2 なぜ若い男だけ呼び出されたのでしょうか
レナルド様が帰宅されたと報告を受けた時、私は調理場で洗い物をしていた。
久々に帰ってくるご子息様に……と、いつも以上のご馳走を作るためにコック達がバタバタと動き回っている。
ああ……すっごくいい匂い……。お肉? ソース? お腹がすいたなぁ……。
調理場に漂う美味しい香りに、私のお腹が反応してグーーという音を鳴らしている。
「お前、さっきからお腹鳴りすぎ」
「あ、聞こえてた? この匂い嗅いでたらつい……」
「わかるけど。全部うまそうだもんな」
「本当に……」
隣で大きな鍋を洗っているトーマと、後ろの台に並ぶ料理をチラッと見てはため息をつく。
柔らかくて大きなお肉に、新鮮な野菜やフルーツ。焼きたての美味しそうなパン。見るだけでヨダレが出てきそう……というかもう出てる。
ああ……一度でいいから、こんなフルコースを食べてみたいなぁ。
「ノエル、手が止まってるぞ」
「この洗い物が全部終わったら、僕達もご飯だよね?」
「ああ。だから、早く終わらせるぞ」
よし!
ここまでのご馳走ではないものの、公爵家の使用人用のご飯も私にとったら十分な食事だ。
今日は失敗した分や多く作りすぎた分の残りが回ってくるはずだから、特にいつもよりも豪華なはず!
トーマと協力して洗い物を全て終えると、給仕に行った使用人以外がみんな食堂に集まってきていた。食堂といっても、使用人専用の食堂である。
「おっ。トーマにノエル。仕事は終わったか? 食事にしよう」
「はい!」
やったーー! もうお腹ペコペコだよ。
席に着き、普段より少し豪華な食事をいただく。
隣に座ったトーマは私の倍のご飯をペロリと軽く平らげていた。この細い体のどこに入るのか、長年の謎である。
「そういえば、執事長からの伝令だが……レナルド様の食事が終わったら、若い使用人はみんな別邸2階の書斎に集まれとのことだ」
「若い使用人?」
従僕長の言葉に、その場にいた全員の使用人が聞き返した。
ここで働き始めて8年経つが、今までそんな呼び出し方をされたことがないため、みんな目が丸くなっている。
「雑用だろうが従僕だろうが関係なく、とにかく若かったらいいらしい。その辺はみんな早く食事を終わらせておけよ」
従僕長が私達の座っている辺りを指してくる。
ここには私やトーマの他にも、20歳前後の使用人仲間が6人ほど座っていた。
なんで若い使用人だけを呼ぶんだろう?
というか、レナルド様からの呼び出し……ってことは、レナルド様に会うってことだよね!?
なんで!? 今まで、レナルド様が下位使用人と会うことなんてなかったのに!
私……会ったらまずいよね!?
同じことを考えているのか、私を女だと知っている数人がチラリ……と私を横目に見てくる。
ここには女だと知らない人もいるので、誰も口には出せない。
私は助けを求めるように、無言のまま従僕長を見つめた。私からの異様な視線を避けているのか、従僕長が私を見ないようにしているのがわかった。
もちろんこの従僕長も私が女だと知っている。
その時、目の前に座っている21歳のバルテルが、ヒソヒソ声で私達にだけ聞こえるように話し出した。どこか顔色が優れない。
「なぁ。なんで若いヤツだけ呼ばれると思う?」
「さあ。何か体力のいる仕事でもあるとか?」
「それなら騎士団の人に頼むだろ。俺らより筋力もあるんだし」
「それもそうか。じゃあ……なんでだろう?」
みんなで話し合っても、もちろん答えがわかるわけない。
行ってみればわかるだろう──という考えのトーマは、会話に入らず黙々と食事を続けながら話を聞いている。
でも、バルテルだけは不安な気持ちが顔全体に出ていた。
何をそんなに怖がってるんだろう?
言っていいのか迷っている様子だったバルテルが、何かを決意したように口を開く。
「あのさ、もしかして……レナルド様が若い男を集めてるのって……その、あ、相手を探してるんじゃないのかな?」
「相手?」
全員が聞き返す。
私と同じようにポカンとしてる人もいれば、顔が青ざめている人もいる。
「ほら、レナルド様って女が大嫌いだろ? だから、女じゃなくて男を……」
「まさか……!」
「だって、若い男だけ呼ぶっておかしいだろ!?」
ここにいる6人で目を合わせる。
そんなわけない──とは言いつつ、みんなの瞳には不安な色が浮かんでいる。
まさか、あのレナルド様がそんな理由で使用人を集める……?
いやいや。それなら何も使用人から選んだりはしないでしょ。貴族の知り合いだってたくさんいるわけだし。……でも、周りに隠すためだとしたら使用人はちょうどいい相手なのかも……?
無言のまま、みんな頭を悩ませている。
まぁ悩んだところで『行かない』という選択肢はないわけだけど。
「でも、どんな理由でも行くしかない……よな」
「当たり前だろ」
「もし本当にそういう目的で、自分が選ばれたらどうする?」
「……それはその時に考えよう」
ここにいるのはみんな平民、もしくは下位貴族家の次男や三男しかいない。
雇い主に逆らうことはできない。特に平民の私達は。覚悟を決めて全員が席を立った時、先ほどの従僕長に呼び止められた。
「あ。ノエルはちょっとこっちに来い。他の奴らは先に行っててくれ」
え? 私だけ?
「はい」
私以外の全員が返事をして扉に向かって歩き出す。離れた席に座っていた若い人達も一緒に移動するようだ。
トーマだけは、何かを察したような顔で私の背中をポンと優しく叩いてから歩いていった。
取り残された私は、何事かと恐る恐る従僕長のもとに行く。
「あの、なんでしょう?」
「お前は行かなくていい」
「えっ!? いいんですか!?」
「ああ。奥様の了承も得ているから大丈夫だ。男の服を着ていればなんとか可愛らしい男に見えるが、万が一を考えてお前はレナルド様には会わないほうがいいだろう」
「よかったぁ〜」
トーマが訳知り顔だったのは、こうなるって思ってたからなのかな。
私がいなくて他の人は戸惑うだろうけど、何人かは私が女って知ってるから察してくれるよね。
「じゃあ僕はここの片付けをしておきますね!」
「ああ。よろしく頼む。ノエルが女だと知らない奴らになぜ来なかったのか聞かれたら、奥様に呼び出されたとでも言っておけ」
「わかりました」
奥様に言われた通り、女性解雇の後から入ってきた使用人には私が女であることを黙っている。
女っぽいとか女顔とか言われるけど、なんとかバレてはいないようだ。
あとで、どんな理由で呼び出されたのかトーマに聞こうっと。
呑気に皿洗いをしていた私のもとに慌てた従僕長がやってきたのは、その数十分後だった。