36 初恋の相手は
レナルド様に、女でもノエルなら大丈夫だと言ってもらえた──。
嬉しさと安心感で、胸がいっぱいだ。
よかった……よかった……!
「何も言わずに出て行って……申し訳ありませんでした」
「ああ。突然いなくなったから驚いたぞ」
そうだよね。本当に失礼なことをしちゃった……って、あれ? そういえば、なんでレナルド様がわざわざここまで来てるんだろう? アルフォンス様までいたし。
私の謝罪を明るく受け入れてくれたレナルド様を、困惑した目つきで見る。
「あ、あの……そういえば、なぜレナルド様が直接こちらに? 今日のお仕事は……」
「王宮の仕事は休みを取っている。なぜ直接俺が──という質問には、答える前に1つ確認させてもらいたいことがある」
「確認? なんでしょう?」
ずっと笑顔だったレナルド様が、急に真顔になった。
どこか緊張しているような、何かを覚悟しているかのような真剣な表情だ。
な……何?
「ノエル……その、今回屋敷を出た時に1人……ではなかったと聞いたが」
「? はい。トーマも一緒でしたが」
「そのトーマ……とは、前に家族のようだと言っていたが、本当にそれだけなのか?」
ん? 確認したいことって、トーマのこと?
本当にそれだけ……って、どういう意味だろう?
「それだけ、とは?」
「だから、その……将来を誓い合った仲、とか」
レナルド様はずっと気まずそうな様子で、私から目をそらした状態で話している。
将来を誓い合った仲……って、結婚する間柄って意味だよね? え!? なんでそんな誤解を!?
「違います! 前にも言いましたが、トーマは兄弟のようなもので──」
「それは、向こうもノエルのことをそう思っているのか?」
「? そう……だと思いますけど」
私の返事を聞いて、レナルド様はうつむきながらはぁーーっと大きく息を吐いた。
よくわからないけど、何かにとても安堵しているようだ。
レナルド様……どうしたんだろう?
そんなにトーマのことが気になってたのかな?
「あのーー、レナルド様大丈夫ですか? 何かいつもと様子が……」
そこまで言った時、私の手にレナルド様の手が重なった。
大きな手に突然優しく包まれて、心臓がドキッと反応すると同時に一気に緊張感が走る。
え……!?
手を……手を握られてる……!?
ドキドキドキ……と速くなる心臓の音。身体中の体温が上がって、火照るような熱さを感じる。顔が赤くなっているような気がして、無性に恥ずかしい。
「ノエル」
「は、はい?」
少し裏返ったような声で返事をすると、レナルド様がふっとやわらかく笑う。
その笑顔のせいで、さらに私の体温は上がってしまったような気がする。
「ノエルに伝えたいことがあるんだが、聞いてくれるか?」
「え? は、はい……」
「ノエルが出て行ったと知った時から……いや。正確にはその前からだが、ずっとノエルのことばかり考えていた」
「……え?」
「最初は、女のノエルをどう思っているのか……これからどうしていくのがいいのか、それを考えていたはずなのに……なぜか途中からそんなことどうでもよくなってしまった」
レナルド様が何かを思い出したようにフッと笑う。
「……どうでも……?」
「ああ。言い方は悪いが、女だったとかそれを隠していたとかはどうでもよくなったんだ」
「…………」
「それよりも、ただ……ノエルに会いたかった」
隣に座っていたレナルド様が突然腰を上げたかと思うと、そのまま私の前に移動して片膝をついた。
私の手を握ったまま、まるで姫に仕える騎士のように膝をつきこちらを見上げるレナルド様。
そのありえない状況に、私の頭の中は一瞬で真っ白になった。
!?!?
「ノエル。どうやら、俺は初めて女性を好きになったらしい」
「えっ?」
「ずっと頭から離れなかったり、会いたくてたまらなくなったり、他の男といるのが気になって苛立って仕方なかった。アルに教えてもらったが、これは俺の『初恋』だそうだ」
「初恋……?」
「ああ。俺の初恋はノエルだってことだ」
「…………」
目の前にいるレナルド様が眩しいほどの笑顔で言ってくる。
その言葉はしっかりと耳に届いているし、意味も理解できる内容だ。難しい内容ではない──はずなのに、どうしても心がそれを納得できずにいる。
え? 初恋が私って……何? どういうこと? それじゃまるで──。
「あ、あ、あの、レナルド様」
「なんだ?」
「あの……そ、その言い方ですと、まるで……その……レナルド様が私のことを……」
って、そんなわけないよね!?
あぶない! 失礼なことを聞いちゃうところだった!
「い、いえ。なんでもな──」
「俺はノエルのことが好きだ。……ここまで言えばわかってもらえるか?」
「!?」
レナルド様が少し眉を下げて、またまた子犬のような瞳で見つめてくる。その表情と言葉の破壊力に、ボッと顔が真っ赤になったのがわかった。
頭が爆発してしまうんじゃないかっていうほど、驚きと喜びの感情で大パニックだ。
えええええ!?
レナルド様が私のことを好き!? ええ!? えええ!?
「……その反応なら、少なくとも嫌われてはいないようだな」
「!? き、嫌うだなんて……まさか」
フッと優しく笑ったレナルド様の笑顔に、心臓を握りつぶされたかと思った。
ぎゅーーっと強く締めつけられて、今まで必死に表に出ないように隠していた気持ちが溢れ出そうになってくる。
本当に……?
本当にレナルド様が私を……?
今までずっと我慢して胸の奥に隠してた。
会うたびに大きくなっていくこの気持ちを。絶対にどうにもならないからと諦めていたこの気持ちを。認めたくなくて、ずっと気づかないフリをしてきたこの気持ちを──。
ポロッと、涙が一粒頬をつたった。
もう我慢しなくていいの?
「私も……レナルド様のことが好きです……」
「……本当か!?」
「はい……」
そう返事をしたと同時に、ふわっと優しく抱きしめられる。
ボソッと小さく呟いたであろうレナルド様の「……よかった」という声が、私の耳に届いた。
それは私のセリフです……。
女嫌いのレナルド様を好きになってはいけないと、お慕いするだけでも裏切り行為になると、ずっと気をつけてた。
でも、その笑顔と優しさに何度も心を揺さぶられてた。
気づきたくなかった本当の気持ち……もう、ちゃんと認めてもいいんだ。