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7 優しい公爵子息と冷たいメガネ執事


 8年もこのヴィトリー公爵家で働いている私だけど、本邸の1階に入ったことは一度もない。

 奥様とお茶をする時は別邸の部屋を使っているし、本邸の掃除は雑用ではなく侍従達がやっているからだ。


 先日呼び出された書斎も、別邸の2階だった。

 この本邸には、基本的には高位使用人しか入れない。




 うわあ……! ここ、こんなに広くて綺麗だったの?




 豪華な部屋だとはわかっていたけど、想像以上の煌びやかな屋敷内に圧倒されてしまう。

 家具や装飾はもちろん、壁紙までもが豪華で華々しい。



「そこに座ってくれ」



 レナルド様の視線の先を見ると、そこにはふかふかそうなソファがあった。とても泥のついた汚い服で座っていい椅子ではない。



「い、いいえ。大丈夫です」


「ずっと立っているつもりか? これからのことを少し話したいから、座れ」


「ですが……汚してしまいます!」



 バッと後ろを向いて、自分の背面──お尻を見せる。

 洗濯中、時々休憩するのに庭に座っていたから汚れているはずだ。それを見れば座れない理由をわかってくれるはず……そう思っての行動だったんだけど。



「……くっ」




 ん? 今、何か吹き出したような声がした?




 チラッとレナルド様を見ると、私から顔をそらして肩を震わせていた。

 どうやら笑っているらしい。



「レナルド様?」


「……ど、どうやったらそんな……きれいな丸い跡が……」


「え?」



 汚れているとは思っていたけど、実際にどう汚れているのかは見ていない。自分のお尻部分を確認して、なんでこんなに笑われているのかがよく理解できた。

 きれいな楕円形の泥の跡が、くっきりとお尻に付いていたのだ。




 うわっ! まさかこんな状態だったなんて。は……恥ずかしい。




 カアッと赤くなった私を見て、レナルド様はさらに笑い出した。

 今では肩を震わせてるどころかお腹まで押さえている。




 ……ツボに入ってる。ついこの前見た奥様にそっくりね。2人のツボがよくわからない……。




「いつまで笑っているんだ、レナルド」



 レナルド様の笑いがおさまるのを待っていると、突然背後から声が聞こえた。

 私達以外、部屋には誰もいなかったはず。その予想外の声に、私はひゅっと息を飲む。



「ノエル……だったな。お前も、どうしてここにいる?」


「!?」



 驚いて振り返ると、そこにはレナルド様の執事兼仕事の補佐──アルフォンス様が立っていた。

 ストレートの黒髪に、メガネの奥から見える冷たい瞳。目が合っただけで寒気を感じてしまうような、冷酷と噂の執事。


 瞬時にその噂は本当だったと思ってしまうほど、優しさのカケラもない見下した目で私を見ている。




 いつの間に背後に!?

 声をかけられるまで、全く存在を感じなかった! てゆーか怖いっ。




「あ、あの……僕……」


「今日からノエルは俺の付き人にする。アルフォンス、お前が色々と教えてやれ」


「はあ? なんで俺が。断る」



 笑いのおさまったレナルド様がそう説明すると、アルフォンス様は心底不快そうな顔をした。

 2人は学生の頃からの友人らしいけど、こんなにもハッキリとレナルド様に意見しているところを見ると驚いてしまう。



「そう言うなよ。俺はこれから王宮に行かなきゃいけないし。お茶の淹れ方とか、服の用意とか、そういうことを教え──って、あっ! その前に、着替えだ。アルフォンス、執事の服を用意してやってくれ。今すぐ」


「こんな小さなサイズがあるわけないだろ」



 

 うっ。小さくてすみませんね。

 これでも女の中では普通……くらいなんだから。たぶん。




 私がムッとしたことなんて気にすることもなく、2人は会話を進めていく。



「とりあえず今日は1番小さいサイズでいい。このままではノエルは座ることもできないからな」


「ずっと立たせておけばいいだろ」


「まあまあ。俺が無理やり連れてきたんだから、それくらいしてやってくれ」


「はぁーー……」



 ジロッと迷惑そうに私を睨みつけると、アルフォンス様は部屋から出ていった。

 口も態度も悪いけど、しっかりとレナルド様の頼みは聞いてあげるらしい。




 それにしても、あんなに怖い人とこれから一緒に働くの? だ……大丈夫かな。




 私の不安な様子を感じ取ったのか、レナルド様が明るく話しかけてくれる。

 もっと冷たい人かと思っていたのに、レナルド様は執事よりも全然優しい。



「あいつは態度は悪いけど、仕事はきっちりやってくれる奴なんだ」


「そうなのですね……。僕の服を取りに行かせてしまって、申し訳ないです」


「まぁ今日だけは特別ってことで」



 そう言ってニヤッと笑ったレナルド様は、まるで少年のように見えた。




 ……いい人、だよね。公爵子息なのに、こんな雑用の私にも優しくしてくれるなんて。王女様や他の令嬢達が夢中になってしまうのもわかるなぁ。




 男だと騙していることに、罪悪感が湧いてくる。

 でもその分、妻のフリをするという任務を全うしなくては。




 全然女だって気づいてないみたいだし、なんとかやっていけそう!




「おい」


「わあっ!!」



 心の中で気合いを入れていると、またまた背後からいきなり声をかけられる。

 相手はもちろんアルフォンス様だ。手には執事が着ている服を持っている。



「これに着替えろ。まだ大きいとは思うが、袖を捲れば着れるだろう」


「あ……ありがとうございます! じゃあ、どこか空いているお部屋で……」


「は? ここで着替えればいいだろう?」


「……え?」



 何をふざけたことを言っているんだ、と顔に書いてある。

 たしかに使用人達はみんな好き勝手に着替えたりしているけど、貴族の人は違うと思ってた。──というか、そうでないと困る。



「俺とアルフォンスは昔からの知り合いだし、そういうことは気にしないんだ。だからここで着替えてかまわないよ。ノエルも今日から俺の付き人だからな」



 レナルド様まで、さも親切なことを言うかのように会話に入ってくる。




 いやいやいやいや。

 お二人がよくても私がダメなんです!!!

 こんなところで服を脱いだら、胸をペタンコにしてるベストを見られちゃうし、女性用の下着だって見られちゃう!




「い、いえ。そんな……僕なんかの着替えなんて、お見苦しくてとてもお二人に見せることは……」


「何を言っているんだ。さっさと着替えろ」



 強く睨みつけながら、ズイッとアルフォンス様が私に一歩近づく。

 



 どうしよう……!!

 早速ピンチなんですけど!?


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