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十八 封神

読んで頂き嬉しいです!



暗い闇を見渡す。背筋も凍るような風が吹く。

「……門がない。」

  遅かった。

転移して、辺りは暗い河原。だが、転移先には目印の神社がない。足元に撒かれている花弁をつまみ上げた。

  金の群とは、金の群の貨と幣を助けるためだけに協力し合っていた。だから、その二人を回収出来たと同時に私の利用価値は無くなる。私が付喪神の国に帰れないように、神社の門周辺の花弁をどこかわからない三途の川流域に捨てた。地図がないため門にたどり着くことはない。それに仮想通貨のことだ。あの混乱から脱出するのは容易いだろう。


兵法書の群は私を裏切れないはず。主犯は金の群だ。金の群は崇の鏡の守一筋だった。崇の鏡の守にしてみれば私に生きてもらってたら困る。


「日鶴?」

刀の付喪神が現れて、首を傾げる。

「裏切られたんだよ。また。」

腰が抜けて、地面にへたり込んだ。

「金の群は自分の仲間さえ回収出来ればいつ私を裏切っても良かった。」

  笑える。あの兵法書の群も手の打ちどころが無い以前に気が付かなかったなんて。


「ここの辺りを探し回れば神社の門はあるかも知れない。金の群は日鶴と違ってワープが出来ない。だから、ここはそんな遠くじゃないかもしれない。歩いてみようよ。」

刀の付喪神は空元気を振り絞って捲し立てる。手を引かれるけれど、立ち上がる気は起こらない。

「……無理。」


「戦う理由も帰る場所もない。どうしても生きなきゃいけない理由はない。」

「理由なんて、無くても良い。立ってよ!」


「もうどうでもいい。」

「日鶴はこんなところじゃ死なない!」


「買いかぶり過ぎだ。」

「日鶴!」


「……もういいから。道連れにして、ごめんね。」

付喪神は悔しげに青紫の目を潤ませると、刀に吸い込まれた。ぼんやりと遠くを見つめる。

遠くで黒ローブが翻る。そいつは四百メートル程の距離を一步で詰める。


「この、黄泉醜女の足から逃れられると思って?」

「黄泉醜女って、日本書紀に出てくる伊邪那岐を追った鬼で間違ない?」

「その通りよ。あなたは、人間ね。こちらも聞きたいことがあるわ。どうして付喪神の味方をするの?」

「成り行き。」

「あなたのお陰で人質に逃げられてしまったわ。」

  ほらやっぱり逃げ果せた。

「そりゃ残念だったね。」

ローブ女は、黄泉醜女は腰を探ると水筒を取り出し断固とした調子で言い切った。

「飲みなさい。」


無視をして、右手に結界を作り出す。逃げる場所もないけれど、最後まで反抗する気はある。

「醜女、下がれ。」

醜女の後ろには八雷神の一人が立っていた。近づいてくるのをぼんやりと見守った。


  私に警戒すらさせない。薙の更に上。


フードを下ろされ、ローブの紐を解かれる。


「なかなか整った顔立ちをしている。ただの醜女にするには勿体ないかもな。」

「言霊の力は今はございませんよ。醜女になってもしばらくはこのままの姿でしょう。」

「ならいいか。」


目の前で皮算用をされているのに、八雷神に瞳の奥を握り込まれて微動だに出来ない。

口元に水筒を押し当てた黄泉醜女は、優しい声音であやすように言った。


「大丈夫よ。怖いのは最初だけ。」


押し当てられた水筒から液体が口の中に入る。いい匂い。ずっと食べ物を口にしていなかったからお腹が減った。そのつもりはないのに喉がひとりでに開く。

  飲んではいけない。食べてはいけない。元の世界に帰れなくなる。

でも、どうしてなんだろう。食べてはいけないのに食べたくないとは思わない。

だって、食べない以外の選択肢はない。逃げ道もない。逃げる気力もない。

『ーーーーー!』

胸の中が少しざわつくが、それに耳を傾ける余裕なんかない。汁は腹の中に収まった。

私は十分やったはずだ。

そうでしょ、クロ。


甲高い犬の遠吠えが真っ暗闇に響いた。


クロの声。

ずっと、ずっと煮え切らなかった感情に焦点がピタリと合う。

『つまらない!!』

小さい頃の私の声だ。

『どうして私があなた達の言うこと聞かなくちゃいけないの?』


胃の辺りが大きく拍動する。


『つまらない!全っ然面白くない楽しくない!退屈!暇!面倒臭い!大っ嫌い!』

子供の私は手足をバタつかせて駄々をこねる。


むせ込み口に入れられたものが飛び出していく。


『鶴はつまらないものは嫌い!鶴は、鶴を見縊っている奴が嫌い!鶴は鶴に優しくない奴なんかの思い通りにはならない!鶴は、鶴は……!』


全てが飛び出したところで一息つく。誰かの思い通りになって終わりたくない。


「伏雷、吐き出していますよ?飲み込ませたあとはちゃんと鼻と口を塞がなくては。」

いつの間にか背後に立っていた別の八雷神に首に腕を絡められ絞められる。対抗するようにしてその腕に爪を立てたが、仔猫同然に扱われているのは嫌でも分かる。

「火雷、伏雷じゃなくて黒雷だ、」

「こっちこそ火雷ではなく折雷なのですが。」


  ふざけんな。お前たちと一緒は絶対に御免だ。


腰元の巾着を探る。感覚だけで犬鑑札が入った結界を選び出した。それをしっかりと握り込む。贄の呪術を掛けられたつる枯れを思い出す。痛くもない、辛くもない。ただ意識を失って眠るだけ。


結界を解除しようとした瞬間、手の中で爆発が起きた。痛みで開いた拳から犬鑑札が滑り落ちる。地面に落ちて転がっていく。


しまった!


足も届かない。最後の望みをかけて、刀の鍔をなぞる。現れた付喪神はすぐに犬鑑札を拾う。

「何者だ!」

青紫の目が、確かめるようにこちらを向く。

少し笑った。

手を差し出すと、付喪神は犬鑑札をじっと見つめる。顔を上げると、青紫の目がいたずらっぽく輝いた。

「鶴の、仲間だよ。」

付喪神が犬鑑札を押し当てたのは、私の首を締めている八雷神の腕だった。犬鑑札に纏わりついていた黒い煙は八雷神の腕に吸い込まれていく。

「な……う、うわあああああ!」

直後、私の首を絞めていた奴が、手を振りほどき暴れる。痛みにもだえながらも、私を恐ろしい力で崖の向こう側に放り投げた。のたうち回るチャラ男こと八雷神と慌てるローブを見送って、にっこり笑った。


  鶴に酷いことした罰だよバーカ。


真下に漆黒の川が見える。宙に浮いている。


隣で金色の札が煌めく。

時間が一瞬止まったように感じた。

「日鶴!」

どっかで聞いたことのある声。

犬鑑札が変化し、白い着物の女になる。宙に浮く私を引き寄せ、抱きしめた。

「日鶴はもう自分を見失わない。」

白い着物の女は私を両手で強く押した。

「お帰りなさい。」

白い女は金色の札に戻り、反対の方向へ飛んでいく。時間が元の速度で進み始めた。崖にぶつかり、背中に衝撃が走る。手首に強い力が掛かって、落下が止まる。見上げると、刀の付喪神が片手で私の手首を握り、もう一方で必死で岩にしがみついている。

「ねぇ、日鶴。」

「何?」

「さっき、もう終わったと思った。でも、流れが変わって想定外の方向に転がった。やっぱり日鶴は面白い。名前、頂戴。」

ぱらぱらと砂が落ちていく。その先は数メートル下の岩場。付喪神を二度見した。

「今この状況で!?」

「『今この状況で』は名前とは言えない。私は名前が欲しいの。早く。」

きらきらと付喪神の青紫の目が輝く。

「……その目、きれいだと思ったの。紫がかった深い青色。」


「……『瑠璃』。私の刀の名前は『瑠璃』。」

瑠璃は大きく頷いた。

「瑠璃は日鶴が好き。」


瑠璃が握った岩がミシミシ裂けて、がらりと崩れる。



#############




三途の川に落下した犬鑑札である私は、底へと沈んでいきました。そこからはよく覚えていません。気がつくと、真っ白な世界に居ました。幸いにも、私は日鶴を岸へ押し出したときのような人間の姿をしています。


太陽のような暖かい光に溢れていますが、何かが足りないような気がします。取り敢えず光の中心へ向かってみることにしました。


光の中心の側で、赤い着物の童子が6人、座り込んでいます。少し近づくと、全員がこちらを見ました。

「君、見たことある。」

「見たことあるよ!」

「鏡さんと喧嘩した人ー、と似てる。」

「喧嘩した人の持ってた金色のやつじゃないかな?」

「多分そうだよ!」


「どうして知っているの?」


「全部見てた!」

「見てたからだよ!」


「……君たちは?」


「勾玉の付喪神!」

「ここがどこか知りたい?」

「ね、知りたいでしょ!」

「……教えて?」


手を引かれました。転ばないように駆け足になりながら付いていきます。


光の中心には、大きく透明な球があります。球の端から白い綿が現れ、球の中心に向かって撚られながら伸びていきます。しかし、中央にたどり着く前に糸は力を失い縮んで消えてしまいます。数多の糸が伸びては縮み、伸びては縮み、他の糸に邪魔され、途中で千切れ、中央に絡み付ける糸はほんの僅かです。


「言霊の力の中心だよ。言葉を話すと糸が伸びるんだ。中心に絡みつくために。上手くいくと色が付くんだよ。あ、あれなら行ける。」

童子が指を指した先には他より太い勢いのある糸。めげずに伸びると、中央に絡みつきます。ピンと張られたその糸は赤い鮮やかな色に変わりました。


「でも、付喪神のせいなんだ。」

「あの糸は、何もできないまま消える。」

「見て。」

赤い糸の色が薄くなっていく。そして、ぷつりと千切れました。

「言葉は魂の一部。魂は事象を捻じ曲げる。知っているでしょ。」

「青がないの。」

「ここは綺麗な青色の光でいっぱいだったの。糸はきらきら光って、言葉を話した人のところに帰るの。」

「でも、付喪神の国ができてから青色がどんどん薄くなっちゃって、無くなっちゃった。」

「そしたら、神様が怒った。付喪神が居るせいだーって。神様の化けの皮が剥がれちゃうーって。」

「でもね、鏡さんが怒ったのは神様のせいなの。神様が、鏡さんを川を渡したから、勾玉を六つ寄越せって。」

「鏡さんは人間じゃないからって、人間じゃないから、服の代わりに勾玉を奪って川に捨てたんだ。」


「ひどい……」

その言葉を聞いた子どもたちは顔を見合わせ、困った表情を浮かべています。一人が、元気よく言いました。


「あのね、見たい?」

「ここにいるならね、世界の全部が見れるんだよ!過去と現在が!」

「鏡さんと喧嘩した人がどうなるのかも見れるようになる。」

「この透明な球に手を当てるの!」


私は言われた通りにしました。


世界の全部が見えます。どこで誰が何をやっているのかも。『現在』を見て、安堵の息を漏らしました。



「日鶴は、恩を返しすぎたのですね。」




やっと落ちるところまで落ちてくれました……!鬱展開書くのキツかった……!

ここが物語のちょうど折り返し地点に当たります。

あとは上がるだけですので。ホントに。



お気に召していただけましたら応援していただけると嬉しいです。

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