九 昔話の内容を三割増しにするのはいいけれど文量は五割削れ
でっかい伏線ぶっこんであるので、気が付いた方が居るといいなぁ!(回収は少し先になりますが)
読んでいただき嬉しいです!
「で?なんでそんなややこしいタイミングでややこしい真似を?」
「もう、それはもう、ひとえにごめんなさいとしか。」
「すみませんでした。」
結論から申し上げます。何事もありませんでした。ええ、何も。砂利の上に正座をして首を垂れている浮破と木属性幸村の背後に大量の残骸がー‘元’寺がこんもりしていますが、結界桜基準で考えれば何事も無かったという部類に入ります。
少し時を戻してご説明いたしましょう。
『桜』で急ぎ戻ってきた結界桜が見たのは、浮破と木属性幸村の大喧嘩の真っ盛りでした。
「は、そういうくだらない事やめろっつったでしょ!」
浮破が寺の重力をゼロにして浮かして、木属性幸村に投げつけます。いや、規模。喧嘩の規模。バターナイフの代わりにそこにあった寺投げましたみたいなノリですが、規模。木属性幸村は飛んできた寺に潰されたかに見えました。しかし寺は押し返されるように盛り上がっていきます。
「やかましいんだよ!上からぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ!」
瓦礫片が浮破に向かって吹っ飛びました。木属性幸村の頭には寺を支える程の大きな鹿の角。それが現在進行形で巨大化していきます。
「おれが何しようと関係ないだろ!」
「あるし!」
浮破は握りこぶしを振り下げると、飛んできた‘元’寺を能力を使って地面へ叩き落としました。そのあと突進してきた角を空中に飛ぶことで避けます。角は浮破を追いかけるようにしてぐんぐん伸び……
たたたたっと走ってくる音。振り返ると鳥打ちでした。表情が乏しい顔に、ちょっぴり恐怖が含まれています。
「あ、あの二人を止めて。なにかあったというか、あの二人が喧嘩したから鐘を鳴らしたの。」
胸張り腕組みの結界桜さんは見物モードです。
「あわてて帰っていたのに。何だ喧嘩か。面白いからもうちょいやらせておこうぜ。」
「寺の中に巻き込まれた子もいるから!」
「じゃあ、止めた方がいいか。」
「うん。」
この場合、年上が止めると角が立つからね。
安全圏に居る見物人の中にとくに小さい二人組を呼び寄せます。
「かげさん。ぼんぼり蛍。あの二人を何かに変えておしまい。」
かげさんは二人をじっと見つめると、お人形さんのようなかわいらしさで手を複雑な形に組みます。ぼんぼり蛍は水布にポンチョの紐を解いてもらっていました。分厚い布を肩から滑り落とすと、全身が淡く蛍光しているのがよく分かります。
「ひさしぶりだねぇ!」
楽しそうにぴょんぴょん跳ねているぼんぼり蛍をかげさんは落ち着かせ、しゃがみます。組んだ手を上に掲げると、ぼんぼり蛍が強く光る手を近づけます。映し出された影が、浮破と木属性幸村にかかりました。
「ひひーん!ぶるるるる!」
忌々しそうに首を振り地面を搔いている馬。頭には寺ほどもある巨大な角。
「こけーこけこっこー!」
翼をバタバタさせながら鳴く宙に浮いた鶏。
「今日は、干支で。」
ロリータ服のかげさんがこちらに向き直ります。
「めえぇぇぇぇ!めええええぇぇぇぇぇ!(今日の料理は!じゃないでしょおぉぉ!)」
おや、寺の残骸からもう二匹羊が登場しました。えーと、結界桜が午年ですから、火の玉流れとつる枯れでしょうかね。
二人は変身の解き方を知っています。羊達は前足を不器用に曲げると、ごろんと前転します。二人はやっぱりつる枯れと火の玉流れでした。
「ぶるるるる、ぶ?」
「こ、こけ?」
うんうん、激高していたお二人はやっと自分の姿が異なっていることに気が付いたようですね。二人が変身を解くのにすったもんだした場面を飛ばすと冒頭に戻ります。
「次、喧嘩するときは時と場合とタイミングを考えてください。」
「はい。」
木属性幸村が手を挙げました。
「タイミングって何ですか。」
「タイミングとは、時と場合の相関からはじき出されるものです。」
怒りの素振りも見せない結界桜。それに二人は少し引いています。
「はい。」
浮破が手を挙げました。
「相関て何ですか。」
「関わり合いの事です。喧嘩をするなら巻き込まれる人がいないところでやってください。ただし、勝敗が決したらさっさとやめるように。以上!」
結局、三度目の戦闘は本当に何でもない原因で発生したようです。木属性幸村の角が浮破に当たったとか謝ったのに逆切れされたとか。喧嘩の九割はほんとどうでもいいことで発生するのです。(結界桜調べ)追投機が寺を全く元通りに修復してしまうと、何事も無かった日常が戻ってきました。
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結界桜は渡された赤い勾玉を見つめていました。模様から見て赤瑪瑙でしょう。美しい流線形には傷が一つもありません。
「で、そうやって泉が形成されている。……聞いているか小娘。」
本堂の縁から足を出してぶらぶらしている結界桜の横で、半透明の薙が柱にもたれています。赤黒い直垂の袖括りの紐を緩めながら話してくれていました。
「聞いてるよ。……おっさん。」
「……おっさん、か。」
言ったらまずかったようです。『おっさん』ダメージは相当のもののようです。結界桜はぼんやりと気を付けようと考えるだけですが。
「金の群のことだが。また来るぞ。次はお前ひとりでは手に負えない。群が分裂できるのは知っているだろう?次は総力を結集してくる。現では、誰もが小銭を財布に入れている、貴金属装飾品を大切にしている。『価値』があるから。お前らが信用する『価値』全てが彼らの力の源。その勾玉を金の群の届かない場所へ。機会を見て崇の鏡の守にお返ししてくれ。」
「分かった。」
先程とは変わってそっけない調子の結界桜さんです。勾玉を手持ち無沙汰に眺めまわすのを邪険に扱われていると感じ、薙の口調が荒くなります。
「小娘。お前が背負っている情報を奴らに、……さっき羊になっていた奴らに教えておこうとは思わないのか?二人に任せてみようとは思わないのか?」
結界桜は勾玉を縁台にそっと置くと薙の視線を受け止めます。
「……思わないね。ここは見晴らしがいい。次にどんな事態が待ち受けているのかがよく見えるから。」
「ならお前は、いざというとき逃げれない。逃げる自分を許せない。いや、許さない。どんな結果になろうとも、例え一人でも、敵を叩き潰しに行く。……お前は、そういう人間だ。」
「またそうやって、決まったようなことを」
「七百年を舐めるな!」
喝で結界桜の肩が跳ね上がりました。薙は彫の深い顔でこちらを睨んできます。
「儂の生きてきた時間を侮るでない!もっと他人を頼れとわしは言いたい。いや……頼るべきだ、意地よりも何よりも大事なものが有るのなら。」
「儂の、唯一の主の話をしてやる。」
世は鎌倉の末、身分の高い人物の薙刀として作られた。戦が起き、負けると知って奴はわしを捨てて逃げて行った。数日戦場に捨て置かれた後、わしを拾ったのはある下級武士だった。そいつは武具もろくに揃えられないから、わしのようなものを拾って使っておった。わしを見つけたときは身に余るような高価なものだと嬉しそうに小躍りしていたな。その後、主はわしを狭い家の梁の上にしまって、事あるごとに持ち出しては素振りをし、薙刀で武功を立てやるんだと息巻いていた。
そいつには連れ添った妻と九つになる娘がいる。妻はよく、「近くにいる敵を倒すより、遠くにいるうちに敵を倒しなさいませ、薙刀だけでなく弓も稽古なさいませ。順序を紛う(まがう)は下策にございます。」とにこやかに言うが主は改めることはなかった。その二人の娘は大層器量がよく心根もまっすぐで、母親に似て物をはっきりと言うのだ、「父様、食事の挨拶はきちんとなさいませ」、「父様、行儀が成っておりませぬ」主はうるさいうるさい、とは言いながらとても可愛く思っておった。
とても仲睦まじい家族だった。
ある日主があわてて帰ってきて薙刀を取り出し何やら準備を始めた。
「地頭様が娘を欲しいとおっしゃた。だが、『おれは渡さん』と啖呵を切ってきてやった。もうすぐここに郎党どもが来る。だから逃げるぞ。」わしは納得した。妻は弓矢を準備しながら言い募る。
「どうしてそんなことを、渡すと言っておいて夜逃げでもすればいいのではありませんか。」
「知るか。」主は突っぱねた。
「父様どうされたのですか?」小首をかしげながら娘が出て来た。主は娘を背負うと薙刀の柄の上に座らせて山道へと向かった。妻は弓矢を抱えて後を追ってくる。
わしは草や木には当たるし泥は飛ぶし手汗で柄が汚れるしで散々な目にはあった。しかし、必要としてくれる主がいる。握る手を柄の丸みに沿わせているのがその証拠。後ろを振り向きざま、わしの刃に一瞥くれるのがその証拠。ただ嬉しい。そんなことを思っていた。
道の向こうから馬と徒歩でやって来る五十人程の郎党たちを娘が見つけた。妻がすぐさま矢を放ち五、六人が倒れた。ほうら、わらわの言った通りでしょうと妻が誇らしげに笑った。主は在らぬ方を見て、踵を返して再び走る。後ろから矢が幾本も飛んできた。そのうちの一本が妻の足に刺さる。叫び声をあげて妻がわきの田んぼに転がり落ちた。
「あの糞郎党どもはわらわが片付けますから。先に行ってください。」主は娘を下ろしてわしを構えた。
「置いてはいかん。飛んでくる矢は払うから、わしの陰から矢を放て」
「ほんっと頭のお堅い方なんですね。こっちの話を聞きやしない。」妻は刺さった矢を根元で折り、田んぼから這い上がって矢を放つ。娘は矢を渡す。主はその様子を横目で見ながら飛んでくる矢を捌いていく。さらに無数の傷がわしに付く。
二人、三人、郎党の喉元に矢が突き刺さっていく。そしてついに矢が無くなった。
郎党たちは矢が切れたのを見越してどんどんと近づいてくる。
「娘には指一本触れさせぬ!」わしは初めて主の怒声を聞いた。
「娘を差し出せ!地頭様の端女としてこき使ってやるわい!」馬に乗った大柄な男が叫んだ。
「父様!」娘が初めて声を上げた。
「たつを地頭様の元へ送ってください。こうまでして助かりたくはございません。父様や母様が命を張る必要はございません!」主はにんまりと笑った。
「おたつ、じゃからわしは地頭様に桶に入った小便、ぶっ掛けて来た。おかげで地頭様は怒り心頭、命乞いはもう無駄じゃ。」
「何をやっとるのじゃおのれは!」妻が弓で主の背中を殴る。
「父様、下品。行儀が、行儀が成っておりません。」娘は母を支えながら笑い、泣き出した。
「どいつもこいつも、怒ってばかり。どうやってわしが地頭様の館から逃れたのか聞こうともせん。褒めてくれる奴はおらんかのう。」すました顔で主が嘯く。
「ちなみに何を。」すかさず妻が聞いた。
「火を付けた。」
「何をやっているのですか、大人気ない。面白おかしくやってのけてくれますね。」妻が笑った。わしには笑っとる意味がよくわからなかった。
馬の足音が迫ってくる。
「次の世でもつきまとってたっぷりと叱って差し上げます。ここでは時間がないようだから。」妻の目から涙が流れる。
「たつもそうします!たつも父様と母様のところに生まれて・・・!」娘は嗚咽で言葉が続かず泣き出した。妻が娘の頭をくしゃくしゃと撫でた。次の一息で、主は娘と妻の首を切り落とした。わしは初めて血を啜った。魂に力がなだれ込んできた。快感ではあった。でも主は泣いていた。わしは呆然として固まった。その後追いついてきた郎党に薙刀を振るった。
「ひとつ、ふたつ、みっつよっつ。」主が郎党の息の根を止めながら数を数えていく。郎党の腕が飛び、足が飛び、首が飛ぶ。
どうせ死ぬならできるだけ多くを道連れに。
わしは、もうやめてほしかった。どれだけ殺そうともその先にはもう何もない。娘も妻もいない。わしにそんな悲しい感情を乗せないでくれって叫んだ。そしたら、主はわしを振るうのをぱたりとやめた。十を数えた頃だろうか。不意に、娘の腹に薙刀を突き立てた。笑っていた。死体すらも地頭には渡さない、そんな覚悟で。
「地頭様に伝えろ!我が娘で弄ぶこと、もはや叶わず。地団駄踏んで悔しがるがいい!」
郎党の矢が主に一斉に降りかかった。主はそのまま妻と娘の上に倒れ込んだ。薙刀から手が離れた。郎党がわしを拾って、主の首を落とした。
郎党は一家三人の首を揃え、娘の代わりにとわしを差し出した。地頭はわしをにんまり見つめると、たつに執着する様子もなく別の娘を連れて来いと言った。地頭はたつでなくとも誰でもよかったのだ。わしは置いて行かれた。薙刀はただ悲しかった。わしは憎いと思った。地頭は十日後、死んだ。その後も、わしが憎いと思った奴は全員。けれど、主たちは帰ってこなかった。
「主は夢を見なかった。主は生きるのを諦めた。主は……わしを置いて逝った。もし、諦めなかったら彼だけでも生きていけたかもしれない。歴史に名を残したのかもしれない。……それを彼は望まなかった。最初から討ち死にする気だった。せめて、弓で全員射殺せたらなぁ、遠い場所に頼ることができればなぁ、あやつが地頭でさえ無かったらなぁ。もっとも悔やまれるのはな、背中を預けることのできる奴が俺の主にはいなかったことだ!」
厳しかった口調が柔らかくなります。
「なあ、お前には居るんだろう?仲間が。だったら頼れ。」
「……仲間じゃない……なんかね、さっきから……過去の自分を見ているみたいな、失うものを知らない無邪気な甘い匂いがするの。ねぇ薙、もう少しだけ彼らが夢を見ていられる時間は残っているだろうか?」
薙は沈黙で答えます。
「分かるよ。自分勝手って言いたいんだろ?自分でも知っているよ。これは私のわがままだ。」
いつまでも折れない結界桜に苛立ったのか、薙が声を張り上げました。
「後ろで聞いてる二人!良かったな、お前たちの大将は、どんな奴よりもお前達思いだ!」
後ろで聞いている二人?
うしろー本堂の障子を開けると火の玉流れとつる枯れが。
「いつから?」
「全部。」
さっき、私は何を言った?おかしい、どうしてさっきからの行動は全部感情本位なの?考えなしの言動が後々大きな結果になるって、知っているはずなのに!
「あ、っそ。薙、次の手合わせはボコボコにしてやる。」
「ああ、楽しみだな。」
苦し紛れのセリフなど、七百年を生きた薙には幼稚すぎます。
「結界桜、あの。」
「さっき、二人に『大っ嫌い』って言って悪かった。」
本当に嫌いなのは、何もできない自分。危険があるという可能性を無視して、寺を無防備に放置してしまった自分。
「わしはこれで心残りは無い。わしと主の事を覚えていてくれそうなやつが四人もいるからなぁ。」
半透明の薙はからからと笑って姿を消しました。
「あのさ、」
「つる、少し時間をくれないか?」
「分かった。」
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ぽろりぽろりと涙が溢れていきます。
「あー涙もろい奴だってばれなくて良かった。」
言葉ではそう言っても、涙はあとからあとから流れていきます。結界桜は片頬を上げて昔話にけりをつけるような主人公ではありません。他者からの刺激に繊細な、直感の優れた優しい子です。
もし、時間を巻き戻せたなら、薙の主を助けたいな。とっくの昔、もう変えられない過去、だけど。死んでほしくなかった、けれども、もう、変えられない、過去。
首にかけた紐が引かれました。先についていたのは、小さな丸い金属の板。
『犬鑑札』
結界桜は寺屋根の上のてっぺんに座っています。着物の柄と同じ風景。濃紺の帳が下りた空には金色の月と薄い雲。時折強い風が桜の花びらを運んできます。
「誰かを、頼れ、ねえ。」
頼りたい。けど。
「私には、無理だよ。」
親友は、中型の白い犬。野性味あふれる雑種で、ピンと立った耳と巻かれた太いしっぽが特徴。クロ。色とは真逆の名前を付けられたのは、単純に黒い犬が来る予定だったから。
初対面、一歳。出会いは覚えてなくて、気がついたら横にいた。クロは屋外にいるので、学校帰り風を浴びながら二人でのんびり過ごす。
「学校で先輩に理不尽にキレられたの。ひどいと思わない?」
クロはそっぽを向いて、毛布で遊び始める。
「人の話を聞きな。」
毛布遊びをやめて、遠い目をする。
ー泣き事言うなら帰れ。聞きたくないー
「あっそう、別に修行を付けてくれって言ってるわけじゃないんだけど。」
ひょいとブラシを引き寄せる。クロの目がキラッと光った。
「同じことが言えるのかしらね。」
瞬間、おすわりをして、しっぽを振って前足で地面を連打しているクロ。
ー早く!ー
案の定の反応に、ニコリと笑う。
「現金で切り替えの早いところ、嫌いじゃないよ。」
クロがいてくれたから、一人ぼっちになっても妹に泣かされても何があってもどんなことがあっても、毎日笑っていられた。それに気がついたのは、彼が亡くなるたった一月前。
一緒にいられなくなる、そんな可能性が頭をよぎった瞬間。
「血が、血の跡がついてて。床にね。クロのどっかから出血していると思うんだけど。」
母さんから聞いた。血が?まさか、そんな。
「また、私も見ておく。」
そうやって答えたのに。
確認をしなかった。
気のせいだろう、だいじょうぶだろう。
ー命には、限りがあるー
クロに限って、そんなこと、ない。認めたく、ない。知りたく、ない。
テストも近い、そう、勉強しとかなきゃ。
歯医者を嫌がるのと同じ理屈。
逃げた。
大きい腫瘍が見つかった。櫛を入れてやったら、毛がごっそり抜ける。もう目を反らせない。逃げられない。事実は目の前にある。
いなく、なっちゃうの。本当に、消えちゃうの。嫌だよ、寂しいよ。どうして…いなくなっちゃうの?
私が、逃げたから。目を、反らしたから。
行かないで。
誰よりも腫瘍に気づけたのは一番クロのことを知っていた私だった、否定はさせない。
お願い。行かないで。
また、逃げるつもり?
クロの耳に口を寄せて囁いた。
「辛いなら早く逝きなさい。クロの好きなように。私は変わらない。大好きだよ。」
それが、クロに伝えられた最後の言葉だ。
―大っ嫌いだ!気が付かなかった私、気が付いていたけど動かなかった私!誰かのせいにする?それで何が変わる?事実は変わらないんだぞ?変えるなら、私自身だけ。逃げるの?大好きだと言っておいて結局は自分の身が可愛いのね。―
「クロ、大好き、だけど、」
もう隣に居ないのです。
「いや、クロは見ていてくれるはず。きっと。私がクロを想っている限り。」
言うことは簡単ですが、確信は不安に、希望は諦めに変わっていきます。ひとしきり泣いて、後に残ったのは現在と未来でした。
「せめて彼らに時間を、失う恐怖と悲しさを知らない優しい夢を、もう少しだけ。彼らが知らない私にはきっとそれができるから。」
寂しそうに目を細める結界桜ーいえ『日鶴』は何もかも一人でやろうとするでしょう。
そんなに気負わず、周りを頼ればいいのです。
過去に囚われず気ままに振る舞えばいいのです。
もっと、仲間に囲まれて笑えばいいのです。
この気持ちは主に届くことはないでしょう。あなた達が手に持つ物の気持ちを知ることができないのと同じように。
それでも。日鶴の持つ『犬鑑札』の付喪神である私は心から、この気持ちを分かってくれるようにと願っています。
タイトル回収!
付喪神記とは『付喪神が記す』もの!ずっとナレーションやってくれていたのは結界桜もとい本名『波日鶴』が持っていた『犬鑑札』の付喪神でした!
(ちなみに続は付喪神記というのが実在するのでその続きという意味です。)
ナレの隙間に結界桜が考えている部分が結構入っていますが、『犬鑑札』の付喪神は結界桜の魂の変動を受けている最中(成長中?)なので強い感情を読み取れるんですね。ちなみに、綾、薙も本体があるのでなんとなくは感情の機微を読み取れるのだと思いますが(薙は人生相談やっちゃってるし)結界桜を主としていないので思考までは読めないようです。