12 アルフォンス様にバレました!
「……なるほどな。隠れてやり過ごそうと思っていたところで、名前を言われて呼び出されてしまった──と」
「はい……」
狭い部屋の中で、椅子に座っているアルフォンス様とベッドで姿勢を正して座っている私。
女であることがバレてしまい、誤魔化せるわけもないと悟った私は、全てを打ち明けることにしたのである。もちろん今は、きちんと服を着ている状態だ。
「……はぁ。奥様が言い出したことならば、お前に責任はないな」
「…………」
私が女であることに驚いていたアルフォンス様だけど、奥様が知っていること、本当は呼び出しに応じない予定だったことなどを説明すると、強張っていた顔つきが緩くなった。
「あの、騙していてすみません」
「いや。正直、俺はお前が女だろうが男だろうがどうでもいいからな。ヴィトリー公爵家を騙していたら問題だが、奥様はご存知だったわけだし」
「…………」
「ただ、レナルドに知られたらどうなるか……はわからない」
女嫌いのレナルド様。
この屋敷に女がいて、しかもそれが自分のすぐ近くにいた──となったなら、どれほどショックを受けるだろうか。
このままここにはいられない……よね。
「私、ここから出て行きます。謝りたいけど、女だってわかってる状態で私には会いたくないでしょうし。アルフォンス様から、私が謝っていたことをお伝え──」
「ちょっと待て。何を勝手に辞める気になっている? お前はレナルドの妻のフリをする役目が終わっていないだろう?」
「え!? で、でも、女が側にいたらレナルド様が嫌がるのでは……」
アルフォンス様が、腕と足を組んで見下すような目つきで私を見る。
「あいつはまだお前が女だと知らないだろうが」
「……? え? でも、今アルフォンス様に知られてしまって──」
「俺が黙っていれば知られることはない」
堂々と言い放つアルフォンス様を、ポカンとした顔で見つめる。
今のは聞き間違いか。レナルド様の執事──アルフォンス様が、私の秘密を主人に伝えないと言ってくれている?
「黙っていて……くださるのですか?」
「……ああ。本物の女なら妻のフリも不自然ではないだろうし、今さら代わりの者を探すのも面倒だ」
黙っててくれる? まだ、ここで働いてていいの?
ホッと安心すると同時に、全身の力が抜ける。
出ていく覚悟はできていたのに、自分で思っているよりもここにいたかったみたい。
「ありがとうございます」
「その代わり、レナルドには気づかれないようにしろよ」
「はい!」
すぐ近くに私のことを知ってくれている人がいるって、心強い!!
寝て頭痛がおさまっていた私は、アルフォンス様の持ってきてくれたパンをペロッと平らげた。
そして、レナルド様にだけは気づかれないように、これからはさらに気をつけなければ! と自分の胸に誓うのだった。
*
その数日後、私はまた別邸に来ていた。
ドレスの仮縫いが終わったから、一度着てみてほしいとカーミラさんから連絡をもらったのだ。
……あれ? また扉の前にトーマとバルテルがいる。なんで?
以前、覗き防止のためにトーマ達が部屋の前で見張っていてくれていた。
でも今日は奥様が同席するので、アスリー達が覗きをする可能性はないはずなのである。
「2人ともどうしたの?」
「おっ、ノエル。来たか」
バルテルは軽快に挨拶をしてくれたけど、トーマはムスッとした顔で私を見ただけだ。
アルフォンス様に女だってバレたことをまだ怒っているらしい。
「今日も見張り?」
「いや。なぜか俺とトーマだけ奥様に呼ばれた。ノエルのドレスの感想として、男の意見を聞きたいとか言っていたぞ」
「へ!?」
ドレスの感想? ……ってことは、ドレス姿をこの2人に見られるってこと?
「なんか恥ずかしいな……」
「アスリー達にはすごく羨ましがられたぞ。そっちにも感想をあとで求められるだろうな」
バルテルがニヤッと楽しそうに笑う。
女として生活をしていた頃を知っているとはいえ、私はドレスを着たことがない。そんな私のドレス姿を見るのを、おもしろがっているんだろう。
「とにかく行ってくるよ」
「ああ。俺達は呼ばれるまでは部屋の外で待機しているから」
「うん。じゃあ、またあとで」
ニヤニヤしているバルテルと不機嫌そうなトーマに手を振って、ノックをしてから部屋に入る。
中には楽しそうにお話ししている奥様とデザイナーのカーミラさんが、飾ってあるドレスの前に立っていた。
「あら。ノエル、来たのね。見て、このドレス。とっても素敵よね」
ニコッと微笑みながら、奥様が声をかけてくる。
すぐに返事をして挨拶をしなければ──そう思うのに、飾ってあるドレスのあまりの美しさに目を奪われてしまった。
まだ細かい飾りなどは付いていない状態。
それでも美しいと思えるほど、ドレスの生地・デザインがとっても素敵だったのだ。
首元には太めのチョーカーがあり、それと胸元の生地の間が白いレースになっている。デコルテ部分の肌色が薄っすらと見えるデザインだ。
本物の胸の谷間が見えにくいように、レースを付けると言っていたのを思い出す。
この綺麗なドレスを、本当に私が着るの……?
感動と恐縮と期待。
色々な感情が押し寄せてきて言葉にならない。
でも、私の輝いた顔には全ての気持ちが前面に出ていたらしい。
「ふふっ。ノエルも気に入ったみたいね」
「はい……はい! とってもとっても素敵です!」
私の未熟な感想に、カーミラさんが嬉しそうに微笑む。
「嬉しいわ。では早速着ていただきましょう」
「はっ、はい! よろしくお願いします」
カーミラさんに手伝ってもらいながら、服を脱いでドレスを──の前に、コルセットを着けられる。
ギュッと力強く背中の紐を引っ張られた瞬間、あまりの苦しさに小さな叫び声を上げてしまった。
「ぎゃっ! えっ……あの、く、苦しいです!」
「このくらいは普通なのよ〜」
「え……ええっ!?」
苦しさを訴えれば緩めてくれるのかと思ったけど、笑顔でかわされてさらに強く引っ張られてしまう。
何これ!? こんなに苦しい状態でドレスを着るの!?
さっきまでの夢心地はどこへやら。
今は輝くドレスの前で、私は顔を苦痛に歪ませている。
「あっ。ノエル、そのウイッグを取っておいてくれる? 地毛も一度確認しておきたいわ」
「わっ……わかりまし……た」
言われた通りにその場でウイッグを外す。
私の薄紫色の髪が、ふわっと広がる。人前でこのウイッグを外すのは、2年ぶりだ。
「あら。ウイッグが茶色だったから、てっきり茶色の髪色なのかと思っていたわ」
「ノエルの母……私の親友と同じ髪の色なのよ」
奥様がどこか嬉しそうに、そしてどこか寂しそうに呟く。
元貴族の母と同じ色のこの髪を、私もとても気に入っている。
「こうすると完全に女の子にしか見えないわね。……さぁ、ではドレスを着ましょう」