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15 女装する日


 とうとう、やってきた。

 王宮に行く日が。この国の王子や、隣国の王女に会う日が。女装する日が。


 レナルド様の妻のフリをする日が──きた。



「ノエル、おはよう!」


「……へ、え? ……カ、カーミラさ……?」



 まだ眠りの中にいた私は、突然の声にボーーッとしたまま目覚めた。

 ここは私の部屋。今はまだ薄暗いので、早朝だということがわかる。……なぜここにカーミラさんが?



「ほら、起きて! 今日は王宮に行く日でしょ? 準備するわよ」


「へ? で、でも、王宮に行くのは午後って……」


「そうよ。夜ではなく昼間なの。だから、早く準備をしなくちゃ」



 カーミラさんはまだ寝起きの私を無理やり立たせるなり、手を引いて部屋から連れ出した。使用人用の建物から、別邸へと向かっているらしい。




 準備って……行くまでまだ8時間はあると思うけど?




 とりあえず逆らわずに着いてきた先は、なんと風呂場だった。

 入った瞬間にいい香りが漂ってくる。それが湯船に浮かんだ花や香の匂いだということに、すぐに気づく。

 そして、そこには奥様の侍女として残った数少ない女性使用人達が待機していた。



「おはようございます、ノエル様」


「おはよう……ございます?」



 自分よりも身分の高い侍女達に様付けで挨拶をされて、朝からパニック状態だ。




 え? 何、何? これって……まさか……。




「さあ、服を脱ぎましょう」


「ま、ま、待ってください! まさか僕を……」


「全身綺麗に洗わせていただきます。今日はノエル様はレナルド様の奥様なのですから」



 にっこりと微笑む侍女達。

 みんなどこか嬉しそうな顔をしているけど、平民の私にはすぐには受け入れにくい状態だ。



「そんな、そんなことさせられな──」


「いいですから。時間がないので、早く服を脱ぎましょう……ね?」


「は、はい」



 侍女長に至近距離で詰め寄られて、思わず恐怖から返事をしてしまった。




 笑顔なのにこわいっ!




 その後はされるがままに、服を脱ぎ湯船につかり頭や身体を徹底的に洗われた。

 いい香りに優しいマッサージにと、あまりの心地の良さに何度意識を失いそうになったことか。




 いけないっ。寝ちゃダメなのに、すっごく気持ちが良くて寝ちゃいそうになる……! 何これ! 貴族の令嬢って、いつもこんなことしてもらってるの!?




 至福の時間が過ぎたと思ったら、顔にパックをつけられてベッドに横にさせられて、また身体のマッサージ。

 濡れた髪の毛も優しく拭いてくれているのがわかる。




 ああ……また寝てしまいそうっ。




 眠気をこらえていると、次はドレッサーの前に座らせられた。

 鏡に写っている私は、いつもの私じゃない。

 肌がツヤツヤ。いつも以上に白くて透明感がある。マッサージのおかげか、目の下のクマも目立ってないし、いつもよりパッチリしている……気がする。



「では、メイクもしますね。レナルド様はあまり濃いメイクはお好きではないので、薄くしましょう。元のお顔が可愛いので十分でしょう」


「はあ……」



 よくわからない私は、完全にお任せ状態だ。人形のようにジッと座っているだけ。

 顔をいじられたり、髪の毛をいじられたりするのを黙って耐える。




 令嬢って、大変なんだなぁ。




 どれくらいそうしていただろうか、目を閉じていた私に侍女長が声をかけてくる。



「ノエル様。終わりました」


「あっ、ありがとうございま──」



 目をパチッと開けながらお礼を言った私は、途中で言葉が止まってしまった。

 鏡に写った美少女と目が合ったからだ。




 誰!?!? ……え? 私!?




「とってもお綺麗ですよ」


「…………」



 侍女長が褒めてくれているのに、何も言葉が出てこない。

 自分だってわかっていても、まるで他人を見ているような気分だ。この綺麗な人が、本当に私?



「さあさあ、ドレスに着替えましょう!」



 いつの間にか時間が経っていたらしい。

 お風呂やその後のボディメイクに、一体どれだけの時間をかけていたのか。気づけば、もう出発時間が近づいていた。







 コンコンコン


 本邸の執務室のドアをノックする。

 女性厳禁のこの場所には、侍女もカーミラさんも入ってこれない。近くまで着いてきてくれたけど、今は私1人だ。

 すれ違う使用人達に凝視されながら、ここまで歩いてきた。



「ノエルです」


「入れ」



 レナルド様の声が聞こえて、カチャ……とゆっくりドアを開ける。

 出発ギリギリまで仕事をするつもりなのか、レナルド様もアルフォンス様も机で執務をしている最中だ。



「準備はできたのか、ノエ──」



 そう言って顔を上げたレナルド様の顔が、ピシッと硬直する。

 丸くなった目、少し開いたままの口。その顔がどんどんと青ざめていき、ガタッと立ち上がると同時にレナルド様が叫んだ。



「お……女が!! なぜここに!!!」


「え? あの、レナルド様?」



 同じように固まっていたアルフォンス様が、ハッとしてレナルド様に言った。



「レナルド落ち着け! これはノエルだ」


「ノエル……ノエル…………ノエル?」


「はい。レナルド様。僕はノエルですよ」



 ニコッと微笑みながらそう言ったけど、全然信じてくれてないらしい。

 まだ疑いの目で私をジロジロと見ながら、少し距離を空けている。



「だが、か、髪の色や長さが違うぞ……」


「ウイッグです。前に説明しませんでしたっけ?」



 本当は今の薄紫色の髪が、本物の髪だ。

 茶色の短い髪がウイッグだけど、そちらが本物だと嘘をついている。



「ウ、ウイッグ……そうか、そう言っていたな」




 レナルド様の女嫌いは知っていたつもりだったけど、まさかこんなにも拒否されるなんて思わなかったな……。



 

 やっと私がノエル──男だとわかって、レナルド様は落ち着きを取り戻したらしい。私の目の前に立ち、ジロジロと全身を見てくる。



「女装を提案したのは俺だが、まさかここまで女性に見えるとは……」


「どこからどう見ても女にしか見えないな」



 アルフォンス様が少し嫌味っぽく会話に入ってくる。ニヤッと笑ったように見えたのは、私の気のせいではないだろう。



「レナルド様、嫌悪感とかないですか? 大丈夫ですか?」


「え? あ、ああ……初めは本当に女性かと思って驚いたが、ノエルだとわかったら全く嫌悪感などないぞ」



 ドキッ


 爽やかに微笑みながらそう言ってくれるレナルド様を見たら、なぜか心臓が跳ねた気がした。その言葉に、やけに喜んでいる自分がいる。




 私だから嫌悪感はない……って、なんか嬉しいな。




 ついニヤケそうになってしまう頬を押さえて、まだ私をジロジロと見ているレナルド様を見上げる。

 しかし、レナルド様と目が合うことはなかった。

 レナルド様の視線は、私の顔よりももう少し下──だったからだ。



「胸まで作ったのか。すごいな」



 そう言ったレナルド様の手が、私の胸に触れた。


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