17 初めての王宮! 緊張しすぎて身体の震えが止まりません
「こ、ここが王宮……!!」
ヴィトリー公爵家の本邸でも驚いたというのに、それ以上に眩しく美しい建物。
柱の1本1本に彫りが入れられているし、天井にもデザインが施されている。横に何人でも並べそうな広い通路に、壁には美しい絵画が飾られている。
眩しい……っ! ここを私が歩いてもいいの!?
ガタガタと身体が震える。
緊張や罪悪感や不安な気持ちが、今全身から溢れてきている。
「……ノエル。大丈夫か?」
きっと真っ青な顔になっているだろう私に、隣を歩いているレナルド様が声をかけてくれる。
「はっ……はぃい」
「ぶはっ」
私の口から出た裏返った声を聞いて、レナルド様が吹き出した。
恥ずかしくもあるけど、今はそれを恥ずかしがっていられるほど私には平常心がなかった。
「なんだ、その返事は……くくっ。それに、先ほどから身体が震えすぎだぞ……」
肩と声を震わせながら、レナルド様が言ってくる。
こんな場所でもいつも通りのレナルド様。生まれながらの高位貴族のすごさを、改めて実感する。
むむむ無理!!!
ここは私なんかが来ていい場所じゃない!
「ぼぼぼ僕、かか帰りましゅ……」
「ははっ!! か、帰りましゅって……あははは」
あああ。噛んじゃった!! レナルド様がすごく笑ってる! ダメだ、やっぱりダメだ。こんな状態で、王子や王女になんて会えないよ!
「ノエルは本当におもしろいな……はは。それに、もう『僕』ではなく『私』だろう」
「そ、そうでした……」
ここ2年の男装生活のせいで、僕って言うのもだいぶ慣れてきてしまっていた。
今日、王子や王女の前で自分を『僕』と言ってしまうのはまずい。絶対にやってはいけないミスだ。今日だけは、本当の自分──女のノエルに戻っていい。
そう。今日だけは、『きゃあ』とか『そうね』とか、そういう言葉を使っていいの。男装してることを頭から離して、本当の自分でいよう!
そう考えていたら、だんだんと心が落ち着いてきた。
基本的には何も喋らずに隣にいるだけでいいって言われている。それくらい、簡単だ。
そうよ。大丈夫、大丈夫。
ふーー……と深呼吸をした時、突然背後から男性の声がした。
「驚いたな。レナルドがそんなにも笑っているなんて」
「!?」
レナルド様と同時に振り返ると、そこにはキラキラと輝く金髪の男性が立っていた。キョトンとした顔でレナルド様をジッと見たあと、興味深そうに私を見てくる。
何!? 誰!?
「レイリー殿下!」
「我慢できなくて来てしまったよ。この方が、君の噂の妻……ノエルか?」
「はい」
2人が私を見ている。すぐに挨拶をしなければ。
そう頭ではわかっているのに、声が出ない。
殿下? 殿下って言った? まさか、この方が……この国の王子様!? あ、挨拶……挨拶しなきゃ!
グルグルと目が回りそうな中、侍女長に教わった令嬢の礼を思い出す。
震える手でドレスを掴み、片足を少し後ろへ下げる。背中や膝を練習した通りの角度にゆっくりと曲げて──。
「おおおはつにお目めめに……かかかかります。ノ、ノエル・ヴィトリーともも申します」
「…………」
「…………」
しぃーーーーん
あああああ。声が震えて、またどもっちゃったあああ。王子様の前で!! やってしまった! どうしよう!!
今2人がどんな顔をしているのかと思うと、恐ろしすぎて下げたままの頭をあげることができない。目をギュッと瞑り、どちらかが何か言ってくれるのを待っていると──。
「はははっ。レナルドが笑っていた理由がわかるな。なかなか見ないタイプのご令嬢だ」
「……っ。くくっ……」
……ん? 笑ってる?
レイリー殿下とレナルド様の笑い声が聞こえてくる。
怒っている様子がないので頭を上げると、2人は優しい笑顔で私を見ていた。
うわっ。すごい! 金髪の王子様と、銀髪の公爵子息様! なんて絵になる2人組なんだろう。……って、今はそんなことに感動してる場合じゃない!
「あ、あの、申し訳ございません」
レイリー殿下に謝ると、殿下は軽い調子で手を振った。
「ああ。かまわないよ。そんなに緊張する必要もない。……それにしても、全く見覚えのない令嬢だなぁ。こんなに綺麗なら、一度見たら忘れないと思うが」
「ノエルはまだ社交界にデビューしていないのですよ。王宮に来るのも初めてなので、こんなに緊張しているのです」
「そうか。あれ? どの家系のご令嬢だと──」
「あっ。殿下! そろそろ行かなくては!」
不自然な笑顔を作ったレナルド様は、レイリー殿下の言葉を遮って先を促した。
まさか相手は平民で使用人(しかも雑用)だなんて、言えるはずもない。王女からの求婚を断ったあとは、自然に離縁したことにする予定らしいから、嘘を吐くよりも何も答えずにいようというのがレナルド様の考えだ。
でもこんな不自然な切り返しで、ずっと隠していられるのかな。直接私に聞かれたらどうしよう……。
「それにしても、レナルドが結婚していたとは本当に驚いたぞ。なぜ私にも黙っていたのだ? 式は挙げなかったのか?」
「誰とも結婚しないと言って他のご令嬢からのお話を断っていたので、あまり周りに知られたくないと思いまして」
「なるほどな。たしかに、お前が結婚したとなったら黙ってはいないような令嬢が多いからな。……だが、私には報告してくれてもいいものだが……」
少し不貞腐れたように言う殿下が、チラッと後ろを歩いている私を見た。
そしてニヤッと意味深に笑うと、レナルド様の耳元に口を近づけからかうような口調で囁いた。
「そこまでして結婚するなんて、余程この奥さんに惚れているようだな」
「え……」
ブホッと、もし今何かを飲んでいる最中ならば吹き出していたことだろう。
殿下の的外れな意見に、私とレナルド様の顔が固まる。
そ、そんなわけないですよね!?
レナルド様がこんな私に惚れているなんて、そんな勘違いは失礼すぎます! ……って言いたいけど、一応夫婦の設定だから今は否定できない! でも、やっぱりそう思われるのは申し訳なさすぎるし……ここは、私がベタ惚れしてるっていうことに──。
「あの、私が──」
「そうです。見ていて飽きないし、一緒にいると楽しい……最高の妻ですよ」
「!?」
私の言葉を遮って、レナルド様がややキッパリと言い放つ。
そのあまりにも爽やかで堂々とした姿に、今度は殿下のほうが目を丸くしていた。もちろん、隣にいる私も殿下と同じように驚いた顔をしてしまっているだろう。
レナルド様……しっかりいい夫のフリをしているのね。でも、でも……び、びっくりしたぁ……!! 一瞬ドキッとしちゃったよ。
からかって照れるレナルド様が見たかったのか、少しガッカリした様子のレイリー殿下はため息をつきながら腕を組んだ。
「はぁ……そこまではっきり言われるとつまらないな」
「殿下。私で遊ばないでくださ──」
「レナルド様っ!!」
その時、どこから現れたのかピンク色の髪の女性がレナルド様の腕にくっついた。
私、レナルド様、殿下の視線が注目する中、彼女の綺麗な瞳はレナルド様にだけ向けられていて、うっとりと甘いオーラを放っている。
えっ? 今度は誰!?
「ミラ王女!」
レナルド様とレイリー殿下が、ほぼ同時にそう叫んだ。
ええっ!? この方があの噂の王女様!?
殿下といい王女様といい、なんでみんないきなり現れるの?