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四 深夜徘徊するのは老人だけじゃない

よろしくお願いします。


お寺の屋根の上。雲が増えてきた空。厳しめの風が吹いています。足を一歩踏み出すと、乾いた瓦の音がします。慎重に、滑って落ちないように。彼は汗ばんできた手を腰に巻いた青い上着で拭いました。


「動くな。」


後ろから結界桜の低い声が響きます。


  動いてもらっては本当に困るのだ。


こちらに背を向けて動けずにいる相手の足はガッタガタです。十三になる男子ですが、手すりも何もない、もしかしたら滑り落ちてしまうような場所では当然のことでしょう。


「一人でこんなところに来たのがそもそもの間違いだったな。」


相手はー『幼竜使い』はごくりとつばを飲み込みました。彼の眼には、七メートルほど下にある地面が映っています。


「落ちるぞ。」


瓦の上に足を踏み出し、幼竜使いの肩を掴もうとしますが、手が空振り。


「幼竜ぅ~うあああ!」


幼竜使いがバランスを崩して落下。


「おいぃぃ!」


慌てて結界を張って落下を阻止する結界桜。ガスッと幼竜使いが結界に尻餅をつく音。

一瞬の間。


「動くなってあれほど言っ…」


そして、結界桜のお説教が始まるかと思えば、結界の存在に気が付かない空色のキラキラしたものー幼竜が下から突進してくる光景。


バキン!


結界が崩壊、結界桜がバランスを崩し、幼竜使い・幼竜共々自由落下を開始。このまま落ちればぺしゃんこになるぅぅので、一度、三人共々地面近くにテレポートからの、幼竜と再びテレポートからの、単体で地面にテレポート。


以上の絶妙な動作で、三人を接触させることなく地面へおりました。砂利に寝転がる、袴姿の結界桜、Tシャツ長ズボン姿の幼竜使い、そして、空色を閉じ込めたオパールの鱗を持つ、電信柱程の太さの蛇のような生き物―幼竜。頭には一対の風でなびく触角があり、背中に背びれのようなものが付いていました。その生き物は結界にぶつかった後遺症で鋭い鉤爪の付いた前足で鼻を押さえつつのたうち回っています。可哀想。


「なにしてんのぉ?動くなって言ったよねぇ~」


ぎろりと幼竜使いを睨みつけると、向こうもこちらを見てきます。


「てめぇが助けに来なくたって、幼竜が来てくれるはずだったし!」


そもそもの発端は、幼竜に乗って飛ぼうと試みた幼竜使いが上手くしがみつけず、鉄棒でいう豚の丸焼き状態になっていたこと、そして幼竜が本堂の上に緊急着陸。瓦の急斜面は滑りやすい、かといってすぐに地面に降ろせるわけでもないので幼竜は助けを求めに行き、結界桜がテレポートで屋根の上に到着。そして…うん。水布とガシャを狩りから帰ってきて直後の事でした。全く、休む暇もありません。


「…てめぇだと?年上によくそんなことが言えるな。」

「いきなり脅かすな!」

「脅かすわけないだろ。」


それはともかく一件落着。しかし、疑問があります。『幼竜使い』の能力はこの青い生き物、幼竜と意思疎通を図ることです。しかし、なんかこうー威厳のある感じではなくて単純などんくさい幼馴染という雰囲気しか感じられません。


「そういやぁ、幼竜がそれっぽく幼竜使いを乗っけているとこ見たこと無いんだけど、どうやって助けるつもりだったの?」


幼竜に質問。しかし、結界桜の言葉は伝わらないので。


「さっきどうやって助けるつもりだったかって。」


幼竜使いが幼竜に内容を伝えます。同じ言語でも、幼竜使いの話した言葉しか通じないのです。幼竜は鼻を覆った鉤爪をどけ、幼竜使いと目を合わせます。可愛らしい蛇にあたる顔。光の加減で七色が動く空色の鱗。神獣と呼ぶ方が相応しいのに、結界に気が付かずぶち破る鈍臭さがあるのが惜しくてなりません。


「きゅるきゅーきゅ」


高い笛のような声。幼竜は顎を地面に着けたまま、細い尻尾を地面にピシャリと打ち付けました。


「きゅきゅきゅるる きぃぃぃぃ」


鋭い鱗が付いた尻尾がぶんぶん振り回されます。慌てて避ける幼竜使い。


  ……怒ってるねぇ……


「ごめん、ご免って!」


幼竜使いの謝罪に誠意が籠っていないような気がするのは気のせいでしょうか。それで済ませても怒られないなら、じゃれ合う友達関係、羨ましいものです。


「きゅぅ きゅうるるる」

「へぇ。そんなん出来んだぁ。」


言い合いを聞いていて、気が付きます。既視感。幼竜使いの顔。どこかで。いや、いつも見ていたような気がします。でも、さっさと元の世界に帰れば分かること。名前を聞けないのが難点で……もし、名前を聞いて、個人情報を聞いて何かあったらどうしよう。それに自分は人の顔を覚えるのが苦手、見間違いの可能性が高いーそう自分を納得させることにしました。


「ちょっと、なんつってんの。」


幼竜使いの脇腹をしびれを切らした結界桜がせっつきます。振り向いた彼は満面の笑み。


「『胴体を体に絡めて、ぐいって引っ張る』の。」


蛇のように細い体に乗るのが怖くて、上手くしがみつけないようです。飛びたいという感情がそうさせているんでしょうけど、幼竜に絡まれて飛ぶ幼竜使い、はっきり言います、ダサいです。


「きゅうるるる。」

「『乗りたいなら自分でしがみつけ。おんぶにだっこがお望みか、お姫様』って悪かったなぁ~!」


  やっぱりそうだよね。


幼竜使いが起き上がり、幼竜にじゃれつきます。ゴロゴロ転がって、とても楽しそうでした。頬杖をつきつつ、その様子を見守ります。


  本当に本当に、羨ましい。


「幼竜使い!鬼ごっこしない~」


鐘撞堂の方からひょっこり顔を出したのは、同じく引っ張り込まれた子供たち。『軽く逃走中』。人懐っこくかわいらしいタイプ。九歳だそうですが、彼との鬼ごっこは鬼畜になります。なぜなら、逃げるために走り出せばチーターでも追いつけない速度が出るからです。『軽く』の方は触ったものを軽くすること。なので、いくらでも物を持てるらしいです。


その横からさらにひょっこり顔を出したのは『追投機』。少学校入学したての七歳で、あどけなさが残るはずですが、かなり顔つきが大人びています。


「行くの行かないの?」

「行く。」


幼竜使いは幼竜と共に、ぎゃあぎゃあ騒ぎながらどこかへ遊びに行きました。助けたのにお礼は無しです。


「にしても、ひっきりなしに何か起こるなぁ。」


楽しいの半分、面倒臭いの半分。感想はやれやれって感じです。横向きからうつ伏せにコロンと転がります。


「お願いだ、今夜はもう、何も起きないでくれ。」 


それはそれは切実なものですが、とても叶わない願いでした。


############


現在の状況、それはつまり『混沌』を意味します。付喪神の国(それも死者の国らしい)ところに十二人もの人が引っ張り込まれました。最年長である結界桜の仕事は、


いち、ガシャの核の収集作業

に、巻き込まれた子供たちのメンタルケア

さん、能力の乱用により発生するトラブルの解決

し、付喪神に企みが無いかあらゆることをいちいち疑ってかかること

ご、「肝試し行こ!」確保すること


……いや、別の思念が入ってしまったので訂正します。

ご、健やかな眠りを確保すること


「ああああああ!深夜徘徊行かないったら行かない!疲れたの!全てのことをゆっくりじっくり疑ってたらこんがらがったの!情報過多、情報過多!寝かせて!お願いだから寝かせて!」


「行こ!行こってば!楽しんだほうがいいっつったの結界桜じゃん!」


本堂に隣接した広間があると申し上げましたね。そこで雑魚寝をみんなでしている訳です。布団は水布の出す布を敷き詰めふかふかにしてあります。それを頭からかぶってしがみつき、精一杯抵抗する結界桜。もう寝るという時間に起こされて肝試し行こうと誘われたのですが。周りはとっくに寝静まり、起きているのは女子二名と男子二名、そして、駄々をこねる結界桜。


「ついてきて、お願いだから!夜出歩くの怖いから!」

「……行かなきゃいいじゃん……」


返事に不満を持った水布は、しがみついていた布団を消滅させました。が、結界桜はすぐに別の布団に憑りつきます


「桜姉の能力あったら迷ってもお寺に帰れるわけだら?だからついてきてよ!浮破手伝って!」


体の大きい浮破が布団を無理矢理引きはがしました。


「あたしもついてくし。行くのは水布と、『鳥打ち』『木属性幸村』だからね、お願い。」


ちろりと顔を上げ、男子二人を観察します。『木属性幸村』浮破と同い年。がっちりした体に元気な顔。自称ガキ大将だそうです。もう一人は『鳥打ち』。水布に引っ張られて来たようで、ちょっと嫌そうな顔をしています。が、知りません。眠いのです。


「諦めて……。」


顔をぱたりと伏せました。本当にごたごたで疲れたのです。夢の世界へ吸い込まれてしまったのも無理はありません。結局、結界桜を連れ出すのは諦めて出かけました。

結界桜は三人兄弟の長女です。面倒見が良いのと責任感が強いので、十二人の取りまとめ役を担っています。今日の午後だけでも恐ろしいイベントの数々でした。




「結界桜、起きて!」


肩を激しく揺すられ、目が覚めました。瞼を一瞬閉じただけのような気がしますが、時間はそれなりに経っているのでしょう。


「もう朝?」

「それどころじゃないんだよ!水布と火のが居なくて。」


「……火の?」


結界桜は目をこすって欠伸をします。火の玉流れは名前が長いので『火の』と省略されることがあります。肝試しにいかなかった彼がどうしていなくなるのでしょう。


「火のはそこで寝て……」

「間違えた、鳥打ち!水布と鳥打ちが居ないの!」


言い間違えたようです。その焦りが伝わって来てのんびりゆっくり睡眠モードが打ち破られました。一気に覚醒します。


「は?行方不明?」

「振り向いたら急にいなくなってて。」


ちっと舌打ちをして、下唇を噛みました。緩めていた袴をきつく縛り直し、模造刀を腰に差します。


今は夜。光が無いと。


勢いよく立ち上がり、隅っこの方で寝ていた火の玉流れの布団を勢いよくはぎ取ります。


「……もう朝?」

「それはさっき私がやった!起きろ。」


ふにゃふにゃと夢の世界へ戻ろうとする火の玉流れの胸倉を掴みました。火の玉流れの服装も、パーカーズボンですぐ出かけられる格好です。


「外に出ていて行方不明になった子がいる。探しに行かなきゃなんない。手伝え。」


数秒置いて、火の玉流れが分かった、と呟きました。


「とにかく…」


結界桜と火の玉流れがその手首を浮破に掴まれます。


「来て。」


体がふわりと浮かび上がりました。


「わぁ。」 

「う、うああああ?え?夢のつづき?これ?」


火の玉流れが混乱真っ只中ですが、気にしなくて良いです。浮破の『浮』は宙に浮く能力。浮破に手を引かれるようにして、廊下を滑り開け放した扉をくぐり、月の浮かぶ空へ飛び出しました。


  重力を感じない。浮いている!


「今からいなくなった場所に連れて行く。木属性幸村と喧嘩をしちゃって、水布と鳥打ちに構わずどんどん進んで行っちゃったの。振り向いたらいなくなってて。足跡が別の方向に続いていたの。どうしよう、水布がいなくなっちゃった、どうしようどうしよう。」


幻想的な景色とは裏腹に、浮破の心は荒れ放題です。何としても、水布、鳥打ち両名を見つけ出さなくてはいけません。どんどん高度が上がり、寺の屋根が小さくなりました。見える光景から頭の中に地図を作っていきます。寺は草原のど真ん中に立っていて、草原は半径五百m程の円形。桜の並木道が乱立しており、落下した花弁で絨毯が出来ています。そこより外は木が茂っており、いつもガシャを狩る川側は寺正面側に一キロ。私達が向かっている方向もそちら側です。少しずつ高度が下がっていくので、目的地は寺と草原を繋ぐ線の真ん中あたりの森の中。


  考えられる可能性、水布が勝手にどっかに行くことはないと考えたい。彼女はちゃんと周りが見える子だ。


「攫われた?水布は暗闇でかくれんぼなんかしない。」

「付喪神か?」


宙に浮かんだまま火の玉流れが不安そうにこちらを見てきます。結界桜は慎重に肯きました。


「そっちのほうが可能性高いね。」


浮破は地面を凝視すると、降下を始めます。喧嘩の痕跡でしょうか、木がなぎ倒された空き地に木属性幸村がこちらを振り仰いでいるのが見えます。


「木属性幸村ぁ!手掛かりはあったぁ!」


地面が急に迫ってきました。木属性幸村の横に足が着きます。足が地面に付き、返却された重力によってふらりと揺れました。


「ない。」


火の玉流れがバレーボール大の火の玉を頭上に浮かべました。風で木が揺れるざわざわという音が緊張感を煽っていきます。周囲の陰から何かが飛び出て来やしないかと見まわしますが、残念ながら何もありません。なぎ倒された木を器用に超えて足跡を追うも、途中から岩場になっていて途切れています。


  どうする?どうする?何もしていないのに心臓だけが動いていく。時間が過ぎていく。


火の玉流れが口を開きました。


「『桜』ってさ、他人が持ってる花弁に移動って。」


『桜』を使うときの条件は、桜の花弁がどこにあるかという簡単な情報さえあればいいのですが、水布、鳥打ちが桜の花弁を持っているか分からないこの状況では、


「不可能。火の玉流れは?風の流れとか読めたりしないの、『流れ』だけに。」


「無理。」


即答です。すぅ、と二人同時に息を吸い込みました。


「「この役立たずぅ!」」


こんな状況で言い合いを始める二人に冷たい視線が注がれていました。ですが、さすが高校生。話を建設的な方向へ運ませていきます。


「他の突破口を。」

「鳥打ちの能力は?」

「伝達系の、どんな場所からでも寺の鐘を撞くことができる、鳥と意思疎通を交わすこと。」

「じゃあ、いったん戻った方がいい。情報寄越すなら寺の方にするだろう。」


ですが、それが外れたら?可能性としては低いですが。少しして結界桜が浮破と木属性幸村に指示を出しました。


「二人で空から探しながら帰ってきて、決して一人にならないこと。」


結界桜が地面に紫の円陣を展開します。火の玉流れが円陣から立ち退こうと動き出した瞬間に地面をドンッと蹴りつけました。



「いきなり巻き込んでワープすんな!俺は蝿人間になりたくない!」

「そんなこと言ってる場合か!」


結界桜と火の玉流れが寺に現れ、鐘撞堂の下へと走り寄りました。鐘がゆらゆらと、波に乗ったように揺れています。不意に木が手前に動いたかと思うと、二人とも小指で耳栓をします。至近距離からの鐘の音は耳を傷めます。ご用心を。


ぽ~~~ん


以上。

「どういう意味?」

「さあ。」


  だよな。指揮・情報伝達系統全く整えてないから。やっておかなくちゃ。


そこにカラスがふわりと舞い、火の玉流れの足元に布切れを落としていきました。団子状に結ばれたそれを慎重に広げていきます。墨の匂いがします。火の玉流れと反対側から覗き込みますが、生乾きのまま丸めたせいもあって汚れが酷くよく読めません。


「なんて書いてある?」


火の玉流れが無表情で棒読みします。


「『とうめいな…つくもがみがいる神社ろーじんれきじょのあわ』。」


さっぱりわからない。


「手掛かりは、透明な付喪神。」


付喪神、少なくとも結界桜が見たことのある付喪神は全て実体を持っています。透明な付喪神が手掛かりになるならば、聞くしかないでしょう。


「綾!どこにいる。」


夜中ですが遠慮せず叫びます。そっと扉が開いて綾が顔を出しました。


「透明な付喪神がいる神社。知らないか?」

「何かあったのです?」

「可愛い弟妹分が行方不明。」


綾は草履を作り出して履き、決然とした様子でこちらに歩み寄ってきます。


「透明な付喪神がいる神社、ですか。門の番の可能性がありますね。」

「門の番?」


気になりますが、聞いている場合ではありません。

「場所をお教えすれば良いですか?」


こくりと肯きます。


「寺の南に真っ直ぐ行ったところにあるはずです。」

「距離は?」

「東に十里ほど。」


即座に火の玉流れが補足してくれます。


「十里は四十キロ位。」

円陣を展開してみました。南に四十キロ。その周辺の桜の花弁。意識の隅で、桜色が微かに揺れます。足元の紫の円陣はいつもより時間をかけてゆっくり描かれていき、じりじりとした思いが沸き上がってきます。暫く掛かりそうだと判断した火の玉流れが、もう一つの疑問をぶつけました。


「『ろーじんれきじょのあわ』って知ってる?」


綾は目を真ん丸にしました。


「は?れきじょ…の…あわ…?」


火の玉流れが面舵一杯からのガッツポーズ。


「っしゃ!綾が俺とも喋った!」

「小学生みたいな反応やめろ。みっともない。」


綾に目を戻します。鳩が豆鉄砲を食ったような顔。


「え…ろーじん…れきじょの…あわ?」


  やっぱわかんないか。わかんないよね。


「歴女はわかるが泡って何だ泡って!」


  ごもっとも。だが、埒が明かない。


組んでいた腕を解き、綾の正面に向き直りました。


「付喪神の殺し方は?綾。」


綾はこちらの目を見つめたまま、口を開く素振りさえ見せません。


「これは、殺すためじゃなく殺さないために聞いている。」


綾がこちらの視線をしっかりと捉え、口を開きました。


「付喪神はガシャと同じです。核を取り出すだけなら平気。その核を壊せば高度な政治問題に発展します。」


「ちょっと待て、血じゃないか?」


確認すれば、白い布の隅に親指ほどの赤い染みがついていました。心臓が跳ね上がり指先が焦りでピリピリします。火の玉流れを半ば睨むように見つめました。


「準備はできた?」

「分かり切ったことを聞くな。」


完成した円陣を蹴りつけると、空間が迷うように揺らめいてから紫の光に包まれました。


############



桜の木の横に、結界桜と火の玉流れが立ちました。ぐるりと周囲を見渡します。森の中のようですが、木の隙間から広場のようなものが見えました。火の玉流れと頷いて駆けだします。急に開けた視界に石鳥居が。小ぶりなお堂も立っています。神社です。その賽銭箱に二人の子供が座っていました。


  水布・鳥打ち、発見。


ほっとして気が抜けそうになるのを必死にこらえます。その奥のお堂の縁台に一人の老人が座っていました。白髪を肩に流し、たっぷりとした白髭を撫でています。生成りや茶色の着物をゆったりと着こなしているその姿から『仙人』イメージが湧き上がっていますが、油断は禁物です。走り寄りつつ鋭く睨みました。


「ほうほう、『桃太郎』の話はそんな風に変わっておるのか。」


人攫いにしては随分とまた可愛らしい態度です。


「勝手に連れ出して、何をするつもりだ?」


水布と鳥打ちの肩に手を置き、どすの利いた声を出しました。結界桜に気圧されて、老人が口を噤みます。火の玉流れが水布と鳥打ちの服を引っ張って老人から遠ざけたのを確認し、模造刀を抜きました。結界は見えないので脅すには不適切なのです。


「返答次第じゃただじゃ置かない。」

「待って、その人悪い人じゃない!」


水布が叫びます。振り返らず、老人とにらみ合いを続行します。


「俺たちが付いて行ったの。ちょっと話をしてくれたらガシャの核をくれるって言われただけ。」


そっかそっか、と結界桜が額を抑えました。


「って、あんのぉねぇ?知らない人について言っちゃいけないよって言われなかったかぁ?」


ゆっくりゆっくり、振り返ります。火の玉流れに半ば吊るされている上で真顔の鳥打ちが。


「その人、人じゃない。付喪神。」


屁理屈だそれ。誰?君たち育てたの誰?


「じゃあ、血は?」


水布は火の玉流れを見上げると、にこにこの笑顔を向けます。


「どこにいるか言おうと思ったんだけど筆記用具が無くて、ありんこ潰して布に書こうかと思ったんだけど。カラスの糞もだめって鳥打ちに言われたから、血ならいいかなぁって。そしたらそのおじさんが筆を貸してくれたの。」


  機転の速さと発想の素晴らしさよ。そしてそれを却下した鳥打ちに感謝を。


「『ろーじんれきじょのあわ』、は?」

「そのおじいさんの名前。そうやって自己紹介してた。」


火の玉流れが何とも言えない顔をしています。振り返れば、『ろーじんれきじょのあわ』も。


「そう。何かそうやって聞こえたからそのまんま書いちゃえって。」


鳥打ちの言葉に、老人はもにょもにょとつぶやきます。


「わしの名前、そんなにかちゅぜつ(、、、、、)わるかったかのう。」


  じゃあせめて、『滑舌』は言えるようになれ。


「名前は?」

「歴史書の群。」


  れきじょのあわ、歴史書の群、れきじょのあわ、歴史書の群。うーん。聞こえるような聞こえないような、びみょうですねぇ。


「今すぐ帰りたいか?」


水布と鳥打ちに向き直りました。水布は片手に拳大のガシャの核片手に水の玉を持ち、お手玉を始めました。


「ん~別に。びっくりしたけど特に何もされんかったし。」


  どうしたいのかって聞いたんだぞ私は。聞いてくれ!


「正直どっちでもいい。」


歴史書の群はとてもがっかりとした様子です。


「歴史書の群。私達の事情聴取に付き合ってほしいな。」


可愛らしく言ってみると、明らかに気分が上向いたようです。


「おう、良いぞ良いぞ!夜は長いからな!」


「火の玉流れ。この子たちを一旦連れて帰る。ついでに、つる枯れを連れてくる。」



初の三人同時ワープを事もなげに成し遂げ、寺に付きました。やはり眠かったのか欠伸を連発する水布の肩を叩いてポンポンと叩いて、座敷の方へ向かわせます。本堂の前で待っていた浮破と木属性幸村がほっとしたように緊張を緩めました。もう出歩かないように言いつけてから、お休み

の挨拶をします。


ピシャアン


  そんな勢いで扉開けんなよつる枯れ。他の子が寝てんだろう?


鐘の音に起こされ不機嫌なのかメモ帳片手に階段の上から睨みつけてきます。


  記者かよ。


「何があったのか説明しろよ騒音公害女。」


  うるさいのはお前…


「黙れ小娘。子供たちが攫われてたので緊急回収した件ですモブキャラ其の一。」

「誰がモブキャラだ!」


叫ぶつる枯れの横で、ずっと外で待っていたと思われる綾が口を開きました。


「うまくいきましたか。」

「いったよ綾。『歴史書の群』だったけど。ありがとう。起こしてごめんよ。」


模様の付いた眼尻が大きく動き、にこりと笑顔を作りました。


「歴史書の群は『掌』の一人。とても温厚な方だったと思います。」

 

軽く頷いてつる枯れに向き直ります。


「来てもらうぞ、深夜で悪いが。」

「何の用ですか一体。」


不機嫌そうなつる枯れを煽るようにして悪戯っぽく笑います。


「新しい情報が入るかもしんないとだけ言っておく。」


態度にちょっと腹が立ったので、無言で円陣を展開させました。



読んでいただきありがとうございます。嬉しいです!

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