3 女装して妻のフリって……無理です!
「ノエル! 大変だ! お前も書斎に来るようにと名指しで呼ばれた!」
そう従僕長に言われた時、私は驚きすぎて拭いていたお皿を落としそうになってしまった。
ええ!? 名指し!? レナルド様が、私を!?
なんで!? レナルド様は、私の名前どころか存在すら知らないはずなのに……!
「ど、どうして……」
「それが、アスリーの奴がお前のことを言ってしまったらしいんだ」
「そんな……なんで……?」
アスリーとは昨年入ったばかりの新人で、私が女だと知らない若い男だ。
「どうやら、レナルド様は身長が低く痩せ型で女顔の使用人を求めているそうなんだ。背が高い奴や、太ってる奴、男らしい顔つきの奴はすぐに帰されたらしい」
「はあ……」
背が低くて痩せてて女顔を求めてる?
まさか、本当にバルテルの予想した通りそういうお相手を探してる……?
というかその条件って私にぴったりだけど、もし選ばれたら絶対に女だってバレちゃうやつ!!
「それで、残ったアスリーが『その条件ならノエルがピッタリだ』って言ってしまったらしくて。この場に来てない使用人がいると、レナルド様にバレた」
「そんな……っ」
そこで私のことを言っちゃったの!?
まぁ、アスリーは私が女だって知らないんだから仕方ないけど。でも──
「え、じゃあ僕も行かなきゃダメってことですか?」
「ああ。名指しで呼ばれてしまったからな。今すぐに向かってくれ。奥様にも伝えたが、遅れた理由に自分の名前を出していいと言ってくださった」
「わ、わかりました」
とりあえず持っていたお皿を片付け、エプロンを外す。
いきなりな展開に、どんどん心臓の動きが速くなっていく。
緊張してきた!!
初めてレナルド様と会うんだけど! 大丈夫かな!?
「じ、従僕長! 僕、ちゃんと男に見えてますか!?」
「……安心しろ、ノエル。事実を知ってる俺には完全に女にしか見えないが、知らなければ男に見えないこともないぞ」
それ安心していいの!? ダメじゃない!?
「とりあえず、お前はここではまだ13歳の少年ということになっている。13歳なら、その身長体型でもその声の高さでも、男として通じるからな。18歳だと言うなよ?」
「わかってます。……じゃあ、行ってきます」
「ああ。気をつけろよ」
従僕長に応援されながら、私は1人で別邸の書斎へ向かう。
気持ち的には、まるで戦場へ向かう兵士のような気分だ。
もし女だってバレたら、ここを出て行かなきゃいけなくなる……! それは嫌だ。あまり話さないようにして、絶対にバレないようにしなきゃ!
2階の書斎に向かうと、入口の前にトーマとバルテルが立っていた。
私に気づくなり、2人が駆け寄ってくる。
「大丈夫か、ノエル?」
「なんで2人が廊下にいるの?」
「俺達は背が高すぎるとかで出ていっていいと言われたんだ。でも、出る時にアスリーがノエルの名前を出したのが聞こえたから……」
なるほど。心配して待っててくれたってことか。
「安心して。こんなに近くで会うのは初めてだけど、ちゃんと男らしく振る舞うから!」
笑顔でグッと拳を作ってみせると、2人は目を細めて呆れたような視線を向けてきた。
「な……何?」
「お前、言っておくけど余計なことはするな。ただ黙ってるだけでいい。わかったな?」
「無理に男らしくしようとするな。13歳の少年っぽく、ただ立ってるんだ。いいな?」
「……………」
そんなに私って男らしさがないのかな?
背筋を伸ばして堂々としてるつもりなんだけどな。
「とりあえず行ってくるよ」
「ああ。気をつけろよ」
コンコンコン
2人がすぐ後ろで見守る中、書斎の扉をノックする。
中から「入れ」という声が聞こえたけど、この声がレナルド様?
「失礼します」
そう言いながら扉を開けると、中にはアスリーを含む3人の若い使用人と、執事、そしてレナルド様が立っていた。
綺麗な銀髪に碧い瞳。令嬢達が夢中になるのもわかるほど、整った顔をしている。
「お……遅くなって申し訳ございません。奥様に呼ばれておりまして……」
「かまわない。こっちへ」
全員に注目されている中アスリー達の横に並ぶと、レナルド様が目の前にやってきた。
ジロジロと、遠慮なく私の顔や身体をチェックしている。やけに険しい顔をしているので、バレないかと心配になる。
「君がノエルか。……たしかに、背も低くて中性的な顔をしているな」
ドキッ
な、なんだかめちゃくちゃ見られてる!!
あのレナルド様が目の前に! こんなに近くで見るのも初めて! 大丈夫だよね? 男の格好してるし、女だとは思われないよね?
どうしても目が泳いでしまい、レナルド様と目を合わせられない。
「ノエル、君は何歳だ?」
「じゅ……13歳です」
「13歳か。女性の格好をすれば、16歳くらいには見えそうだ」
16歳!? ……私は本当は18歳なんだけど。
というか、『女性の格好をすれば』って何!? なんかバレた!?
なんだか嫌な予感がする。
威圧感とかは全く感じないけど、何か変な気配を感じる。
「声もまだ高いし……うん。この中ではノエルが1番適役のようだ」
「???」
何? 何? 何かに選ばれたっぽい? 適役って何? まさか本当にそういうお相手に……だったらまずい!!
「ノエル。女装して俺の妻のフリをしてくれ」
「…………はい?」
私の隣に並んでいる他の使用人からは、「えっ」という小さな驚きの声が聞こえた。
それもそうだろう。もしここで私が選ばれていなかったら、自分が選ばれていたかもしれないんだから。
女装!? 今男装してる女の私が、女装する!?!?
えっ。ちょっと意味わかんないんだけど、これって……危険だよね? ダメだよね? 女ってバレちゃう可能性高いよね?
なんとか断らなくちゃ!!
「嫌だとは思うが、もうこれしか方法がないんだ。その分報酬は渡すつもりでいる」
「あ、あの。でも、僕よりもアスリーのほうが適役じゃないです……か?」
「アスリー?」
私と他の使用人が、アスリーに視線を送る。
アスリーもまだまだ成長期の途中なので、背も低く身体のラインも細い。
全員からの視線を浴びたアスリーは、慌てて私を指差した。
「お、俺よりもノエルのほうが適任に決まってるだろ! 俺より背も低いし、声だって高いし、顔だって女みたいじゃん! お前のほうが、絶対に女装が似合うよ!」
余程女装したくないらしい。
同じ考えの他の使用人達も、全員うんうんと頷いている。運が悪く、ここに残った使用人達は全員私が女だと知らない新参者ばかりだった。
レナルド様の執事も、勤務歴は長いけど関わりがなさすぎて私が男装していることを知らない。
うう……まぁ、それはそうだよね。だって私、本物の女だし。
「どう見てもノエルのほうが適任だろう」
レナルド様にもそうハッキリと言われてしまった。
ここで私よりもアスリーのほうが女装が似合うと言われていたら、それはそれで複雑ではあるけど。
「でも、その――あっ、妻っていうのは、一体……?」
返事をする前にそう尋ねると、レナルド様の顔色が曇る。
レナルド様は私と執事以外の使用人を部屋から出すと、ゆっくりと話し出した。