最終話 この人となら……
「ノエル……大丈夫か?」
呆然としている私の様子がよほどおかしかったのか、レナルド様が心配そうに声をかけてきた。
「……話に……ついていけません」
「要するにだ、俺とノエルの結婚には何も問題はないということだ」
「そんな簡単に……」
そう言ってレナルド様を見上げると、いつの間にか顔を至近距離にまで近づけられていた。目の前に整ったレナルド様の顔があり、驚いた拍子に後ろに倒れそうになる。
ちっ、近いっ!!
「……っ! 危ないぞ」
「す、すみませ……」
倒れそうになった背中を支えられて、さらに距離が近くなってしまった。
恥ずかしくて顔を上げられない。離れてくれるのを待ったけど、そのまま抱きしめられてしまった。
!?
腕を回すことができずにそっとレナルド様の服の裾を掴むと、耳元に優しく小さな声が聞こえてきた。
「ノエル……俺は、自分で思っていたよりも独占欲が強いようだ」
「……え?」
「男しかいないこの屋敷に、ノエルがいることが不安なんだ。できれば1日でも早く結婚したい」
そこまで言うと、レナルド様は身体を少し離して私の顔を真っ直ぐに見つめた。そしてニコッと明るい笑顔を私に向けて、得意気に言った。
「そうすれば、同じ部屋で寝られるからなっ」
「!?」
お、同じ部屋で寝られるって!
そんな爽やかな笑顔で言われましても!
「だから、どんな手を使ってでもノエルと結婚できるならありがたいしそうしたい。養子とか貴族になるとか、いきなりで混乱するのもわかるが……できれば受け入れてほしい」
「レナルド様……」
キラキラと眩しい瞳に見つめられて、NOなんて言えるわけがない。
出会った頃からちゃんと私の答えを聞こうとしてくれるその優しさに、思わずフッと笑ってしまった。
私だって結婚したくないわけじゃない。
ここまで求めてくれてるのなら、私もありがたくそのお話を受けよう。
「……はい。こんな私でよければ、よろしくお願いします」
「ノエル……!」
レナルド様が嬉そうに顔を綻ばせる。
碧く綺麗な瞳は、私と視線が合うなり少し色気を感じさせるように細められていく。
ドキッ
なんだか空気が変わった気がする。
鼓動がどんどん速くなり、手が少し震えている。
これは、もしかして……キスされる!?
そう思ったと同時に、私の背中に回された手にグッと力が入ったのが伝わってきた。少しずつ近づいてくるその顔に、私はキスを受け入れる覚悟をする。
わ……! は、初めての……!
目をつぶると、一瞬だけ優しく唇が触れてすぐに離された。終わりかと思ったその時、もう一度唇が重ねられる。離れたりまたすぐされたりと、なかなか終わらないキスに呼吸困難になりそうになる。
ま、ま、待って!!!
恥ずかしさと息苦しさで限界だ。
私がグイッと両手でレナルド様を軽く押し返すと、ピタッとやめてくれた。
「……ノエル?」
「ま、待ってください……もう……」
涙目でそう訴えると、レナルド様は頬を赤くしてニヤッと笑った。
「ごめん。ノエルが可愛くて、つい……もっとしていい?」
「も、もうダメです!!」
「はははっ」
ドキドキしすぎて、もう色々と限界だ。
レナルド様はそんな私を見て楽しそうに笑っている。なんだか悔しい気もするけど、今は心を落ち着かせるのに必死だった。
*
トーマが屋敷に戻ってきたと聞いて、私達は下位使用人達の食堂へと向かった。今はみんながそこに集まっていると思ったからだ。
カーミラさんが用意してくれてた女性用の服に着替えた私は、食堂の扉の前で立ち止まっていた。
ここには、私が女だと知らない人もいる。今、私がこんな格好で入ったら……どう思うかな。
しかも、レナルド様と結婚するだなんて……。
「……入らないのか?」
「あ。は、入ります」
レナルド様に促されて扉を開けると、中にいた人達が一斉に私達を見た。
みんなレナルド様に気づくなり、ガタッと立ち上がって姿勢を正している。どうやら髪型も髪色も違う私にはまだ気づいていないようだ。
バルテルや従僕長など……数人は私を見て目を丸くしているけど。
「トーマ、戻ったのか」
「はい」
みんなの中心にいたトーマが返事をするのを、周りのアスリー達がギョッとした顔で見ている。
レナルド様に名指しで話しかけられているんだもん。そりゃあ驚くよね……。
「ノエルも戻っていたんだな。……色々な意味で」
従僕長が私に向かって話しかけてきた。その一言に、アスリー達がざわざわと周りを見渡している。私を探しているようだ。
ううっ、やっぱり私がノエルだって気づいてない!
仕方ない……自分から挨拶しなきゃ。
気まずい思いを抱えながら、私は一歩前に出てみんなに頭を下げた。
「みんな……勝手にいなくなって、ごめんなさい」
「本当だよ。一言くらい言っていけよな」
私とバルテルの会話を、仕方ないな……と温かい目で見ている組とポカンとした顔で見ている組がいる。間抜け面になっているのは、もちろん私が女だと知らないアスリー達だ。
信じられないものを見る目で、私を凝視している。
「ノ、ノエル……だって?」
「黙っててごめん。私、本当は18歳の女なの」
「えええええ!?」
食堂の中に、大きな声が響き渡る。
あまりのうるささに、思わず耳を塞いでしまった。
「本当にノエル!? 18歳!?」
「こんなに可愛かったのか!?」
「なんでもっと早く教えてくれなかったんだよ!」
「これからは女の格好で働くのか!?」
ギャアギャアと騒ぐアスリー達に囲まれそうになった時、レナルド様にグイッと肩を引かれた。
レナルド様はにっこりと不自然な笑顔を顔に貼り付けている。
「もう一つ報告がある。俺とノエルは結婚することになった」
「えええええーー!? 結婚!?」
「ああ。だからみんなノエルにはあまり会えなくなると思うが、俺がついてるから安心してくれ。それじゃ、これで失礼する」
「えっ? あまり会えないんですか!? ……あっ」
みんながまだ喋っているというのに、不自然な笑顔のレナルド様は私の手をひいて足早に食堂を出てしまった。うしろからは、まだギャーギャー騒いでいる声が聞こえてくる。
……レナルド様ってば……これももしかしてさっき言ってた独占欲ってやつ……なのかな?
嬉しいような、気恥ずかしいような、変な気持ち。
ただ、思っていたよりも心の狭かったレナルド様を知って口元が緩んでしまう。
「ノエル。なんで少し笑っているんだ?」
「……レナルド様のことが好きだなぁって思っただけです」
「!」
レナルド様の顔がカァッと真っ赤になる。
優しくて穏やかで意外と独占欲の強い……可愛い人。好きだと認めてからというもの、どんどんとその気持ちが大きくなっていく。
「……俺もノエルが大好きだ」
「ふふっ。ありがとうございます」
これから忙しい日々が始まるけど、この人とだったら幸せになれる。
この人のためだったら、なんでもがんばれる。
きっと明るい未来が待っているはず──そう信じて、私はレナルド様の大きな手を握り返した。
最後まで読んでくださった方、本当に本当にありがとうございました。
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菜々