326『三者集いて』
この三人が集まるのは久しぶり。
「おいカイ! 朝だぜ起きろ!」
「ふがっ!?」
聞き覚えのありすぎる声。
僕は衝撃に驚いて目を醒ました。
見れば、僕の上には赤髪の少女が馬乗りになっている。
僕が目を醒ましたのを見て嬉しそうにした少女は、はたと、何かを思い出したように頬を膨らませた。
「おい! てめぇ、何死んでんだよ! オレは怒ってるぜ!」
「……死ん」
その光景は、いつもの日常の、その続きにすら見えた。
思えた。
されど、現実は違う。
僕は、彼女を吹っ飛ばして、体を起こす。
勢いよく吹き飛ばされたシオンは、ゴロゴロと転がってゆく。
僕は周囲へと視線を巡らせて。
……やがて、一人の男へと目がいった。
「……やあ、思ってたより、早い再会だね、カイくん」
そこに居たのは、黒髪の男だった。
どこにでもいるような普通の顔に。
ホームレスのような、社会人のような。
つかみどころの見えない、一人の男。
その男の姿に、僕は思わず息を吐く。
そんな光景を見て、男は――霧矢ハチは、手を差し伸べた。
「おかえり。迎えたくはなかったけれどね」
まったくだ。
僕は内心呟いて、奴の手を取った。
☆☆☆
霧矢ハチ。
僕が死後の世界――冥府で出会った謎の男。
その正体は、S級異能力者【理知の砦】。
……おそらく、僕が知る中で最強の一角だろう。
かつて、冥府の王に君臨していた、イミガンダ。
アイツから奪った知識が、僕にそう判断させていた。
……させていた、んだが。
「おいキリヤ! 飯はまだか! 腹減ったぜ!」
「もうっ! 帰って早々寝転がない! お行儀悪いよシオンちゃん!」
「うるせぇ! 子分の子分の分際で指図すんな!」
「ひどいッ!」
なんだろう、完全にシオンの尻に敷かれてる。
場所は、かつて僕らが生活していた秘密基地。
シオンは、以前と同じく番人から奪った服を着ている。
僕はと言えば……何故だろう? 暴走列車と戦った服のままだ。
ちなみに成志川の姿はない。
アイツは、なんとか助かった、ってことだろうか?
「おい、霧――」
「ちょっとカイくん! なにぼさっとしてるのさ! シオンちゃんがおなかへったってお怒りだよ! 料理作るの手伝って!」
「それは嫌だけれど」
「あれぇ、反抗期かなぁ!?」
僕の即答に叫ぶ霧矢。
彼はしばし考えた後、よし! と覚悟を決めると、パパンと両手を叩いた。
……瞬間、わしゃわしゃと現れたのは黒くて気持ちの悪いアレ。
「ひいいいっ!?」
ある意味、暴走列車より怖かった。
僕はおびえて悲鳴を上げると、シオンが驚いたように目を細める。
「あぁ? んだよ、女みてぇな悲鳴あげやがって」
「し、シオン! アレだよアレ! 見ろって!」
アレを生理的に受け付ける人間なんているのだろうか?
いいや、いるはずもない。
僕は彼女の後ろに隠れて、そいつらを覗き見る。
なんか、全体的に真っ黒で。
一匹見つけたら数十匹と沸いて出て。
肉体ではなく精神を病ませにやってくる、害虫。
そう、奴らである!
「我らが王よ、何なりとご命令を」
「我らの異能は貴殿の剣、我らが体は貴殿の盾」
「黒き盟約に従い、我が王よ。此処に真名を血に刻もう」
「ほらぁ! 番人じゃねぇか!」
全体的に黒い……というか、黒歴史そのもので。
一匹脅したら数十匹と沸いて出てくる。
もう、生理的に受け付けなさ極まってる害虫ども。
その名も【中二病】。
その中でも、こいつらはやはり別格だ。
言葉ではなく、その姿、在り方からして既に中二くさい。
なんていうのかなぁ……わかるかなぁ、言いたいことが!
見たらわかってくれると思うんだけどさ!
こいつら、セリフだけ中二っぽくして中二ぶってるエセ中二病とは違って、行動の一つ一つに至るまで中二ぶってる、マジもんの中二病なんですよ。
まあ、前者もうすら寒くて最高に嫌いだが。
どっちがより心に来るかって聞かれたら……圧倒的、後者。
「おお! そちらに居らしたるは、前王であるイミガンダ打倒にひと肌脱いだという灰村解氏!」
「くっ、やはり時代を動かす者……纏うオーラが違う」
「なんという風格……これが、持つ者の為せる劫なのね!」
「さ、サイン! あと握手おねがいしますぅ!」
「あっ、俺も俺も!」
「うるせぇ! 近寄ってくんな害虫ども!」
やっ、やめろ!
近寄るな! というか口を開くな!
お前らを見ていると……なんだろうねぇ! とっても嫌! 嫌になる!
なんでかって聞かれると、言いたかないけど中二の時の僕を思い出すから!
ああ、もう見てるだけで腹が立つ!
ここに零巻があれば、今すぐぶっ殺してやるっていうのに!
僕は、思い切り歯を食いしばり――拳を握る。
――その瞬間、僕の拳が【狼】へと変わった。
「………はっ?」
「あ? ……おいカイ、それって――」
僕とシオンが、その光景に目を見開く。
何故、どうして?
以前は使えなかったのに。
どうして今、僕は技能を使えている?
僕は目を見開いて、霧矢を見る。
そこには、番人たちに料理を任せて、苦笑している奴がいた。
「……まあ、なんだ。何から話していいモノか……迷うのだけれど」
「……いいから話せ。話はそれからだ」
僕は近くの岩に座ると、霧矢は笑った。
「そうだね。それじゃあ、まずは君たちの敵について語るとしようか」
何故それを知っているのか。
きっと、そう問うたとしても答えはしないだろう。
僕は視線で彼へと苛立ちを向けると、霧矢は肩をすくめて語りだす。
「王級に属する物の怪【がしゃどくろ】。それが、君たちの戦う万死、と呼ばれる男の正体」
「……王、級」
聞いたことのない、言葉だった。
だけど、僕が二年前まで異能の存在を知らなかったように。
僕は、僕らの知らない【世界】があることを知っている。
妖怪、物の怪の類が群雄割拠する世界があっても、おかしくはない。
そもそも、僕たちはそういう生き物が現実にいると知っている。
最近は姿も見ていないが……成志川のオーガ。
アイツだって、どちらかと言えば物の怪に近いだろうしな。
「ちなみに、王級っていうのは陰陽師の界隈で表される、実質的な最強の座だよ。人間で言うと……たしか、両手の数もいなかったんじゃないかな?」
「つまり、こっちで言うところのS級か……」
「それ以上もあり得る、っつーことだな」
シオンの言葉に、僕と霧矢は頷いた。
少なくとも、あの男――万死は、僕らで言うところのS級の域には収まっていなかった。他でもない僕が、奴を殺すには深淵竜ボイドを引っ張ってくるしかないと考えるくらいだからな。
あるいはこの男なら――とも思うが、それは叶わぬ話。
「万死――正式名称は【鮮やか万死】を言うらしいけれど。名は体を表してくれればどんなに楽だったか。いくらネーミングセンスが壊滅的でも、奴の強さは本物だよ」
「分かってるさ。だから、ボイドに任せた」
僕の誇る最高傑作。
暴走列車が最恐で、鮮やか万死が最強なら。
深淵竜ボイドは、それらに牙剥く最凶だ。
たぶん、あいつは王級なんて場所にすら収まらない。
その上が在るのだとすれば、間違いなくその域だ。
僕はそう確信して。
霧矢ハチは、その確信へと忠言した。
「だけど、勝てない。鮮やか万死はそういう類の化け物さ」
「……そういう類?」
一体、どういうことだ?
お前のことだ、深淵竜ボイドのことは知ってんだろ。
アイツを知って、それでも勝てないと……そう言ったわけだ。
まあ、なんだ。
創作物を馬鹿にされたようで気分は悪いが、話は聞いてやる。
「……話してみろ」
「うっわー、目が笑ってないやつだ」
霧矢は思いっきり頬を引き攣らせていた。
だが、その言葉に一切の遠慮は無かった。
「奴の力は【無窮の洛陽】。端的に言うと死なない力だ」
「「……っ!?」」
その言葉に、僕とシオンは目を見開いた。
どこからどう見ても……非戦闘型の力。
それも、自身への身体強化は一切できないタイプの力だ。
そんな奴が……暴走列車を従えて、僕らを片手間に屠ったってのか?
「……そう、それが物の怪。人外の素の身体能力、ってわけさ」
「……僕や暴走列車みたいに、命がけで消耗してるわけじゃなく。あの状態が、年中無休で二十四時間稼働し続けられる、ってことかよ」
「つまり、化け物ってわけ」
霧矢はそう、結論付けた。
……まずい。
死なない力。
それを持っていたからと、ボイドが負けるとは思えない。
だが、勝つこともできない。
永遠に続く泥仕合。
どちらの体力が、先に尽きるか。
そう考えると……不死の力を持つ万死が有利に思えてくる。
「数年、数十年。下手をすればそれ以上もある。幾年月を経て、もしも万が一、万万が一に――深淵竜ボイドが、鮮やか万死を殺すことが出来なかったら。奴はおそらく、深淵を攻略するよ。君が手にするはずの力を、その手にするはずさ」
「そ、それは……!」
まずい。
それだけは、絶対にダメだ。
深淵の一番下、あそこには解然の闇が眠ってる。
中学二年生――つまりは全盛期の僕が考えた僕自身。
奴ならば或いは、万死を殺すこともできるかもしれない。
だが、あくまでもそれはそれ。
仮に、そこにいる僕が万死を殺さず、力を与え。
どころか、外の世界へと送り出してしまったら……!
「や、やりかねない……!」
だって、中学二年生の僕だぞ!
絶対に、そんな難しいこと考えてねェもん!
重要さとか抜きにして、かっこいいかかっこ悪いかでしか判断できない馬鹿! それが中学二年生の僕だ!
信頼できる要素、微塵もなし!
「やべぇじゃん! どーすりゃいいんだよ……!」
僕は立ち上がり、叫ぶ。
やべぇよ!
僕は死んでるから、あの空間には戻れない。
誰かにこの事実を伝えようにも伝えられない。
仮に伝えられても、あの空間へ向かうすべがない。
仮にたどり着けたとしても、あの二人の戦闘に巻き込まれて死ぬだけ。
そして、なにもしなかったらそれだけで万死が覚醒。
さらに強くなって戻ってくる。
以上、バッドエンドの出来上がり、だ。
「きいいいいいいいいいいいいいいい!!?」
どれだけ考えても、打開策が浮かばない。
考えれば考えるほど、詰んでいる。
手の打ちようがなさ過ぎて、変な声が出た。
僕が頭を掻きむしっていると……霧矢が叫ぶ。
「おっ、落ち着いてよカイくん! あの時、あの瞬間における判断としては最適に等しかったし……それに何より、まだ手は残ってる!」
「手だって? んなもんあると思ってんのか!」
在るわけねぇだろ、確実に詰んでるっての。
それとも何か! 解然の闇や深淵竜ボイドが、殺せない万死を殺してくれる、っている奇跡にでもすがればいいってか?
そんな奇跡、それこそ無いな!
他でもない、作者が宣言する!
深淵竜ボイドとか、確実に【そこまで耐えるとは……もうよい、我の負けだ】とか言い出しかねないし、解然の闇に至っては嬉々としてさらなるチートを授けかねない!
間違いないね、断言するよ!
僕は内心で叫ぶと、霧矢が僕の両肩をつかんだ。
「いいかい、よく聞くんだ」
その言葉は、真剣の一言に尽きた。
僕は思わず口を閉ざして。
霧矢ハチは、僕に向かってこう言った。
「灰村解。君は――まだ、完全には死んではいない」
「…………は?」
その言葉に、僕は咄嗟に反応できなかった。
何をいまさら……深淵竜の一撃に触れたんだぞ。
それだけで、命なんて――。
「なんの奇跡か、何の因果か。君は、ほんの神の手心で、命を失わずに済んでいる。今は……言ってみれば、一種の仮死状態。強烈な殺意と衝撃に晒されて、肉体も精神も、自分は死んだと思い込んでいるだけ」
……それは、嘘ともとれる荒唐無稽。
到底信じられるはずもない、なのに。
自称、嘘をつかない男は、断言した。
「今、この瞬間。君だけがあの場に舞い戻れる」
その言葉に、心臓が強く脈打った。
冥府の世界にあるまじき、生の息吹。
「ほ、本当に……」
僕は、まだ生きている、のか?
驚き、自分の体へと視線を向ける。
衣服は消えず、戦っていた直後のままで。
いつの間にか、自分の体は透けていた。
それは、あの世界へと戻ろうとしていることの証明だった。
「霧矢……し、シオンは!」
「シオンちゃんは……まあ、うん」
「安心しやがれ! 死んだが、霧矢から奪ったからな、これ!」
そう言って、シオンは見覚えのある球体を掲げて見せた。
それは、僕らが冥府から戻るときに、使った宝玉。
霧矢へと視線を向けると、彼はおよよと泣いていた。
「人が苦労して手に入れたのに……」
「うるせぇ! お前のもんはカイのもので、カイのものはオレのものだ!」
「ひどい暴論!」
そんな二人に、僕は思わず噴き出した。
なんだよ……人が死んでるっていうのに。
全然、余裕を浮かべられる状況じゃないのに。
こいつらといると、不思議と笑えてしまう僕が居た。
「……騒がしい奴らだよ、ほんとうに」
上空へと、視線を向ける。
体は消え始め、徐々に感覚が戻ってくる。
最初に感じたのは、僕の体を包み込む金色の障壁。
僕は自分の体を守ってくれたものを理解し、苦笑した。
「……やっぱ、敵わないな」
何故、僕が深淵竜の一撃に耐えられたのか。
それはきっと、僕に心強い仲間がいてくれたからだ。
万死に殴られる、直前。
彼女が張ってくれた、臨界天魔眼の障壁。
それが、深淵においても発動した。
僕の生は、荒唐無稽なご都合主義ではなく。
誇らしい僕の仲間が、必死になって繋げてくれたもの。
そう理解した瞬間、僕は感謝を告げていた。
「ありがとう、阿久津さん」
おかげで、僕はまた立ち上がれる。
僕は、拳を握って前を向く。
「カイくん。……一つ忠告だよ。君は、回復して蘇るわけじゃない。ただ、一時的に離れていた魂が、肉体に戻るだけ。……何も好転しちゃいない。すべては振り出しに戻るだけだよ」
確かにコイツの言う通り。
僕が一人戻ったところで、一体何になるのか。
助かったとはいえ、未だ瀕死の重傷で。
指一本動かすことも至難の業で。
ただ、想力だけが有り余ってるだけの、元一般人。
そこまで考えて……僕は笑った。
辛くて苦しい時ほど、笑えばいい。
そうすりゃきっと、何とかなるさ。
僕は大きく息を吸い。
自信満々に張った胸へと、拳を当てた。
「大丈夫。僕は頑張れる男だからな」
今までも、これからも。
僕がやること、すべきことは分かり切ってる。
――努力する。頑張る。
たった、それだけの話だろ?
視界が一気に、白く染まる。
その時、霧矢とシオンが笑っていたように見えた。
☆☆☆
最初に感じたのは、息も絶えそうな苦しさだった。
遠くから、戦闘音が響いてくる。
地面が揺れて、鼓膜が震える。
されどその爆音も、どこか小さく聞こえた。
鉛のように重い瞼を開く。
その空間は、深淵にふさわしくなく――明るかった。
空間を照らす炎は、青色から銀色へと換わり。
その炎が、その一室を煌々と照らし出す。
『やはり、最初に来るのはお前だったな。我が片割れよ』
その声が聞こえて、僕は思わず苦笑した。
ああ、声を出すのも億劫なんだ。
だから、頼むから察してくれよ――我が因縁。
最初にして原点。
僕が始まった、因縁よ。
僕はそちらへと視線を向ける。
そこには、玉座に腰を掛ける――少し若い僕が居た。
『初めまして……ではないが。普段ぶりだな、我が半身よ』
死を覚悟して。
それでも命は繋がって。
僕が、深淵竜ボイドに吹き飛ばされた先は。
他でもない、解然の闇の眼前だった。
始まりの因縁。
それは、深淵への挑戦であり。
かつて、自身を殺した暴走列車であり。
そして、黒歴史を生み出した自分自身。
さあ、全ての因縁に終止符を打とう。
次回【王の凱旋】
第三章、クライマックス。
 




