402『凱旋の余波』
日曜日。
本来であれば、禁書劫略が強化される日。
その異能を失った僕はと言えば……私服で町中を歩いていた。
「たしか……ここか」
周囲を見渡す。
街中だと言うのに……人っ子一人居なかった。
それもそのはず。
噴水広場の所には、一人の少女が立っている
長い栗色の髪を指先で弄り、白いワンピースを風に揺らすその少女は、僕を見つけるや否や目を輝かせる。
が、すぐに表情を取り繕うと、不機嫌そうに頬をふくらませてそっぽを向いた。
面倒なので早足で向かうと、開口一番に彼女は言った。
「お、遅いわよ! 何時間待たせるつもりよ!」
「いや、まだ待ち合わせの1時間前だけど」
これでも、六紗の事だし早く来てるだろうなぁ、と思って早く家を出たんだぜ?
そしたら、ほら。
待ち合わせの場所が、なんかよくわからないけど正統派によって立ち入り禁止にされてるだろ?
なんか事件があったんじゃないか……ってネット上で騒がれているのを見て、僕は嫌な予感がとまらなかったね。
まぁ、その予感が見事に的中したわけだが。
「……お前なぁ、やることが大雑把すぎるぞ」
周囲を見渡せば、本当に人っ子一人いない。
店は閉じてるし、映画館も軒並み中止。
世間では心配の声と同じくらい、正統派に対する不満も呟かれてんぞ。
僕はそう言うと、六紗は不思議そうに首を傾げてこう言った。
「あら。別にここを立ち入り禁止にしてるのは、何もアンタとのデートを見られたくなかった、ってだけじゃないわよ?」
六紗の声が響いた……その直後。
背後のビルから、凄まじい爆音が響き渡った。
「なっ!?」
「実はね、ここに【黒き解放】の残党がいるって言う情報が入ったのよ」
く、黒き解放……!
この前学園に攻めてきた、シーゴの組織じゃないか!
振り返れば、ビルは燃えている。
予め控えていたのか、近くから消防車のサイレンが響きわたり。
ビルの中から、一人の女性が姿を現す。
「申し訳ありません、六紗様。過半は爆破しましたが……数名、厄介な輩に逃げられました」
「あら、そ。ならカイ。ついてらっしゃい。デートを始めるわよ」
……なんだろう、嫌な予感がする。
僕は思わず頬を引き攣らせ。
彼女は、華が咲くような笑顔で言った。
「私の考えたデートプランは、反正統派の撲滅よ」
こいつ、頭が湧いてるんじゃなかろうか?
☆☆☆
街中を駆ける。
先頭を走るのは六紗。
そのすぐ後ろを僕と、護衛らしい女性が続く。
「あ、そういえば紹介がまだだったわね。カイ、こちら、私の護衛、S級異能力者のシーラ・ハイフンよ」
「……お初にお目にかかります。灰村解。貴方のお話はかねがね聞いておりました」
「え? あ、どうも……」
どんな話を聞いていたんだろう?
少し怖くて聞けないけれど。
僕は軽く会釈をすると、その女性は目を細める。
「……話によれば、異能の限りを失った、のだとか」
おっと、そんな所まで話が伝わってたのか。
彼女の目を見れば、疑念が見えた。
そりゃそうだ。
いくら主人の話といえど、今の僕はなんの力もない一般人(ただしちょっと強め)だ。
プロボクサーと戦ってもまだ勝てる程度の力はあれど、初めて会う人に「実は力を失ったんだよねー」と言っても、「本当は最初からその程度なんじゃないのか?」と思われても仕方ない。
つまり、彼女の疑念はそういうことだろう。
「……六紗様、やはりこの男、信用するべきでは――」
護衛のシーラがそう口を開く。
六紗はその言葉を聞いた瞬間、額に青筋を浮かべたが……まぁ、反論できるだけの余裕はなくなったな。今この瞬間に。
「六紗」
「分かってるわよ!」
六紗は叫び、指を鳴らす。
次の瞬間、頭上から無数の爆発音が響きわたり、それを見上げて護衛のシーラは顔を歪める。
「くっ、この爆撃、高位の遮断能力者か!」
「まぁ、悪魔王程じゃないけどね!」
頭上から迫っていた爆弾は、時の止まった世界で六紗が全て暴発させたらしい。
周囲への黒煙幕のカーテンが下りる。
……この状態で、あの遮断を使われると厄介だな。
僕は苦笑し、1歩前へと歩みを進める。
「ちょ、アンタ!」
六紗が焦ったように声を出す中。
僕は、闇の中から突き出されたナイフを前に、酷く冷静だった。
「ほっ」
その腕を掴み、一瞬で関節を決める。
勢いそのままへし折ると、鈍い悲鳴と共に男は白目を剥いて気絶する。
「な……!?」
「あ、アンタ……」
シーラと六紗が唖然とする中。
僕は顔を上げると、さらに煙の中から無数の男が遅いかかってくる。
……うん。さすがにこの量は骨が折れるな。
そう判断した僕は、指を鳴らして名を呼んだ。
「頼む、ナムダ」
瞬間、上空から最恐が舞い降りる。
凄まじい重量に大地が碎ける。
顔をあげれば、かつて拳を混じえた化け物が、僕に背を預けて立っていた。
【GOOOOAAAAAAAAAAAA……!!】
脈動する肉体。
マグマのように熱い血液が流動する。
落ちてきた衝撃で一気に爆煙が晴れ、その姿を見た襲撃者たちが息を飲む。
――暴走列車、ナムダ・コルタナ。
かつては鮮やか万死に操られ、取り込んだ黒歴史ノートによって理性を保つことも出来ていなかった。
だが、彼の持っていたノートは全て回収済。
どうやって回収したのかは、まぁ、正統派の企業秘密ということで。
今の彼は、全盛期を超える暴走状態を、思うがままに操れる。
それはつまり、最恐の証明だった。
彼は、右腕を振るう。
それは、とても手加減された一撃だった。
それでもその衝撃は、近くにいた襲撃者たちを吹っ飛ばし、それでも留まらずに周囲の窓ガラスを壊して回る。
その攻撃力……正しくモンスター。
「ひ、ひいいいい!?」
「な、なんだコイツ! なんなんだよ!!」
男たちが逃げてゆく。
ナムダは咄嗟に追いかけようと動き出したが……それよりも、僕の方が早かった。
「逃げてくれるなら、対処は易いな」
ナムダが砕いたアスファルト片。
その破片を投げて、蹴り飛ばして、男たちの後頭部への直撃させてゆく。
衝撃で数名の意識を奪うが……まぁ、さすがに全員は無理だったな。
数名の男たちが、建物の奥へと逃げてゆく。
その姿を見て、僕を振り返るナムダ。
まぁ、お前は体格的に追えそうにない、か。
僕は苦笑して頷くと、彼は一礼をしてから、どこかへと飛び跳ね、姿を消した。
……たぶん、隠れて僕のことを護衛してるボイドへと合流したんだろう。
振り返ると、六紗は苦笑し、シーラは唖然としていた。
「……あんたね、前より強く見えるのは気のせいかしら?」
「気のせいだろうな。戦ったら確実に負けるだろうさ」
今の僕と、以前の僕。
戦ってどちらが勝つかと聞かれれば……うん。
まぁ、以前の僕の圧勝だろう。
テキトーに消滅技能をぶちかましてたら、確実に勝てる。
そういう反則じみた強さが、以前の僕にはあったと思う。
そして、今の僕にはその強さはない。
しいて言うのならば……強さの質が変わったのだろう。
「失って始めて、得るものもある」
力がない。
反則できない。
ならば、王道を学ぶしかない。
力が必要とならない戦い方を。
今の僕の状態で強く在れる方法を。
だから、最近になって王道を勉強し始めた。
使えるかもしれない戦闘技術を、片っ端から。
今の僕に何かを感じたのなら……その勉強の成果があった、ってことなのかもな。
「……それに、調子がいいのは否定しないよ」
深淵で使った、【王の凱旋】という力。
一時だけ、解然の闇の力を借り受ける力。
あれを使ったことが原因なんだろうが。
あの戦い以降……なんだろうな。ものすごく体の調子がいいんだ。
今まで届かなかった場所まで知覚が及ぶ。
力は削がれたはずなのに、以前より体が軽い。
純粋なキレや、小手先の器用さだけならば、むしろ以前より増しているように感じる。
「……ま、それでもC級か、上手く行ってB級最下級レベル。異能を使われちゃひとたまりもないさ」
僕はそう言って肩を竦めると、僕を見た六紗が呆れたようにシーラへ言った。
「私の言ってたこと、分かったでしょ? コイツ、たいてい頭がイカレてんのよ」
「……すまない、灰村解。先程の言葉は撤回しよう」
「なんだろう、ものすごく癪に障る」
特に六紗。
頭のおかしいお前に『頭がイカれてる』と言われたのは、随分とイラッと来たね。
僕は青筋を浮かべていると、ため息を漏らした六紗は歩き出す。
「ま、そんなことよりも! ほら、カイ! さっさと残党を追うわよ! さっさと終わらせてデートするんだから!」
「はいはい……そんじゃ、手っ取り早く終わらせようか」
僕は後方のビルへと向けて、合図した。
すると、その屋上から黒い影が動き出し。
数分後には、逃げ出したヤツら全員が、半殺しにされて投降してきた。
〇補足【凱旋の余波】
王の凱旋とは、全盛期の自分の力を憑依させる能力。
能力を使う度、自身の持つ力を失ってゆくが、その力の大きさに応じて際限なく力を与える。
それは、灰村解にとっては純粋な強化能力に他ならず。
爆発的な強化を体感したことで、感覚や身体能力など、1部のパラメータが大幅に向上している。




