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18 夫婦のフリ


 突然現れてレナルド様の腕にくっついている女性は、どうやら隣国の王女様らしい。

 ピンク色の波打つ長い髪にぱっちりとした瞳がとても愛らしい王女様だ。




 このミラ王女って人が、レナルド様に求婚してきたっていう王女様……だよね? こんな可愛い王女様からの求婚すら断ろうとするなんて、レナルド様ってば本当に女が苦手…………あっ!




 バッとレナルド様の顔を見上げると、想像したよりも顔色が真っ青になっていた。

 目の前にいるのは可憐な姫だというのに、まるで毒虫などの気持ちの悪い何かを見ているような怯えた目をしている。



「ミラ王女、なぜここに?」


「あら。レイリー様ごきげんよう。わたくしは早くレナルド様にお会いしたくて、ここまで案内してもらったのよ」



 呆れた顔のレイリー殿下の様子を見ても、王女は怯まない。もうくっついて離れないのかと疑うほど、レナルド様の腕にピッタリと寄り添ったままだ。




 ああっ……レナルド様の顔色がだんだんと土気色になってきた! 早く離れてもらいたいけど、この中でそんなことを言えるのはレイリー殿下だけだよね。




 私と同じ考えなのか、レナルド様が助けを求めるような視線を殿下に送っている。

 いつも堂々としている姿とは全然違う、まるで捨てられた子犬のような表情のレナルド様に思わず笑ってしまいそうになった。




 あのレナルド様がこんな顔をするなんて……! 気の毒だけど、可愛いと思っちゃう。




「ミラ王女。ヴィトリー夫人の前なので、もう離れたほうがよろしいかと」


「ヴィトリー夫人?」



 殿下の言葉を聞いて、王女が私をチラッと見た。

 まるで今初めて私の存在に気づいたような顔である。




 一応ドレスは着てるけど、隠せない使用人感があったのかな……。




 そんなことを考えながらも、背筋を伸ばしてニコッと王女に微笑む。

 挨拶をしようとドレスに手をかけた瞬間、王女が先ほどよりも低い声でボソッと呟いた。



「この方がレナルド様の妻なの? ……華もなく普通ですのね。どれほど美しい方かと思っていたら」




 えっ? 美しい方を想像していたの?

 そりゃそうか。こんな容姿端麗なレナルド様の奥様だもんね。同じくらい美しい妻じゃないと、つり合いが取れないよね。それなのに私なんかでごめんなさいっ。




 華のない妻だと言われて、レナルド様に申し訳ない気持ちになる。

 ほぼ無意識に、私はその場で謝罪の言葉を口にしていた。



「す、すみません……。こんな私が妻で……」


「……そこは怒るところではなくて? 歯を食いしばられたことや睨まれたことはあっても、謝られたのは初めてだわ。ご自分に自信がない証拠ですわね」


「は……はい。おっしゃるとお──」


「ノエルは可愛いよ」



 王女と私の会話に、突然レナルド様が入ってきた。

 私と王女はそのセリフに驚き、レイリー殿下は自分から女性の中に入っていった姿に驚き、レナルド様に顔を向ける。



「私にはノエルは華があるように見えるし、『普通』ではなく『とても可愛い』と思います」


「レ……ナルド様?」



 王女や殿下のポカンとした顔を見れば、普段のレナルド様ならこんなことを言わないというのがよくわかる。2人とも、これは本当にレナルドなのか? とでも言いたげな顔だ。




 立派な夫を演じてくださってる……!

 でも、さすがに私に華があるとか可愛いって言うのは不自然なんじゃ!?




 嘘だってバレないかハラハラする気持ちと共に、どこか嬉しい気持ちもある。緩みそうになる口元にグッと力を入れて下を向くと、どうやら照れているように見られたらしい。



「ははは。なんだ、お似合いの夫婦じゃないか」


「そうかしら!?」



 やけに楽しそうな殿下の声と、少し怒ったような王女の声が聞こえる。

 顔をあげようとした瞬間、グイッと肩を抱き寄せられた。──レナルド様だ。



「はい。手紙でもお伝えしましたが、私には愛する妻がいます。なので、ミラ王女のご希望には添えません。申し訳ございません」



 ドキッ


 愛する妻──演技だとわかっていても、抱き寄せられた状態で言われると心が乱される。

 きっと、今私の顔は真っ赤になっていると思う。隣にいるレナルド様を見ることができない。




 これは演技だから! 動揺しちゃダメ!




 堂々としていたいのに、できない。

 でもそんな私の様子が初々しさを醸し出していたらしく、私とレナルド様の間には照れくさいような甘い空気が漂っていた。



「直接見ないことには信じない──とおっしゃっていましたが、どうですか? ミラ王女。これでもこの2人が夫婦だと信じられませんか?」


「…………」



 そうレイリー殿下に言われたミラ王女は、何も答えずにずっと私を睨んでいる。

 可愛らしい顔をしているからか、あまり怖さは感じない。……目を合わせることはできないけど。



「……わかったわ。諦めればいいんでしょ」


「えっ……ミラ王女!?」



 ミラ王女は吐き捨てるように言うなり、クルッと後ろを向いて歩き出した。

 殿下が声をかけたが、振り返る気はないようだ。早足でスタスタと行ってしまう。その場には、ポカンとした私達3人が取り残された。




 え……王女、どっか行っちゃったけど。これから大広間で正式に会うんじゃなかったっけ?




 チラリと殿下に視線を送ると、殿下は眉を下げて困ったように言った。



「えーーと、大広間での謁見は……なし……かな?」


「……この場で言わないほうがよかったですか?」



 同じように戸惑った顔のレナルド様がそう尋ねると、殿下は手を振ってそれを否定する。



「いや。勝手にここに来たのは王女だし、あの場ではっきり伝えてよかったと思うぞ」


「そうですか……」



 しーーん……と一気に静かになる。

 予定外の事態に、殿下もレナルド様もまだ戸惑いが残っているらしい。殿下は天井を見上げ、レナルド様はうつむいてしまった。



 

 ……え、えぇーーと、なんだこの空気。気まずい……。




 今日の目的は、王女にレナルド様のことを諦めてもらうこと。場所や言うタイミングは予定とは違ってしまったけど、一応目的は達成したはずだ。

 なのに、なんだか重々しい空気が流れている。

 



 正直、私も『えっ? これで終わり?』って思ってるし。

 あっけなく終わっちゃって、2人もこれでいいのかって戸惑ってるのかも。




 そんな空気を打ち消すように、いきなり殿下がパン! と手を叩いた。

 ハッとして顔を上げたレナルド様が、そちらに顔を向ける。



「もっと話し合いが長引くと思ったが、意外にもすんなりと引いてくれて正直驚いたな。でも、まぁよかったじゃないか」


「……そうですね」


「きっと、お前達2人がきちんと愛し合っているのが伝わったからだと思うぞ」


「えっ!?」



 殿下の言葉に、思わず私まで声を出してしまった。私とレナルド様の驚きの声が重なる。




 殿下ってば何言ってるの!?

 私は黙ってただけなんだから、そんなの伝わるはずないのに……! 私達、愛し合ってなんかないし!




「あ、愛し合っている、って……」


「お前が告白した時に流れた空気は、一緒にいてこっちまで恥ずかしくなったくらいだ。そういうのは家でやってくれ」


「…………」



 一応夫婦設定なのだから、反論するわけにもいかない。

 レナルド様は頬を少し赤く染めて何か言いかけたが、やめてそのまま黙ってしまった。



「では、私はミラ王女のところへ行ってくるよ。一応大切な来賓なのでね。レナルドと夫人は、今日はこのまま帰ってかまわないよ」


「かしこまりました。……よろしくお願いいたします」



 レナルド様のお辞儀と一緒に、私も礼をする。

 レイリー殿下は爽やかにニコッと微笑むと、王女の向かった方へ歩き出した。




 ……終わった? 終わったの?

 私の仕事……レナルド様の妻のフリ……無事に終わり?




「じゃあ帰ろうか、ノエル」


「あっ。は、はいっ」



 心が軽くなったような顔をしたレナルド様に続き、私も来た道を戻る。

 あまりにも短い滞在時間だったけど、何も失敗しなかったことに安堵のため息が出る。




 よかった。任務成功できたんだ。

 でも……これで終わり? 

 もうレナルド様の近くで働く理由はない……んだよね。




 明日からは、レナルド様の付き人ではなく雑用のノエルに戻る。

 またレナルド様には会うことのない生活に戻る。これできっと女だとバレる心配もなくなるはずだ。




 なのに……どうしてだろう。

 心から喜べない。私、どうしちゃったんだろう?


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