406『学園祭だよ!』
みんな大好き日常回!
「灰村くん! 学園祭だよ!」
「ふがっ」
思いっきり寝ていた僕は。
唐突に、成志川の叫び声で起こされた。
僕は欠伸をしながら目を擦り、目の前の成志川の顔面へと拳を振るった。
「うるせぇ、失せろ」
「うわぁっと!?」
体格からは想像のつかない俊敏な動きで、成志川は僕の拳を回避する。
くっ、こういう時に活性が残っていたら!
想力が消えた上、活性までナムダに返上してるからなぁ……。
「ちっ、あと2週間早ければ」
「早ければ僕はどうなっていたんだろう……」
無論、肉塊になっていたさ。
僕は疲れてるんだ。眠いんだよ。
分かる?
本格的に疲れてるのよ。
本音を言えば、僕だってはしゃぎたいよ。
今週から解禁された女子の夏服に、そわそわウキウキしてる【彼女持たざる者】たちとはしゃぎたい。
けど、よく考えたらここにいる女子、全員中二病だし。
そんな人とも女ともつかない理外の存在なんて、僕のストライクゾーンからは大きく外れているわけだ。
最低限、この学校を辞めてから出直して欲しい。
「つまり、何が言いたいか分かるか成志川」
「えっと……眠いから放っておけ、って感じかな?」
大正解。僕は寝よう。
僕は腕を組んで目を閉じると、それを見た成志川が焦ったように肩を揺すってきた。
「ちょ! ね、寝ないでよ灰村くん! 学園祭だよ、学園祭! 僕、友達と学園祭なんて回ったことないから楽しみなんだぁ!」
「……お前、なぁ」
眠いって言ってるよねぇ?
なんで? なんでそんなにテンション高いわけ?
僕が寝てた間に何があったの?
隣の席を見れば、シオンの姿はなくて。
代わりに、第四席が座ってた。
「おはよう貴殿。眠っている間に、担任教師から学園祭についての話があってな。それに成志川氏は感銘を受けたというわけさ」
「いやお前隣のクラスだろ」
なんでお前がここにいる。
僕は思わず突っ込むと、理解できない答えが返ってくる。
「何故って……授業が終わってすぐに駆け付けただけだが?」
「だからそれが『なんで?』って聞いてんのよ」
妙に話が食い違ってる気がするよ。
しかし、問いかけてから思い出す。
そういや、僕に感銘がうんたらかんたら……と、前に聞いた覚えがある。
僕は額に手を当て、彼女に対して掌を向ける。
「ああ、いや、いい。やっぱり答えるな」
「そうか? なんなら貴殿の尊敬するところを一から順に説明しようかと」
「だからいいって言ってんの」
コイツ……最初出てきたときはあんなに敵対心の塊みたいなキャラだったのに。
いつからこんなに丸くなったんでしょう?
そんな事を思いながら、僕は席を立つ。
「……おや? どこへ行くのかな、貴殿」
「トイレ」
僕は短くそう言って、成志川とダリアを置いて歩き出す。
廊下に出ると、少しだけ目が楽になった。
僕は両目の間を指でもみ、大きく息を吐く。
「……この眼も、困りものだな」
力の流れがすべて見える。
つまり、強い奴の近くにいると、ずっとその力が感じられるということだ。
ここ数日、老巧蜘蛛の力に晒され続け、帰っても阿久津さんとシオン。
たまに襲ってくる六紗注意報。
ポンタは……まあ、通常時の姿はあまり強くないからいいんだけれど。
成志川は、その中でもかなり『目に悪いタイプの輝き』がある。
黄金の太陽と、灼熱の紅蓮の太陽。
それが彼の体には宿っている。
詳しくは知らないが……うん、眼に悪いこと、この上ないよね。
僕は大きく息を吐き、屋上へと向けて歩き出す。
この眼に慣れるというのは大前提だが……今はとにかく休息が欲しい。
それに、学園祭なんて参加したくもないからな。
話を聞くだけで……反吐が出る。
僕はそう考えて、歩き出し。
「そこのアンタ、待ちなさいな!」
そんな声が、廊下に響いた。
振り返ると――そこには、この世界でも珍しいほどに何の力もない少女が立っている。
想力、神力……その他諸々、何一つとして力が見えない。
その代わり、彼女の体から溢れ出すのは、金色の流れ。
戦う力ではなく、心の強さを示す、眩いくらいの黄金。
「あんたね! 話ちゃんと聞いてたの? 学園祭よ学園祭! もっと盛り上がりなさい!」
ちっこい先生は、僕の前までつかつかと歩いてくる。
僕は思わず目をしかめ、その少女の名を呼んだ。
「え、エニグマ……先生」
「ええ、私よ! そして学園祭よ!」
ここに来て、一番、目に悪い人が現れた。
……成志川と言い、エニグマ先生と言い。
こいつらは、二人して僕の目に何か恨みでもあるのだろうか?
☆☆☆
学園祭。
唯一楽しかったのは、中学一年生のときだろうか?
小学校までの学園生活からは考えることもできない熱が、そこにはあった。
体育館のステージで繰り広げられるライブ。
熱狂する先輩たちに、思わず心が引っ張られる。
あの時、あの瞬間。
僕は、言葉に出来ない好奇心を知った。
それが、灰村解の最初の学園祭。
友達も……まあ、平凡な数だけいて。
特に目立った生徒でもなかった僕の、中学校時代で一番楽しかった思い出。
――でもって、その翌年の学園祭が、中学時代で一番嫌な思い出だ。
中学二年生の学園祭。
もうね、そう言ったら大体察してくれると思う。
というか、察して。
お願いだから。
僕にこれ以上語らせないで。
『あっ、次の演奏は……えっと』
『え? なに、これどうやって読むの?』
『ちょっと……ねぇ?』
今でも瞼の裏に焼き付いている。
ざわめく体育館。
そして、ギター片手に登壇する少年。
その少年の、全身真っ黒な姿に誰もが頬を引き攣らせ。
少年は、眼帯に手を当てポージング。
『我が唄を、此処に刻もう――【黒き深淵の腕に抱かれ】』
「いぎゃああああああああああああああああああああああ!?」
「あら、よっぽど怖い目に遭ったのね……よしよし」
屋上。
僕は絶叫すると、エニグマ先生が頭を撫でてくれた。
おっ、思い出しただけで発狂しちまいそうだ!
なんつー黒歴史! 死んでしまいたい!
ああ、この屋上から飛び降りたら楽になれねぇかな!
超再生とレベルアップしたステータスがあるから平気かな!
こんちくしょうッ!!
「そんなに学園祭に嫌な思い出があったのね……」
「い、嫌な思い出、なんてレベルじゃないさ……!」
あれは悪夢だ! 狂気の沙汰だ!
馬鹿じゃねえの!
なに、黒き深淵の腕に抱かれって!
腕、って書いて、かいな、って読むヤツでしょ!
馬鹿じゃないの、頭腐ってんじゃねぇのかお前!
少し考えれば恥ずかしいことだって分からなかったかなぁ!
分からないよね、頭腐ってんだもんなお前!
ああ、死にたい!
そして、あの時必死に練習したせいで、今でもギターが弾ける自分に腹が立つ!
この指をすべてへし折ってやろうかな! 数秒で回復するけども!
僕が荒れに荒れていると、エニグマ先生は語りだす。
「それで、学園祭の出し物なんだけれど」
「今の流れでそれを言うか?」
思わず顔を上げると、エニグマ先生は僕を見ていた。
「なによ、後ろなんて向いていてもなにも始まんないわよ! 後悔するのなんて寝る前ちょっとで十分。あとは前だけ向いて進めばいいの! それで人生なんとかなるわ!」
「それが出来ないから黒歴史っていうんだけどな」
僕だって普段はそうさ。
でもね、振り返っちゃうから黒歴史なんだ。
ふとした瞬間におもいだして、猛烈に死にたくなる。
そうじゃなきゃ普通の過去で、黒歴史足り得ない。
「分かるかな?」
「わかんないわね!」
だろうねぇ。
そんな色してる人が、分かるわけないよね。
そうこう考えていると……ふと、彼女の『金色』に影が差す。
「……まあ、それでも。忘れられないことはあるけれど」
その変化は、本当に一瞬だったと思う。
僕は目を見開いて……次の瞬間には戻っていた。
「ま、ちょっとね! 昔、成志川が怒っちゃったことあって!」
「あいつが? ……まあ、あいつも怒ることは……あるのかぁ」
僕の考えるあいつのイメージではないけれど。
いっつも髪型をアニメのキャラ並みに固めていて。
太っているのに運動神経はよくて、結構決断力もあって。
それでいて、いっつも僕の後ろについてくる……変な奴。
それが、僕の考える成志川景。
……って言っても、僕が知るのはあくまでもあいつの一部だろう。
ふと考える。成志川とエニグマ先生は、いつから一緒にいるのだろうか?
中学? いいや違うな、二人からはもっと強い絆みたいなものを感じる。
小学校……あるいはそれより前もあり得る。
彼女なら、僕の知らない成志川をたくさん知っているんだろうな。
……まあ、僕も知りたいとは思わないけど。
僕は立ち上がると、エニグマ先生に声をかける。
「まあ、いろいろと話したけれど、僕は学園祭には参加しないよ。……黒歴史が蘇っちまう」
それが、僕が学園祭に非協力的な理由。
疲れてる、っていうのももちろんあるが、それはあくまで二の次だ。
僕はエニグマ先生へと背を向けて、屋上を後にする。
……そうだな、保健室のベッドでも借りるか。
そう考えて、僕は階段に続く扉へと手をかけた――の、だが。
「あ、そうそう灰村。2組の出し物、バンドに決まったから」
「ジーザスッ!」
学園祭、灰村解の不参加が決定した。
エニグマ先生は空気を読まない。
読めないのではなく、あえて読まないスタイルです。




