325『それは、抗い難い終焉③』
【GOOOOOOOOOAAAAAAAAAA!!】
咆哮と、拳。
僕は両腕を固めて攻撃を防ぐが、それでも抑えきれなかった威力が体内へと突き抜ける。
内臓がちぎれんばかりに悲鳴をあげて、喉の奥から血が溢れ出す。
痛い。
苦しい。
体が寒い。
そろそろ血を失いすぎか。
拳を握るが、以前ほどの力は入らない。
つま先から、感覚が徐々に消えてきている。
限界は……たぶん、もうすぐそこだ。
僕は苦笑し、前を向く。
辛いし苦しいし、嫌になる。
それでも戦意は失せず。
僕の足は、もう止まらない。
「お前を倒す、暴走列車!」
大地を踏み抜き、拳を振り抜く。
暴走列車の頬が大きく陥没し、骨が砕ける。
奴はカウンター気味に食らった一撃に大きく後ずさり、口から血の塊を吐き出した。
「僕は、過去の全てを改変する!」
その為だけに、僕はここに立っている。
その前に、お前が立ちはだかるというのなら。
僕はお前を、容赦なく殺そう。
それがお前の望みだってんなら、尚更だ。
僕は拳を構え、奴へと言う。
昔っから、手加減ってのが苦手でな。
「死ぬほど痛てぇから、覚悟しろ」
さぁ、決着だ。
行くぞ、暴走列車。
これが、僕の全力だ。
☆☆☆
想力を限界まで引き上げる。
無限に消耗できないとさえ思っていた。
その想力を、からっきしまで振り絞る。
「【神域稼働】!」
瞳や腕だけではない、全身の神域稼働。
これは、諸刃の剣もいい所だろう。
正直、この身がどれだけ耐えられるか分からない。
それでも。
「やるっきゃねぇよな、お前を超えるには!」
【GOOOOOOOOOAAAAAAAAAA!!!】
僕は叫び、暴走列車も叫んで返す。
僕は大地を蹴り飛ばし、一気に加速。
暴走列車もまた僕へと向かって加速して。
次の瞬間、僕は奴の頭上へと転移した。
「らァッ!」
かかと落とし、一閃。
近接だけにこだわってきたのには理由がある。
それは、他の【技能】から意識をそらさせる為。
僕の一撃に、咄嗟に奴は両腕を防御に回す。
だが、今日は土曜日。
次元の技能が強化される日だ。
「【暦の七星】!」
攻撃が直撃――する寸前で、連続転移。
奴の背後へと移動すると同時に、拳を放った。
それは、今までとは別格の一撃。
全身を神域にまで高め。
全ての力を総動員し、感情の限りを乗せて放った拳。
それは、奴の意識外から襲いかかった。
【Goa……!?】
――衝撃。
深々と脇腹へと突き刺さる拳。
その体表が波打つように蠢いて。
ぐしゃりと、嫌な音が耳に響いた。
肉を抉る嫌な感触だ。
体内の内臓を破壊し尽くして、奴の眼球や口から血が溢れ出す。
奴の身体は衝撃で浮かび上がり。
一時、くの字にへし折れた。
「まだ、まだァ……ッ!」
僕は二の矢の拳を握りしめる。
もっと、もっとだ神域稼働!
もっと、僕に力を寄越せ!
僕は、拳を全力で握りしめる。
――直後、腕だけでぶん回すような拳が、眼前へと迫った。
「……ッ!?」
あまりにも自然に。
あまりにも大雑把に。
技術もへったくれもない一撃に、僕は回避に移ろうとして。
――ガクリと、膝が落ちた。
「な……!?」
唖然としたのもつかの間、拳が直撃し、僕の体は壁まで吹き飛んでゆく。
大きく壁へとめり込んで、血反吐を吐いた。
「く、くそ……!」
まだ、たったの一撃だぞ……。
こんなんで、限界きてんじゃねぇよ、体!
僕は壁の中から脱出して、大きく息を吐く。
力を集めろ。
多くは要らない。
ただ、拳、1発分で十分だ。
「すぅ……」
深く、大きく、息を吸い込む。
新鮮な空気に、体の細胞が沸く。
今の一呼吸で……少しだけ、回復できた。
それは、ほんの一握りの余力。
されど、決着には十分すぎる力だった。
「決める」
ここにきて、最大の想力行使。
体が端から崩れるような感覚があった。
体は無事でも、感覚が尽く消えていく。
それでも、あと一撃。
それさえ放つことが出来れば、それでいい。
【SHUUUUUUUUUUUUUUUUU……】
ふと、嫌な音がした。
前を見れば、暴走列車の全身から蒸気が溢れだしている。
その総量は、今までで随一。
間違いない、奴もこの一撃で決める気だ。
既に、暴走列車は想力すら尽きかけている。
これだけ異能を行使して。
僕に復讐技能で想力を奪われて。
それでも、今まで戦えていたのが不思議なくらいだ。
体力的にも、想力的にも。
おそらく、暴走列車はあと一撃。
この一撃を放ち終えた段階で、力尽きる。
そう理解ができて。
僕は、笑った。
二年前は、僕の負けだ。
なんにも出来ずに死に絶えた。
誰が見ても明らかな、敗北だった。
……だけど、今は違う。
同じ失敗は、二度としない。
努力を重ねた。反則も使った。
強奪の限りを尽くした。
やれることは、全てやったはずだ。
ただ、既に意識は遠ざかり。
体調も万全には程遠い。
正直、根拠は何一つもないんだけどさ。
不思議と、自信が満ちてくる。
今この瞬間。
本当の意味で、自信満々に胸を張れそうだ。
「僕は強いよ、暴走列車」
そう告げた、瞬間。
暴走列車は、大地を蹴って僕に迫った。
握り締められた、右の拳。
その拳に、かつてないほどの脅威を感じた。
だが、怯むことは何も無い。
前を向いて、大地を踏みしめる。
怖くはないんだ。
本当に怖いことを、もう知っているから。
失う辛さを知っているから。
だから、もう何も怖くない。
前を向いて、拳を振るえ。
自信を胸に。
僕は強いと、教えてやろう。
「【黒歴滅拳】」
僕は、拳を振り抜いた。
その一撃は、暴走列車の拳へと真正面から吸い込まれていく。
圧倒的な重量差。
絶望的な筋力差。
……されど、なんでだろうな。
放った瞬間に勝ったと思った。
拳と拳が、真正面から衝突して。
それでも、硬直したのは一瞬だった。
僕の拳は、奴の拳を粉砕した。
そして――。
「ねぇ、僕を忘れてもらっちゃ困るんだけど」
僕の視界が、ぐるんと歪んだ。
☆☆☆
「………………は?」
理解が、出来なかった。
気がついた時、僕の右腕は肘から先が消し飛んでいて。
顔から血を吹き出した僕は、なんにも分からずたたらを踏み、その場に崩れ落ちる。
膝をつき、片手を着いて。
本能が、完全に倒れるのを拒否していた。
「な、……ぁ、な、ッ」
「か、カイ! ……てめぇ、何しやがった!」
シオンが叫び、僕は全てを理解する。
僕のすぐ近くからは、嫌な男の声がしたから。
「やぁだなぁ。あんな感じの最終決戦、ぶっ壊したくなるのが悪役だろう?」
必死になって、顔を上げる。
と同時に、後頭部を踏みつけられた。
「お、前……!」
【G、OO、A……】
大きな音を立てて、暴走列車が倒れる。
奴の身体はみるみるうちに縮んでゆき、残ったのは、身長二メートル前後の大柄な男性。
傷だらけで、満身創痍。
生きているのかも分からぬ有様だ。
「ナムダ・コルタナ。君さ、もう用済みだからそのままくたばってくれていいよ! だって、コイツに負ける程度の奴、僕の駒としてさえ相応しくないからね!」
怒りが、腹の底から沸き立った。
この男……この男ッ!
なんなんだ、何様だ!
てめぇは一体何がしたい!
僕は必死に男を見上げる。
万死と呼ばれた男は、嘲笑う。
「――あぁ、その表情が、見たかった」
その顔には、満面の狂気が浮かんでる。
僕は歯を食いしばり、拳をにぎりしめる。
想力は、まだまだ残ってる。
だけど……それでも。
抗う為の体力が、欠片も残ってない。
「ナムダとの戦い、凄かったよ、感動したよぉ! あんなに必死になって、すごいすごい! おかげで僕が楽できるよ!」
この男は、暴走列車が僕に勝てるとは思っていなかったのかもしれない。
いいや、違うか。
勝てたのならそれでいいし。
負けたとしても、それでいい。
つまり、どうだっていいんだ。
その根底にあるのは、絶対的な自分への評価。
絶対に自分は敗北しない。
そういう、理由のつかない馬鹿げた自信。
「さぁ、殺そう! 一刻も早く! 君をこの手で殺せると思うと、とっても嬉しくなってしまうんだ!」
男は拳を振り上げる。
その拳に纏われた威圧感は……今までで1番。
全身に突き刺さる純新無垢な殺意が、かつてない気持ちの悪さを覚えさせた。
「か、カイ!」
「御仁はやらせんぞ、外道!」
シオンが叫び、阿久津さんが瞳を煌めかせる。
瞬間、僕の前へと金色の障壁が展開した。
それを見て、万死は表情を引っこめる。
現れたのは、極めて無表情な、ただの化け物。
「……ねぇ、邪魔するなら、お前から殺すよ?」
それは、なんという恐怖だろうか。
まるで、死という概念に形を持たせてしまったような。
そんな塊を、顔面にぶつけられたような。
一瞬で冷や汗すら引っ込むような、強烈で何よりも具体的な死の予感。
「……ゥ、ッ!?」
阿久津さんでさえ、思わず息を飲む。
シオンが歯を食いしばりながら、膝を震わせている。
……やめろ、こっちに来るな。
お前の敵う相手じゃない。
僕は必死に目で訴えるが……分かってる。
分かってんだよ、そんなことは。
お前は恐怖に臆するような奴じゃない。
そう分かってるから、悔しくてたまらない。
「うるせぇ! そいつはオレの子分だ! そして、命賭けても子分を守る! それが親分ってもんだろが!」
彼女は叫び。
僕は、悔しさに歯を食いしばった。
「……なるほど、君も随分気持ち悪い」
男は、シオンへと指先を向ける。
瞬間、背筋が凍るほどの嫌な予感。
「し、シオ――」
僕は叫んで。
シオンの胸へと、大きな風穴が空いた。
「が……ぁ?」
彼女の口から、血が溢れ出す。
やめろ、やめろ……やめろ!
なんで、どうして……!
どうしてお前が、また……!
シオンが倒れる。
赤い血溜まりが広がってゆき、咄嗟に成志川がシオンに駆け寄るが……彼もまた不可視の攻撃に吹き飛ばされる。
「し、シオン! 妄言使い!」
「危ない……ッ!」
叫ぶ阿久津さんと、咄嗟に異能を発動し、攻撃から阿久津さんを庇うポンタ。
彼の肩へと風穴が空いて、その光景に男は楽しげな表情をうかべる。
「ねぇ、見てご覧? 君の大切な仲間たち。赤髪の女の子は一撃死だねぇ。太ってる子も、致命傷だから直に死ぬよ? あの二人は……まぁ、君を殺してから殺すのも一興だろう」
僕は、ただ、目を見開いて彼女らを見つめる。
シオン。
成志川。
血溜まりの中に倒れる二人に、絶望すら垣間見た。
……また、僕は守れなかったのか?
また、目の前で取りこぼしたのか。
救えたはずの、大切な命を。
拳を握る。
限界まで歯を食いしばり、男を睨む。
「――ぶっ、殺す!」
「あはっ! きもちわるっ!」
男は再度、拳を振りかぶる。
その光景を前に、僕は、再確認した。
男の異常性を。
この男へ抱く、僕の殺意を。
もう、いい。
この男は、僕自身の手で殺すことは諦めた。
ただ、あらゆる手を使って抹消する。
たとえ、僕の命と引き換えになったとしても。
この男は、何がなんでもぶっ殺す。
僕は、阿久津さんへと視線を飛ばす。
彼女は、必死に僕へと手を伸ばしていて。
「そいつらのこと、頼む」
瞬間、僕の視界が切り替わる。
それは、転移特有の現象だった。
ただ、普段と異なるのは。
今回は、万死も転移に巻き込んだこと。
「………………は?」
男は、見ず知らずの光景に目を見開く。
そこは、薄暗い空間だった。
光射すことはなく。
ただ、壁際の青い炎だけが道標。
闇より深く、黒より暗く。
見ているだけで引き込まれそうな巨大な扉が、目の前にそびえたっていた。
男は、その扉を振り返る。
僕は、笑った。
「あぁ、覗いておいて良かった」
ここは、深淵最下層、最終エリア。
一番最後の、扉の向こう側だ。
【汝、我が王に仇なす者か】
それは、声だったのだと思う。
万死は勢いよく扉の反対側を振り返り。
次の瞬間、僕の前から消えていた。
衝撃が、少し遅れて吹き荒れて。
扉の方から、異常な破壊音が響き渡った。
「くく、は、はははっ!」
僕は、笑わずには居られなかった。
扉の方へと視線を向ける。
そこには、一撃で瀕死の重傷を負った万死の姿があり、彼は僕の向こう側にいる化け物を見て、身体を震わせた。
「な、なんだ……! なんなんだよ、その化け物は! ありえない、ありえない……ッ!」
ざまぁみろ。
恥を承知でそう叫ぼう。
お前が馬鹿にしたもの。
お前が惨めと嘲笑ったもの。
お前が傷つけ、お前が手を下したもの。
決してそれらは、易くない。
どいつもこいつも、僕の命よりも大切なもの。
大切な、仲間たち。
そいつらに、手ぇ上げて。
「お前さ……生きて帰れるとは思うなよ」
僕は、大の字に倒れて頭上を見上げる。
そこには、一体の竜が佇んでいた。
「【深淵竜ボイド】」
その名を呟くと同時に、赤い瞳が僕を見下ろす。
僕は死を理解した。
なので、せめて最期は笑って死のうか。
「またな。先に死んでるぜ、クソ野郎」
巨大な一撃が、僕の体を吹き飛ばす。
それは、抗い難い終焉だった。
僕はその時、その瞬間。
2度目の死に、対面した。
さぁ、クソ野郎。
抗えるもんなら、抗ってみやがれ。
コイツは僕の――灰村解の、最高傑作だぜ。
次回【三者集いて】
此処までなら、バッドエンドに他ならない。
だから、ここから先は――その先を描こう。
まだ見ぬ終わりへ導く、冥府の物語を。




