401『老巧蜘蛛』
第四章開幕!
その男が憎かった。
最初は嫌悪感からだった。
ただ、なんとなく嫌に思った。
理由は……今考えても分からない。
ただ、嫌いだと、そう思った。
まるで、自分の天敵を見つけてしまったような。
一種の恐怖さえ混じった、嫌悪感。
それが憎悪に変わるまで、さほど時間は要らなかった。
「灰村解、灰村、カイぃぃぃぃいいいいい!!!」
男は、胸を掻きむしってその名を叫ぶ。
夜、人気のない森の中。
潰えた社に身を隠し、男は憎悪を膨らませる。
「許さない……許さないッ!」
自分を殺したこともそうだ。
自分を傷つけた。それだけであの男は殺していい存在へとなり果てた。……否、最初からあの男は、自分に殺されるためだけの存在だった。
男は憎悪の限りに歯を食いしばり、胸の痛みに呻きを漏らす。
「ぐぅ……ッ!」
その痛みは、毒の痛み。
王の凱旋を発動した状態の灰村解が、残る体力全てを摩耗して生み出した、史上最悪の拷問用猛毒。それは物の怪たる彼をして耐えがたい激痛を、時に苦しみの種類を変えて、時にその強弱すらも変化させ、永遠にその身を蝕み続ける。
男は、自分の頭へと手を伸ばす。
――いっそ、死んでしまえば。
再び生き返るときに、何らかの拍子で毒が消えてくれれば。
そうすれば、今度こそ灰村解を殺し尽くせる。
あの時は、深淵竜ボイド、暴走列車ナムダ・コルタナ。加えて現着した反則級異能力者――時間停止の六紗優がいたため、一切の手出しができなかった。
だけど、今なら。
必ず、灰村解はどこかで一人になるときがある。
その時を狙えば、その命を屠るのに苦労は要らない。
「くひっ!」
歪な笑みを浮かべ、手刀を作る。
男は自害するべく、自らのこめかみへと手を差し込んで――。
【お前、生きて帰れると思うなよ?】
瞬間、その言葉が鮮やかによみがえった。
自害しようとしていた手が止まる。
いつの間にか肩が震えて、それが恐怖によるものだと気が付くまで、さほど時間は要しなかった。
「つ、次は……ないかもしれない」
その言葉が、彼の脳裏を埋め尽くす。
灰村解が奪った【蘇る権利】。
あの時、あの瞬間。
灰村解の想力が尽きるのと、男が殺されるのはほぼ同時だった。
それが正当な理由として正しいのかどうかは分からない。
それでも、その男は蘇ることに成功した。
だが。
もしもその蘇生が、一度きりのモノだったとしたら。
もう、次は生き返ることができないとしたら。
そう考えると、自害する手が震えた。
咄嗟にもう片方の手で自害しようとする右手を押さえ、震えた呼気を漏らす。
「……だ、駄目だ。僕は、僕は……冷静だ。痛みに屈しなければいい。……この程度の痛み、一年かからず克服できる……!」
彼は胸を押さえ、その場にうずくまる。
怖い、怖い。
死ぬのが怖い。
自分の命が握られているのが、怖い。
自分を追い詰めたあの男が……どうしようもなく、怖い。
「【化け物】め……!」
男は――鮮やか万死は、憎悪と恐怖に瞼を閉ざす。
次に男が目を開けたとき。
それは、絶望の始まりか。
或いは、それ以上の狂気の幕開けかもしれない。
☆☆☆
陰陽師になる。
言葉にすれば簡単だが、その道のりは険しない。
なんせ、存在自体があやふやで、どんな能力を持っていて、どんな体系を持っているかも分からない存在だ。唯一、鮮やか万死という物の怪がいることが、陰陽師が存在するということの証明だが……霧矢が嘘を言ってる可能性もあるしなぁ。
おそらく、僕が思っている以上に捜査は難航するだろう。
僕はそう思っていた。
そんな折に……というか、僕が六紗へ言ったその場で。
彼女は、苦虫をかみつぶしたような表情でその名を言った。
「……【老巧蜘蛛】って、知ってるかしら」
「……? ろうこう……なんだって?」
聞き間違いでなければ、老巧蜘蛛といったか?
彼女は大きなため息を漏らすと、呟いた。
「運命……って、言うのかしらね? 知ってるわよ、陰陽師」
「ま、マジか!?」
「ひゃっ!?」
驚き、思わず六紗へと顔を近づける。
彼女は大きく目を見開いて、顔をゆでだこのように真っ赤に染める。
なーに赤くなってんだ。お前はお年頃の乙女か!
六紗は僕の顔を物理的に押し返しながら、その人物について説明する。
「す、少し前だったかしらね……。その男……というか、もうお爺ちゃんなんだけど、持ってきたのよ。アンタが欲しがってる【ノート】ってのを」
「マジか!」
さらに驚き、顔を近づける。
鼻先が触れ合うような距離で、さらに六紗は赤くなる。
なんでか知らないけど(わかりたくもないけれど)、彼女は緊張気味に目を閉じ、唇を差し出してきたため、僕はチョップして先を促す。
「おいこら! ノートがどうした!」
「あ、あああ、アンタね! 紛らわしいことすんじゃないわよ!」
うるせぇ!
お前の唇と黒歴史ノート!
どっちが大切かって言ったら圧倒的に後者だろうが!
そう考えていると、机の下から声がした。
「関心したぽよ、男! 今、優ちゃんの唇にちゅーしてしまえば、たぶんそのままの流れで結婚まで行きついたと思うぽよが、そんな絶好の機会にへたれるその根性! 見直したぽよ!」
「おい六紗、コイツ蹴り飛ばしていいか?」
「いいわよ?」
「ぽよぉ!?」
僕はポンタを蹴り飛ばす。
以前ほどの威力は出ないが、ポンタは勢いそのまま窓ガラスを突き破り、中庭の方へと消えていく。僕はヘタレじゃないし、六紗もそこまでのチョロインだとは……思いたくないね。切実に。
「六紗。お前……変な男に引っかかるんじゃないぞ?」
「う、ううう、うるさいわね! アンタ以外に話す男いないわよ!」
「おいテメェ! ……もしかして友達いねぇのか?」
「あんたに言われたか無いわよ赤髪! 黙って肉喰ってなさい!」
心配そうなシオンの言葉に、逆切れする六紗。
そんな六紗の頭を哀しそうに撫でるシオン。
実に微笑ましい光景だが、六紗の額に青筋が浮かぶ。
おっと、こりゃまずい。
なんだか嫌な予感がして、僕は咄嗟に話を戻す。
「で、その老巧蜘蛛がどうしたんだ? ノートは?」
「あんたねぇ……。まあいいわ、その老巧蜘蛛。……なんていうのかしら? 陰陽師を育成する学園の、学園長だとかいうんだけれど。その学園に、ノートを持った異能力者が攻めてきたみたいでね」
どっかで聞いた話だな。
僕はVIPルームを見上げると、怪我で包帯ぐるぐる巻きにされた成志川が、エニグマ先生に『あーん』してもらうところだった。……クソったれぃ! お前だけ羨ましいぞ成志川!
そんな表情が顔に出たのか、六紗は頬を赤らめて聞いてきた。
「そ、そんなに羨ましいなら……私がしてあげよっか?」
「いやお前はいいよ」
「なんでよ!!」
だって六紗だし?
いいからお前は老巧蜘蛛について教えてくれよ。
僕はそう言うと、彼女は顔を真っ赤にして立ち上がる。
そして、ずびしっと僕へと指をさした。
「も、もう我慢ならないわ! アンタ、もしも老巧蜘蛛について知りたいのなら、こちらからも条件があるわ!」
「……条件?」
また面倒なことになりそうな予感。
僕は思わず眉根を寄せて。
六紗は緊張に喉を鳴らす。
嫌な予感が膨れ上がり。
僕の目の前で、六紗は言った。
「灰村解! 私とデートしなさい!」
周囲から、黄色い悲鳴が飛び交った。
全国の六紗ファンの方々。
お待たせ致しました!
次回、六紗のターン!
デュエルスタンバイ!




