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33 レナルド視点④


 ノエルが女だった……?


 

 13歳の少年。まだ成長途中の、背が低く声変わりもしていない中性的な顔の少年──ノエル。

 その彼が、男ではなく女だった?


 目の前にいるノエルは、薄紫色の長い髪の毛を垂らしていてどこから見ても女にしか見えない。



 いや。女にしか見えないというのはおかしい。

 だってノエルはたしかに女なのだから。本人がそう認めたのだから。女に見えて当然なんだ。だって女なんだから。



 ……ダメだ! 頭がパニックになっていて、自分で何を言っているのかよくわからない。




 俺はショックを受けているのか?


 大嫌いな女がすぐ近くにいたと知って、嫌悪感を?

 騙されていたと知って、憤りを?



 

 ……いや。少なくとも、嫌悪感はない。だからこそ戸惑っているのだ。

 若い女が俺のすぐ近くで働いていて、今実際に目の前にいるというのに拒否反応がない自分に戸惑っているんだ。




 なぜ平気なんだ? 女だぞ?

 俺に黙ってずっとこの屋敷で働いていたんだぞ?


 ……なぜ、心の奥底で安心している自分がいるんだ。

 



「も、申し訳ございません!! 女でありながら、男のフリをして働いていて……そしてそれをずっと隠していて、本当に……本当に申し訳──」



 ノエルがガバッと頭を下げて謝罪をしてくる。

 地面に両膝両手をつき、額が土に触れてそうなほど顔を下げているノエルを見て、咄嗟にその肩に手をのせる。



 

 そんなに頭を下げるのはやめてくれ……!




 自分がそこまで怒っていないことを伝えたいのに、バッと顔を上げたノエルと目が合った瞬間──思わず顔をそらしてしまった。

 怒りだとか嫌悪感だとか、そんな理由じゃない。

 ただ、ノエルと目を合わせていられなかったからだ。




 なんだ……? ノエルの顔を見るだけで、鼓動が激しくなって胸が苦しい。




 今、自分がどんな感情なのかよくわからない。

 わかるのは、今すぐノエルと話し合うのは難しいということだけだ。もう少し落ち着いた状態でゆっくり考えたい。



「少し……気持ちの整理をさせてくれ。詳しい事情や話は、また今度聞く。今は……ノエルの顔をまともに見れそうにない……」



 自分の気持ちを正直に伝える。

 ノエルの顔は見れないが、小さく「はい」と返事をしたのは聞こえた。


 アルが来たのは、そのすぐあとだった──。






 馬車で屋敷に戻ったあと、アルからノエルの話を聞いた。


 母とノエルの母親が親友だったこと。

 ノエルをこの屋敷に呼んだのも、男としてここに残るよう提案したのも、母が言い出したのだということ。

 13歳ではなく、本当は18歳だということ。

 俺を騙すつもりではなく、最初から呼び出しにも応じるつもりがなかったこと。



 

 いきなり妻の役を頼まれて、きっとかなり動揺しただろう……。




 なんとか俺に気づかれないように気を張りながら仕事をしていたのかと思うと、少しの罪悪感とともにその必死さが微笑ましくもある。

 そして、妻の役を頼んでいなかったならノエルと出会えていなかったという事実が、恐ろしくも感じる。




 話を聞いてだいぶ冷静になってきたが……それでもやはり、ノエルに対する嫌悪感はないな。




 とはいえ、ノエルは女だ。

 それを俺が知ってしまった以上、もう男のフリをさせたまま働かせるわけにはいかない。

 女の姿に戻した状態で、付き人を続けてもらうか雑用に戻したほうがいいのか……。


 そんなことを考えていると、アルがやけに険しい顔で尋ねてきた。



「……ノエルを追い出すのか?」


「え?」




 ノエルを追い出す?




 考えてもいなかったことを尋ねられて、一瞬何を言われているのか意味がわからなかった。

 ポカンと口を開けたままの俺を見て、アルがすぐに違和感に気づいたようだ。



「追い出すんじゃないのか?」


「なんでそんな結論になるんだ?」




 ノエルを追い出すわけがないだろう?




 俺のそんな考えが読み取れたのか、アルは眉間にシワを寄せて俺を睨んできた。怒っているようで、どこかホッとしているようにも見える。



「お前がノエルに『本邸には来るな』って言っていたから、てっきりクビにするのだと思ったぞ」


「そんな言い方はしてないだろ!?」


「俺にはそう言っているように感じたぞ。おそらくノエルも……。だからアイツはあんな泣きそうな顔で謝ったんだ」


「泣きそうな顔?」



 最後、少し離れた場所から頭を下げて謝ったノエル。

 しかしその時の顔は見えなかった。──見えなかったというより、まだノエルの顔をまともに見れずにいたから見なかった。


 泣きそうになっていた? ノエルが?



「な、なんで泣きそうになるんだ!?」


「だから、お前に拒否されたと思ったからだろ?」


「拒否なんて……」


「あの言い方は、拒否されたと思われても仕方ないぞ。違うならなんであんな言い方したんだ?」


「…………」




 拒否したと思われた? 俺がノエルを?

 ……違う。拒否なんてしてない。本邸に来なくていいと言ったのは、ただこれからをどうするか考えたかったからで……。

 クビにするとか、追い出すとか、そんなこと考えたこともないのに。




「……ノエルに謝ってくる!!」



 ガタッと勢いよく立ち上がると、アルに腕をつかまれた。



「ちょっと待て! 今後のことは全部決めたのか!? 中途半端な状態で会ってどうするんだ」


「だが、ノエルが傷ついているならまず先に誤解を解かないと──」


「わかった! それについては、俺が話すから。だからお前はまだノエルに会うな」


「なんで……」


「お前がノエルに対しての気持ちをはっきりさせない限り、会ってもまた傷つける可能性があるからだ。目も合わせない、まともに会話もしないままの状態でただ謝られても、ノエルが安心できると思うのか?」


「…………」



 アルがめずらしく声を張り上げている。

 その声や目で、どれだけ真剣に忠告してくれているのかが伝わってきた。




 たしかに……今は平気だが、ノエルを前にしたらまた顔を背けてしまうかもしれない……。




 黙ったままうつむいた俺を見て、アルが腕の力を緩める。ふぅ……と小さくため息を吐いたあと、少し気まずそうに問いかけられた。



「もう、なんとなくわかっているんだろう? ノエルへの気持ちを」


「ノエルへの気持ち?」



 よくわからない質問を聞き返すと、アルが目を見開いて俺を凝視してきた。その恐ろしい顔に、思わずビクッと体を震わせてしまう。




 な、なんだ!?




「は? まさか、全然……ほんの少しもわかっていないわけじゃないよな?」


「なんの話だ? 女だとわかってノエルをどう思ったのかってことか?」


「……とりあえずその答えを聞こうか」


「それが不思議なんだ。女はまだ苦手なのに、ノエルに対しては全く嫌悪感がない。それどころか、なぜか……女だとわかってどこかホッとしている自分がいるんだ。……ノエルが女でも嫌悪感がないのは、なんとなく理解できる。だが、なんで安心しているのかが全くわからなくて──」



 真剣に自分の気持ちを話しているというのに、アルの顔はどんどん引きつっていく。今では、俺のことを虫でも見るような蔑んだ目で見ている。

 俺の悩みを真面目に考えてくれているのではなく、まるでくだらない話でも聞いているかのような態度だ。



「よし。じゃあ今夜はもう遅いから、俺は明日の朝ノエルのところに誤解を解きに行く。お前はそれまでの間、その理由をよーーーーく考えておくんだな」


「え? 何かアドバイスはないのか?」


「俺からのアドバイスはこれだけだ。〝初恋、おめでとう〟」


「はつこ……?」



 アルはそれだけ言うなり、スタスタと部屋から出ていった。

 1人ポツンと取り残された俺は、その場から微動だにできずにいた。




 はつこい? はつこい……初恋? ……初恋!?




「初恋!?」




 なんだ!? どういう意味だ!?

 まさか……俺がノエルのことを、そういう意味で好きだと……?




 幼い頃から女性が苦手で、今まで誰かを好きになったことなどなかった。これからも、絶対に好きになることはないと思っていた。




 その俺が……初恋?

 だからノエルが女だとわかって安心したのか?




 頭の中がグルグルして、うまく考えることができない。頭が真っ白になっていくにつれて、自分の体は熱を持っていくように熱くなっていく。

 今夜はまともに寝られる気がしなかった。

 


 ノエルが出ていったとアルから聞いたのは、次の日の朝だった。


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