ニ 猪とバトろうとしても八割方睨み合いで終わる
よろしくお願いします!
「お帰りなさいませ。」
昼前の太陽が小ぶりなお寺に降り注いでいました。寺についてまとめれば、きちんと手入れはされているけれど、小ぶりで地味。本堂の隣には鐘撞堂があります。鐘撞堂の反対側の方には広間や奥座敷が付いている建物が。結界桜はこの寺についてよく知っています。なぜなら、このお寺を管理するのが両親祖父母の仕事ですから、知っていて当然なのです。小さい頃はお掃除を手伝ったりしましたね。しかし、今はお寺の縁側に巫女装束の小柄な少女が座っています。耳の上の髪にそれぞれ菊のかんざしを挿し、銀ビラ飾りがゆらゆら揺れました。人間と違うのはその目が鮮やかな緋色をしていること。
「ただいま。綾。」
彼女は『付喪神』。噓だと思うでしょう。でも、これは覚えていてもらわないと。
「収穫!」
袖をめくり持っていた核を見せますと、綾に安堵の表情が広がります。
「核がいつもより多いです!」
「言われた通り、複数人で止めを刺しからね。」
一人で止めを刺すより、人数が多い方がいいかもしれない、と助言をくれたのは綾。そのためにガシャを引き付け粘っていたわけです。結界桜は疲労感たっぷりの火の玉流れ、つる枯れから離れ、胸の高さの縁台の綾の横に核を広げました。綾はまだ熱いはずのそれの一つを平気で持ち、膝の上に置きます。
「助かります。綾は本当にどうしていいか。」
綾の隣の縁台に、結界桜がよいしょと体を引き上げます。座ると、男女がぼんやりと地面にへたり込んでいるのを指で示しました。
「だんな、あやつらをみなせぇ。こんな状況にさらされたら誰だってああならぁ。」
「結界桜様は違うじゃないですか。」
「そりゃあ、『例外』もあるって事さ。私はイレギュラーの方が好きなんで。」
腰から模造刀を腰から引っこ抜いて縁台に置きました。触り慣れた木の板を引っ搔きながらぽつりと言葉を発します。
「……まさか、付喪神の国に引っ張り込まれて、帰れないからガシャ狩って核集めてくれって言われて、はいそーですかって反応できるわけない。私も最初は『何言ってんのこいつ』って顔してました。」
今の発言が現在の状況の全てになります。綾が居ずまいを正し、こちらに向き直りました。
「あの、返す言葉もございま……」
こちらも同じようにします。目的はもちろん……
「お静かに願います。」
話が長くなるからです。
「全部でどれくらいの量の核が必要になる?」
ここで言う全部とは、人を付喪神の国から現―元の世界―令和元年の地球―に送り返すこと。そして、人を三人ではなく結界桜火の玉流れつる枯れを含めた十二人全員のこと。未登場の九人はただいま出歩いている模様です。
「このサイズのものを、あと十個ほど。」
「十個ぉ!」
座り込み項垂れていたつる枯れが叫びます。
「うるさい!十個しかないじゃん!この世の終わりみたいな顔すんな!」
「結界桜はポジティブでいいね。」
特に意味のないセリフは時に誰かを傷つけます。結界桜が一瞬剣吞な目つきをしてすぐに和らぎました。
「ほう、もう一狩り付き合ってもらおうか。って言わないだけ有り難く思えこの野郎。」
憎まれ口を叩きつつ、早々に見捨ててしまえという感情が沸いてきたりしますが、それを無視します。
「感謝します!」
寺の柱にもたれてずるずる下がっていく青年。早々に火の玉流れの『怠惰』スイッチが入りました。
綾の血に近い緋色の目を覗き込み、数日前の出来事―この状況の始まりについて回想します。
「こんばんは。綺麗な夜ですね。」
それはそれは、ある晴れた夜の事でした。月明りではなく、LEDライトに照らされて、少女が立ち尽くしていました。後ろには闇に溶け込むようにして立つ、お寺があります。
きっかけは兄弟喧嘩でした。年の近い妹と、少し離れた弟がいます。些細なことでー箸の持ち方が成ってないとか、人のおやつを勝手に食べたとか、そんな感じだったかと思いますーその二人が殴り合い取っ組み合いを始めたのです。子供ですから体格差が勝敗を決め、結果は火を見るよりも明らか。妹の方に軍配が上がり、組み伏せた相手をいたぶり始めました。見るに見かねて、無理矢理妹を弟から引きはがしました。兄弟の仲で一番力が強いので出来て当然のことです。すると、妹はされたことを怒り始めます。『手加減』という単語を辞書で引いて吟味しろと言いたいです。弟は、チャンスとばかりに妹に再び攻撃を仕掛けます。返り討ちにされるのは確定なのにも拘らず。母親が手を出すなと不機嫌に言います。じゃあ、どうしろというのでしょう。喧嘩をジュースの肴にでもして観戦しろというのでしょうか。いや、前の喧嘩で陽気に口笛を吹いて宿題をしていたのに、『緊張感がない』とケチをつけて来たのはどなたでしょう。その反省を生かし『姉として』振る舞ったつもりでいたのですが。父親は何も言いませんが、不機嫌になっていくのが分かります。心がつーんと冷え切って、とげが生えてきます。
「勝手にすれば?くそったれ!」
夕闇に向かって汚らしい言葉を向けます。思い出しては腹が立つ、どうすれば良かったのでしょう。どう振る舞えば丸く収まったのでしょう。所詮は兄弟喧嘩です、数日すれば元通りになると考えられます。でも、どうして人の嫌がることができるのか、訳が分かりません。
何にもしないならいる意味がない、と家出することにします。長くは出歩かないつもりなので、模造刀を護身用に持ち出しました。
「どうしたらいいのか、はっきり教えて下さいな。私はあなた方の望む通りにしますから。」
喧嘩をするなと言いたい訳ではありません。不機嫌が飛び火するのが嫌なのです。むしろ、サッカー観戦と同じくらいのノリの私を許してほしいので……足音。後ろから!
振り向くと、くすんだ薄紅の着物、幼稚園児くらいのあどけない少年がこちらを向いています。大きな目には、何かに期待するような光を灯して。
心臓止まりそうになりました。え、何?同業者ですか?夜中に着物着て刀振ろう的な?それとも丑の刻参り?見ちゃった結界桜は殺されちゃいますか?というか、まだ23時位、まだ子の刻の頭ですけど!冷たい緊張の塊が喉の後ろからすうっと降りてきて、みぞおちの辺りに根を張ります。相手をじっと見つめたまま、何気ない風を装って刀を拾いました。
「私に何か用があるの。」
慎重に選んだ言葉が鋭さを帯びて飛び出していきます。子供はびっくりしたように一瞬固まると、こくりと肯きました。相手を観察しながら停止しかけていた思考を解いていきます。
どうしよう。何故に着物で何故に夜中に、と聞きたいところだけど。
ふと、周囲を確認すると、広大な空き地が広がっています。草の生えた地面がただ事ではないことを示していました。
四方に目を走らせると景色は一変しています。空地、満開の桜。小さなせせらぎ。微動だにしない寺と鐘撞堂。
ぐっと目を細めて、子供を睨みつけました。
「お前の仕業か。」
叩きつけるような言葉に、子供は肯定のしぐさをすると、並木道の方へ走っていって、突然ふっと消えました。
「……今の何?夢、夢かな。これ夢かな。」
ぎいぃぃぃ
本堂から!
跳ね上がる心臓を抑えて、模造刀を引き抜きます。
脅かせばどうにかなる。いや、どうにかする。
本堂の扉が開いて、少女が顔を覗かせます。街灯と変わらないくらいの月明りの下で目が合いました。途端に、自分の体が紫色の光を纏います。濃紺に近く、鮮やかな色。熱くもなく冷たくもなく、元々そこに存在していたかのようにゆらゆらと立ち上っています。
驚くのは後回し!こいつは敵?味方?どっち!
少女が後ろを向いて扉を閉め、階段を下りてきます。体から湧き出す光が萎んで消えました。
相手を見て考えて動け!虚勢でもいい、平静を保って!
少女は月明かりが差す場所まで近づいてくると、膝を砂利につけ、頭を下げました。長い髪が見えて、彼女の耳の上の菊のかんざし、銀ビラ飾りがシャンッと音を立てます。
「お初にお目にかかります。この『門』の番をしている、呪の壺が守、綾と申します。ようこそ、付喪神の国へ。不躾ながら、綾に力を貸していただけないでしょうか。」
#############
「だーから、何が言いたいんだがに!(どういうことが言いたいのか、の方言)」
千早、緋袴の巫女姿、赤い目を困惑させている『綾』の肩を掴んで緩やかにゆすりました。うんざりしたのと妙な方言が飛び出したのはほぼ同時であります。
「ですから、付喪神なんです、綾は!」
「そうだねー巫女姿で菊のかんざし耳の上につけてて垂髪で、目が赤くって大きくって身長が私とおんなじぐらいで目の周りに×の模様がついてすんごくかわいい、綾って名前なんだねー。」
沈黙。ぎゅうぅぅ。結界桜の綾の肩を握る手に力が込められます。
「黙って聞いてりゃ、謝罪会見並みに『ごめんなさい。』連発してたけど、早く話を進めてくれない?それに、付喪神は人間の形してるけどいいの?妖怪としてのプライドは?妖怪プライドは魚のあらの煮汁程度なんですか!」
「綾を牽制したいのか、脅かされたいのか一体どちらなのでしょうか。」
綾は全く悪気のない口調で答えました。
「やっと、まともなこと言ったね。どっちでもないよ。」
菊の亀甲紋様、冷たい感触のある千早から手を放します。
「と言うと?」
「今私の頭に入っているのは、『元の世界に帰るために綾に力を貸してください』だけ。それが長いの。むっちゃクチャ長いの。もうわかったから、もうわかってるから。」
「その、綾の責任で・・」
「現状を理解するには、どうすりゃいいんですか!鼻くそほじりとかですか!」
「『ハナクソ』って何ですか、ヒト呪い殺せるのですか、」
「今話どこ飛んだ!」
「綾は呪具の付喪神なので、話が合わないですね。」
「三十分以上もしゃべり倒しておいて『やっぱり』で済ますんか貴様は!」
「通訳、要りますね。」
綾は首を傾げて踵を返しました。
「通訳居るの?なら最初から呼んどいてよ!ねえ!」
空いた間隔を速足で詰めながら、綾の背中に文句を垂れます。綾が一瞬こちらを向きました。
「寺の中まで来てもらえませんか。」
靴を脱いで本堂の階段を上がります。特に変わった点はありません。家のすぐ近くにあり、事あるごとに子供の遊び場になっています。二百年ほど前から鎮座している小ぶりなお寺、そこに誰かが住み込んでいるということはないはずです。結界桜の家が代々、手入れ掃除を行ってきたのですから。くすんだ木の色も一緒。ここが異世界だなんて信じられません。
綾が横によけるとともに寺の正面の引き戸が開きました。
「ようこそ、付喪神の国へ~!」
盛大な大合唱。
「ひゅっ(息を変に吸い込んだ音)」
即座に前言撤回します。ここは異世界です。なんかいっぱいいるよぉ。The付喪神、的なのがいっぱいぃ。なんで引出しから手が出てんの?なんでおっきな皿から舌が伸びてんの?なんでタンスに目ェ付いてんの?たしかに言ったよ、『妖怪としてのプライドは?』って。いきなりドッキリ来るなんて聞いてないし!
振り向いた綾の照れ笑顔。
「ちゃんと人間のかっこしてって言ったんですけど…」
「みんな揃っておどろおどろしいのですが!」
「せっかくだから盛装でご挨拶しようって事になったんだと、あ、綾もした方がいいですか?」
「お願いだからやめて、盛装しないで。人間のかっこ出来るならそっちにして。」
ガラぴしゃん。
事後処理が始まります。斜め上から綾の胸倉をぐっと掴みました。
「ねぇ、何なの。もしかしてさっきの『ごめんなさいマシンガン』は時間稼ぎのためだったの。」
「わざとじゃないです。全くわざとじゃないです。人と話すのは苦手で。」
「じゃあ、あの付喪神たちは?」
「せっかく人が来たんだから挨拶しとこうかなって、集まってきちゃったんだと思います。」
「じゃあ、さっきの間はあいつら。」
「みんな息を潜めてじぃ~っと待ってました。まだかな~まだかな~って。」
「ちょっと待ってね。」
頭を抱え込んでしゃがみます。耳を塞いで、目を瞑って、深呼吸を。そうしないとパニックになりそうでした。ゆっくりゆっくりと心を落ち着かせ、取り決めごとをします。
事実。
ひとつ、私は付喪神の国にいるらしい。受け止めること。
ひとつ、付喪神は完全に『敵』じゃない。少なくとも敵意は感じない。様子を見る。落ち着いて情報を手に入れることに注力すべき。
ひとつ、外見判断をしない。外見で中身は分からない。
ひとつ、元の世界に帰る方法はあると言っていた。必要以上に怖がらないこと。
指を外す。
なにがなんだかわからないけれど、毅然とした態度は絶対に捨てない!
「こんばんは。澄んだ風が吹く夜ですね。」
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「何かありましたか?」
ガシャの核を千早の上に全て載せ、本堂の中へ運ぼうとする綾。結界桜の視線が動かないのに気がついて不思議そうにします。元凶は君なんだよ、という気持ちを隠しため息をつきました。
「この後もえげつなく大変だったなあって。」
付喪神の国に来ちゃったことについての謝罪を爆速で話されたのです。唯一しっかりはっきり理解できたのは『ガシャを狩りゃあいい』って事。
「そうですか。核を運んで行きますね。」
話を聞かない綾。もうとっくに諦めています。頬杖をつき、本堂に消えていくのを見送りました。
「いってら。」
綾の本名は『呪の壺の守 綾』察するに、壺の付喪神。
意味するところは、情報が無さ過ぎて『謎』というところであります。
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