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十五 因縁尽く

読みに来ていただきありがとうございます!

やるべき事は終わった。

円陣を展開して結界内に戻ろうとするのを慌てて止められる。


「寺の結界の中に入れてくれないか?」


疑問の一瞥をくれてやると、兵法書の群が呆れたように首を振った。

「鈍いな。権力者のやる事はいつも同じだというのに。『知恵者は裏切る前に処分する』。」

  さも当然のように言われても。


「兵法書の群だろ?強力なんじゃないのか?」

「付喪神は器の特性を多く引き継ぐ。兵法書に書かれた知識はそれはそれは有効だが兵法書自体は弱い。墨が付けば読めなくなるし、カビ虫食い水濡れ火の気は厳禁。汚すのも衝撃を与えるのも強く引っ張っても握りしめても駄目だ。優れた知能の代わりにそういう特性も引き継いでいる。一点特化型の付喪神だからな。」


説得力全開ではあるが、要約すると。

「激弱なんだ。」


兵法書の群が崇の鏡の守に片付けられたら、それはそれで困る。中途半端に出していた円陣を消すと寺を覆っていた透明な結界を一時的に解除した。


「『兵法書の群が結界内に入ることを許可する』。」


火の玉流れが作り上げた結界の方も非常に優秀。言葉と同時に、見知らぬものに反発していた何かが私の言葉と同時に退いていく。


「高度な結界術だな。」


結界内に入るよう促すと、元通りに透明な結界を張り巡らせる。

「手駒に利用できるのは私だけだ。そういう取引だっただろ。」


兵法書の群は無言で肯定した。



本堂の方から足音がした。綾のものだ。振り返って声をかける。


「門は動かせそう?」

気づかれていたとは知らなかった綾はビクリと肩を跳ね上げた。見つめればみるみる真っ青になっていくので状況を察する。残念だ。


「申し訳ありません。」


刀の鍔の模様を指でなぞりながら頭を働かせる。殊勝に頭を下げる綾に落ち着いた声で『原因は?』と聞いた。


「綾が、番の付喪神として不完全だからです。」

綾は錐と本体を入れ替えている。そのことが門の起動に至らない原因か。

「錐がいれば動く?」

「間違いありません。」


解決の目途は立った。錐さえ取り戻せばさっさと送り返せる。

顔がほころんでいるのを綾が不思議そうに見つめてくる。


「……お怒りにならないのですか?」

「なんとなく、想像はついてたから。兵法書の群も知っていたな、門が動かないこと。」

「ええ。」

兵法書の群は相変わらず考えを読ませない笑みを浮かべている。綾はそれを鋭く睨みつけた。


「大体、門が作動するなら、私に逃げられた時点でこの門を急襲するくらいのことはできて当たり前。」

淡々と示した解を兵法書の群が引き継ぐ。

「正解です。こうなることを予期して人を呼び込む前の一番手薄な時期に金の群にこの門を襲わせましたから。」


綾は背筋も凍るようなにこやかな笑みで私を見る。

「何故『掌』の方がこちらにいるのですか、結界桜様?」

「えーと、」


なにから説明してよいか分からなくなったので、最低限の情報を簡潔にまとめる。


「崇の鏡の守とやらと敵対したんで!掌の兵法書の群と共同戦線組んで立ち向かうつもりであります!よろしく!」

バチっと敬礼を決めると、困惑顔の綾からヒューと冷たい風が吹いた。導火線がどんどん短くなって一気に爆発した。


「崇の鏡の守と?敵対!?立ち向かう?!綾は番ですので敵対したところでほぼ影響は無いと考えて良いですが、あなたは国家規模の呪術とやり合ったらただじゃ済みませんよ!」

「そんなに、まずいんだ……」

「結界桜様の魂の量を蝋燭一本に例えますと、国家規模の呪術は水爆並です!あのお方は空間を歪めてこの世界を作り上げているのですからね!?」

「そんな水爆が蝋燭二本ごときを取り逃がすようなヘマやらかししたんだ。へぇ〜へぇ〜〜〜〜〜へぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜そうか、水爆がねぇ〜〜」


厭味ったらしく言ってやると、真面目な顔を作っていた綾が吹き出した。

「舐めくさってますよね!」

「舐めている訳じゃない。へ(・)をこいただけ。」

「同じことです!」



不意に綾が心配そうに瞳を覗き込んでくる。無邪気に見つめ返していると、頬に綾に冷たい手が触れた。


「綾には契約の糸のようなものが見えます。兵法書の群と危険な取引をしたのですね。」

  綾には分かるのか。

心の内にある寂しさをも見抜かれたような気がして、ため息で誤魔化す。後悔なんかしていないと、望んでここに居るという感情で何度も上書きする。


「それ以外、方法が無かった。口外しないでほしい。」

「分かりました。」


綾のその指が私の体温で少し温まっていく。名残惜しげに手を放し、寺へ戻っていく綾の後姿を頬杖をつきつつ見送る。彼女は大きな目論見に巻き込まれた被害者。様々なミスや不条理を隠蔽せず話してくれたおかげで、私は今ここに居られる。



寺の中に消えるまで見送って、兵法書の群に声をかけた。

「錐の奪還が最優先事項になるのかな。」


折角、優秀な頭脳と取引したのだ、最大限働いてもらわねば。


「錐は減衰の泉に居る。金の群が拠点にしている場所だ。協力し合わなければ崩せない。」

打てば響くのは大歓迎、妖艶な笑みを顔に貼り付けた。

「喜んで。」



本堂の階段に座り込み、今後について話し合った。金の群との衝突は免れなさそうだ。


「そもそも、金の群の役割は何だった?」

「黄泉の国(人の死者の国を示す)から見れば付喪神の国は突如空間に出現した正体不明の癌。最初に考えうるのは、何だ?」

「切り取る方法。」

「正解。そこに金の群という情報源を与えることで、その情報を検討する時間を設けさせる。それが付喪神側の作戦。時間稼ぎが終われば次の段階へ。用済みになった情報源、金の群の抹殺。」

権力者の常套手段だな。

崇の鏡の守を思い出し、苛立ち紛れに階段の板を殴ろうとしたが階段に罪はない。大人しく膝に手を戻した。

「金の群についてもう少し詳しく話せ。」

兵法書の群は4本の指を立てた。

「金の群には4種類ある。付喪神の国を諜報するという名目の『箔』『銭』、対雑鬼連合に彼らの監視役兼人質として存在する『貨』『弊』。彼らは認知情報と存在非存在を同期している。つまり、一人が知れば全員が知り、一人が抹殺されれば全員が消える。彼らを抹殺する、いや、抹殺できたはずだったのは付喪神の中でも『番』であり桁違いの能力を持っていた『薙の刀の守』。」


石畳を草履で擦り、無言で続きを促した。


「薙の魂はすでに存在しない。故に付喪神側には金の群という強大な付喪神を抹殺できるものがいない。だが、その技を引き継いだ者が居る、お前。」

「だから、崇の鏡の守は私に殺せと言ったのか。」

「その通り。お前は生きた人間。金の群を殺すことはできる。」

「金の群はその役をどうして引き受けた?」

「彼らは権力に対して非常に忠実だ。歴史書と同じくな。そういう特性を持つ『モノ』に宿った付喪神だから。崇の鏡の守が白といえば白になる。」


  自分が誰かに護摩を擦っている様子を思い浮かべてみる。もし、取引を持ち掛けられなければ辿っていた可能性のある未来だ。


「憐れだね。権力なんて時と共に移ろいゆくのに。」


兵法書の群は楽しそうに笑っている。

「移ろわせるのが、某の役目でもある。いやはや、凝り固まった権力をひっくり返す時ほど楽しいものは無いな。」


  向いている方向は同じでも、見ているものは違うのか。


兵法書の群の雰囲気が一転したのを感じてその横顔を見る。地面を睨んで、口元に手を当てていた。

「それでも、金の群を殺してはならない。彼らは対雑鬼連合とのつながりを持っている。それを利用したい。」


薙の胸を貫いた瞬間を思い出し、眉根を寄せて吐き捨てた。


「頼まれたって、殺したくはない。」


寺の天井を見上げる。屋根が覆い塞がって、空への道を塞いでいるように感じる。夜更けの静かな風で髪が揺らめき袖が靡く。つま先をぴんと伸ばして、吹き込んできた花弁の一つを足の甲で受け止める。



#############



朝方の白い光が眩しく輝いていた。『泉』の一つである封印の泉の側の平原。崖に囲まれたくぼ地に青く光る水が大量に湧き出している。ぐるりと周囲を見渡して、桜の木の群生地帯を見つけた。『桜』を使えるように、泉の水を浴びにくくするために、桜の近くへ移動した。

ここは、兵法書の群が教えてくれた金の群の拠点の近くでもある。

桜の木を背にして周囲を警戒する。どんなふうに出現してくるか分からないから。と、思ったら十分に離れた位置で黒い布がはためくのが見えた。

「来たな。」

桜の木に預けていた背中を離し、能力を出せるよう身構える。


「その模造刀を抜け。」

箔が思いも寄らないことを言った。そもそも、模造刀を使う気は無かったが、何をするのか気になりその言葉に従う。

箔がこちらに手を伸ばすと同時に刃先に金糸が巻き付いた金糸は形を探り様にうごめいた後、定位置に収まった。刀を持ち上げ太陽の光を反射させる。銀色の刀身に背筋が凍る程鋭利な金色の刃が付いている。

「切れぬ刀を向けられても怖くは無い。さあ、真剣勝負と行こうか。」

「言われなくても。」

刀をいつもより注意深く腰に戻した。

刀を主力にする気はない。

距離を経てにらみ合う。無言の数瞬が過ぎ、同時に攻撃に入った。


放射状に伸び、襲いかかってくる金糸。

結界で空中に跳ね上がり、躱す。

結界片を大量に降り注がせる。

金糸が盾のように広がり、結界片を金に変えていく。

伸び来る金糸を避け、別の地点にワープする。


攻防が波のように押し引きする。能力対能力の戦いの極意は、場を支配することではなく相手の手の内を読み合うこと。相手の攻撃のタイミングで防御し、攻撃が出尽くしたところでこちらが追撃する。


兵法書の群の言葉を頭の中で反芻する。


『金の群相手と正々堂々戦えば楽に勝てるだろう。だからこそ、油断を誘われる。』


  分かってる。


後ろから硬貨が飛んでくる。

ワープと同時に甲高い子供の声がした。生意気そうな顔をふくれっ面にして、睨んでくる。

「ねぇ箔、やり合うつもりなら先に言っといてよ!こいつには借りがあるからさぁ!」


『我々の目的は金の群を殺すことではない。』


攻めすぎず、深追いしないよう、波状攻撃を繰り出す。


箔と銭に挟み撃ちされ、慌てて『移動』した。

状況を確認する間もなく、銭の攻撃が頭上を掠める。反撃を繰り出すが結界を弾き飛ばされた。

「甘いよ。」

銭の勝ち誇った声。

「その程度なのか。」

箔の見下した声。


『金の群の目的はお前を仕留めることではない。』


  分かってる。


やり返したい気持ちを抑え、攻撃の届かない遠くへ『移動』した。

「傷つけるつもりなんてない、お前らにはその価値もない。」

『そう言えば、何か仕掛けてくるはずだ。』


箔と銭の動きを凝視する。一瞬の動揺、二人が目を見合わせて頷き合った。先に動き出したのは箔。

「崇の鏡の守からこんなものを預かっている。」

崇の鏡の守と聞いて苛立ち箔を凝視する。ローブから紐のついた、金色に光る金属の板が現れた。


  クロの……!


「見せれば分かる、との事だったが……?」


心臓が軋むような嫌な音を立てた。

取り戻したい。だけどそれ以上に、奪われたときの喪失感、悔しさ憤り、寂しさが一気に蘇ってくる。ただじゃ置かない。許さない。取り戻したい。でも、取り戻したからといって、この感情が収まるものではないと、わかっている。


「ねぇ、箔。それは何?」

わざとらしく銭が手を伸ばす。その仕草一つ一つも憎らしい。

「返せ。」

低い揺らめきのような声と同時に膜のような歪な結界が迸り、十重二十重に三人を取り囲む。

「おやおや。」

箔がフードの奥で嗤った。手のひらをぎゅっと握りしめる。

  乗せられるな。堪えろ。

「こんなものに執着するなんて、頭可笑しいんじゃないの?」

銭はそれを箔から受け取ると、こちらに投げて寄越した。地面の石にぶつかり、カチャンと音を立て跳ねる。

肩が震えるのと対照的に、高ぶっていた精神がゆっくりと、ぞっとするほど静かで暗い深みまで落ち込んでいく。わざわざ手加減していたのが急に阿保らしくなった。防御以外にやられた以上の事を返してはいけない、こちらから攻撃を仕掛けない、なんて良心さっさと手放してしまえばよかった。

十重二十重の結界が感情のままに動き始めた。いつもの平面や球の整った形ではなく不定形の膜の断片のようなものがゆらゆらと。それらが感情に任せて金の群を動けないよう結界に叩きつけた。


「殺してやる。」

刀ではなく、視覚で捉えられない結界を操り抑え込んでいく。金の群は突如として動けなくなった。結界の膜の縁が容赦なくまずはフード男へと喰い込んでいく。


『我々の目的は金の群を殺すことではない。』


  そうだったね。


刀の柄に手を掛ける。金の群に歩み寄っていく。

金の群と自分の間に無秩序に張り巡らされた結界は、素直に引き下がった。


箔は笑った。

「お前に、そんなことはできない。」

そんなことはない。薙から教わった。やろうと思えば出来る。

鯉口を切ると同時に、ふと、煽るような発言に疑問が生まれる。なぜ、私を苛立たせようとする?自分で自分の首を絞めるような。落ち込んだままの精神で思考を探った。

  何かがおかしい。崇の鏡の守はどうして犬鑑札を金の群に渡した?

答えは出ない。

逆に考えよう。私が崇の鏡の守だったらどうする?私だったら、大きな獲物を釣る為にしか手にした駒を放さない。なら、犬鑑札は私を釣り上げるための囮。

ふわりと二人の匂いを感じてみた。恐怖でもなく、負け惜しみでもない。私の怒りに駆られている感情を煽るつもり。間違いない。だとしたら。


空中で変な形で固まっている付喪神の前で立ち止まった。

  私が恨んでいるのは崇の鏡の守。こいつらはその手先。感情のままに行動すれば崇の鏡の守の思う壺。絶対に、その手には乗らない。


深呼吸をして、衝動を抑え込む。刀を鞘に押し込んだ。

カタリと音が鳴って、驚いたように金の群が顔を上げた。

「なーんてね。殺すつもりは毛頭ないけど?」

軽く、明るい声、最高の笑顔を金の群に向けた。苦労して作り上げたけれど、金の群には最初から読まれていたと思い込ませられるはず。


箔と銭が見るからに慌てだしたのを見て、予想があたったと確信する。


「どうしてだ!恨んでいるのだろう?さっさと殺せば良いではないか!」


力を込めて柄を握っていた右手をそっと手放す。真面目な顔に薄い笑み。いつの間にか、兵法書の群に似てしまったと頭の隅で思う。


「見苦しいな。殺されなかったことをもっと喜んだらどうだ?」

ゆっくりとした動作で犬鑑札をちょっとした力を使うと同時に拾い上げ握りしめた。

我が意を得たりと、箔が捲し立てる。


「そ、その犬鑑札には、贄の呪術が掛かっている。発動したらどうなるか、身を持って知っているはずだ。本当に殺さなくていいのか?」

手元を見やる。奪われた犬鑑札は元の姿のまま手元にある。結界に閉じ込められて。ただし、犬鑑札には黒い霧のようなものが巻き付いている。霧は閉じ込められたことに気が付き、抜け出そうともがいた。


  やっぱり、仕掛けてやがった。


腹ただしさを気取られないよう流暢な演技を続ける。

「この程度、お前を刺した程度で腹の虫が納まるとでも?私は、崇の鏡の守、あいつを引きずり下ろすためなら何だってする。例えば、ご丁寧にも私を逆上させようと下手な芝居を打つ大根役者に合わせてあげたり。」


金の群が言葉に詰まる。

こちらの勝ちだ。ふふふふっと笑いが漏れ出すのを抑えられない。

紙の竜巻がやってきて、隣に柱を作った。柱は兵法書の付喪神に変化する。兵法書の群は犬鑑札を手のひらに乗せる私を覗き込む。


「直接触って無いだろうな。」

「当たり前だ。」

ぶっきらぼうに返した。結界を操って呆然とする金の群を解放する。

驚いた銭が叫ぶ。


「おばさんにここを貫いてもらわないと仲間を救出できないんだよ!お願いだ、殺してくれよ!」

必死な願いを無視することで、残忍な欲求が満たされる。不快にも感じるが、いずれ慣れてしまえば心地よさにも感じるんだろう。


兵法書の群がおもむろに切り出した。

「箔、銭。こっち側に付かないか?」

進み出て、背後の私を一瞥する。

「どちらにしろ、この小娘はあんたらを殺す気は毛頭ない。故に、仲間を引き上げさせたいなら全てをひっくり返さんとする某の大博打、乗る他ない。」


箔は、結界で傷をつけられた部位を金糸で縫い取り、元通りに修復した。

「提案に見せかけた脅しではないか。」

「そういうことだ。」

兵法書の群は面白がっている表情のまま答えた。


「……このまま付喪神の国の情報が流出し続ければ、巻き返せないほど不利になる。」

きっと、私も兵法書の群のような笑顔をしているんだろう。金の群は崇の鏡の守に忠実であるがゆえに、彼女を裏切らなければならない。正解を分かっていながら揺れる天秤を眺めるのは、思ったよりも面白い。


長い長い沈黙の後、箔は言葉を絞り出した。

「了解した。銭。」

「分かってるよ。」

しぶしぶ銭が肯く。

「この争いがさっさと終わるなら何だって構わない。但し、付喪神が滅ぶのは御免だ。Bring ‘’That‘’ quickly.」

いきなり箔から飛び出した英語に、兵法書の群が首を傾げた。

「何を言っている?」

「ああ、英語。さっさと『アレ』を持ってこい、だと。」

通訳しながら首を傾げる。横に居る銭は一歩も動かないから。


空中に突如、人影が現れた。白い着物に浮かび上がる流水紋。長い白髪。

「……錐?」

綾の記憶の中でしか見たことが無いけれど、すぐに分かった。

「交渉の材料にしようとも思ったが、意地を通されれば負けるのはこちらだ。お返ししよう。」


自由落下を開始した錐を結界を使って安全に地面へと下ろす。ぼんやりと目を開けた彼を抱き起すと、錐にしか聞こえないよう静かにささやいた。


「……おかえりなさい。」


すぐさま円陣を展開させ発動させた。綾ならすぐに気が付くだろう。最後のピースは揃った。これで門は元通りに動くはずだ。錐が紫色の光に包まれて消える。代わりに現れた桜を捕まえて握り込んだ。


兵法書の群がしゃがんだままの私に背後から近づく。


「お前の取引内容のうち、暫定的にでも二つが果たされたわけだ。次はこちらを果たしてもらおう。」

立ち上がる。

「分かっている。」

「箔。というわけで、お前の助力を仰ぎたい。こいつを、対雑鬼連合の中に放り込め。」

「はい?!」

思わず突っ込んだ。動揺を隠せない私に兵法書の群が『頭悪いなぁ』と言いたげに首を振る。


「そもそも、付喪神の相手は対雑鬼連合だ。いずれ争いになる可能性があるが、その前に『決定的な弱点』を探っておきたい。つまり潜入捜査だな。金の群では警戒されて、奥深くまで潜り込めなかった。」

「金の群としてもお願いしたい。残りの金の群を回収してくれ。」

とっくに腹は括っていた。だが、無理だろ。


呆れを通り越して苦笑いが浮かぶ。だが銭が笑った。

「おいおばさん。とっくに気が付いていると思ったけれど、知らなかった?金の群が4種類じゃないよ?」

箔は指を一本ずつ立てていく。

「貴金属の付喪神『箔』、

銭の付喪神『銭』

大判小判の付喪神『貨』

紙幣の付喪神『幣』

そして、新参者が一人。その付喪神、若輩にして姿なし。金の群が一人、仮想通貨。それをお前に付け、逐一情報が共有出来るようにしよう。」


「Hey, I am a spirit of ‘’virtual currency '’.Nice to meet you.」


耳元で機械音声のような声がする。背後を振り返っても誰もいない空間。

「仮想通貨の付喪神は、実体を認識できない。だが、情報は共有できる。」

「便利だな。英語は解らないけど。」

兵法書の群は満足そうに頷く。

「何で英語?」

「プログラムが英語だからじゃないか?」


やるしかない。逃げるつもりもない。兵法書の群の言う通り、潜入して情報を掴んでやる。


「いつ始める?」

どうでもいいように尋ねると、兵法書の群が空を見上げた。出たばかりだったはずの太陽は、朝から昼へ移り変わろうとしている。

「そうだな、今日が終わるまで、あの太陽が沈むまで待とう。」


ため息を一つついた。

さすが兵法書の群。半日も立たずに、状況を好転させやがった。その代わりにこちらが払うべきものも大きいのだろう。


「了解。感謝する。」




最後まで読んでいただきありがとうございます。


金の群の一人が仮想通貨って、仮想通貨は器無いじゃん。あるとしても電子媒体じゃん。それって付喪神?

ええ、間違いなく付喪神です。作者の私が言うのだから間違いありません。それにほら、仮想通貨の付喪神は事象に干渉できますが誰も姿を捕えられないでしょ?ちゃんと仮想通貨の特性引き継いでますって!余談ですが、仮想通貨の付喪神の定義は『器が電子記憶である』という設定ですので、電子マネーも含みます。箔が石を空中浮遊させていた描写はこいつが原因ですね。


応援していただけると非常に嬉しいです。



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