24 高熱の原因
「ありがとう、ノエル」
「いえ。ではお薬を持ってきますね」
レナルド様が熱を出してから3日目。
まだ熱は下がっていないけど、喉はだいぶ回復したらしい。
看護3日目の私は、なんとか赤面せずにレナルド様の背中を温タオルで拭いてあげられるくらいには慣れてきた。
……いやいや。そこ慣れるってどうなの。
結婚前の娘が、男性の背中を拭くのに慣れるって!
これで正しいのかよくわからないけど、レナルド様のお役に立てているならいい……と思うようにしている。
それよりも気になるのは──。
「なんで熱が下がらないんだろう……」
屋敷内にある医務室に来た私は、ポツリと呟いた。
最初に処方された薬が効かなかったため、今はもっと解熱効果の高い薬湯を作ってもらっているのだ。時間が決まっていて、毎回医務室に取りに行っている。
カチャ
「失礼します。レナルド様のお薬を取りに来ました」
「ああ。用意してあるよ。熱は少しは下がったか?」
「いえ。喉は良くなりましたが、熱はまだ……」
「そうか」
高齢の先生は、残念そうに返事をすると机に置いてある分厚い文献に視線を落とした。私が入ってくるまで、それを読んでいたらしい。
「何か別の病気なのでしょうか……?」
「その可能性が高いが、まだ熱以外の症状がないのでなんとも言えん。朝は特に何もなかったが、今も何か違う症状は出ていないか?」
「そうですね……あっ! そういえば、背中と腕のあたりに赤いポツポツができていました。これくらいの大きさの……」
「赤いポツポツ?」
私が指でその大きさを作って見せると、先生はガタッと椅子から立ち上がった。
「まさか……」
それだけ言うと、突然医療器具の入ったカバンを持って走り出す。
私も慌てて後を追った。
え!? 急にどうしたの?
もしかして、なんの病気かわかったのかな?
先生はレナルド様の寝室に入ると、「失礼しますよ」の言葉だけで勝手に寝ているレナルド様の服を脱がしている。レナルド様が赤ん坊の頃からヴィトリー公爵家で働いている先生は、レナルド様に対して遠慮がない。
私から見ると、祖父と孫のようである。
「な、な、なんだ?」
「ちょっと失礼…………おお。これは間違いない」
「何かわかったんですか?」
先生の反応を見て、私は身を乗り出して尋ねた。
突然服を脱がされたレナルド様は、訳わからん顔で私達を見上げている。
「バロラ熱……と呼ばれるものかもしれん」
「バロラ熱?」
「ああ。まだ流行り時期ではないが、この症状は間違いないだろう。特に後遺症などは残りにくい病ではあるが、熱が1週間ほど続く上にこの赤くなった肌に痒みが出てくるという、なかなかに辛い病でもある」
痒み……はまだ出てないみたいだけど、背中や腕がずっと痒いのはたしかに辛いよね。
話を聞いていたレナルド様が、口を開いた。
「薬で治らないのか?」
「今飲んでいる薬では効きませんが、バロラ熱用の薬を飲めばすぐに回復しますよ。私の持つ薬草畑でも栽培しているので、すぐに取ってきましょう」
「頼んだ……」
そうぽそっと呟くと、レナルド様は目をつぶってしまった。
平静を装ってはいるけど、きっと想像以上に辛いんだ……。
はだけた服を直し、私は部屋を出ようとしている先生を呼び止めた。
「先生。その薬草、僕が取ってきます」
「え? ノエルが?」
「はい。前に、大量に薬草が必要になった時……手伝ったことがあります。場所もわかりますし、特徴を教えていただければ……」
あの薬草畑までは結構な距離がある。
高齢の先生が行くよりも、私が行ったほうが早く帰ってこれるわ。
「それは私には助かるが……本当に大丈夫か?」
「はい。薬草の場所や特徴を教えてください」
「薬草のハウスの中にある。あれは雨などの水に弱いんだ。草ではなく、実だ。紫色のブルーベリーのような実が──」
「あっ、それ覚えてます!」
トーマ達と薬草摘みを手伝っている時、お腹を空かせたトーマが食べたいと言っていた実があったのを覚えている。他に紫色の実は見かけなかったので、間違いないだろう。
「このくらいの低い木になっている実ですよね?」
私が自分の身長よりやや低いくらいの位置に手を合わせると、先生がコクコクと頷いた。
「それだ。頼んだよ」
「はい!」
レナルド様は寝てしまったみたいだし、何も言わずに行っちゃっていいかな?
「執事のアルフォンス様には私から伝えておこう」
「! ありがとうございます」
そうと決まれば──私は手袋と籠を持ち、早足で屋敷を飛び出した。
トーマやバルテルには勝てないけど、私だってそれなりに運動能力には自信がある。
急いで実を摘んで戻ってこよう!
これでレナルド様の熱が下がると思ったら、足が軽く動くような気がした。心も軽くなっていて、空が暗くよどんでいることには気づいていなかった。