なんでここにいるの? と言いたげな顔である。
「あーー……俺達はここで失礼します。すみません」
従僕長がやや焦り気味にそう言うと、3人は足早に部屋から出ていった。
見張り、よろしくね!
「さあ。たしか……女性、なのよね?」
「はい」
「その髪は地毛なのかしら?」
「いいえっ。これは奥様が用意してくださったウイッグです。実際の髪は、胸の下くらいまであります」
そう説明すると、カーミラさんはニコッと意味深な笑みを浮かべる。
「そうなの。でしたら、当日はウイッグをつけているということにして、地毛をアレンジさせていただきましょう。……それから、胸はベストを着て膨らみを隠しているとお聞きしましたが?」
「はい。そのベストを着ると、本当に膨らみがわからなくなって……」
「では実際は……ああ、まぁいいわ。そのベストも脱いだ状態で計測をしましょう」
ベストを脱いだ状態!?
ん!? え? あれ? ……ドレスを着る時って、ベストを脱ぐの?
言われてみればそうだ。
このベストは、シャツのボタンを2つも外せば見えてしまう。ドレスの下に着たら、ベストが完全に出てしまうのだ。
「あの、でも……ベストがないと、胸が……」
「……1度ベストを脱いでみてくださる?」
言われた通りにベストを脱いで、薄いタオルで簡単に隠す。
タオル越しでもわかるほどの胸の存在感に、カーミラさんは苦笑いをした。
「思ったよりも大きいのね。でも……胸をわざと作ってるということにして、そのままでいきましょう。できるだけ肌が見えないように、デコルテ部分はレースで隠すようにして……」
目の前の私をジロジロと見ながら、頭の中ではドレスを想像しているようだ。
邪魔しないように黙って待っていると、ふと我に返ったカーミラさんはニコニコしながらメジャーを取り出した。
「失礼しました。では、計測を始めますね」
*
「はい。これで全て終わりです」
「……あっ、ありがとうございましたっ……」
私はただ立っているだけだったにも関わらず、どっと疲れてしまった。
まさかあんなに細かく測られるなんて……。
恥ずかしさと緊張で、肉体的にではなく精神的に疲れた。
世の令嬢達は、みんな成長と共にこんなことをしているのか……と尊敬すらしてしまう。
ベストを着てシャツを羽織ると、カーミラさんが「あっ」と声を出した。
「小さい執事用の服も頼まれていたのよ。持ってきたのだけど、これを着てみてくれる?」
「! ありがとうございます」
差し出されたシャツに袖を通すと、少しだけ大きいものの捲ることなくいられそうなサイズだった。さっきのブカブカなシャツに比べたら、全然マシだ。
「細いからまだ少し大きいけれど、なんとか大丈夫そうね」
「はい。下もピッタリです」
「ふふっ。女の子だってわかっているからかもだけど、とても可愛らしいわね」
カーミラさんは上品に微笑むと、今度は分厚い本を取り出した。
パラパラとめくるその紙には、色々なドレスが載っているのが見える。
「ドレスだけど、何か希望のデザインや色はあるかしら? ヴィトリー夫人を通じてレナルド様に聞いていただいたのだけれど、なんでもいいという答えしか返ってこなかったそうよ」
「そうですか……」
女嫌いのレナルド様。きっとドレスのデザインなんて、本当に興味ないんだろうな。でも、私だって全然わからない。
「カーミラさんにお任せします」
「あら。いいの? せっかくだから、あなたに似合うとっても可愛らしいドレスにしましょう」
口調は穏やかだけど、目がギラギラと輝いている。
やけに気合いが入っているようで嬉しいけど、なんだかちょっと不安な気持ちになるのはなんでだろう。
「仮縫いができたら、一度サイズ合わせをさせてくれる?」
「はい。よろしくお願いします」
女装として着ることになるわけだけど、生まれて初めてドレスを着る。……私が。平民の私が。男装して雑用として働いている私が!
女だってバレたらって不安もあるけど、どうしてもワクワクしちゃうのは仕方ないよね。