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34 レナルド視点⑤


「レナルド! ノエルが出て行った!」



 そうアルに言われたのは、朝食を食べに行こうと着替えを済ませたあとだった。

 つい今さっきまで空腹だった腹は一気に食欲をなくし、目の前が暗くなる感覚に襲われる。




 ノエルが……出て行った?




 そのたった一言で、頭の中が真っ白になる。

 サーーッと血の気が引いていくのがわかった。



「出て行ったって、どういう……」


「そのままの意味だ。もうこの屋敷にはいない。……レナルドと奥様、それから俺宛ての手紙が置いてあったらしい」



 アルの手には3枚の紙が握られていた。

 俺の視線に気づいたのか、その中の1枚──『レナルド様へ』と書かれた紙を俺に差し出してくる。

 4つ折りにされた、簡易的な手紙。それを恐る恐る開けると、短い一文が目に入る。



『隠していてごめんなさい』



 たったそれだけの言葉に、さらに目の前が真っ暗になったような気がした。




 なんで……。まさか、俺に申し訳ないと思って?




 昨夜アルに言われた通り、ノエルも俺にクビにされると思ったのかもしれない。この屋敷から追い出されるかもしれないと……。

 だから自分から出て行ったのか?




 一体……どんな気持ちで……。




 その時のノエルの気持ちを考えると、胸が苦しくなる。




 昨夜、もう遅いからと後回しにしなければよかった。すぐに誤解を解きに行けばよかった。そうすれば、こんな決断をさせてしまうほど悩ませることもなかったのに……!




 後悔ばかりが押し寄せてきて、何も言葉にできない。

 無言のまま頭を抱えた俺に、アルが静かに声をかけてくる。



「まさかこんなに早く行動に移すとは……。昨日俺がお前を止めなければ、ノエルは出て行かなかったかもしれないのに……悪い」



 プライドの高いアルが、自分から謝ってくる。

 余程俺に対して申し訳ないと思ってくれているのだろう。その気持ちに、少しだけ救われる。



「いや。そもそも俺の態度や言葉が悪かったんだ。それよりも……ノエルは両親を亡くしていて、身寄りがないんだよな? 1人でどこへ行ったんだろう? 危険じゃないのか?」


「使用人の話によれば、トーマという使用人も同時にいなくなったらしい。おそらくそいつがノエルと一緒にいる」


「……トーマ……」



 その名前はノエルから聞いたことがある。

 たしか、ずっと一緒に働いてきた兄のような存在だと言っていた。自分に何かあった場合は、トーマに頼んでくれればいい……と。




 その男と一緒に、ここから出て行った?




 ノエル1人で大丈夫なのか……という心配は解消されたというのに、なぜか心はモヤモヤとした不安を抱えたままだ。不安というよりは、苛立ちのような不快感に心が占領されている。




 なんでこんなに落ち着かない……?

 誰かに対してここまで苛立ちを感じるのは初めてだ。顔も知らない、話したこともない相手だというのに……。




 そんな俺の顔を見て、アルが呆れたようにため息をつく。



「それで? どうするんだ?」


「……ノエルを探す」


「辞めると言って出て行った相手を、わざわざ探すのか?」


「ノエルが本当にここを辞めたくなったというのなら、きちんと話して納得しよう。……だが、もしノエルが辞めたくないのに出て行ったのだとしたら……。悲しい気持ちでここを出て行ったのだとしたら、絶対に連れ戻す」


「……お前にしては、めずらしく強気な言い方だな」



 アルはフッと鼻で笑うと、メガネをクイッとかけ直してから急に扉に向かって歩き出した。



「どこに行くんだ? アル」


「ノエルの足取りを調べてこよう。絶対に見つけてやるから、レナルドは仕事をできるだけ早く終わらせておけ。……どうせ自分で迎えに行く気なんだろう?」


「……! ああ! ありがとう!」



 まだ心は落ち着かないが、俺は急いで仕事に取り組んだ。

 自分でノエルを迎えに行く──この目標があるおかげで、なんとか集中することができた。


 時々……今2人でいるであろうノエルとトーマのことを考えて、胸を痛めることもあったが。






 

 アルからの報告があったのは、その3日後だった。



「ノエルの居場所がわかった。サンブールという街の食堂で働いているらしい。……トーマも一緒だ」


「! よく見つかったな」


「人探しが得意な専門家に頼んだからな。今泊まっている宿まで見つけてくれたぞ」


「宿? まさか……2人は同室じゃないよな?」



 ノエルが見つかった喜びから一転。すぐに感じた不安を口に出すと、アルは目を細めて俺を見た。



「安心しろ。別の部屋だ」


「よかった……!」



 

 もし同じ部屋だと言われていたら、またあの黒いモヤモヤとした何かに包まれてしまうところだった……。




 心の底から安堵していると、アルが真面目な顔で俺を見ていることに気づいた。

 仕事仲間の執事としてのアルフォンスではなく、俺の親友であるアルの顔だ。普段の堅いイメージから少しだけやわらかくなったその表情に、懐かしさを覚える。



「自分の気持ちがわかったのか?」



 アルからの質問に、ピクッと一瞬体が強張った。

 今までなんでも話せたアルに、正直に言うか少し迷う。だがきっと誤魔化したところですぐにバレるだろう。

 気恥ずかしかったが、覚悟を決めて話し出した。



「……ああ。この3日間、ずっとノエルのことばかり考えていた。女だとか、そういったことは本当にどうでもよくて、ただノエルに会いたいとしか思わなかった。……これが『初恋』なんだろう?」


「……そうだな」



 アルがニヤッと意地悪そうな笑みを浮かべる。

 なぜか、どこか嬉しそうにも見える。顔に、『やっと認めたか』と書いてあるようだ。

 そんなアルに、俺はずっと気になっていたことを聞くことにした。



「アル。その……ノエルが女装……じゃなくて、ドレスを着た日のことなんだが」


「王宮に行った日のことか?」


「ああ。その日、俺……その……」


「なんだ? 早く言え」



 もだもだと話す俺を、アルが苛立ちながら見ている。

 早く聞け! と俺自身思っているのだが、なかなか言葉が出てこない。はっきりと確定してしまうことが怖いからだ。

 だが、聞かなければ──。



「あの時触ったノエルの胸って、もしかして……その……」


「!」



 そこまで言われて、なんの話だかすぐに察してくれたらしい。

 少し気まずそうにアルが口を開く。



「あーー……()()()()か……。うん。まぁ、お前ももうわかっているとは思うが、その通りだ」


「そ、その通りっていうのは……」


「お前が触ったのは、本物の胸だったということだ」


「!!!」



 キッパリと言われて、俺はその場にガクッと膝をついた。

 頭に硬い何かをぶつけられたような衝撃が走って、ガンガンと痛む。恥ずかしさと申し訳なさと自分のバカさ加減に、本気で泣きたくなったのは初めてかもしれない。




 俺は……ノエルになんてことを……!




 口に出しては言えないが、その時のことは今でもよく覚えている。

 完全に作り物だと思い込み、その出来栄えに感動しながらたくさん触ってしまった。感触もまだ忘れていない。



「ああああ……っ!」


「レナルド。その罪悪感と羞恥心は理解できるが、今はノエルを迎えに行くのが先だろう?」



 耐えきれずうめき出した俺に、アルが冷静に声をかけてくる。

 慰めるとか、上辺だけのフォローをしないところがアルのいいところでもあるが、ここは少しフォローの言葉がほしかった。




 ……でも、たしかにアルの言う通りだ。

 ここでこうして後悔してるくらいなら、早くノエルに会ってちゃんと謝ろう!




 ノエルの情報が書いてある紙を見つめて、アルが改めて問いかけてくる。

 


「どうする? 迎えに行くのか?」




 ……当たり前だ!




「もちろん! すぐに行こう!」


「仕事はどうするんだ?」


「ここ数日の王子の補佐は他の者に頼んである。来週からは倍忙しくなるが、そんなことは今はどうでもいい」



 それだけ言うと、俺はすぐに立ち上がり部屋を飛び出した。

 俺がすぐに行くとわかっていたのか、外にはすでに馬車が用意してあった。



 

 ノエル、ごめんな。……早く会いたい。




 どんどんと速くなる鼓動を落ち着かせるように、馬車に乗っている間俺はずっと窓の外を眺めていた。


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