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009『帰還』

 目が覚めた。

 あまりの疲労に、瞼を開けるのも億劫だった。

 僕は目を閉じたままぼうっとしていたが……ふと、スカイゴーレムの拳が脳裏によぎった。


「……ッ!?」


 反射的に体を起こし、周囲へと視線を巡らせる。

 そ、そうだ……思い出した、そうだった!

 僕は、スカイゴーレムと戦った。

 結果は勝利……だったと思う。

 出血多量で気絶したから、どうにも頭がぼんやりしている。

 帰還の技能を使った気がするが……意識が朦朧としていたせいか、記憶が曖昧だ。本当に使えたのか自信が無い。

 しかし、自分が今いる状況を把握して、僕は安堵に息を吐く。


「ぼ、僕の部屋……。戻って、これたのか……!」


 よかったぁ……。深淵のど真ん中で気絶してたらどうしようかと思った。

 ま、本当にそんな事してたら目を醒ますまで生き延びれてないか。

 知らずこわばっていた体から、力が抜ける。

 ベッドの上に大の字で倒れ、僕は自分を鑑定した。



 灰村 解

 Lv.12[Dランク]

 異能[なし]

 技能[上級鑑定][影狼][帰還]



 スカイゴーレム討伐で、一気にレベルが上がっている。

 まだCランクには届かないが、スカイゴーレムがLv.15でCランクだったのを確認している。なら、遅くともLv.15にはランクが上がり、新しい技能習得もできるだろう。


「ま、帰還も手に入ったし……万々歳ってところかな」


【帰還】の技能

 指定した場所へと瞬間移動する技能。

 指定場所には必ず帰属性がなければならず、帰属性は使用者の主観による。


 つまり、自分がその場所へと【帰る】という感覚さえあれば、どんな場所へも移動できるというものだ。

 無条件の転移能力と比べれば……まあ、便利能力でしかないけれど、あるとないとじゃ天と地ほどの差がある。

 なんてったって、これで学校からの帰り道、裏路地ショートカットした先でよくわからない中二病どもとマッチングしなくて済むんだからな!

 ふはははは! これでもう、同じ轍は踏まなくて済むぞ!

 よくやった僕、ほめて遣わす。

 そう言いながら、一人笑っていたけれど。


 ふと、特異個体に喰らった痛みを思い出した。


「……やっぱり、まだ早かったな。特異個体は」


 強かった。

 ものすごく強かった。

 正直、負けててもおかしくないと思う。

 つーか、普通ならあの後、僕も死んでたと思うよ。あの傷だもん。

 ただ、この家には『何故か傷を癒してくれる黒歴史第壱巻』がある。

 腕を見ると、傷はきれいさっぱり消えている。

 痛みも幻肢痛みたいなものだ。

 傷はないけど、痛みは覚えてる。そんな感覚。


「ボロボロになったパジャマも、不思議と元に戻って……」


 僕はその流れで、自分の服へと目を下ろす。

 そして気づいた。あれっ、あの本って服まで直してくれるんだっけ?

 妄言使いに跳ね飛ばされたときは、服がびりびりに破けて捨てたぞ。

 しかも……なんだろう、服からいいにおいがする。


「んっ?」


 あれっ、そういえば……。

 なんで僕、ベッドで寝てるんだっけ?

 昨日は確か……あの二人にベッドを譲ったはずなんだけど。


 嫌な予感が加速する。

 そんな予感を確信に変えるべく、キッチンからドタドタドタァ、と足音が響き渡った。

 そちらへと視線を向けると、奥の方から目を見開いた六紗がやってくる。

 彼女は僕を見るや否や、絶叫した。


「ちょ、ちょちょちょーーー! あ、あんた! 目ぇ覚ましたわけ!?」

「あ、あぁ……六紗、おはよう」

「おはよう、じゃないわよ! ちょっと悪魔王! コイツ起きたわよ!」


 天井へと向かって叫ぶ六紗。

 すると、天井からもドタドタドタァ!

 嫌な予感に頬を引き攣らせると同時に、窓ガラスを突き破って銀髪が現れた。

 ただ、ここで問題なのは銀髪美女の登場ではない。

 ――ウチの窓ガラスが、ご臨終したということだ。


「あァァァァァ――ッ!」

「御仁! 目が醒めたのか……!」


 僕のもとへ詰め寄ってくる阿久津さん。

 ここで問題。窓ガラスの修理にかかる値段はおいくら万円?

 と、そこまで考えた瞬間、深淵攻略とはまた別種な疲労が体の芯を貫いた。


「あ、あぁ……あっ」


 地面へと崩れ落ちそうになる僕を、彼女は優しく抱擁した。

 ちっともうれしくなかった。


「す、すまない……私が付いていながら……あのようなッ!」

「悪魔王……違うわ、私だっていたもの! それなのに……襲撃に一切気が付かなかった!」


 襲撃?

 ああ、なるほど。

 いきなり僕が血だらけで倒れてたらそんな勘違いも起きるか。

 うんうん、仕方ないね。しょうがないよ。

 でも、窓ガラスを割ったのはしょうがなくないよね。

 ぶんなぐるよ?


 ねえぇ、なんで中二病ってそこまで格好つけたがるの?

 どうしてなの? 窓ガラスを演出の道具くらいにしか思ってないのはなぜ?

 いや、僕だってね。小説の中なら窓ガラスを演出に使うよ。

 衝撃のあまり、周囲の窓ガラスが砕け散るとか。

 闘気が周囲へとまき散らされて、窓ガラスが震えるとか。

 そういうね、演出の道具として使われる一面もあるさ。確かにね。

 それを否定はしないよ。否定はしないけど……ッ!


「現実ゥゥゥゥゥ! これって現実なのぉぉぉぉぉ! わかってお願い!」

「御仁……なるほど、まだ傷が癒えていないのだな……。すまない、音を立てて」

「言葉のキャッチボールッ! 話聞いてたかアンタ!」


 音を立てたことに怒ってるんじゃないよ!

 窓ガラスをぶち抜いて登場したことに怒ってんだよ!

 伝わってよお! 僕はこんなに想っているのに、なんで話が通じないの!?

 勘違いラブコメも真っ青だよ!

 君は常識をどこに落っことしてきたんだ!

 と、そんなことを思っていると、彼女ははにかんだ。


「……やっと、私とも対等に話してくれたな。御仁。私は嬉しいぞ」


 えっ、なにそれ、今大事なこと?

 今大事なのは、どこからどうやって窓ガラスの修理代、およびこいつらの食費をひねり出すか、ってことじゃないかしら?

 僕は頭を抱えてため息を漏らす。

 どうすんだよぉ……アルバイトするしかないのか?

 やだよぉ、こんな歳から働きたくないよォ。

 だって僕、今にときめく高校生だもん!

 返してよ!

 僕の青春と窓ガラスを返して!



 すると、どこからかやってきた謎生物――ポンタが、僕へと訝し気な視線を向けた。


「むむ。なんだか怪しいぽよ。ボクはぷりてぃーなペットだから仕方ないにしても、悪魔王と優の両方が気づけないのはおかしいぽよ。そいつ、ホントは襲われてないんじゃないぽよ?」


 僕は愕然とした。

 後ろの阿久津さんと六紗が、怒ったようにポンタへと詰め寄ろうとする。

 だが、僕は彼女ら二人を右手で押しとどめると、ポンタを見下ろす。

 眼を見開けば、彼? 彼女? よくわからない謎生物はドヤ顔していた。

 その姿に喉を鳴らし、僕は、真剣さ100%で問いかけた。


「お前……もしかして正気か?」

「その質問は嫌味ぽよ?」


 不機嫌そうに眉を寄せるポンタ。

 しかし、僕はポンタとは裏腹に笑みすら浮かべていた。

 よかった……ここにも正気のやつがいたよ!

 まともに会話ができているのがその証拠だ。

 みんながみんなこのテンションだったらどうしようかと思ったよ……。

 僕は涙すると、ポンタに誠心誠意謝罪した。


「……今まで、その場のノリと作者の都合だけで存在する謎生物、なんて思っててごめんな」

「わかったぽよ! 喧嘩うってるぽよな!」


 シャー! ポンタは僕へと襲い掛かった!

 しかし、レベルアップした僕には通じなかった!

 僕はポンタの頭をがっしり掴む! 目の前でアイアンクローを喰らったポンタは、しばらくじたばたと暴れていたが、二十秒もしないうちに息が切れ、荒い息を吐いて僕を見上げた。


「優しくしてね、ぽよ?」


 キラッキラした、少女漫画的な目で僕を見上げたポンタに対し。

 僕は、優しく笑って力を込めた。


「ああ、ポンタ。安心してくれ」

「教えてほしいぽよ。何を安心すれば……ちょっとお前、なんで窓を開けて――」


 数秒後、ポンタは朝空の星になった。




 ☆☆☆




「ぽよぽよぽよ……ひどいぽよ、あくまぽよ……」

「悪かったって。すまんな、ストレス発散にぶん投げた。謝る」

「馬鹿正直に言うことを謝罪とは言わんぽよ!」


 一時間後。

 体の怪我も言えたことで、簡単な朝ご飯をつくった僕は、三人と一匹で食卓を囲んでいた。

 阿久津さんは……もう、一国のお姫様なんじゃないかってくらい、静々とご飯を食べている。

 対照的なのは六紗だ。もう、3日くらい断食した直後みたいな喰いっぷりだ。食費が心配です。

 ここでも良心はポンタだな。こいつは人々の夢と希望がエネルギーらしい。謎の生物もここに極まってるが、あえて何も言うまい。食費が掛からないというのは何よりの正義だ。


「して、御仁よ。何があったか……聞いてもよいか?」

「ん? ああ、昨日のことか」


 いい加減、阿久津さん相手に取り繕うのもつかれた。

 なので、これからは彼女相手にも素の顔を出していくつもりだ。

 というか、家に泊めて、飯も食わせてやって……それなのにこっちが下手に出ることないもんな。


「まあ……そうだな。なにから説明したものか」


 とか言いながら、昨晩起きたことの【設定】を考える。

 馬鹿正直に、零巻について言うわけにはいかない。

 阿久津さんは絶対に欲しがるから。

 だから、何とかして誤魔化さないと……。

 そう考えていた、矢先のことだった。



「というかさ。まず、こいつに異能を教えたほうがいいんじゃないの?」



 六紗の言葉だった。

 彼女は口の中に入ったご飯を飲み込むと、ほほにご飯粒を十粒くらいつけてしゃべりだす。


「何があったのかは知らないけど、なんか、襲われたんでしょ? それでも生きてるってことは、私や悪魔王の気づけなかった襲撃に反応できたってこと。それならまず第一に、こいつに全盛の力を取り戻してもらうべきじゃないの? そうすりゃ生き延びる可能性だって上がるわよ」

「ろ、六紗……!」


 お前……いいこというなぁ!

 ありがとう! また設定考えるの面倒くさかったんだよね、ぶっちゃけ!

 僕は彼女の頭を撫でようと手を出すが、その合間にポンタが割り込んできて威嚇してきた。

 僕はポンタの頭をつかむと、暴れるポンタを無視して話を進めた。


「……そう、だな。語りたくない、とは言わないつもりだけど、これは僕の問題だ。二人を必要以上に巻き込もうというつもりはない」

「……御仁。……わかった。そこまで言うのであれば、深くは詮索しまい」


 とか言いながら、彼女は覚悟を決めたような眼をしてた。

 さっき屋根の上にいたことからもわかっていたけど……こいつ、ありもしない襲撃の犯人を警戒してるみたいだな。まあ、今後は確実に【ディュゥェアルノォーゥト保持者】からの襲撃もあるし、彼女に夜の警戒をしてもらえるのなら大助かりだ。



「ゆえに御仁。朝食を取り終えた後、私が知る異能のすべてを、貴殿に継承しよう」



 かくして、僕の深淵挑戦、第一回目は終了し。

 新たに、異能の訓練が幕を開けることとなる。

 技能とはまた違う、この世の理に反した反則能力。

 その習得方法も、本当に習得できるのかもまだわからない。

 だが……異能さえあれば、零巻の深淵は攻略できる。かもしれない!

 僕はこぶしを握り締め、覚悟を決めて彼女を見据え返す!


 そんな、時だった!


「あれっ」


 彼女たち二人の服装を見て、僕は気づいた。

 というか、思い出した。


「そういえば、パジャマって、二人に貸した分も含めて三つだった気が」


 僕の言葉に、二人は目に見えて肩を震わせた。

 僕から視線をそらし、ポンタは「あちゃー」と声を出す。

 一つは、深淵攻略でズタボロになったやつ。

 もう二つは、目の前の二人へ貸したやつ。

 なら、僕が今着ているパジャマは……()()()()()()()()


 ふたりは顔を真っ赤にしていて。

 僕はパジャマの胸元をつかむと、先ほどの「いいにおい」を思い出した。

 ……そういやそうだった。

 中二病がキツすぎて忘れてた。

 このふたりが、普通に女の人だって言うことに。



「く、詳しいことは……聞かないでくれると助かる」

「あ、あぁ。うん、聞かないことにする」



 阿久津さんの言葉に、僕はそう返すしか無かった。

 ……頼むぞ、僕の心。

 中二病になんかトキメいてくれるなよ。


 元中二病としても。


 1人の、男としても、だ。



問)主人公の着ているパジャマについて、自身の願望を述べよ。


A)阿久津さんの脱ぎたて。

B)六紗の脱ぎたて。

C)ポンタがよく分からない能力で創造した。

D)忘れてたけど4着目があった。


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― 新着の感想 ―
[一言] D)忘れてたけど4着目があった。 リア充されてたまるか!(理不尽) とりあえず硝酸と硫酸とグリセリンを買っておこう。
[良い点] 上下半々とみた!
[良い点] 中二病好きです。 [一言] Aだッ!
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