表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鷹弘短篇集  作者: 鷹弘
3/15

『桜隠し』

あなたはこんな噂を 知っているだろうか

「『傷女』、って知ってる?」


 あなたは、こんな噂を聞いたことがあるでしょうか。



【__昔々、それはもう人々が着物を普段着にしていたくらい昔の話。町で一番美人と評判、とある商家の娘が、決められた人との婚約を投げ出して、親の面汚しもいいところ。思い人との駆け落ちをした話。勿論、彼らはすぐに捕まった。相手の男は貧乏で、娘の親が金をちらつかせれば、すぐさま娘を売ったとか。


「俺は止めたんだ! 俺はこの婚約こそ君の幸せだ、遠くからでも幸せを祈っていると言ったのに、共に来なきゃ俺に殺されたと遺書を残して死んでやると!」


 男はそうしてお咎めなし、何なら金を片手に娘のもとを去って行った。彼のその後は誰も知らない。


 一方、その話を聞かせられた娘はと言うと、絶望して米も喉を通らない。かつて絹の様だと褒められたその髪も、かつて陶器の様だと褒められたその肌も、どんどん日に日にくすんでいった。娘の親は大層慌てた。何せその婚約相手というのが、なんとも金持ち、娘の家とも古い付き合いだったから。唯一欠点と言えるのは、歳が十は上で、人を見下す。商売は優秀でも、人としては如何かと、そんな噂の御仁。それでも親は、何としてもその家とのつながりが欲しい、喉から手が出るほど欲しい。娘に食事を無理やり口に詰め込めば、吐いて余計に酷くなる。誰にもどうしようもないままに、婚約の日はやって来た。


 相手の男、痩せて艶の無い娘を見て大層怒る!……と思いきや、


「良い良い。私がこれから輝かせよう」


 と申したとか。親は一安心、それではこれからは夫婦睦まじく幸せに。そう残して去ってゆく。


 親の姿が消えた途端、男の顔は仏から般若へと大変身。


「こんなみすぼらしい娘を寄越すとは!お前はこうだ!」


 突然娘を襲ったのは無数の痛み。次いで気付いた、自分の体が傷だらけ。男の手には、鮮血滴る鈍色の刀。


 それから娘は毎日毎日、男の憂さ晴らしのために死なない程度に切り付けられた。娘は悟る。この男は、自身の商談相手の中でもそこそこに金を持っていて、美人の娘がいる家を探していたこと。その条件に我が家が合致したこと。男の趣味は、人を見下す、他人を自分の下に置いておくこと。そのための手段ならば選ばない。自分は家はともかく、容姿が劣ってしまったから、男の趣味のせいで日々痛めつけられていることを。


何が嫌って、男は決して娘が死なないように、斬りつけた後は必ず手当をさせるのだ。だから永遠に死ぬことができない、いっそ化膿でもして死んでしまえたら……。


 そんな日々を過ごす娘だが、自分を裏切った思い人を今でも愛していたのだった。例え捨てられても、きっと彼はどこかで幸せに、それこそが娘の幸せ。


 ある日、男は下卑た笑みで娘を庭に連れ出した。


「いつもいつも、お前のことを傷つけてしまって悪かった。謝罪の意を込めてお前に贈り物だ」


 そう言って、屋敷で一番立派な桜の木の下に連れられた。この美しい景色を贈り物に?素敵な計らいだ、きっとこの男と今後良い関係が……。


「さあ、桜の根元に埋まっているよ」


 目線を落とした瞬間に、足も共に崩れ落ちた。


 土からは人の手が伸びていた。爪の黒さは、漆職人の弟子をしていたあの人に酷く似ていて……。


「巷では神隠しとか言われているそうだが、実際はこんなに近くにいたんだよ」


 男はそう言って笑って去って行った。


 翌日、屋敷には侍女の悲鳴が響き渡る。


 桜の木の根、ちょうど正面から見て三ツ又に見える土が深く深く掘り返されていた。その中に居たのは、男愛用の刀で顔も体も切り刻み、最後に胸を一突きした娘だったのだ。


 訳も分からないまま役所に行った侍女により、それらは全て男の仕業にされたとか。思い人も娘もその男に殺された、男は残虐な趣味を持っていた。更に男の罪を助長させるものとして、桜の下からは、盗品が多数這い出てきた。


 桜の下にすべて隠そうとしたが、娘はそれを許さなかった、と人は噂する。


 それから屋敷に人がいなくなっても、夜な夜な刃の鈍い音と、切り刻まれる女の悲鳴が聞こえたとか__】



 「桜」とは、「木」「ツ」「女」で構成されている。それを使って、噂が好きな人々が、どんどん面白おかしくし、今の「傷女(木ツ女)の話」、すなわち「桜の根元に現れる、傷だらけの女の話」が出来上がったと言うわけだ。

 ところで最後に一つ。世に出回るこの話はほとんどが、凄惨な死を遂げた女の話として語られるが、もう一つ。別の話が存在するのをご存じだろうか。


【女は、死んでようやく思い人と共にあれたのだ、と。桜によって隠された、誰にも祝福されない、恋なのだ、と】


 この噂を知る人はそれを、「桜隠し」と呼び、語り継ぐ。

果たして どちらの噂が真実か


はたまた


誰にも知られざる真実があるのやら……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ