6 そんなに手を触らないでください
仕事内容をブツブツ言ってたら、レナルド様が目を丸くして私を見ているんだけど……何?
「あの、レナルド様?」
「ノエルはいつもそんな仕事ばかりしているのか?」
そんな仕事?
ムッとした気持ちを隠し素直に「はい」と返事をすると、レナルド様は少しショックを受けたような顔をして私から視線をそらした。
小さな声で「まだ13歳だというのに……」と呟いたのが、かすかに聞こえた。
13歳でも10歳でも、平民出身であればこれくらい普通のことなのに。洗濯場に初めて来た公爵子息様には、ちょっと衝撃だったみたいね。
「あの……」
「ノエル。お前は今日から雑用の仕事はしなくていい。手を綺麗に保つのも、妻としての役目だ」
「え? では、僕は何をすればいいのですか?」
「何もしなくていい。ノエル用の部屋も与えるから、そこで自由に過ごしてくれ」
「へ!?」
驚きすぎて、レナルド様に向かって素の返しをしてしまった。
トーマもギョッとした顔で私とレナルド様を交互に見ている。
何もしなくていい? 自由に過ごせ?
……今の倍のお給金を頂くのに?
「それはダメです! 何か仕事を与えてください」
「妻としての準備として仕事をしないこと、これが仕事だ」
レナルド様はさも優しいセリフを吐いたような得意げな顔をしている。
それもそうだろう。高いお給金を貰えるのに仕事をしなくていいなんて、誰もが喜ぶことだ。でも──。
「お願いします。何か仕事をさせてください。手が荒れないように気をつけますから」
そう懇願すると、レナルド様の綺麗な碧い瞳が丸くなった。
信じられないものを見るかのように私を見つめたあと、小さく問いかけてくる。
「……なぜそこまでして仕事をしたがる? 俺が何もしなくていいと言っているんだぞ」
「申し訳ございません。とてもありがたいお話ですが、みんなが働いている中自分だけが楽しているなんて嫌なんです。僕も……何か少しでも働いていたいんです」
小さい頃から一緒に働いていたみんな。
みんなが働いてる中、私だけ何もしないなんて嫌だ。
私の思いをわかってくれたのか、レナルド様は少し考えたあと閃いたかのように口を開いた。
「わかった。では、ノエルは俺の付き人になれ」
「付き人?」
「執事として俺の仕事の管理や書類の準備をするのは難しいだろう。だが、他の簡単な身の回りの世話ならできるはずだ」
身の回りの世話……って、え!?
それって、レナルド様のすぐ近くで働くってこと!?
「ぼ、僕がレナルド様の近くで働くなんて、そんな……」
「それ以外の仕事は認めない。どうする?」
真剣な顔のレナルド様にキッパリと言われてしまった。
トーマは無言のまま首をブンブンと横に振っている。断れ、ということだ。
レナルド様の近くで働くか、何もせず働かないかの2択しかないの? どうしよう……!
「どうする? ノエル」
レナルド様にもう一度聞かれてしまった。
ゆっくりと迷っている時間はない。
「やります!」
そう答えると、トーマがガックリと肩をおとしたのが目に入った。
女だってバレる可能性が高くなるし危険だけど、何もしない選択肢はない! それに、王子の補佐をしてるレナルド様はほとんどお屋敷にはいないし。
大丈夫。さっき手を触られた時だって、バレなかったし──。
「それにしても、ノエルは手も女みたいだな」
ドキーーッ!!
心臓が一気に跳ねる。
──って思ってる側から言われちゃった!!
いつの間にかまた手を触られてるし!
「やわらかいし、指も細いし……って、悪い。13歳ならまだそんなものか」
「い、いえ。気にしていませんから」
女みたいと言われたことに対して謝られてしまった。
本当に男だったなら、ショックを受けるかもしれないし無理もないか。
それにしても、13歳ってことにしておいてよかった。本当は18歳だなんて知られたら、この手ですぐに怪しまれてたところだった……。
ホッと一安心した瞬間、グイッと腕を引っ張られた。
レナルド様が私の腕を掴んだまま、屋敷に向かって歩き出している。
「そうとなったら早速行こう」
「えっ? あの、でも洗濯がまだ途中──」
「……大丈夫か?」
私の言葉を聞いて一度足を止めたレナルド様は、トーマに向かってそう尋ねた。
尋ねたといっても、もちろん答えなんて決まっている。
「……もちろんです」
「ありがとう。代わりに誰かを呼んでこよう。ノエルのことは君からも他の使用人に伝えておいてくれ」
「はい」
トーマはレナルド様と目を合わせることなく、頭を下げたまま答えた。
普通の声だけど、長く一緒にいる私にはトーマが不機嫌になっているのが十分に伝わってくる。
あんなに忠告されたのに、レナルド様のお付きになるなんて決断して……だいぶ怒ってるみたい。あとでちゃんと謝らないと。
「では行くぞ。ノエル」
「はっ、はい!」
屋敷に向かっていく間に何度か振り返ったけど、トーマは私達が見えなくなるまでずっと頭を下げたままだった。