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25 雷が鳴っていたから


「はぁ……はぁ……」



 こんなに全速疾走したのは久しぶりかもしれない。

 私は肩で息をしながら、薬草畑の奥にあるハウスに向かった。詳しいことはわからないけど、薬草は日に当たる場所や日陰、ハウスの中などその薬草に合った場所で栽培・管理をされているらしい。




 たしか、この右側にあったはず……。




 以前来た時の記憶を思い出しながら歩いていると、目当てのものを見つけることができた。

 紫色の、小さな実。



「これも薬だったのね。このまま食べるのかな?」




 そういえば、どれくらい持っていけばいいのか確認するのを忘れてた。どうしよう。数もそんなにないから、少量でいいのかも……。




 足りなかったらまた取りに来ればいい。

 そう思い、とりあえず適当に数粒の実を摘み籠へ入れた。潰れないよう、柔らかなハンカチに包んでおく。




 よし! これでレナルド様の熱も下がるはず!




 ここからお屋敷まで、走って7分くらいだ。

 まだ体力は完全には戻ってないけど、なんとか10分以内には帰れるだろう。

 そう思ってハウスのドアを開けると──。


 ザーーーーッ



「えっ?」



 さっきまでは降っていなかったのに、外は雨が降っていた。まだ昼間だとは思えないほど、空も暗くなっている。


 ゴロゴロ……



「うわっ。雷まで? どうしよう……」



 

 私が濡れるのは構わないけど、この実は水に弱いって先生が言ってたよね?

 濡らすわけにはいかないし、雨がやむのを待つしかないか……。もう! こんな時に!




「はぁ……せっかく走ってきたのに、意味なくなっちゃったな。早くやむといいけど……」



 ドアを閉めて、外の雨音に集中する。

 雨がやんだらすぐに出発しよう──。


 ザァーーーー

 ポタ……ポタ……

 ゴロゴロ……ピシャッ


 雨の降っている音、ハウスの屋根から水滴が落ちる音、雷の音。暗く静かな場所にいるせいか、やけに気味が悪く聞こえてくる。




 うう……。なんだか、怖いなぁ。10分は経過したと思うけどまだやみそうにないし、どんどん暗くなっていくし……。誰か迎えに来てほしいけど、こんな雷の中傘さすのも危険だし、誰も来ないよね……。




「よし! 歌でも歌おう!」



 グッと気合いを入れて両手を握ると、スゥーーッと大きく息を吸い込んだ。



「あ〜〜め〜〜あ〜〜め〜〜ザーーザーー降るよ〜〜! は〜〜やくやめやめ雨よやめ〜〜♪」



 即興の歌を大声で歌う。

 今の気持ちをそのまま歌詞にして適当に歌っているけど、意外と楽しいし恐怖も薄れていく。




 うん! 怖い気持ちもなくなってきた!




「く〜〜すり〜〜のぉ実ぃはぁ〜〜♪ あ〜〜め〜〜に〜〜弱い〜〜♪」


「……なんだ、その歌……」


「ぎゃあっ!!!」



 自分しかいないはずなのに、突然聞こえた男の人の声。

 全身がビクーーッと震え上がり、思わず叫んでしまった。すぐに声のした後ろを振り返る。



「レ、レナルド様!?」



 声を聞いた瞬間すぐ頭に浮かんだ人物ではあったけど、まさかと思っていた。だって、彼は今熱が下がらずにベッドで寝ているはずなのだから──。




 なんでレナルド様が薬草ハウス(ここ)に!?




 顔を下げて身体を震わせているレナルド様を見て、慌てて駆け寄る。

 熱があるのだ。立っているだけで辛いはず。



「レナルド様! 大丈夫ですか!?」



 すぐに駆け寄って背中を支えると、レナルド様が震えていたのはただ笑っていただけだったことに気づく。困ったような笑顔で私を見て、声を絞り出すようにして話し出す。



「大丈夫……ではないが、大丈夫だ。……ふっ、くくっ……と、ところで、さっき歌っていた歌はなんだ? 初めて聞いたが……」


「……僕が作った歌です」


「ぶはっ。そ、そうか……ノエルが……作っ……くくっ」


「…………」




 ううっ。恥ずかしいっ!

 まさか誰かに……よりにもよってレナルド様に聞かれちゃうなんて! ……って、それよりも!!




「レナルド様こそどうしてここに? まさかお一人で歩いてきたのですか?」


「ああ」


「どうしてですか? 熱だってまだ下がっていないのに……!」



 レナルド様の羽織っているコートからは、水滴がポタポタと垂れている。本当にこの雨の中ここまで来たのだろう。

 笑ってはいるけど、顔は少し青白く具合が悪そうなのは丸わかりだ。




 こんな状態でここまで……!? 外は雨も降ってるし雷だって鳴ってるのに。一体どうして……。




「雷が鳴っていたから」


「……え?」


「ノエル、雷が苦手だと言っていただろう? 1人で外にいたら怖いんじゃないかと思って」


「…………」



 月経痛で苦しんでいた時、雷が鳴るとお腹が痛くなると言って誤魔化したことを思い出す。自分でもすっかり忘れていたので、最初は何を言われているのかわからなかった。




 あんな一度言っただけのことを覚えてくれてたの?

 それで心配してここまで来てくれたの?

 熱があるのに、雨の中歩いて……?

 …………なんで?




 なぜか無性に泣きたくなった。

 涙目になってしまった顔を隠したくて、うつむきがちに返事をする。



「ありがとう……ございます。でも、何もレナルド様がいらっしゃらなくてもよかったのに。トーマ……雑用の誰かに頼んでくだされば……」


「トーマ?」



 笑顔だったレナルド様がムッとしたように聞き返してくる。




 な、なんで急に不機嫌になったの?

 レナルド様の知らない名前だから?




「トーマは僕の兄のようなもので……ずっと一緒に働いてきた人です。こういったことは、これからはトーマに頼んで──」


「……そいつもノエルが雷が苦手だと知っているのか?」




 そいつ?

 レナルド様がそんな言い方するのはめずらしいな。




「えっと……」




 どうしよう。本当は雷が怖くないなんて、今さら言えないし。昔から一緒のトーマがそれを知らないっていうのもおかしな話だよね?

 ここは知ってるってことにしたほうがいいのかな。




「はい。トーマは知ってます」


「そうか……」



 ハウスの中にあるベンチに座るなり、レナルド様はガクッと肩を落とした。




 今度は落ち込んじゃったわ。

 ただ疲れただけ? 早くお屋敷に戻ってもらいたいけど、薬の実を濡らすわけにはいかないし、先に戻ってくれそうもないよね。というか、こんなにグッタリしてて歩けるのかな? 馬車とかで迎えにきてもらいたいところだけど──。




「レナルド様がここにいらしているなら、そのうち誰か迎えにきてくれそうですね」


「……誰にも言っていない」


「はい?」


「誰にも言わずに来た」


「ええっ!?」




 誰にも言わずに来た!?

 じゃあ、屋敷では今頃レナルド様の行方がわからず大騒ぎになってるんじゃ!?




「ど、どうして……」


「雷が鳴りはじめて、ノエルが頭に浮かんだ。寝る直前で薬草畑に行くと話していたのを思い出して、慌てて来たんだ」


「それで……そのまま誰にも言わずに……?」


「ああ」



 バツが悪そうに話すレナルド様を、呆れ顔で見てしまう私。

 この人はこんなにも衝動的な行動をする人だったかな。意外すぎるレナルド様の行動に、本人も呆れた様子だ。



「ところで、腹は痛くないのか? 雷が鳴っているが」


「……ここは、集中してない限りあまり音が聞こえないので……大丈夫です」


「そうか。ならよかった」



 ニコッと微笑むレナルド様を見て、胸がズキッと痛む。




 咄嗟についた嘘なのに、こんなに心配してくれてる。

 それに、慌ててここまで来てくれるなんて。なんでそこまでしてくれるんだろう……。




 レナルド様に対する感謝と罪悪感で、真っ直ぐに彼を見れなくなってしまった。


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