3巻配信記念SS配信記念SS『ノエルが令嬢に嫌がらせをされたら……?』
こちらは本編 最終話の後日談です✩︎⡱
「ノエル。お前、ここにいて大丈夫なのか?」
いつも一緒に洗濯をしていた裏庭で、トーマが眉を顰めて尋ねてくる。
つい最近、結婚報告と同時に「ノエルとはあまり会えなくなるだろう」なんて言われたばかりだからか、隣に立っているバルテルも心配そうな顔だ。
「大丈夫だよ。レナルド様は今日王宮に行ってるし」
「でもアルフォンス様はいるんだろ? バレる前に本邸に戻ったほうがいいんじゃないか?」
「というか、なんで来たんだよ」
優しく言葉をかけてくれるバルテルと違って、迷惑そうに睨んでくるトーマ。
ムッと唇を尖らせて、私はジロッとトーマを睨み返す。
「この前ちゃんと挨拶できなかったから来ただけだよ! 来たら悪いの?」
「悪い。これで俺たちがレナルド様に文句言われたらどうすんだよ」
「だから大丈夫だって言ってるじゃん!」
「ノエルの『大丈夫』は信用できないんだよ」
ひどいっ!!
キッパリと言いきったトーマに反論したいけど、実際に女だってバレたりしたわけだから強く言い返せない。
グッと歯を噛みしめた私を見て、トーマは満足そうな顔だ。
話も中途半端なままだったから気になってたのに!
こんなに邪魔扱いされるなんて……!
相変わらず口の悪いトーマに腹を立てながらも、今までと変わらない態度に正直ホッとしている自分もいる。
レナルド様の婚約者になった私に、敬語を使ってきたり距離を置かれたりしたらどうしようかと少し不安だったのだ。
よかった……。
この2人に態度を変えられたら、ちょっと悲しいもんね。
私の考えていることがわかったのか、バルテルが急に「はぁ……」と小さなため息を吐いた。
「俺たちとのことを心配してる場合かよ。レナルド様と結婚したら、ノエルはもっと大変なことになるだろ? そっちの心配をしなよ」
「大変なこと?」
目を丸くした私とトーマの声が重なる。
何もわかっていない様子の私たちを見て、バルテルがさらに呆れた顔になった。
「ノエルはあのレナルド様と結婚するんだぞ? それが令嬢たちに知られたらどうなるか、考えたらわかるだろ?」
「……!」
ヴィトリー公爵家で働いている者なら誰でも知っている、レナルド様の異常な令嬢人気。
手紙攻撃に事前連絡なしの突撃訪問に大量のプレゼント攻撃。
そして、鉢合わせた令嬢同士の口汚いバトル……。
何度目撃したことか……って、今度は私がその令嬢たちの攻撃の的になるってこと!?
同時に気づいたらしいトーマとバッと勢いよく目を合わせる。
トーマの顔が少し青ざめているけど、きっと私はそれ以上に青くなっているはずだ。
「ノエルが令嬢たちから狙われる……?」
「ねっ……狙われるなんて怖い言い方しないでよ!」
「だってその通りだろ」
否定の言葉を求めてバルテルを振り返ったけど、真顔のままうんうんと頷いている。
トーマに完全同意のようだ。
狙われるって……な、何をされるの!?
「わ、私に会いに、ここにたくさんの令嬢が来る……!?」
「いや。それはないと思う。レナルド様と関係のない令嬢同士の争いとは違って、ノエルはレナルド様の妻だ。表立って争ったりはしたくないはずだ」
バルテルの返答にホッとしたのも一瞬で、すぐにトーマが会話に入ってくる。
「やるなら裏でこっそりと……だ。それが貴族のやり方なんだろ?」
「裏で!? 私は何をされるの!?」
「それは…………殴られたり?」
「ええっ!? 暴力!?」
あっ。でも、力なら私のほうが強い気がする!
……貴族令嬢に反撃なんてできないけど。
「そんなわけないだろ。男同士の喧嘩じゃないんだから」
「じゃあ何をされるんだよ」
意見を否定されてムッとしたトーマが、腕を組みながらバルテルに聞き返す。
暴力は違うと言いつつも、バルテルも答えがわかっていないらしい。うーーんと眉をくねらせて考え込んでいる。
「……贈り物と称してゴミを送ってくるとか?」
「はあ? お貴族様がそんなくだらないことするかよ」
「悪口をいっぱい書いた手紙を送ってくるとか?」
「そ……れは……ありそう……ではあるけど。そんなので傷つくか?」
「トーマは気にしないだろうけど、ノエルは一応女だし」
……一応って何よ、一応って。
バルテルとトーマが一生懸命話し合っているけれど、どれもあまりピンとこない。
平民の私たちには、貴族令嬢の嫌がらせがどんなものなのか想像すらできないのだ。
「まぁ、トーマと同じで、私も悪口の手紙は気にしないかな。会ったこともない人から何か言われても心に響かないし」
「ほらな。コイツは普通の女じゃないんだよ」
「その言い方はなんか嫌なんですけど」
「アスリーたちに何かされても怒るだけだしな。泣いたりもしないし、意外と平気なんじゃないか?」
「そりゃあ、これだけ口が悪いトーマと一緒に過ごしてきたんだから、ちょっとくらいの悪口で泣いたりなんかしないよ」
言い争う私たちを見て、バルテルが「ははっ」と噴き出した。
「たしかに心配いらなそうだな。言われてみれば、ノエルが嫌がらせされて落ち込んでる姿とか想像できないや」
「というか、ノエルって嫌がらせされても気づかないんじゃねーか?」
「あ。わかる」
「何それ!? さすがにそんなバカじゃないよ!」
好き勝手言ってくる2人に反論するけれど、2人は私を無視して話を続けている。
「きっと遠回しに嫌味を言われてもまったく気づかないタイプだな」
「それ、間違いないね」
「…………」
さっきまでは私を心配した深刻な雰囲気だったのに、一気にやっぱり大丈夫だろっていう空気に変わってしまった。
小バカにされているようで、非常に気分が悪い。
いくら私だって、嫌味を言われたらすぐに気づくに決まってるじゃん!
2人ともひどい!
「もう! 私だって繊細な心を持ってるんだからね!?」
まだ楽しそうに笑っている2人をその場に残して、私はムスッと顔をしかめながら屋敷に戻った。