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38 奥様の思惑


 今のトーマとアルフォンス様達のやり取りは、なんだったの?




 アルフォンス様は、不思議そうな顔をしている私達を無視して何事もなかったかのようにこちらに向かって言った。



「そうと決まったらすぐに帰ろう」


「ああ。そうだな」



 レナルド様がそう返事するのを聞いて、私はトーマと目を合わせた。

 2人で横に並び、店長や他の従業員の人達にペコッと深くお辞儀をする。



「短い間でしたが、お世話になりました!」


「2人がいなくなるのは寂しいけど、がんばってね」


「ありがとうございます。絶対またご飯食べに来ますね!」


「ええ。待ってるわ」



 笑顔でお店を出たあと、泊まっていた宿に移動して荷物を持ち、改めて屋敷に向かう。

 トーマは公爵家の馬車に乗るのを最後まで拒否したため、乗合馬車で帰ってくる予定だ。私も一緒に乗合馬車で帰ると言ったけど、トーマやレナルド様に反対されてしまった。




 トーマ大丈夫かな?

 みんな心配してるだろうし、一緒に帰りたかったけど……。




 窓の外を見ながら馬車に揺られていると、隣に座るレナルド様が突然「あっ」と声を出した。



「どうかしたんですか?」


「ノエルの部屋を用意させるのを忘れていた……!」




 私の部屋?




 なぜか青い顔をしているレナルド様に、問いかける。



「あの、私の部屋はありますが……あっ、もしかして、出てきたからもう部屋がなくなっちゃったんですか?」


「いや。以前使っていた部屋はまだそのままのはずだが、本邸にノエルの部屋を用意させようと思っていたんだ」


「本邸に!?」



 奥様の侍女は本邸には入れないため、奥様は現在別邸に暮らしている。本人は満足しているし別邸も十分綺麗ではあるけど、それでも奥様も暮らしていない本邸に私が住むなんてありえない話だ。



「そんな! 大丈夫です! 今までの部屋で十分……」


「それはダメだ。あんな男しかいない場所でノエルが暮らすなんて」


「ですが……本邸の使用人部屋ですと、私には広すぎるかと……」


「使用人部屋!? それだって両隣が男になってしまうではないか。ノエルの部屋は俺の寝室の隣にする」


「えええ!?」



 

 レナルド様の寝室の隣……って、どっちもめちゃくちゃ広いですよね!?




 掃除に入ったことがあるけど、レナルド様の寝室と同じくらいの広さはあった気がする。窓も大きくて日当たりも良く、とても過ごしやすい綺麗な部屋だ。

 その部屋で生活する自分を想像すると、違和感しかない。




 平民の私には無理すぎる……!!




「いえ! 私にはもったいないです。せめて使用人部屋の端っこや、もっと狭い部屋でお願いします……」


「ダメだ。俺の近くでないと、誰かノエルに近づこうとする者がいるかもしれないからな」


「そんな人いないですよぉ〜……」


「ノエルはこんなに可愛いんだから、誰が狙ってもおかしくないだろう?」


「!? かわ……!?」



 真剣な表情で堂々と言ってくるレナルド様。

 からかっている様子が全くないことが、本音で言ってくれてると伝わってきて余計に恥ずかしい。




 また可愛いって言われた! な……慣れない……っ!!




 気まずくてうつむいた時、やけに冷めた男性の声が馬車の中で響いた。



「おい! 俺がいるってこと、忘れるなよ」


「あ……」



 私とレナルド様の前に座っているアルフォンス様が、腕と足を組んだ状態でこちらを睨んでいた。イライラとしているのが顔全体に出ていて、ゾッと寒気がしてしまう。

 


「そういうのは帰ってから存分にやれ」



 

 帰ってから存分にって……!




 カアアーーと顔が赤くなった私達をジロッと見ながら、アルフォンス様が付け加えるように報告してきた。



「それから、ノエルの部屋はもう用意してある。お前ががんばって仕事している間にな」


「えっ? 本当か? 部屋の場所は?」


「お前の寝室の隣だ」


「! さすがアルだな!」



 レナルド様の顔がパアッと明るくなると同時に、私の顔は真っ青になった。

 本邸に自分の部屋を用意されたばかりか、レナルド様の寝室の隣であり、それをアルフォンス様に準備させてしまった──なんとも言えない罪悪感に、この場で床に頭をついて謝罪したくなるのを必死に我慢する。




 なんだか怒涛の展開すぎて、そろそろ頭が爆発しそう!!




 目がぐるぐる回る感覚に襲われた時、ヴィトリー公爵家に到着した。






「ここが私の部屋……!?」



 屋敷に到着するなり、私は自分の部屋へと案内された。

 アルフォンス様は気づけばいなくなっていて、私とレナルド様の2人きりだ。

 数回入ったことのある部屋──だったはずなのに、そこには見たこともない可愛らしいカーテンや壁紙で煌びやかに飾られている。




 ここはどこ!?




 ピンクや白を基調とした、女の子らしい可愛い部屋。ヴィトリー公爵家にこんな部屋は存在していなかったはずだ。

 驚いて硬直している私と違って、レナルド様は嬉しそうに「ノエルに似合うな」なんて言っている。




 部屋の準備って、まさか家具や壁紙も全部取り替えることだったの!? これを私のために!?




「レレレレレナルドド様……こここんな部屋にわわ私が暮らすなんて……」


「ぶはっ!! ノエル、声と身体が震えすぎだぞ……はははっ」



 ツボに入ってしまったらしく、真っ青な顔をしている私の横でレナルド様は爆笑中だ。

 どうすることもできずにただその様子を見ていると、いきなり手をつながれた。笑顔のままのレナルド様と目が合い、ドキッと心臓が跳ねる。



「部屋の中をもっとちゃんと見よう」



 入口で立ち止まってしまっていたからか、手を引かれて部屋の中を歩き回される。

 クローゼットの中には、女性用の服が数着入っていた。取り急ぎでカーミラさんが用意してくれたらしい。ドレッサーや大きな姿鏡など、今まで使ったことのない物まで用意されている。




 ……無理!! やっぱりこんな部屋には住めないよ!!




 あまりのすごさに困っていると、部屋の扉をノックされた。


 コンコンコン



「レナルド。ノエル。私です」


「……奥様!?」



 その声に反応してすぐに扉を開けると、ニコニコと嬉しそうな顔の奥様が立っていた。

 私と目が合うなり、ギュッと手を握られる。



「聞いたわ! レナルドと結婚するんですって? ノエルが本当の娘になるなんて、夢のようだわ〜」


「え? あ、あの……」


「実はね、ずっとそうなったらいいのに……って思っていたのよ」



 突然始まった奥様の話についていけない。

 奥様は本当に心から喜んでいるようで、レナルド様にもニコニコと微笑みかけている。




 え!? なんで結婚するって決定してるの?

 私は平民なのに、なんで反対されるどころか賛成されてるの?




「あ、あの、奥様! そのお話ですが、私は平民ですしレナルド様とは身分が違いすぎます! 結婚なんて、できるわけ──」


「それは問題ないわ。ノエルも貴族になっちゃえばいいのよ」


「……へ!?」



 今までも、『うちで働くといいわ』とか『男のフリをすればいいのよ』などと急な提案をしてきた奥様だけど、まさか『貴族になっちゃえ』なんて言われる日がくるとは思わなかった。




 なっちゃえ……って、そんな簡単に貴族にはなれませんよね!?




 驚きすぎている私を見て「ふふふ」と笑いながら、奥様はゆっくりと話し出した。



「実はね、ノエルとレナルドが出会ったら……こうなるんじゃないかって少し期待していたの。母親同士が親友なんだもの。その子ども達だって、きっと相性がいいはずよ」


「……奥様」


「でも、もしそうなっても身分の違いで周りに反対されることもあるでしょう? それが貴族というものですからね」


「…………」


「なので、すでに準備は整えてあるのよ。2人が結婚を望んだ時には、私達のもう一人の親友……ランドール侯爵夫妻が、ノエルを養子にもらってくれることになっているの」


「よ、養子!?」


「そうよ。これで、何も問題なくあなた達は結婚することができるわ」



 ニコニコと嬉しそうに話す奥様と、満足そうに私達を見守っているレナルド様。

 私だけ、頭の中がパニックになっていて話の展開に全くついていけずにいる。




 養子!? お母さんと奥様のもう一人の親友!? え? だめだ……話についていけない……!!




「俺はノエルを妻役に決めたあと、母に言われていたんだ。『もし今後身分違いの恋をしても、何も問題はないから安心して』って。その時は何を言っているのかわからなかったけど、今では本当に感謝しかないよ」


「ふふっ。ありがとう」




 な……なんか爽やかに親子で会話してますけど、え!? え!?




 この流れについていけないのは、私が平民だから──なのか。

 あっさりと無茶な展開を受け入れている2人を見て、ますます自分は貴族にはなれないんじゃないかって思えてくる。

 話は一応終わりらしく、奥様は笑顔のまま部屋から出て行った。


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