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404『常軌を逸した努力の人』

「なるほど、真眼か。かなり強力な力だ」


 結論として、九法院の爺ちゃんはそう出した。


 翌日の放課後。

 九法院の爺ちゃんから言われた待ち合わせ場所は、近くの神社。

 森というか、山というか。

 そんな場所に佇む、ぜんぜんひっそりとしてない系の神社だ。


 そこで、僕は九法院の爺ちゃんと戦った。


 ……いや、今のを戦ったと表していいのだろうか?

 なんというか、一方的なフルボッコに遭った気分だ。

 一応は超再生の特異技能も残ってはいるが、以前と比べると出力で大分劣る。なので、そうスパスパと脚やら腕やらを切り落とされても困りもの。


 というわけで、真眼をフル活用して、彼の放つ糸を躱して躱して、躱し続けた。

 でも、それでも躱しきれないほどの超密度。

 戦っていた時間は……おそらく、十数分程度。

 にもかかわらず、斬られた腕と足の数は数えるのも億劫になるほど。


 超再生で体力が尽きた頃を見計らい、爺ちゃんはそう声をかけてきた。

 それは実質、地獄の終わりを意味していた。

 本当に、本当に……死ぬかと思った……。


「ぜぇ、はあっ、はぁつ……ぜぇ」


 ぶっ倒れ、荒い息を吐く僕へ、爺ちゃんは言った。


「おや、いきなり飛ばしすぎたかな」


 うるせぇ!

 アンタは初速がすでにジェットコースターなんだよ!

 なんだよ修行に先立ちバトルって!

 それバトル違う! 負け確イベントっていうの!

 師匠がいかに強いかアピールしたいだけのイベントよ!

 そして主人公の修行前と修行後、どれだけ差があるかを明確にするための伏線!

 ここは少年漫画の世界かっての!


 こうなりゃアレだ、アンタがいかに強いか、絶対に口にするもんか!


 僕はそう睨んだが、九法院の爺ちゃんはどこ吹く風。

 一度、僕の蹴りが掠った頬を撫で、楽しそうに微笑むばかり。


「力失して、尚私に触れられる。少なくとも、私は今の君の実力に相応しいだけの手加減をした、と自負しているがね。仮にそれが、殺意を持たない最大限の本気だったとしても」

「い、今ので……手加減してんのかよ」


 たしかに、一切の殺意を感じなかった。

 それでもなお、全盛期の僕だったら勝てたかと聞かれると……返事に困る。

 仮に殺意を持ったこの男が本気を出したら。

 たぶん、今の暴走列車でも……ああ、駄目だ! コイツの強さについては言及しないって約束だろ!


 深呼吸して心を静める僕を、爺ちゃんは見つめていた。


「で、僕に陰陽を教えてくれる、ってことでいいんだよな」

「ん? ああ、もともと君を不合格にするつもりはなかったんだ」


 …………はぁ?

 ちょっと信じられない言葉に、僕は青筋交じりに首を傾げた。

 たぶん、今の僕は不自然なほどに笑っていたと思う。


「……それ、日曜と今日と、戦った意味がない、って言ってるよね」


 僕の腕と足は切り捨て損ってことですか?

 僕の問いかけに、爺さんはスーツ姿で首を振る。

 横じゃなく、縦にな。


「その通り」

「ぶっころ!」


 僕は至近距離から襲い掛かるが、瞬く間に糸で縛り付けられる。

 一瞬にして指一本も動かせない状態に陥り、僕は歯を食いしばる。

 クソったれ……凄まじい早業だなチクショウ!

 老巧蜘蛛の名に相応しく、攻撃や防御など、どの行動を見ても一切の無駄がない。

 それは最早、洗練されている……という言葉を使うことも憚りたいほど。

 まるで、合理性の塊のような存在だ。


「ぐ……っ!」

「だが、まったく意味がなかったわけではないよ。正統派の王より伝て聞いていた君の図が、寸分たがわぬものであると把握できた」


 六紗はこの人に何を言ったのだろうか?

 僕は問うより睨むことを優先したが、彼は笑ってこう言った。



()()()()()()()()()()



 ……なんだろう、全然うれしくないんだけれど。

 努力してるってことは、それだけ才能が無かったということ。

 僕は苦々しい表情を浮かべるが、対する爺ちゃんは満面の笑みだ。


「私が何より好む人種は、才能の上に溺れない者。その才能が小さくとも、大きくとも関係は無い。ただ、必死に上を向いて努力する。そういう人種を私は好む」


 その笑顔は、どこか獰猛な肉食獣のそれに見えた。


「そして、私は陰陽師を育てる学園の、その長。かつては教鞭を取ろうとも思ったのだがね。あまりにもスパルタすぎて、誰一人としてついてこれなかったよ」

「……なんだろう、嫌な予感」


 僕は思わず頬を引き攣らせ。

 九法院の爺ちゃんは、僕を縛る糸を強めて言った。




「大人も裸足で逃げ出す修行。……君ならたぶんイケるだろ?」




 その日から、僕は地獄を味わうことになった。




 ☆☆☆




「……で、どうなのよ、進捗は」


 六紗優は、問いかけた。

 その日の夜更け。

 正統派の王に呼び出された九法院善治は、最初に話したカフェへと訪れていた。


 彼女の質問に、彼はコーヒーを傾けてから、ゆっくりと語りだす。


「進捗。……さて、君の想像通りだと思うが」

「とぼけないで。これは真剣な話よ」


 六紗は目を細めてそういうと、九法院は肩をすくめる。

 放課後――五時過ぎから訓練を初めて、今でおおよそ七時間。

 既に少年は訓練を切りやめ、家に帰った頃合いだろうか?

 そう考えて、九法院は苦笑する。


「陰陽師が使う力は、俗に【天戒】と呼ぶ。そこまでは知っているかな?」

「初耳よ。そも、陰陽師なんて存在自体、あまり興味があったモノでもないしね」


 九法院は考える――おおよそ嘘であろう、と。

 仮にも正統派の王。いくら口調で砕けていようと、今相対しているのは世界の頂点に君臨するもの。

 その程度の知識程度、持ちえていないはずがない。


 ――陰陽師が使う、天戒という異能。


 対し、物の怪が用いる力を【血戒】と呼ぶ。そのため、厳密には鮮やか万死の【無窮の洛陽(ロスト・ガヴェイン)】は異能ではなく血戒に当たるわけだ。

 その他にも、陰陽師の敵には『呪い』という存在もあるが、今は関係ない話だろう。


「今回は、その天戒の発動に用いる力――【神力】の訓練を行っている」

「神力……ねぇ。想力と似たような力かしら?」

「まあ、細かいことを除けばね」


 そう答えた九法院は、話を続ける。


「最初に行うのは【神力】の知覚。……幼い頃であれば、その身に他者が神力を流し、それだけで発露するような簡単なものだが――年の頃が十四を超えると、それはひどく難しいモノへと変わる」


 そも、陰陽師とは一子相伝。

 親から子に伝えられ、何代も何代も、長い時を経て成長してゆくもの。

 子が若い時期から神力に触れるのが当然で――それ以外の方法となると、急に難しいものになってゆく。


 例えば、強大な敵を前に死の間際まで追い詰められて、初めて知覚する、とか。


 例えば、数年、数十年と瞑想をして、初めて知覚することができる、とか。


 だが、それはあまりに現実にそぐわない。

 灰村解と九法院、二人が望むのは――ありていに言ってしまえば、【危険が少なくて比較的すぐに神力に目覚められる方法】だ。

 そんなものは無い――と、言ってしまえれば楽だったのかもしれないが。

 現実に、その方法は存在する。


 ただし、その道が楽かどうかは、また別の話だが。



「――達成率【10%】」



 その言葉に、六紗の肩が震えた。


「……それは」

「今現在、灰村解に課している訓練さ。多くの人間が挑み、あまりの苦行に数日経たずにやめている。仮に完遂できたとしても、その頃に廃人さ。正気のまま達成できた人は居ないに等しい」


 六紗の目に剣呑な光が宿る。

 それに対し『あくまで合意の上』という姿勢を貫く九法院。それを見た六紗は大きく息を吐き、内容を聞く。


 それに対し、九法院善治は言った。




「訓練の内容は、神力の塊である【神泥(アザース)】を摂取すること」




「……あざーす?」

「有り体に言うと、()()()()()()()()()さ」


 その見た目は、白色に輝く泥だ。

 陰陽師にとって、その物体は神力の回復を促す回復道具として使える。

 故に、陰陽師からは重宝される存在でもある。


 だが、神力を扱うことの出来ない人間にとって、それは触れるだけで激痛の走る劇薬と化す。


「最初は、指先に塗るところから。次に腕に塗り、足に塗り……徐々に塗る範囲を広げてゆく。その過程で、必ず人の精神は崩壊する」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! そ、それ、カイはやってるんでしょ!?」


 六紗は焦ったように席を立ち。

 老巧蜘蛛――九法院善治は苦笑いした。




「あぁ、()()()()()()()





 ☆☆☆




「ん? ……あぁ、六紗か。それに爺ちゃんも」


 明け方。

 その神社へと訪れた六紗は、己が目を疑った。

 彼女の後ろにたっている九法院は、既に苦笑い以外の表情を忘れている。


「こ、これは……」

「正統派の王。……()()()()()()()()を紹介してくれたな」


 そこには、灰村解が立っていた。

 彼の足元には白銀の泥が広がっており、その上を彼は、表情一つ変えずに歩いてくる。


「ちょ! あ、アンタ! 大丈夫なわけ!?」

「大丈夫ではないだろうな。あくまで【常人】であれば」


 指先に塗るだけで全身に激痛が走る。

 腕に塗れば失神し、さらに広げれば精神が壊れる。


 そんな泥を――()()()()()()()()()


 これは毒ではない。

 毒支配による痛みの軽減は一切ない。

 常人がイカれ狂う程の激痛の元を、寄りにもよって体内に直接摂取し。


 それでも少年は、平然としていた。


『深淵の毒に比べればただの水だな』


 なんてことを言い放ち。

 常人が1年近くかけて行う苦行を。


 たったの数時間で、完遂した。


「努力の人……確かに肯定しよう。この男の血は汗で、骨は継ぎ接ぎ、肉は努力で出来ている」


 今までに、多くの人間を見てきた。

 その中には大成した人間も多くいた。


 だが、それでも。

 未だかつて、ここまでの人間を見た事がない。


 頭のネジが外れてる。

 そんな表記すらも生ぬるい。


(……あぁ、よく分かったよ、正統派の王)


 かくして、老巧蜘蛛は頭をかいた。




「確かにこれは、常軌を逸してる」




 努力や我慢に徹底できるということ。

 それは一種の、才能なのかもしれない。


力を失った。

だから、それがなんだと言うのか。

反則の限りを失えど。

僕は依然、灰村解。

努力は矛、我慢は盾だ。


それこそ【凡人】灰村解の、最強装備。


ちなみに笑顔は強心剤かな?

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― 新着の感想 ―
[一言] 今まで少しずつ段階的に苦行をやって来ましたからね そう言えば努力を辛いと言っていたことはなかったですね
[一言] かっくぅいぃ!
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