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14 レナルド様、知らないとはいえ失礼すぎます!


「ノエル、とうとう例の日が決定した……!」


「例の日?」



 軽食を運んできた私に、真剣な顔をしたレナルド様が言った。両肘を机につき、組んだ指の上に自分の顎をのせている。

 やけに深刻そうな様子に、私も手の動きを止めた。



「そうだ。お前が……女装をする日だ」



 ガタッ


 隣の机で仕事をしていたアルフォンス様が、姿勢を崩したらしい。

 特に何事もなかったかのように、アルフォンス様はそのまま仕事を再開している。




 きっと『女装』ってところに反応しちゃったんだろうな……。アルフォンス様、私が女だって知ってるし。




「えーーと、そういえばちゃんと聞いていませんでしたが、女装はどこでやるんですか?」


「王宮だ」


「王宮!?」



 あまりの驚きに、手に持っていた軽食を落としそうになってしまった。

 反射神経のいいレナルド様が、落ちそうになったお皿をキャッチしてくれる。




 王宮って、あの王宮!?

 この国の王様や王子様のいるあの王宮!?

 中に入るどころか、遠目でしか見たことのないあの王宮!?

 そこに……平民の私が……?




「むむむ無理です!!! ぼ、僕なんかが王宮になんて入れるわけ……」


「俺の妻として行くのだから、何も問題ない」


「えぇ……」


「それで、隣国の王女に会ってもらう」


「隣国の王女!?!?」



 

 王女ってあの王女!?

 隣の国で1番偉い王様の娘!?

 あああ。そういえば、王女に求婚されたから私と結婚してたことにして断るって言ってたっけ。だからって、まさか本当に直接王女様に会うなんて!!




 頭の中が一気にパニック状態だ。

 女装する気満々だったし、ドレスだって準備してる。でも、どんな場面で着ることになるかをちゃんと考えていなかった。



「おい。顔が真っ青だが大丈夫か?」



 アルフォンス様が呆れた顔で声をかけてくる。

 助けを求めるように視線を向けると、気まずそうに口をグッと閉じていた。大丈夫ではないことは伝わったみたいだけど、だからといってどうにもできない──と言われているようだ。



「僕みたいな平民が、王女様に会ってもいいんですか?」


「ああ。それは大丈夫だが……ノエルは一応貴族令嬢ということにしているから、平民だとは言わないように」


「は、はい」




 貴族令嬢!? 私が!? いくらドレスを着たって、オーラで平民だとバレるんじゃ……!




 そんな私の不安と同じことを思ったのか、レナルド様とアルフォンス様が顔を見合わせた。

 少し言いにくそうに、レナルド様がアルフォンス様に問いかける。



「……貴族令嬢に……見えるか?」


「……見えないな」


「見えるわけないですよぉ〜……」



 2人の会話に、私も思わず入ってしまう。

 自分が貴族令嬢に見えないことなんて、自分でよーーくわかってる。



「何が違うんだ? 顔は整っているし、着飾ればそれなりに見えるとは思うが……」


「立ち方、歩き方、態度、話し方──そういった仕草が全く貴族らしくない」



 レナルド様の疑問に、アルフォンス様がズバッと答える。

 自分でわかっていたとしても、ここまでハッキリ言われると胸に小さい矢が何本も突き刺さってくる。




 ううっ。その通りだけど、アルフォンス様やっぱり容赦ない……。




「そうか。なら──アル。母の侍女に頼んで、レディとしての立ち振る舞いをノエルに教えるよう伝えてくれ」


「えっ」


「王宮に行くのは1週間後だ。ドレスも間に合うと言っていた。ノエルはそれまでに、女性らしい歩き方を学んでおいてくれ」


「じょ、女性らしい歩き方?」


「ああ。今は、13歳の少年らしいガサツな歩き方だろう? 令嬢はそんな歩き方しないからな。少しでも女性らしくなるように、練習をしてくれ」


「なっ……!?」




 ガサツ!? 少しでも女性らしくなるように!? 私、一応女なんですけど!




「ぶふっ」



 アルフォンス様が、顔を背けながら吹き出す。

 こんな笑い方をする方ではないので、なぜ笑ったのかすら知らないレナルド様は目を丸くしてアルフォンス様を見た。



「アル、どうした?」


「いや……なんでもない……」



 顔を私達からそらしているけど、大きく揺れている肩は誤魔化しようがない。かなりツボに入っていることは明らかだ。



「レナルド、お前は……本当におもしろいな」


「?」



 わけもわからず笑われて、レナルド様は不思議そうな顔をしている。




 アルフォンス様、笑いすぎ!!

 もう! 2人とも失礼すぎる!!




「わかりました。明日から練習しますね。女性らしい歩き方を!」


「あ、ああ。……ノエル、何か怒ってるか?」


「怒ってません。では僕は掃除がまだ残ってますので失礼します!」



 持っていた軽食をカタンと少しだけ乱暴に机に置くと、私は足早に執務室から出た。

 スタスタと歩いていた足を、廊下の途中でピタリと止める。



「……そんなにガサツな歩き方かなぁ?」



 たしかに、男装して生きていくって決めてからは言動には気をつけてきたつもりだ。

 女言葉を使わないように、できるだけ声を低く話すように、内股にならないように、少しでも男らしく見えるように──。


 


 ある意味、今までの私の努力を認めてもらったようなものじゃん。ちゃんと男らしく見えてるってことだもん。……なのに、なんでだろう。女性らしくないって言われるのは、それはそれで複雑……。




「はぁ……」



 王宮に行って王女に会うってことの前に、女性らしく歩く練習をするっていう課題に私は頭を悩ませた。







 バサバサッ


 頭の上に乗せていた本が、床に落ちる。これで一体何回目だろうか。



「頭を揺らしてはいけません。背筋を伸ばして、視線は床を見ずに真っ直ぐ奥を見るように──」



 次の日、私は早速奥様の侍女──ミラ様に歩き方の特訓をさせられている。

 今は頭の上に本を乗せて、床に書かれた線に沿って真っ直ぐに歩かされているところだ。




 線の上からズレたらダメなのに、下は向いちゃいけないってどうすればいいの?




 貴族令嬢の歩き方は想像していたよりもずっと難しく、なかなかうまくできない。



「がんばれ、ノエルーー」

「ほらほら早く本を拾って続きをやれよ〜」



 ここは別邸の1階。

 窓からは、私が女だとは知らない雑用仲間のアスリー達が覗いている。

 応援しているようで、ただ私の姿を見て楽しんでいるだけだ。その証拠に全員ニヤニヤと腹の立つ顔をしている。



「うるさいなぁ! 早く仕事に戻りなよ!」


「今は休憩時間です〜」


「くっ……!」



 休憩時間だと言われたら、もう何も言い返せない。

 とりあえずギロッと睨みつけても、アスリー達は笑っているだけだ。この女顔には迫力が全くないらしい。




 もーー! 頭にきた! アスリー達も、レナルド様も驚くくらい完璧に令嬢の歩き方をマスターしてやる!!




 気合いの入った私は、そこからの1週間で完璧な令嬢の振る舞い方を身につけることに成功するのだった。

 

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