16 それは偽物ではなく本物の胸です!!
レナルド様が、両手で私の胸に手を当てております。
胸の膨らみは、作り物だと思ったんだろう。
まさか13歳の男の子に胸があるだなんて思わないもんね。
まさか本当は18歳の女だなんて、知らないもんね。
うん。仕方ない、仕方ない。
知らないんだもん。仕方な……くなぁーーーーい!!!
「!? 何だこれは? 固いのかと思ったが、柔らかい! 何でできている物なんだ?」
「あ、の……レナルド様」
「それに、いくら女性らしく見せるためとはいえこんなに大きくする必要はなかったのではないか?」
「あ……のぉ……」
レナルド様は至極真剣な表情で、品定めするかのように私の胸を触っている。完全に作り物だと思い込んでいるようだ。
それは、作り物でもなんでもなく!
正真正銘私の胸なんですーーーー!!!
どうしよう! この手を振り落としていいの!? 男のフリして、平然としていたほうがいいの!?
心の中でそう叫んでいると、アルフォンス様が慌てて立ち上がった。
すぐにこちらに来たと思ったら、レナルド様の手をグイッと引っ張り私から離してくれる。
「レナルド!」
「……どうした? アル」
「いや。それ以上は……やめておけ」
「なぜだ? すごい出来栄えだぞ。お前も一度触って──」
「あああ、ほら! あの書類! 今日中だろ? 早くしないと間に合わないぞ」
アルフォンス様が一生懸命話を変えようとしてくれているのがわかる。
その方向転換は正解だったらしく、レナルド様は「そうだった」と言って机に戻った。
はぁぁぁーーーー……よ、よかった。
「アルフォンス様、ありがとうございます」
コソッと、アルフォンス様だけに聞こえるようにお礼を言う。
アルフォンス様はチラッとレナルド様を見たあと、気まずそうに謝ってきた。
「……悪かったな。あいつに悪気はないんだ」
「わかってますよ。大丈夫です」
「それなら、その……赤い顔を早くなんとかするんだな」
「えっ?」
赤い顔!?
思わずバッと自分の両頬を手で隠す。
自分では見えないけど、なんだか言われる前より赤くなってしまったような気がする。
「赤い……ですか?」
「真っ赤だな」
「えぇ〜……まぁ、あんなことをされたら……」
少し恨めがましい目でアルフォンス様を見つめる。
アルフォンス様の冷静な顔にも、少し赤みがさした──と思ったら、急に低いトーンの声で呟いた。
「レナルドを殴ってやろうか?」
ええっ!? 殴る!? なんでいきなりそんな話になるの!?
「いいいいえ! そんな、結構です!」
「俺もなぜかさっきはイラッとしたからな」
「それで殴ってはダメですよ!」
拳を作りレナルド様を睨んでいるアルフォンス様を、必死に説得する。
素直に諦めてくれたのか、すぐに拳を下ろし不機嫌そうな顔で机に戻っていった。
ふぅ……ビックリした。アルフォンス様って意外と攻撃的なのね。……口はいつも攻撃的だけど。
「ノエル、悪いな。この仕事だけすぐに終わらせるから、そこに座って少しだけ待っていてくれ」
「わかりました」
本当なら掃除でもして待っていたいところだけど、このドレスを汚すわけにはいかない。私はおとなしくソファに座って待つことにした。
2人は真剣な表情でたくさんある書類に目を通してはサインをしているようだった。
……いつも自分の仕事をしていたから、2人の仕事している姿をじっくり見るのは初めてかも。
こうして見ると、2人の男性はとても魅力的だと改めて気づかされる。
整った顔立ちはもちろん、2人とも背が高く立ち振る舞いも男らしくてかっこいい。仕事もできるし、高位貴族だし、かといって私を乱雑に扱ったりしない紳士でもある。
レナルド様が女性に人気なのは知ってるけど、絶対にアルフォンス様も人気だよね? 婚約者はいないって誰かから聞いた気がするけど、本当にもったいない2人だよなぁ。
そんなことを考えながらジーーッと2人を見ていると、気まずそうにレナルド様が口を開いた。
「あ、あの……ノエル」
「はい? あっ、お茶ですか?」
「いや。今日お前は何もしなくていい」
「では、なんでしょう?」
なぜかレナルド様はアルフォンス様と目配せをしてからこちらを見た。
「そんなにジッと見られていると、集中できないんだが……」
「えっ? あっ、ごめんなさい!」
しまった! 遠慮もなくずっと見つめてた! たしかにそれは嫌だよね。
「やけに真面目な顔してこちらを見ていたが、何を考えていたんだ?」
「え、と。もったいないなぁって……あはは」
「もったいない?」
レナルド様の質問に答えると、2人が同時に聞き返してくる。
正直に言っていいのか迷いつつも、作業を止めた2人が私に注目しているので嘘はつかないほうがいいだろうと判断をした。
「その、お二人ともとっても素敵な方なのに、婚約者がいないなんてもったいないなぁって」
「…………」
私が正直に答えると、2人は黙ってしまった。
ペンの音も紙をめくる音もなくなり、一気に部屋の中が静まり返る。
え!? 何この沈黙。私、変なこと言った? ……あっ。女嫌いのレナルド様に対してこんなこと言うなんて、失礼だった! 謝らなきゃ!
「あの、すみま──」
そう声を出した時、レナルド様とアルフォンス様の顔がハッキリと見えた。
こちらを向いて丸い目をしている2人の頬が、赤くなっている。
「……え。えっと……?」
私の戸惑った顔に気づいた2人は、ハッとしてお互いの顔を見る。相手の顔が赤いこと、そして自分の顔も赤くなっているとわかったのか、余計に2人の顔が赤くなった。
「顔が赤いぞ、レナルド」
「お前も赤いぞ、アル」
そんな言い合いをしたあと「はぁーー……」とため息をついたレナルド様は、いきなりクスッと笑った。アルフォンス様を見て笑ったわけでもなく、まるで自分自身を笑うかのように。
「素敵……か。久しぶりに言われたよ。女性に言われていた頃は、嬉しくもなんともない……というより、むしろ不快な気持ちになった言葉だが」
「!! すっ、すみませ……」
私が慌てて自分の口を手で覆って謝ると、レナルド様が笑ってこちらを見た。
「ああ。いや、それは女性に言われた時の話だ」
「…………(私、女です)」
「かと言って、男に言われても特に嬉しくはない。男だけど女の格好をしているノエルに言われたからか……不思議と嬉しい気持ちになったよ」
「そう……ですか」
無意識にアルフォンス様に視線を向けると、アルフォンス様も複雑そうな顔でこちらを見ていた。
私が女だと知っているから、レナルド様の話を笑えないのだろう。
顔が赤くなってたのは、喜んでくれたからだったんだ。不快じゃなかったならよかった…………ん? じゃあ、アルフォンス様は? アルフォンス様も嬉しいって思ってくれたの?
もう一度アルフォンス様を見たけど、もう私を見てはいなかった。
2人ともすでに手を動かして仕事の続きをしている。
……まさかね。
私は2人をジッと見るのをやめて、仕事が終わるのを待つことにした。