一 能力と脱線は程々に
よろしくお願いします!
昼頃の太陽が照っています。雲がほとんどない空。小川と並ぶうに広がるくるぶし丈の乾いた草原。そこを十七になる極めて平均的な身長の少女が疾走しながら、にこりと笑いました。
一撃離脱戦法、おもしろすぎる。
色の薄い肌、長くて真っ黒なストレートの髪、切れ目。着物姿。以上纏めて、『日本人形』。しかし、人は外見では判断できないものがあります。彼女はしっかりとした骨にしっかりとした肉が付き、お世辞にもしなやかとか優雅とかほっそりしているとか言えない体形。
このお話の主人公は只今全力で逃げております。いや、逃げているのではありません。『戦略的撤退』のようです。本人がそう言っているだけですが。ちらりと後ろを振り返り、ガシャとの距離を確認します。
「よーうし、つかず離れずいらっしゃいぃ!」
節をつけた言い回しで対象物に左手を振りました。濃紺の着物の袖が風を受けて翻ります。左肩には薄い黄色の丸い月。そこから袂にかけて濃くなり舞い散る桜模様。微かにくびれた腰に濃い紫の袴の紐をぎゅうぎゅうに括りつけています。別に腰を細く見せたい訳ではなく、着崩れしてしまうから。袴もスカートタイプではなくズボン状です。それはもう、恐ろしい動きをするのです。右手に模造刀を持ち、襟元からはみ出た細い紐が首を一周。首の後ろで括った髪が首の動きに合わせ、鞭のようにしなります。
ガシャは巨大な土偶に石をひたすら投げつけ、人の形をしたただの原型不明の土の塊にまで破壊したような姿。そんな2m程の巨体が三輪車を漕ぐ速度で追いかけてきます。どうして逃げるのか、と疑問の方も多いでしょう。しかし、想像してみてください。三輪車速度とはいえ、巨体です。造形が不明瞭です。生き物かどうかも怪しいのです。初対面で遭遇したならばほとんどの人が脱兎のごとく逃げ出すでしょう。主人公のように這い這い出来るようになった幼児に向けるような表情をせず。
主人公が慣れた手つきで模造刀を抜きました。その長い刃に透明なガラスのようなものが薄く張り付いていきます。『結界』と便宜的に呼ばれるそれは、主人公が任意の力で生み出すことができますが、いやぁ、壁状に展開した結界をうっかり忘却して激突し、おでこにたんこぶをしこたま作っていた頃より成長しましたねぇ。
「ここでもう一度。」
小さくつぶやいて、とんとんとその場で跳ねると、今度はガシャに向かって全力疾走を始めました。距離がどんどん縮まっても気にする様子がありません。3m―2m乾いた土のような表面が細部まではっきりと見えます。ガシャの丁度腕にあたる部分が太い胴を回ってきて背中に大打撃を与えようとしたその時です。踏み込んだ足から紫色の円陣が現れました。足の長さを直径とした小さな円でびっしり細かな文字が書かれています。その足で円陣を蹴りつけると、主人公の姿が急に消えました。代わりに、頭があった辺りに桜の花びらが浮かんでいます。ガシャの腕は空気をかき乱しただけでした。
「どこを見ている?」
元気な声がガシャの後ろの方から聞こえました。テレポートのように見えますがまあ、その、『桜の花弁との座標交換』通称『桜』と呼びます。走りながら少しずつ花びらを蒔いていたわけです。主人公が体を大きく回転させると、模造刀が太い胴を横に切り裂きます。割れ目の奥に黒曜石のような黒い塊が一瞬光りました。それが核です。ガシャの動きが不自然に止まりました。もう一度、もう一度と連撃を加えますが、割れ目があっという間に修復され、埋まっていきます。完全に見えなくなると同時に腕が振り回されました。とっさに屈んでよけます。ガシャの巨体が倒れ込んでくる直前に円陣を展開させ、ぺしゃんこになるという悲劇を免れることができました。
「あ~セーフセーフ。でも、派手に倒しちゃいたい。待ちたくないよぉ。時間稼ぎはもうこりごりだよぅ」
さっきまで、一撃離脱戦法最高とかのたまっていましたよね。確かにさっさと片付ける方法はいくらでもあります。結界の薄く長い短冊を間隔を少し開けて並べればガシャシュレッダーの完成です。後は縦なり横なりぶん回せば核は出せますから。しかし、それは目的が『ガシャの核を出す』ということだった場合。今回は少し趣旨が違うのです。
「あ~も~、早く来いよ!火の玉流れとつる枯れ!お前らは亀か、亀なのか!」草原の土手からひいこらひこら歩いてくる二人組に叫びます。『火の玉流れ』、『つる枯れ』とは、
「しょーがねえだろ。」
肩で息を切らしながら、男の方『火の玉流れ』が文句を垂れました。少年から大人になる、丁度真ん中にあたる顔を歪ませています。表情筋が少ないのか、機嫌の機微が読み取りにくいです。歳は一つ下の十六。黒いズボンに灰色のパーカー。パーカーにはオレンジ色の解読不能な文字で何かが書かれています。
「結界桜みたいに移動能力持ちじゃないんだ。」
お判りいただけたでしょうか。主人公の『かっこよく言えばコードネーム、悪く言えば、新しく名前つけるのめんどいから、能力名で読んでしまえ』は『結界桜』です。
「もーだめ。動けない。」
地面にへたり込んだこちらの体力欠陥少女は『つる枯れ』。『火の玉流れ』と同い年で、茶味のある髪を首の辺りで切りそろえています。華奢な体に、かわいらしい顔。白いブラウスと緑のチェックが入った黒いスカート。
根性がない。こいつらには。どんだけ時間稼ぎして使い慣れない能力で危機回避したと思ってんだぁ。
結界桜はため息交じりにつぶやきます。
「だから、一緒にワープするかって言ったのに。」
「嫌!結界桜についていったら、命いくつあっても足りない!」
「こないだの、『ワープ先がガシャの顔面すれすれだった件』はまだ三回しかない。」
「三回もあるじゃない!顔面以外という未遂を含めると!」
「三回に一回。けど、近すぎるとワープ直後の衝撃で吹っ飛ぶから。基本的に。」
「つまり?」
「大丈夫ってこと。」
「いやいやいや!それ、アウトかセーフかで言ったらアウトの方!」
「結界桜。諦めろ。」
お兄さんらしいポジションから口をはさんできた火の玉流れ。ちょっと腹立ったので妹ポジションからからかってやります。
「うん。火の玉流れ君も、ワープしてみようか、一緒に。」
ポーカーフェイス。顔を逸らす。からの
「また今度。」
火の玉流れは、つる枯れがワープで絶叫を上げてから、一度も実験台になってくれないのです。結界桜はピーマン嫌いの子供を見るような眼をしていました。
「うん。逃げちゃいけないよ。」
あのー大変申し上げにくいのですがぁ、出演者をお一人忘れていませんか。
背後に迫る足音。真っ先に動いたのは結界桜でした。片手を挙げると、三人を囲むようにして、半球状の結界が出現します。衝撃と共にガシャの腕は結界に阻まれ、跳ね返りました。
「……すっかり忘れてた。」
ガシャに背を向けたままそう言うと、ぴしりと固まった残り二名に笑顔の花を咲かせます。
「あと宜しく。」
「無理!無理無理無理!」
「頑張って。」
親指を突き上げにこやかに言うと、安全地帯―数十m先の地面にワープします。ついでに半球状の結界を解除しました。
「きゃああぁぁぁ!」
何が何でも逃げようとして、火の玉流れに飛びつくつる枯れ、
「ちょ、足止め、足止めくらい頼むって。」
かばいつつ、じりじり後退する火の玉流れ。
「わ、分かった。」落ち着いたのか、能力を使おうとするつる枯れ。地面に向けて手を伸ばし、蔦を成長させるが、遅く、足止めの成果が出ないままガシャが二人の方へ進んできます。
「ど、どうしよ……、こ、来ないで!」
火事場の馬鹿力とは、まさにこの通り。両手を地面へ振り下ろすと、草原中から枯草の束が集まってきて、ガシャにぶち当たります。どのくらいの量か。そうですねぇ、五階建てアパート位でしょうか。太陽が遮られて、一瞬何事かと思いましたよ。枯れ草一つずつは小さいものですが、集まればアパートとなる、直撃を喰らったガシャはその場に昏倒し、干し草の山が出来上がりました。
加減しろよ、つる枯れ。力任せにやりゃあいいってもんじゃない。でも、能力使用に上限が無いから、最初はこうなるよね。
「ナイス。」
火の玉流れが言い、干し草の上にタンスほどの大きさの橙の火の玉が浮かび上がりました。火の玉が干し草に飲み込まれたかと思うと、炎が迸ります。熱気で空気を焦がし、火の粉の螺旋が空へ舞い上がりました。
「ひゅぅ、相変わらず。安全第一の攻撃ぃ。」
結界桜は、干し草で潰されそうになったため、また少し別の場所に移動していました。そう、空中です。あまりお話ししていませんでしたが、結界は変形もできますし、何も支持がない空中にも生成できます。今回はその上に乗り、トランポリンのように結界を歪ませ体を上空に押し出し、最高点に達したところに結界の足がかりを作って空中に留まったのです。出しっぱなしにしていた模造刀を拭いてしまうという優雅な仕草も付け加えておきましょう。それにしても、巨大な炎は圧巻です。まあ、普通でしたら黒焦げになっていたでしょうけど、結界で防御してやればどうってことはありません。はぁ、結界ってなんって便利なのか。
結界桜が目を細めました。ほとんどの草に火が回り、ガシャが確認できる頃です。
「あんにゃろう、まだ生きている。」
足場以外の結界を消すと、手のひらの上で小型ナイフのような結界を生成させます。次は結界桜の番でなくてはいけません。手を下げると、透明なナイフはガシャに向かって飛んでいき、その核の中心に刺さりました。勝利です。
「しゅーりょー!」
焦げた地面を見渡してから足場の結界を消しました。
「結界桜ぁ?」
そんな自分を見上げてくるつる枯れ。こんなことで奇異な目を向けて来るのがちょっと腹立ちます。
「何?」
「落ちてない?」
「おう。降りてる。」
「いや、それ自由落下!」
「どーせ、200m/sしか出んのやろ。」
「良くない!開始早々骨折生存困難で幕引くつもりかバカ主人公!」
「空気抵抗でな。」
小難しいセリフと共に結界桜に加わってくる火の玉流れ。
「地球の重力加速度は9.8m/sと同程度という計算でいいか。」
その程度ですね。火の玉流れどの。
「無視しないでくれ!科学バカと元からバカ!」
「科学破壊?この世界線だしアリだと思う。」
『科学破壊』でなく『科学バカ』であります。結界桜どの。
「冷静に返す前に間違いに気が付け!なんなの、無視なの聞こえないの!」
衝突直前に桜で地面すれすれにワープしました。移動後は移動前の『慣性の法則』を引き継がないからです。じゃあ、最初から地面にワープしろよって?解ってないなあ、ロマンですよロ・マ・ン。
「少し重力小さい気がした。」
結界桜が満面の笑みで火の玉流れに報告します。空中自由落下という体験を満喫し切ったのが表情を見てもよく分かります。
「根拠は。」
「結界使って空中に射出した時の最高点が地球より
「常識的な感情に脳みその容量使ってくれないか!」
突っ込みまくりでげっそりやつれたつる枯れにとびっきり明るい声を掛けました。
「常識的な感情……楽しいとか面白いとか。使ってるよね。」
火の玉流れに同意を求めると。
「肯定する。重力が普段通りだ……」
「あたしの話聞いてたぁ!」
ツッコミに疲れ、地面と寄り添おうとするつる枯れ。やれやれと首を振って結界桜はガシャの方へ向かいます。焼けこげた地面の真ん中に黒曜石のような破片を見つけました。枯草で潰され炎で焼かれ、結界で穴を開けられて、散々な目に合わせてやったからこそ、ガシャは復活しません。ホカホカと熱気が感じられたので、着物の袖で拾い集めくるむようにして持ちます。
「目的達成!」
高らかに宣言をすると、二人に向かって近寄りました。
「ワープ、今から帰るよ。」
直後、桜の花びらが誰もいない野原に静かに舞い降りました。
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