『台風』
嵐がきた
雨の音がする。台風が近づいてきているのだ。
部屋の明かりを落として布団を被ると、視界は真っ暗になる。黒で塗りつぶされた中、聴覚が普段以上の働きをするために稼働し始める。
ザアザアと降る雨、ゴウゴウと鳴る風。自分の呼吸に合わせて緩やかに上下する身体。瞼を閉じて、全ての音に身を委ねる。ザアザアも、ゴウゴウも、上に下に揺れる身体も。全てが全ての力を持ってして、私を海へ閉じ込めようとする。激しい波の音、濁流に呑まれる音、水流に抗えず揺れる身体。
私は今、自分の部屋のシングルベッドの上で、海に飛び込んでいる。海と言っても緩やかなビーチではない。雷が轟き、船を沈没させるほどの大きな波が起き、ありとあらゆるものを底へ追いやろうとする、荒れ狂う海。ろくに泳いだこともない私は、ただ為す術なく身を委ねることしか出来ないのだ。
__コツン。
窓ガラスに、シャッターの釣り糸の先端に括り付けられた重りがぶつかる。その音で私は、自室へと戻るのだ。ゆっくりと瞼を開けば、先程よりも暗闇に慣れた目が、普段よりも輪郭がぼやけた部屋を映し出す。私はその曖昧さと、外の音に惑わされ、果たして本当にここが私の部屋なのか自信が無くなる。
その不安から逃げるように、再び瞼を閉じる。
さあ、溺れる時間だ。
海に沈む