23 アルフォンス視点
「妻の役、ノエルにして正解だったよ。まさかあんなに可愛いとは。どこからどう見ても女性にしか見えなかったし、殿下や王女も全く疑っていなかったよ」
女装をしたノエルと王宮へ行った日の夜。
レナルドが笑顔でそう報告してきた。
……だろうな。本物の女だからな。
そんな言葉は声には出さず、俺は「そうか」と返事をした。
そっけない俺の反応を気に留める様子もなく、レナルドはノエルのことを褒め続けている。
王女からの求婚を完全に断ることができて嬉しいのか、やけに明るいな。
「とにかく、作戦が成功してよかったな。これで明日からは、ノエルともあまり会えなくなるのか。仕事の分担を改めて調整しなく……ては……」
そこで俺の言葉が止まった。
ポカンとした間抜け顔でこちらを見ているレナルドに気づいたからだ。
「……レナルド。なんだ、その顔は」
「……なぜ明日からノエルに会えなくなるんだ?」
「は? 妻のフリをするという役目を終えたんだから、今まで通り雑用に戻らせるんだろう?」
「…………」
……コイツ、忘れていたのか。
「おそらくノエルもそのつもりだと思うぞ。明日からはここには来ないだろう」
「……アルは、ノエルがいなくなっても支障はないのか?」
急に元気がなくなったレナルドは、俺の机の上にある書類の束を見てボソッと尋ねてきた。
「別に……今までもレナルドのサポートは1人でやっていたし、そんなに支障はない。まぁ、雑用がいないとなると、負担はたしかに増えるが──」
「だよな!? やっぱり、アルのためにもノエルは必要だと思うんだ」
「…………」
俺の言葉を遮り、期待を込めた目で訴えてくる。
ノエルをここで働かせるための理由を見つけたと、喜んでいるようにしか見えない。
俺を理由にしやがって。
「なんでそんなにノエルにこだわる? 今までも、俺が仕事量が多いと文句を言っても執務室の人員は増やしてくれなかっただろう?」
「それは……執務室にアル以外の人がいると集中できないから……」
「じゃあ、なんでノエルはいいんだ?」
「……なんで、と言われても。ただ、ノエルだと嫌じゃない。それだけじゃダメか?」
「…………」
はぁ……とため息を吐きたくなる。
ノエルを男だと思っているレナルドにしてみれば深い意味はないのかもしれないが、ノエルが女だと知っている俺から見たらそういう意味で言っているようにしか見えない。
これ、確実にノエルのことを気に入っている……よな? さっき何度も可愛いと言っていたし、男の使用人に対する態度にしてはおかしくないか?
コイツ、まさか無意識のうちにノエルのことを……?
女嫌いの親友が、初めて女を好きになったかもしれない。
レナルドに熱い視線を送ったり、不自然にその身体に触れたり、吐き気がするような甘い声で囁いたりしない女──ノエル。今まで会ったことのないタイプで、一緒にいると俺ですら笑ってしまうほどの変わった女。
ドレス姿は、たしかにその辺の令嬢よりもよっぽど綺麗だった。
本来の髪であろう薄紫色の長い髪が揺れて、とても美しかった姿が脳裏に浮かぶ。正直、初めて見た瞬間、見惚れてしまったくらいだ。
そんなノエルに好感を持つのは理解できるし、レナルドの女嫌いが治ることも喜ばしいことであるはず……なのに、どこかおもしろくない。
「……明日ノエルが来なかったら、呼びに行ってくる」
「! ああ。頼んだぞ」
……自分が今どんな笑顔になっているのか、わかっていないんだろうな。
「中身が男なら、女性の格好をしていても抵抗はないんだな。お前の女嫌いはひどいから、もっとノエルのことも避けると思っていたが」
「ああ……最初はたしかに驚いたけど、中身がノエルだとわかったら全く嫌じゃなかったよ」
中身が男だから──ではなく、中身がノエルだから……か。
無性に苛立ちを感じ、はぁっと大きく息を吐き出すと同時に髪を掻き上げる。そんな俺の態度に驚いたレナルドが、目を丸くしてこちらを見た。
どうした? といった顔をしているが、そんなの俺にもわからない。
なぜこんなにも苛立つのか。
「じゃあ、もしもノエルが本当に女だったら? それなら避けるか? 可愛いと思わないか?」
「な、なんだ、その質問」
「いいから答えろ」
「…………」
俺を不思議そうに見たあと、レナルドは目を斜め上に向けて考え出した。眉間にシワが寄っているところを見ると、かなり真剣に考えてくれていることがわかる。
俺はなんでこんな質問を……。ノエルが女だと知られたらまずいというのに。
そう思いつつも、質問を取り下げる気などさらさらない。レナルドがどう答えるのか、それを気にしている自分がいるからだ。
少し、ほんの少し考えただけで、レナルドはすぐに答えを出した。
「実際にノエルは女ではないから、避けるのかどうかあまり想像はできないが……可愛いとは思うんじゃないか?」
「…………」
「ノエルのあの女装姿が本物なら、それはかなり可愛いと思うが」
「……そうだな」
それだけ言うと、俺は他の仕事があると嘘をついて執務室を出た。行き先なんてないが、適当に歩き出す。
可愛いとは思う、か。
あいつ気づいていないのか? 今まで美人と有名の令嬢達から言い寄られても、一言もそんなことを言ったことがないというのに。
レナルドは、女性に対してそんな感情を抱かないと思っていたが……。
「ノエルが特別になっている……?」
誰もいない廊下でボソッと呟くと、俺は首を振って思考を止めた。なんとなく、その感情に共感してしまいそうになった自分を認めたくなかったから──。
*
「はぁ……」
1人執務室で仕事をしながら、何度目かのため息を吐く。
いつもなら集中できるはずの静かな空間だが、先ほどから手が止まってしまっている。
くそ……! あいつらが気になって集中できない……!
あいつらとは、今まさに寝室で2人きりでいるレナルドとノエルのことだ。熱を出したレナルドにノエルが付き添っているだけなのに、なぜかやけに気になる。
レナルドのやつ……病気の時には医者以外に会うのを嫌がるくせに、なぜ……。
あまり人を寄せ付けないレナルドは、弱った時には俺しか頼ってこない。面倒な話だが、俺自身も似たようなところがあるから理解はできる。──なのに。
「ノエルだと癒やされる……だと?」
静かな部屋に、自分の低い声だけが響く。
その声だけで自分が苛立っているのがよくわかった。今のは本当に俺の声だったのか。
男の使用人に対して、そんなことを思うか?
間違いなくレナルドはノエルに惹かれている……。本能で女だと気づいているのか? それとも、レナルドは最初から男が…………いや。それはない。
そんな噂をたてられたこともあったが、それが違うというのは昔から一緒にいる俺にはわかる。
男とか女とか……そんなことを考えずに、ただノエルに惹かれているんだろう。
「……もし本当にノエルが女だと知ったら、あいつはどうするんだ?」