十ニ 確定要素
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奥座敷。静かな空気が流れています。何やら呪符を書いていた火の玉流れはそうっと筆を硯に置きますし、つる枯れもそうっと紙をめくります。薙の刀を検分していた結界桜も、いつもにも増しておとなしすぎる挙動です。彼らがー彼らの耳が向いている先は、お隣の座敷。その部屋では子供たち全員で、しりとり大会が開催されようとしているのですが、ただのしりとり大会ではありません。
「しりとり、の『り』から行こう!」
「り、りんご。」
「ご、ご、ゴリラ。」
「……ごりらって何?」
軽く逃走中(from1987)に質問する追投機(from1918)。そうです、全員来た時空が違う、つまり、過去から来た人にとっては未来を知ることができるチャンス!
「ああああああ!」
全ての事情を知っている三人が座敷に機動隊の如く突入。驚いた幼竜が空中から畳の中に落下し大穴を開けます。
「何でもない、何でもないよ、そういう動物がいるだけで!」
笑顔を張り付けて手をバタバタさせたつる枯れは彼女の曾祖父(7)をなんとか誤魔化すことに成功。追投機は発生した大穴を瞬く間に修復すると、分かったのか分かってないのか分からない顔を向けてきます。
「そうなんだぁ。」
でも、何で邪魔したの?という子供たちの視線と静寂に耐えかねて、座敷の外で体育座りをして待機することにします。
「今のは突入しない方がよかったか?」
「でも、ゴリラアウトじゃない?アウトだよね?」
「アウトもアウトだ。」
「アフリカ大陸の動物は追投機知らないと思う。」
「まあでも、これなら何とか。」
「えっとーじゃ、ら、から」
「ら、らっぱ。」
と幼竜使い。(from2019)結界桜はすぐさまガッツポーズ
弟がランドセルとかライターとかランチョンマットとかランニングとか言わなくて、よかったぁ!らっきょとか来週とかだともっと良かったけどな!
「ぱ、は、はし!」
ぼんぼり蛍(from1943)
ぼんぼり蛍の孫のつる枯れがほっぺを押さえて悶えています。
「昔のおばあちゃん可愛すぎでしょ。なにあれ、天使ですか?」
五歳ですからね。ぼんぼり蛍。
「人類の敵。」
と追投機(from1918)。大正7年の流行語ですが誰も突っ込める者はいません。
「き、き、拒否」
と、かげさん(from2014)
妹よ。ロリ服を着ているのは何で?
愚問です、我が主。彼女がそれを臨んだのなら詮索してはなりません。
「ひ、日の丸掲げていざ進め!」
と水布。
火の玉流れが頭を抱えて髪をわっしゃわっしゃかき回します。
「戦中だ。戦中だよ……おばあちゃん。大変な時代を生きていたんだね。でもなんか、おばあちゃんが勝気でかっこよすぎるんだが?」
「ってまずくない?今までのセリフの中で一番。」
その通りです、つる枯れ。案の定、
「それは古い。日本は負けたんだよ、無謀な戦争仕掛けたせいで。」
木属性幸村(from1956かつ水布の弟)が食いついてきます。
そこはスルーしてくださいよおじいちゃん!
「無謀じゃない!絶対勝つの!にくき米英を」
口論が発生します。勝気な姉(12)とガキ大将な弟(14)の間で。
「あああああ!ストップストップ!」
つる枯れが突入。
「あ、あああああ!」
火の玉流れも。結界桜は無言で。
「おじ…木属性幸村、落ち着いてくだ……落ち着け。」
「おばあ…水布、思いとどまってください!」
孫が彼らより年下の祖父母を宥めに行きます。いや、どうせなら同性で止めた方が、水布を結界桜が、木属性幸村を火の玉流れが止めに行った方がいいのですけど。つる枯れはその間に立ち塞がります。
「太平洋戦争のこと?そもそも無茶な戦争を仕掛けたのが」
「あああああ!」
「違うし!大亜共栄圏を作り上げるのはアジアにとっても必要な」
「ああああああ!」
二人の会話を大声でかき消そうとするつる枯れですが、さすがにもうどうにもなりません。
「そんなのも分かんないのか、ばーかばーか。」
「訳分かんないのはそっちだ非国民!」
ぼそりと結界桜が余計なことを。
「急に会話のレベル下がったな。」
「何寝ぼけたこと言ってんの!それにカタカナ使うな!」
つる枯れのツッコミが飛びますが、なんかもう、しっちゃかめっちゃか。
ヒュウゥゥ、バチーン
驚き、全員が音の出所を見ます。青色の幼竜が鞭のような尻尾を床に叩きつけた音でした。
「きゅるるうるる、るるるきゅううううう!」
いつもは柔らかい笛のような声が、キンキン耳に響くきつい音になっています。青い目がぎらぎら光って二人を睨みつけます。
「『喧嘩するのやめて』だって。」
幼竜使いが竜の言葉を翻訳してくれます。が、それで収まるようなら戦争なんか起こりません。
「こいつが先に言ってきたの!」
「お前がおかしなこと言うからだろ!」
はーいはーい、責任擦り付け合いの時間ねぇ。よくあるよくある。
諦めを通り越した穏やかな表情で結界桜は頷きました。さすが、兄弟げんか止めようとして失敗し異世界に飛ばされた主人公は違います。
「きゅるるる!」
幼竜ががっぱり口を開けました。
勢いよく噴き出してきたのは青白い炎。周囲の空気を巻き込みつつ壁一帯を吹き飛ばしました。近くに居た幼竜使いは飛びのきます。
「「……あ……」」
大穴から吹き込む雨交じりの風を感じ、喧嘩中のご本人たちは幼竜の鱗並みに真っ青になりました。幼竜は空色の鱗と威厳を見せつけるようにして、二人を長い体で取り囲みます。ほとぼりが冷めたタイミングで、追投機が壁等を修復したようです。
「幼竜!死ぬとこだったんだけど!」
傷一つありませんが炎にさらされた幼竜使いが、ふくれっ面をして起き上がります。幼竜は空中をうねって近づくと、幼竜使いに視線を合わせます。
「きゅるるる。」
「『そんな簡単に死ぬか』って、希望的観測はあくまで希望的観測なんだぞ!」
照れ気味に竜のほっぺたを撫でる幼竜使い。幼竜は気持ちよさげに触角をなびかせました。
「きゅる、るるる。」
「『それは違う』って、どういうことだよ…。」
ため息を吐く幼竜使いを見つめる竜の目はとても澄んでいました。
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「アウトかセーフかで言ったら完っ全にアウトだよ、結界桜、何とか出来ん?」
読んでいた書類を下ろし、ぼんやりと返事をします。
「ああ、もう諦めよう。無理だ。この喧嘩の発端はアメリカと日本の上層部だった人たちのせいだ。起こっちゃったもんはしょうがないし私達が止める義務はない。」
「そっちの話をしてるんじゃない!時間軸交差がなされる前に止めろっつってんの!」
その通り、その通りです。どうして子供たちの正体が掴めたと思ったすぐ後にこんなネタバレ的な事象が発生するのでしょう。マーフィーの法則ってやつですかねえ。
火の玉流れは立ち上がって指を顎先に当てます。
「というかさ、子供全員が家族ならさ、おばあちゃんとかから付喪神の話を聞いていてもおかしくないって事。俺たちが元の世界で会っていた祖母や家族は知りうることなんだろ?これから俺たちがどうなるのか。ならどうしてその情報が無い?」
「綾は未来の綾が何らかの手段を施して記憶を漏らさないようにしているかも知れないって言っていた。」
補足を入れてやると、火の玉流れは奥座敷の中をぐるぐると回りながら理論を詰めていきます。
「言霊の力があれば記憶を封印する術式を構築することは造作もない。……上手く行くかは知らないが。既に現時点でも推察できることはある。俺たちが生まれているという事実が曽祖父祖父母、結界桜の父親が無事に帰れるという結論を示している。それに、行方不明になった親戚も居ないんだな。」
「間違いない。」
足を止めた火の玉流れの問いに半ば睨むようにして応えると、火の玉流れは周回を再開します。
「となると、同一時刻に巻き込まれた俺たち三人には、生きているという事実を証明してくれる証人はいない。」
ん?なにか、記憶の中からそれっぽいのが出て来たぞ?
「半年ほど前、弟が家出したんだ。夕方から夜中に掛けて、六時間ほどだったかな。妹も結構前に一度、父親の家出の話も聞いたことがある。」
「「それ、間違いなく付喪神の国に来てたんじゃん。」」
つる枯れと火の玉流れの見事なハモリを喰らって、つんのめりかけます。火の玉流れはフードの紐を絞り弄びました。
「歴史書の群の情報によると、空間転移により発生するタイムラグは誤差の範囲内だそうだから、時間の流れを逆算すると六時間行方不明だったのならこっちの世界で二十五日ほど居たことになるうわぁ!」
ガッタン
いいところで、いいところなのに、紙の残骸に足を取られ火の玉流れがひっくり返ります。つる枯れが苦笑いを浮かべているのを見てやれやれと首を振ります。
「全員がうちの弟(幼竜使い)と同時に帰ったと仮定して今の時間経過は五日。残り約二十日、一体何をするんだ?」
結界桜の疑問には誰も答えることは出来ません。そう、ここにいる誰も。皮肉なことに、結界桜の家での原因となった元の世界の妹弟は、その答えを知っているはずなのです。
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寝れない!何かがひっかって寝れない!
そうこうして、真夜中です。火の玉流れ曰く『持続性があり、知りうる限り最強力な結界』は張りましたが不寝番は続けています。つる枯れと火の玉流れに交代した後、さっさと寝なければならないのですが。
他に何か変わったこと……
消えた刀。本堂の裏にしまってあったサビサビのボロボロの刀が消えた……
「あ……(あああああ!)」
さびさびのぼろぼろ刀、錐、お前だったんかいいいぃぃ!そういや、おじいちゃんのお姉ちゃんが持ってきたとかなんとか言ってたわ!奉納とかいう形でしまい込まれてたわ!
すんでのところで、叫び声を上げずに済みました。
つまり、つまり錐が私の『結界桜』という名前を知っていた理由。錐は同じ時空をニ周していたから。一周目は、薙の器に生まれたばかりの付喪神として。それを水布が1943年に持ち帰り錐を育て、それ以後のどこかで私達が巻き込まれる前の時間にニ週目の錐が付喪神の国に引っ張り込まれた。
ややこしい!どれだけ、というか、何でそんなことが起きた?……いや、そんなことはどうでもいい。ニ週目の錐は私の名前だけじゃなく、これから起こることを全て知っている事になる。
「そういうことかよ。」
器交換だがなんだかというあの不可解極まりない行動は、同じ行動を前の時空の錐がしていたから、そうするしか無かったんだ。
綾の記憶の中にあった、訳の分からない和歌。金の群のセリフ。
『一筋に思いも切らぬ玉の緒の結ぼほれたる誰が心か』
錐は同じ時空をニ周しているので『一筋』ではない。
『造化の神のお言葉である。錐、遥かの記憶に従え。』
ニ週目の錐はこれから起こることを知っている。これから起こることは錐にとっては過去で記憶の中にある。だから、記憶に従えと。造化の神は錐が二週目ということを知っていた?どうして?
『波来ねば独り消えなむ磯の辺の草場の露の命なりせば』
錐の返歌の意味はまだ通らない。
『結界桜様を頼む』
これも。
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草原を走っていた。その先で、紫の着物を着た人物が、ガシャの上に跨っている。その手に刀を構えて、心臓を狙う。黒い髪が背中でうねる。
私だ。
銀の刃がガシャの心臓に迫っていく。
「違う!ガシャじゃない!薙だ!刺しちゃだめ!」
声が届かない。届いているはずなのに、聞いてくれない。刃に当たった太陽光が、ギラリと反射して目が眩む。刀はガシャの心臓になんの前触れもなく吸い込まれる。
「……あ。」
ヘタリと座り込んでしまった。涙が溢れる。草原に吸い込まれていく。その裏に、こうなることが分かっていたという、諦めのようなものもある。
「薙、薙……」
足音がして、顔をあげた。正面に自分が立っていた。忌々しそうに、見下ろしてくる。
「久しぶりに出てきたと思ったら、ただ泣くだけか。」
鋭い言葉とともに冷たく目を細められ、萎縮してしまう。堂々とした、絶対を感じさせる人物。頬にかすり傷があり、服装も乱れている。そんなことを微塵も気に留めず、自分をただ見つめている。怖い。背筋が凍るけど、言いたいことをはっきり口に出す。
「な、薙が可哀想だよ。あと、みんなに嘘つくのも良くないと思う。」
相手の反応を伺う。息が詰まる時間。どうでも良さげに首を傾げる相手。
「で?」
相手は、慣れた手付きで模造刀を逆手に持ち替えた。太陽を反射する刀を背中に隠すようにして、しゃがみこんでくる。
「あなたは何をするの?」
「何って。」
模造刀の柄が差し出される。
「その感情が何になるっていうの?」
私は、刀を握れなかった。怖い。刃が付いて無いとはいえ、凶器になり得る。
金の群を刺した時の光景が目に浮かぶ。銭の心臓辺りをズブリと奥まで。箔の胴を高速の結界で。胸が、私が彼らを刺したであろう場所が痛い。
「いや、いやだ、もう誰も傷つけたくない。」
諦めたようにため息をつかれた。
「すっこんでろ、邪魔。」
顎を掴み上げられ、目線を合せさせられる。
「殺られる前に殺るしかない。これが紛れもない事実。何もしなかったら、殺られていた。そんな楽観で理想しか見ていない感情がクロを見捨てたのを、私は忘れない。」
何も言い返せない。空が急速に夜に移り変わっていく。月が登る。不意に相手が発する口調が柔らかくなった。
「事実ではなく優しい夢を見たいか?」
穏やかに首を振って立ち上がる。月を仰ぐ。
「無理。私は、誰かに夢を見せることしかできないよ。」
片膝をついていた相手は模造刀を鞘に仕舞う。立ち上がった相手の手を、血が滲んでいる手をしっかりと握った。
「火のやつる、他の子供達が夢を見続けられるなら、それでいいじゃない。」
濃紺の地に桜模様。肩に月を描く着物が風になびく。
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「あだっ!」
誰かの膝が脇腹に刺さりました。何だ何だと被っていた布団を引きはがすと、木属性幸村の元気な足が。少し乱暴な手付きで木属性幸村を遠い場所に押しやります。
「ふざけんじゃねえ、ただでさえ少ない睡眠を妨害しやがって。」
……なんか夢見ていた気がするけど、まあいいや。忘れるってことはどうでもいいってことだろうし。
やれやれと布団の中に潜り込むと、何か声が聞こえました。しわがれ声です。
「あれ、結界かかかってる?まずいのぅ、崇の鏡の守のお使いで来たのに。えと、たのもーたのもー!」
寝かせろよクソが。
身なりを整えて模造刀を持って声のする方へ向かいます。火の玉流れとつる枯れとも廊下で出くわしました。
「歴史書の群の声だと思う。」
「そういや今度、話をする席を設けるとか何とか言ってたな。」
そういう火の玉流れの手は墨で汚れています。
いやどんだけ呪符書きまくってたのよ。やっぱりマッドサイエンティストだ。
「だからといって、なんで夜中にするのさ。いや、もう朝方か。」
ぼんやり白み始めた空に結界の外側で立っている歴史書の群が目に入りました。深夜徘徊中に出会った服装とは違い、きっちりと折り目の付いた狩衣を着ています。
「掌のお使いで参りました。どなたか、一緒に来ていただけませんか。」
三人で顔を見合せました。
前回ポイントを入れて頂いた方がいらっしゃって、狂喜乱舞いたしました。本当にありがとうございます!
次からはシリアス多めの展開になります。
『伏線もうないんじゃない?』え?まだまたありますけど?この話にも居ますよ?
楽しんで頂けると嬉しいです!