29 女だと知られてしまった
「んん……」
誰かに肩を掴まれている感覚がして、目を覚ます。
あれ……? 私、何してたんだっけ?
薬の実を飲み込んで寝てしまったレナルド様。最初は心配したけど、驚くほどのスピードで顔色がよくなり、あっという間に熱が下がった。
誰か迎えに来るかもしれないとハウスの入口付近に来た私は、そこに座ったまま寝てしまったようだ。
顔を上げると、すぐ近くに目を見開いた状態で私を見ているレナルド様がいた。
「レナルド様! あっ……僕、寝てしまって……すみません!」
「…………」
ペコーーッと頭を下げたけど、レナルド様からの返事はない。
……ん? どうしたんだろう?
もう一度顔を上げると、レナルド様は先ほどと変わらない状態のまま固まっていた。
まるで信じられないものを見るような目で私を見つめているので、言い知れない不安に襲われる。
な、何? なんなの??
「ノエル……」
「はい?」
やっと口を開いてくれたレナルド様だけど、怪しいものを見る目つきは変わらない。首を傾げながら返事をすると、レナルド様がゴクッと唾を飲み込んだ音が聞こえた。
「ノエルは……女だったのか?」
「え……?」
その言葉に、サーーッと血の気がひいていく。
咄嗟に目をそらすと、地面に茶色のウイッグが落ちているのに気づいた。自分の胸元には、地毛である薄紫色の髪の毛が見える。
えっ!? ウイッグが取れてる!
ギュッと自分の長い髪の毛を掴む。間違いなく、そこに落ちているのは私のウイッグで、今の私は本当の髪の毛を曝け出している状態だ。
予想外の事態に、レナルド様の顔を見ることができない。
ドッドッドッ……と心臓の音が大きく速くなっていく。
どうしよう……!
「ノエル。その長い髪は、ウイッグではなかったのか?」
「…………」
優しく温かなレナルド様の声が、低く冷たくなっている。
「本当は女なのに、男のフリをして働いていたのか?」
私が何も答えなくても、レナルド様の冷静な質問は止まらない。
今、彼がどんな顔をしているのか見るのが怖い。
声だけでなく目まで冷たく見据えられていたら……と思うと、怖くて顔を上げられない。
「ノエル。本当に……本当に女なのか?」
「…………」
どうしよう……どうしよう!!
なんて言って誤魔化せばいいの? 男だけどただ髪を伸ばすのが好きだったとか? でも、もし体を確認されたらすぐに女だってバレちゃう!
でも……女だって言ったら、ここから出て行かなきゃいけなくなる……!
何も答えられず、下を向いたままギュッと目をつぶった。
レナルド様は急かすつもりはないらしく、ただ黙ったまま私が答えるのを待ってくれている。
女だと言ったら、もうレナルド様の近くにはいられない……。
でも……でも、ここまで気づかれている状態で嘘をついたら……きっと、レナルド様に二度と信用してもらえない気がする。
会えなくなったとしても、もうこの人を騙したくない。
「…………はい」
「! 今……はい、と答えたか? それは、女であることを認めると?」
「はい……」
レナルド様が、ひゅっと息をのんだ音が聞こえる。
まだ顔を上げられずにいた私は、そのまま地面に両手をついた。頭を下げたまま、大きな声で謝罪をする。
「も、申し訳ございません!! 女でありながら、男のフリをして働いていて……そしてそれをずっと隠していて、本当に……本当に申し訳──」
そこまで言った時、レナルド様の手がそっと肩に触れた。
慈悲を感じる優しいその手に、思わず顔を上げる。綺麗な碧い瞳と一瞬目が合ったが、すぐそらされてしまった。
ズキッ
今まで見たことがない気まずい表情をしているレナルド様を見て、胸に何かを刺されたような痛みが走る。いつも笑いかけてくれた優しいレナルド様が、目の前にいるのにすごく遠くに感じる。
私に対して心の距離をあけているのがすぐにわかった。
「あの……」
「少し……気持ちの整理をさせてくれ。詳しい事情や話は、また今度聞く。今は……ノエルの顔をまともに見れそうにない……」
どこか悲痛なその声に、胸がさらに苦しくなる。
すぐ近くにいた人物が、実は女だったなんて……そんなの騙されてたってショックを受けるに決まってる……。
今すぐに出ていけと言われなかっただけ、ありがたい話だ。顔を見られないと言われたことを悲しむなんて、私にそんな資格はない。私のほうがもっと傷つけているのに……。
ズキズキと痛む胸を押し込んで、「はい」と返事をした時──ハウスの扉が開いた。
「レナルド! ノエル! 大丈夫か?」
「アル……」
「!?」
迎えに来てくれたアルフォンス様が、私を見て硬直している。レナルド様の前でウイッグを取った姿でいるのだから、驚いて当然だろう。
すぐにこの気まずい空気も察してくれたようだ。
「ノエル、その髪……」
地毛は見られたけど、女だとバレたのかはまだわからない。アルフォンス様はどう尋ねていいのか迷っているようだ。
「女であると、打ち明けました」
「そうか……。レナルドの様子を見る限り、熱は下がったみた──」
「! アルは知っていたのか!?」
私とアルフォンス様のやり取りを見て、レナルド様がギョッとして私達を交互に見る。
複雑な顔をしている私とは違い、アルフォンス様の表情は変わらない。堂々とした態度でレナルド様の問いに答えた。
「ああ。偶然知ってしまってな」
「なぜ黙っていたんだ?」
「それは……奥様が隠されているから、俺から伝えるわけにはいかないと……」
「母も知っているのか!?」
「…………」
全てが初耳なレナルド様は、目を大きく開けてずっと驚いている。
どこから説明するべきかと迷っているアルフォンス様を見上げて、答えを待っているレナルド様の姿がなんだか幼い子どもみたいだ。でも──
全然私を見ない……。
意図的に私を見ないようにしているのがわかる。
どこか不自然なそのレナルド様の態度に、アルフォンス様も気づいているはずだ。
『ノエルの顔をまともに見られそうにない』
そんな言葉を思い出し、胸がまたズキズキ痛む。
やっぱり、こんな近くに女がいたら困るよね。
レナルド様は優しいから、はっきりと近づくなって言えないんだ。私から離れないと……!
「あのっ、僕、先に屋敷に戻ってます!」
落ちていたウイッグを掴み、バッと勢いよく立ち上がる。そして、言うと同時にアルフォンス様の横を通り過ぎて外に出た。
「ノエル! 馬車がそこに……」
「大丈夫です! 走って帰れますから!」
アルフォンス様にそう答えながら振り返ると、レナルド様が立ち上がって私を見ていることに気づいた。何かを言いたそうな顔を見て、思わず足が止まる。
「レナルド様……」
「ノエル。その……今日は……いや。しばらくは、本邸には来なくていい」
「!」
ガクッと、膝から崩れ落ちそうになった。
それくらい一瞬で、私の力が抜けかけたのだ。
本邸に来なくていい……そうだよね。顔を見たくないって言われてるのに、本邸に行くのはおかしいよね。お付きである以上、レナルド様と会わないわけにはいかないし。
なんとか頭で理解しようと、繰り返し自分に言い聞かせる。
そうでもしないと、今すぐにでも泣いてしまいそうだったから──。
女だと知られたら、もうレナルド様の近くにはいられないってわかってたのに……!。
私は顔を下に向け、そのまま深くお辞儀をした。
涙をなんとかこらえながら、絞り出すように謝罪をする。
「本当に……申し訳ございませんでした」
そのまま私は、2人の顔を見ずに振り返って走り出した。