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20 惚れたわけじゃないから!


「バカか! なんで断らなかったんだよ!」



 目の前で、トーマが怒鳴ってくる。

 その隣には呆れ顔のバルテルが立っているけど、トーマをなだめようとする気はないらしい。




 うう……っ。着替えに来たら、トーマ達に見つかっちゃった……。




 また付き人の服を着ている私を捕まえて、2人にどうしたのかと問い詰められたのだ。



「女だってバレたら、この屋敷から出ていかなきゃいけないんだぞ!? なのになんでレナルド様の近くで働くんだ!?」


「それは……その、断れなくて……」


「だったら奥様に頼もう。奥様から言ってもらえば──」


「待って!!」



 慌ててバルテルの腕を掴むと、2人が疑わしい視線を送ってくる。たったこれだけの行動で嘘に気づかれてしまった。

 確信めいた声で、トーマが尋ねてくる。



「ノエル。お前……もしかして、わざと断らなかったのか?」


「…………」


「なんでだよ? 雑用の仕事よりも付き人のほうがいいから──」


「ち、違う!」



 少し寂しそうな顔になっていた2人が、私が否定したことでホッと安心したのがわかった。




 たしかに自分の意思で断らなかったけど、そんな理由じゃない! ……そんな誤解はしてほしくない。




「違う……。自分でも、なんで断らなかったのかわからないんだよ。頭では断らなきゃって思ってたのに、レナルド様の顔を見てたら『はい』って返事をしちゃってたんだ」


「…………」


「でも、雑用の仕事が嫌だとかそういうことじゃなくて…………って、な、何? その顔?」



 顔を上げて2人を見ると、なぜか不機嫌な顔をした2人に見下ろされていた。イライラとしたオーラが漂っていて、空気がやけに重い。




 何? なんか怒ってる?




 バルテルが、周りには聞こえないように声のトーンを落として話し出す。

 隣にいるトーマは、さっきの勢いはどこへやら。今は黙って私を睨みつけている。



「ノエル。お前、それ……レナルド様に惚れたんじゃないのか?」


「惚れ……!?」



 大声で叫びそうになった私の口を、バルテルが慌てて塞ぐ。大きな手で塞がれて、息ができなくなった。

 


「静かに! わかったな?」



 コクコクコク! と頷くと、バルテルは手を離してくれた。




 はぁーーっ。窒息するかと思った! というか、惚れて……って、私がレナルド様を!?




「そんなわけないじゃん!」



 小さな声で、怒るように2人に言い放つ。

 2人は全く信じていないような顔でコソコソと反論してきた。



「本当か? だから断れなかったんじゃないのか?」


「違うよ。たしかにレナルド様の近くにいたい……とは思ったけど、惚れたとかそういうのじゃないよ」


「近くにいたいって、もうそれが好きだってことじゃないのか?」


「!? ……ち、違うってば!!」


「あっ! ノエル!」



 呼び止める声を無視して、ダーーッとその場から全力で走り出す。一応仕事中ということもあって、追いかけてはこないようだ。

 また後で会うとはわかっていても、どうしても耐えられなかった。




 私がレナルド様を好きだなんて、そんなことあるわけないのに! そりゃあレナルド様は優しいし、笑うと可愛いし、とっても素敵な男性ではあるけど! でも……。




 気づけば使用人用の建物から離れ、本邸のすぐ近くにまで来ていた。ゼェゼェと息切れをしながら、私は足を止める。



「でも……女嫌いじゃん……」



 ぽそっと、自分でもやっと聞こえるくらいの小さな声で呟く。

 声に出したら、より現実味を増したような気がする。




 そうだよ。レナルド様が私に優しいのは、私を男だと思ってるから。女の私には、あんな笑顔は見せてくれない……。そんな人を好きになったって、どうしようもないじゃん。




「ふぅ……。落ち着け、落ち着け」



 バルテルの言葉に乱れた心を、なんとか落ち着かせようと深呼吸をする。そしてグッと手を握って気合いを入れた。



「よし! 僕は男! 付き人として、仕事をしっかりやるぞ!」



 短いウイッグの髪を触り、ベストで膨らみをなくした胸を触る。

 今の自分は男なんだと、改めて自分自身に言い聞かせた。




 昨日は久々に女モードだったから、なんか変な感情が出てきちゃっただけ。今日からまた男としてがんばらなきゃ!




 気持ちを切り替えて、私は執務室へと向かった。







 正式な付き人としての仕事を始めて数日。

 私は今、目の前で真っ赤な顔をしたレナルド様を見つめている。



「…………」


「…………」



 見つめているといっても、甘い空気なんて全くない。

 むしろ、私から漂っているのは疑わしいオーラだ。その目から逃れるように、レナルド様は私から視線を外している。



「……レナルド様。今日はまだ一言も喋っていませんが、どうかしたのですか?」


「…………」


「それに、やけに厚着をしていますね? 今朝はそんなに寒くないかと思いますが」


「…………」




 答えないわね。

 あのレナルド様がここまで無視するなんて、絶対におかしい。きっと私の予想が合ってるんだ。




「レナルド様。熱があるのではないですか?」


「!」



 ずっと斜め下を見ているレナルド様が、ピクッと肩を震わせた。当たりだ。



「やっぱり! お顔が赤いし、おかしいと思ったんですよ! もしかして、喉もやられているのではないですか?」


「……べ……べいぎだ……」


「べいぎ? ……あっ、平気って言ったんですね? どこが平気なんですか! 声ガラガラですよっ」


「…………」



 レナルド様は、まだ私から視線を外している。

 気まずそうに口を閉じてしまったけど、さっきの声を聞けば間違いなく熱を出しているのだと確信を持てる。




 これは結構な高熱のはず!




「レナルド様、失礼しますね」



 それだけ言うと、私はレナルド様のおでこに自分のおでこをくっつけた。

 じゅわっとした熱さが、私のおでこに伝わってくる。



「なっ……!」


「あっつ!!!」



 レナルド様の声と私の声が重なる。

 私はバッとおでこを離すと、すぐにレナルド様の腕を掴んだ。



「熱すぎです!! かなりの高熱ですよ! 早くベッドに横になって、お医者さんを呼ばなくちゃ……!」


「だ、だい……」


「大丈夫じゃありません! すぐにアルフォンス様を呼んで来ますね!」



 まだ何か言いたげなレナルド様を置いて、私は執務室から飛び出した。

 いつも一緒に仕事をしているアルフォンス様は、今日に限って別の仕事で1階にいるのだ。


 


 もう! こんな時にいないなんて。私1人じゃ、レナルド様を寝室に運べないよ。




 侍従達と仕事をしていたアルフォンス様をつかまえて2人で執務室に戻ると、レナルド様は机に頭を突っ伏した状態でダウンしていた。



「レナルド!」


「レナルド様!」



 声をかけると、ゆっくりとレナルド様が顔を上げる。

 どうやら意識はあるようだ。……かなり限界って感じの顔だけど。



「寝室に運ぶぞ。俺は左を、ノエルは右を支えてくれ」


「はい!」



 レナルド様の右腕を自分の肩に回し、タイミングを合わせて立ち上がらせる。なんとか意識のあるレナルド様は自分でも立ち上がろうとしてくれているが、足取りがフラフラしていて不安定だ。




 うっ! 重い……っ! でも、落とさないようにしなきゃ!




 私の足もフラフラしながら、なんとか寝室まで運ぶことができた。ほぼアルフォンス様の力に頼ってしまったので、めずらしく汗をかいているようだった。

 メガネをズラして顔の汗を拭きながら、私に話しかけてくる。



「はぁ……これはかなり熱が高いな。横になった瞬間に寝たようだぞ」


「はい。おでこもすごく熱かったです」


「……手で測ったのか?」


「いえ。おでこを当てて確認しました」



 自分のおでこをトントンと指で軽く叩きながら答えると、アルフォンス様の動きがピタリと止まった。そして無表情のまま私を見ると、もう一度答えを確認される。



「ノエルの額をレナルドの額に当てたってことか?」


「はい」


「…………」


「…………」



 

 ……ん? アルフォンス様が黙っちゃった。しかも、なぜかすごく軽蔑したような目で見てくるんですけど!? え? その測り方……ダメだったの?


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