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七 危険は前触れなくやってくる

暴力シーンがかなりあります、苦手な方はご注意下さい!


夕闇が広がってきた空。潮時です。


薙の泉の上で肩で息をしている小娘と、それより身長の低い付喪神が向かいあわせています。結界桜は服もボロボロ、対して薙は変化なしです。


「今日はありがとうございました。また、よろしくお願いいたします。」


得物を収め、深々と一礼しました。腹立つことに、薙の鼻で笑う音がします。


「懲りないやつ。」


薙はかき消すようにいなくなり、泉は砂地に沈んでいきます。後には虫の音と、涼しげな風。結界桜は寺の方へあるき出しました。四十キロ程ありますが、取り敢えずやってみるつもりです。飽きたらワープすればいいのですから。森の中ですが、ご丁寧に道ができています。


  能力使うの、しばらくいい。


先程、薙に手合わせしてもらったのですが、もう、それは見事にボコボコにされました。ついでに、『やる気あんのか』と聞かれる始末。悔しいです。やる気はあるのですが、なんか、なんか上手く行かないのです。


「ぬううううぅぅぅ」


誰かと手合わせ出来て楽しかったけれど悔しい、そんな中途半端な感情を、膨らました頬に無闇に石ころを蹴り飛ばす足が表現しています。


「ぬぬぬぬぬぬぬ」


まあ、七百歳の薙刀に一朝一夕で勝てる訳がありません。が、そこで悔しがるのはより強くなるために必要なことでしょう。木の葉の隙間から夕焼け空が金色に染まっているのが見えます。肌寒くなってきた空気に追われるようにして『桜』を発動させようかと考えていたその時でした。目の前の木立から、黒い布がはためいたように見えます。


直後、金糸が襲い掛かってきます。薙の教え通り、自身の周囲に結界を張り巡らせました。金糸は結界にはじき返されたため、結界を包むようにして鳥籠を作り出します。


「能力?」


警戒が必要なようです。名乗る前から若い女を囲むのは、どう考えだって変態の仕事じゃないですか。あ、女らしくないからノーカウントで?どちらにしろ、潰します。


「おや、そんなことも知らないのか?」


森の曲がり角から、夕焼けを背景に黒いマントのような物をかぶった人影が現れました。綾の記憶と同じ、無機質な声。


「金の群、箔。」


結界桜の口が相手の名を読み上げます。綾に攻撃を仕掛けた相手、結界桜が狼であれば、すでに牙を剥き出して唸り声を上げているところでしょう。


「魂というのは重力に等しいもの。そこに存在するだけで周りの環境を改変する力。運などで現れるその力を、顕現の泉によって目に見える力に変換する。それが能り……」


  いきなり長い話を展開すんな。


「話は簡潔に。しつこいと潰すぞ。」


ドスの聞いた声を出します。聞きたいのは山々ですが、この状況は許せないのです。


「失礼つかまつっ」

「何の用?」

「挨拶だ。」

「じゃあ、もう用は済んだわけだね、金の群の箔。」


薄く笑います。もし、移動能力がなければテンパっていたでしょうが、神様は親切です。金の群をあっさりとワープで振り切りました。



############



ちょうど同じ頃のお寺。暗くなってきたので、子供たちは寝る時間です。彼らを座敷に送り付けた後、縁側でつる枯れが座り、横でごろ寝している火の玉流れ。


「結界桜、今日一日いなかったね。」


「……そうだな。」


「ガシャでも狩っているのかな。」


「……そうだな。」


「昨日の事があったから、今日は子供たちを外に出ないよう見張ってただけだったね。」


「……そうだな。」


「ちゃんと帰って来るかな。」


「来るだろ。」


まともな会話が成立しません。バッティングゲームに例えるなら、つる枯れが球を投げているのに火の玉流れはバットすら握っていない状況。さすがに抗議しようかと息を吸い込んだその時です。


「おに〜ちゃんおね〜ちゃん、たち?」


子供の声。夕闇の向こうから、小柄な人影が見えました。つる枯れは立ち上がり、階段を下って近づいていきます。


「誰?」


読者諸君にはもうお判りでしょう。彼は金の群の銭。綾の記憶の中で、錐を奪った付喪神であります。それとは知らないつる枯れは、銭の言葉に耳を傾けました。


「あのね、付喪神だよ?遊んでほしいな。」


「い、いいよ?何して遊ぶ?」


子供の腕が何かを投げる仕草をしました。つる枯れの顔に向けて飛んできたそれには『和同開珎』の文字があります。


「何、するの?」


怪訝そうに眉をひそめた彼女に、付喪神はずんずん歩いていきます。


「お姉ちゃんが傷つけられて怒るところが見てみたいの。」


いいながら脛を、彼は思いっきり蹴りつけました。


「痛い、ちょっと。え?」


屈んだつる枯れの目の前で銅貨が集まり、棍棒に近くなっていきます。つる枯れは脛を抱えながら啞然とした表情を浮かべています。抜け落ちていく気力をかき集めるようにして、声を絞り出しました。


「ど、どうしてこんな事するの?」


「腹が立ったから。」


にべもなく答えた銭は、作り上げた棍棒を振り回し、重さを調節しています。空気を追いやる音に濁点が付くのは棍棒が大きいせい、地面を軽く突けば十センチも凹むのは、それがとても重いせい。それを軽々と振り回す銭は……。


「や、めて。」


つる枯れがへたりと地面に崩れました。無意識だとは思いますが、目が涙で潤んでいきます。


「ごめんなさい……。ごめんなさいだから許して!」


「許す?別に何も悪いことはしていないでしょ、許しを請われる覚えなんて無い。」


立たない腰で、後ろに下がりますが、悠々と追う銭。夕焼けの光を受けて輝く銅色。影が光を遮り真っ暗になる景色。頭にそれが落ちて来てぐしゃりと頭が潰される、怖くて、でも動けなくて。ぎゅっと目を閉じます。


異変に気が付いていた火の玉流れが縁側から飛び降り、はだしで走ってきます。つる枯れの頭に落ちる鉄棒を止めるには間に合いません。咄嗟に、つる枯れの背中を銭に向けて強く押し蹴りました。


ガランと音を立てて転がる鉄棒。つる枯れと銭は地面へ転がっています。肩で息をし、顔に安堵の色が浮かんだ火の玉流れ。つる枯れを押しのけ銭に跨ります。


「何しやがる。」


襟首を捻り上げると銭はにかにか笑いました。

「やっほ、おにいちゃん。」

「火の後ろ!」


鉄棒がいつの間にか宙に浮かび、火の玉流れの背中に飛んでいきます。振り向こうとするも間に合わず。強烈な打撃が背中に加わり銭の上から押し出され、地面を滑っていきます。呼吸が浅くなったかと思えばせき込み始めます。


「だ、だいじ……」


返事はありません。できないのです。つる枯れからは見えない口元が『にげろ』という形を紡ぎました。銭は起き上がり、宙に浮かんだ鉄棒を掴みます。


「大丈夫、殺さないよ。殺したら遊べなくなっちゃうし?ほら。」


火の玉流れの腹を蹴りつけました。火の玉流れが短い悲鳴を上げますが、銭は目をくれることもなくつる枯れに近寄ってきます。子供の笑顔の裏にあるのは純粋な狂気です。遅まきながらそれに気がつきました。話して分かり会える相手ではないと。逃げなければならないと、でも、体が動きません。


「後ろのお姉ちゃん、次はあなただよ。」

「ひっ。」


―心臓の核―


転がったままの火の玉流れが目線だけを銭に送り火の玉を放ちましたが、狙いは外れ棍棒に接触しました。金属が溶けて赤く熱せられていきます。不思議そうに棒を見て笑う銭。


「へぇ、お兄ちゃんすごいね。彼女を熱い金属で殴ってくれって事かな?」


否定の短いうめき声があがり、火の玉が大量に発生します。金の群の姿が黄色の炎で包まれた隙に、火の玉流れ地面を転がりました。体を焦がすような熱と光が辺りを支配します。つる枯れを押し倒して覆いかぶさりる火の玉流れ。まだ戻らない息の下の声です。


「逃げろって……言ったのに。」


「ご、ごめ、」


つる枯れは火の玉流れをどかそうともがきますが、強い力で抑え込まれます。火の玉流れの背中から炎の中から人影が見えます。銭は熱され、金属が滴り落ちる棒を持っていました。体の方は……無傷です。


「火のどいて……」


聞こえていないのか、聞いていないのか。つる枯れがもう一度、火の玉流れの横顔を見て言います。その目がこちらを向き、首を横に振りました。軽い足音が近づいてきます。


「お願いだから……」


火の玉流れが身じろぎします。そして、火の玉流れからはみ出ていたつる枯れの頭を胸の下に押し込みました。


「出来るか、バカ。」


輝く金属が振り上がりました。


並木道の桜から舞い落ちた花弁の一つが、紫の光に包まれて消えます。




頭を撫でながら登場した結界桜。


「あの変態付喪がーなにがあっ」


状況は聞くまでもありません。炎、倒れている二人、金の群。驚きで表情が抜け落ち、瞳孔は開きます。すぐさま付喪神に向け手のひらを翳すと、結界を使い空中へ打ち上げます。見事な放物線を描かせ二人から引き離した隙に、寺を包み込むような巨大な結界を展開しました。金の群の銭は新しい獲物に無邪気な笑顔を向けてきます。


「もう一人のお姉ちゃん、お帰り。」


このまま防御に徹すればと仰りたいかもしれませんが、結界も完璧ではないのです。薙の攻撃で何度破られたことか。元凶排除が一番手っ取り早いのは言うまでもありません。


「お前、殺す。」


決然とした単語と共に、結界桜が流れるような仕草で模造刀を抜きました。紫の影が消え、童子の後方に現れます。振り返りざま、にやりと笑う銭。


「無謀だね。」


あっつあつの金棒で迎え撃とうとしていますが、金棒はその手にありません。危険なものは早期回収に限ります。


  付喪神相手では、速さが効く。


「阿呆じゃん。」

愕然とした表情に向かって、同じ調子で言い返しました。結界で動かないよう、前もって固定するに決まってます。結界桜が地面を蹴り、ばね状の結界で体を加速させると、模造刀がその胸元を狙いました。銭は後退りますが、巨大な結界に阻まれます。まずい、と焦りがその顔に浮かび、防御のため胸元に硬貨が鎧のように並べられていきます。が、あっさりと破りられ衝撃とともに切っ先が胸に突き刺さりました。結界に押し付けられ模造刀で突き上げられ、ぶらりと足が宙に浮きます。赤銅色の液体が血のように滴ってきて鍔を伝い地面に落ちました。結界桜が辛そうに顔を歪めました。


「あ〜あ〜、これ、もう少しで死んじゃうとこだよ?」


子供は無邪気な笑顔でペタペタと刺さった刃を触ります。


付喪神は死ぬことはありません。薙に教わったこと、核を壊せば問題にはなりますが、肉体を再構築するだけで元に戻ることができるのです。しかし、頭ではわかっていたとしても心が理解するのは時間がかかるものです。銭の狙いはびっくりさせて刀を鞘に納める事のようですが、通じるほど甘い結界桜ではありません。


「ああ、遠慮なく死ね。」

「か、からかっただけだよ、離せ、離せよ!おねーちゃん!」


油断をしてはいけません。どんなにかわいい姿をしていたとしてもー見逃して、もう一度襲って来ないとは限らないのですから。その考えを読んだように、銭が冷たいため息をつきました。


「おばさん、賢くて嫌だ。」


パラパラと、童子の体が銅片に崩れていきます。ちょうど、そう……針の群が消えるときのように。


「楽しかったけど、続きはまた今度。じゃあね」


言葉を残して銅片の山になります。


「今度?二度とは許さない。」


ふわりと銅片が宙に浮きました。驚き、防御のための結界を張り巡らせますが、銅片は森の方へふわふわと漂って消えていきます。黙って見送りました。追っても良いのですが、安全確保が第一と判断します。見えなくなってから寺の方へ向き直りました。




「いつまで抱き合っているつもりだ。腰抜けども。」


ひやりとした空気が絶対零度の声と共に二人を襲います。結界桜は寺全体を覆っていた結界を消失させ、よろよろ起き上がって来たつる枯れ火の玉流れを見下げました。


「綾、かんざし。」


縁側に座っていた彼女は、かんざしを抜き取り投げました。結界桜は寄越されたそれを掴んだまま一瞬で記憶を受け取ります。


「綾、動かなかったのは何故だ?」

「綾は番。役目を果たさず散る覚悟は持ち合わせておりません。」

「二人が傷つくのを見ていたとしてもか。」


「役に立たぬものが間に入ったところで足手纏い。どう取られても構いません。」


あっそ、とうそぶきかんざしを投げ返します。綾に裏切られた感があるのは否めないでしょう。結果的に何も行動していないのですから。それが結界桜達を送り返すための最善の判断だったとしても。


ため息を一つついて、やっとこさ起き上がった二人に歩み寄ります。


「どうしてこうなった。何の行動の結果だ。」


低いで問い詰めますが。


「あの子供がいきな」

「違う。」

  聞きたいのはそんな言葉じゃない。


「俺はそ」

「違う!」

  どうして気が付かない!


事が済んだ途端に心臓が唸りを上げ始めます。今回は、偶然です。箔を振り切って帰ってこなければもっと凄惨な事態になっていたでしょう。


「私が帰ってくるのが遅かったら殺されていた!それにどうして気が付かない!どうして反撃しなかった!殺されそうになったら、逃げるか反撃の二択だろうが。中途半端にするな!」


専守防衛でなんとかなるのは日本の、いえ、日本国憲法の通用する範囲内だけでしかないのです。当たり前に命を狙われる場合、そんな腑抜けた事は言ってられません。


「実力が無いのは仕方がないとして、つる、能力を使うことも思いつかなかったのか?お前なら遣り様があっただろう。」


つる枯れの力はつるを伝わせること、枯れ木枯れ草を操ること。正確さを欠く代わり、足止めに手広く使えたはずなのです。


「火の、馬乗りになるのは攻撃してくれと言っているようなもの、ガキだからと舐めてかかったな。」


火の玉流れはふいと顔を背けました。


「軟弱者!」


結界桜が泣きそうな声で絶叫します。二人は圧倒され、びくりと肩が震え上がりました。


「お前らみたいなやつ、大っ嫌い!」



ありがとうございます!読んで頂き嬉しいです!

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