324『それは、抗い難い終焉②』
殺しは悪で。
殺しは救いだ。
幻聴だろうがなんだろうが。
助けが聞こえた。
なら、僕は助けるだけだ。暴走列車。
殺す、と。
そう宣言されて、僕は笑った。
心が痛い。
嫌でも蘇る、最期の光景。
僕はここで、死ぬのかもしれない。
そう理解した瞬間、恐怖が僕を飲み込んだ。
だけど。
背中に感じる、仲間の視線が。
仲間の気配が、僕の背中を支えてくれる。
僕は、無理やりに笑うのだ。
ここで笑わずして、いつ笑う。
前を向け、自信を胸に。
僕は強いと、言い聞かせ。
拳を握って、足を踏み出せ。
「――上等。殺せるもんなら、殺してみやがれクソ野郎!」
僕は言って。
万死の顔が、嫌悪にゆがんだ。
「お前、本当に気持ち悪いよね。さっさと死ねよ」
瞬間、僕の体が弾き飛ばされた。
否、殴り飛ばされた。
視認も出来ず、理解も出来ず。
ただ、痛みと衝撃だけが教えてくれる。
――今の暴走列車は、視認することも難しい。
その、絶望的なまでの実力差を。
「……だけどッ」
僕は歯を食いしばり、前を向く。
……かつて、絶望を知った。
何も出来ない無力さを知った。
あっけなく死んで。
あっけなく、殺されて。
救えたはずの命を取りこぼし。
泣いて、絶望して、何度も何度も自分を責めて。
その度に、努力して立ち上がってきた。
もう、絶望なんてし尽くした。
死ぬ恐怖なんて、取りこぼした時の恐怖に比べればどうってことは無い。
下を向くな……後ろを見るな!
前を向け、足を踏み出せ!
前だけ見据えて、走り出せ!
目標なんざ、分かってるだろ!
僕がすべきこと、やらなきゃいけないこと!
そのために頑張ると心に決めた。
なら、頑張れ!
頑張るしか能がないだろ、凡人よ。
なぁ、凡庸。
お前は普通で、特別にはなれないだろう。
天才には及ばず、努力する天才には一生及ばないかもしれない。
それでもさ。
努力しなきゃ、そいつらとは渡り会えない
下を向いてる暇はないぜ、凡庸よ。
ここで頑張らなくて……どこで努力するってんだ?
「全部……ッ! 全部まとめてぶっ潰す! その覚悟でここに立ってんだよ……!」
僕は叫び、血反吐を吐き捨てる。
暴走列車が、大地を駆ける。
瞬間、奴の身体が僕の視界から消え失せて。
と同時に、僕の眼球が熱く燃えた。
それは、なんの比喩もない現実。
限界を超えた活性SSが、僕の想力に反応し、異常稼働を超えた場所へと視力を連れてゆく。
眼球から炎が上がり。
暴走列車の姿が、瞳に映る。
僕は首を傾げ。
次の瞬間、暴走列車の拳が穿った。
【……!?】
頬に一筋のかすり傷。
されど、それは僕の頬に付いた傷ではなく。
暴走列車の頬についた、傷跡だった。
奴は驚いたように僕を見下ろす。
僕の右脚は、やつの顔面のすぐ隣へと振り抜かれていて、やつは咄嗟に距離を取る。
【GOOAAA……!】
初めてじゃないか、そんなに警戒してるのは。
僕は拳を握りしめ、脚を下ろす。
僕は両の瞳を朱く燃え上がらせて、男を見上げた。
「【神域稼働】」
名付けるならば、きっとその名が相応しい。
たぶん、今の僕には見えないものはないと思う。
限界のさらにその先へと到達した活性と、神眼の技能。そのふたつが相まって……暴走列車、今のお前ですら止まって見えるよ。
「……教えてやるよ、暴走列車。……いいや、SS級異能力者、ナムダ・コルタナ」
僕は拳を、奴へと構える。
以前はお前が教えてくれたな。
今度は、僕がお前に教える番だ。
「これが、抗い難い終焉だ」
約束をここで破ろう、暴走列車。
お前は、ここで倒すよ。
この、僕が。
☆☆☆
その姿を見て。
素直に、すげぇと思った。
「す、凄い……!」
隣のナルシスト野郎が言っていた。
アクツも、変な生き物も動けずにいる。
それは純粋に。
あの戦いに、入っていけないからだ。
昔はあんなに弱かったのに。
今じゃ、俺らが見ることもできねぇ化け物と、平然と殴りあってやがる。
オレは心のどこかで理解していた。
あの野郎は……もう、オレより強い。
そう理解した瞬間、なんでか、泣きそうになった。
もう、泣くことはねぇと思ってたのに。
この目を潰された時に、空し尽くしたと思っていたのに。
オレは、何だか悲しくなった。
それは、アイツが子分を辞めちまうと思ったからか。
アイツに追い越されて、悔しかったからか。
いつの間にかオレより努力していたことに、気づけなかったことか。
――いいや、違う。
「……か、カイ……!」
おい、お前。
その力……大丈夫じゃねぇんだよな?
そうだ、そんなはずがねぇ。
だって、考えても見ろよ、お前。
その暴走列車、今にもぶっ壊れそうなんだぜ?
想力が暴走してる。
筋肉がついていけずに壊れてる。
加えて回復能力まで消えていて。
……もう、異能を発動できるだけの精神力も残っちゃいねぇだろ。
その男でさえ、その域に達して戦うには、強奪の異能と、体の破壊を伴ってる。
……そうだよ。
暴走列車でさえそんなに失ってんだ。
なら、お前は何を失う、ってんだ?
奪っただけの力を、いきなり全力で使って。
その力は、お前の体に馴染んでねぇんじゃねぇか?
あるいは……人間が使うには、あまりにも、大きすぎる力なんじゃねぇのか。
「なぁ、カイ!」
オレは叫んだ。
目ん玉を燃やして。
身体中から血の蒸気を上げて。
……オレは、お前を見ると悲しくなる。
まるで、お前が死んじまうんじゃないかって。
そう、心配になってくる。
☆☆☆
「はぁぁぁぁぁああ!!」
僕は殴った。
全身全霊、力と気持ちの限りを込めて。
両の拳から朱き炎が吹き上がる。
痛てぇ、クソ痛てぇ!
発動してるだけで骨が碎ける!
血が吹き出して、破壊に回復が間に合わない!
異常稼働とは比べ物にならないダメージ。
そして、激痛!
正直、やばい。
これは耐えられないタイプの痛みだ。
体が許容しない類のもの。
――だけど。
だけどさぁ……こんなもん屁でもねぇよな。
お前に勝つには、これくらい。
お前に並ぶには、この程度の痛み……ィ!
「クソ喰らえ、だッ!」
痛みを噛み締め、押し殺し。
拳を限界まで強く握って、痛みを堪える。
そして、拳をそのままぶっぱなす!
「【黒歴滅拳】!」
僕の拳は、暴走列車の顔面を打ち砕く。
奴の首からミシミシと嫌な音が響き。
次の瞬間、僕の腹へと衝撃が突き抜けた。
「が……!?」
見下ろせば、奴の前足が僕の腹に深々と突き刺さっていた。
ここにきて、鋭い痛み。
何故こんなにも痛いのか。
耐えられないほどの激痛に顔が歪み、そんな僕の頭へと、暴走列車は拳を振り下ろす。
【GOOOOOOOOOAAAAAAAAAA!!】
「ぐぅ……!?」
衝撃。
頭がかち割れ、頭蓋が碎ける。
と同時に回復が始まり、全てが逆再生のように戻ってゆく。
僕は拳と地面に押し挟まれながら、傷を全快させて男を見上げる。
「こな、クソがァ!」
押し潰してくる腕へと、膝蹴り。
奴の右腕をへし折ると、弱まった勢いに脱出。距離をとって息を整える。
「はぁっ、はぁ……はぁっ」
「おや、息が上がってるじゃないか。どうしたのかな?」
「うるせぇ! お前は黙ってろ!」
話しかけてきた万死を黙らせ、僕は汗を拭う。
信じられないほど膨大な汗。
拭った服の袖を見れば……僕の袖は、大量の血液で真っ赤に染まっていた。
「…………ったく」
嫌になるな、本当に。
僕は思わず苦笑すると、暴走列車は折れた右腕を無理やりに直し、両拳を握りしめて吠えた。
【GOOOOOOOOOAAAAAAAAAA!!!】
その咆哮を前に、僕は息を吐く。
姿勢を前に、体は脱力。
無駄な力を極力消して、視力に想力をつぎ込んだ。
「さぁ、来い」
僕は言って。
暴走列車は、大地を駆けた。
肉体が脈動する。
マグマのような肉体が躍動する。
凄まじい威圧感。
それを前に引きそうになる体を留めて、拳を握る。
その動き、その未来。
今のこの目なら、全て見える。
僕は、右前方へと拳を振るう。
それは、何も無い空間へと放った一撃。
されど直後、拳を振るったその場所へ、吸い込まれるように暴走列車が突っ込んでくる。
【GA……!?】
鮮血が吹き上がり、暴走列車の顔が歪む。
奴は僕を睨む……と同時に、その横っ面へと回し蹴りを叩き込まれた。
再びの流血。
奴はたたらを踏んで後ずさり、僕は着地し、前を見すえる。
「…………フゥ」
「……厄介だね、動きが変わった」
万死が青筋を浮かべて呟いて。
暴走列車は、僕へと拳を振り下ろす。
ので、僕は完璧なカウンターを叩き込む。
奴の拳が、後頭部の髪を掠ってゆく。
僕の拳が、奴の心臓部へと叩き込まれた。
寸分たがわず心臓の位置。
奴は大きな衝撃に、一瞬、動きが止まる。
その瞬間、僕は両手を奴の胸に当て、深呼吸した。
「【消滅】」
瞬間、崩壊が加速する。
奴の心臓部を中心として、大部分が塵と化す。
奴は致命傷の寸前でその場を飛び退き、なんとか一撃死を免れたようだが……今のダメージは隠せまい。
【GA……!】
「どうした怪物、その程度か」
そう口を開いて、間もなく。
僕の口の端から、血が滴った。
僕は咄嗟に、袖で口を拭う。
されど、僕の衣服は既に血塗れ。
真っ赤な血の跡を口周りに残しただけに終わる。
僕は思わず顔を顰めて。
万死は、僕を見て嘲笑った。
「聞いてもいいかなぁ? あと、何分くらい生きてられるの?」
その言葉に、仲間四人へと緊張が走る。
……うるせぇ野郎だ、そういうのは言わないのがお約束、ってやつだろうが。
僕は、四人へと視線を向ける。
珍しいな……シオンが泣きそうな顔してやがる。
「か、カイ! てめぇは……!」
シオンは叫び、僕は儚く笑う、
……この力を使った瞬間に、理解した。
いいや、使う前から分かっていたのかもしれない。
そも、血の蒸気なんていう時点で、人体には害ある力だとわかってた。
その、異常稼働の更なる強化版。
神域稼働。
――これは、僕の命を縮める力だ。
人の身で神の力を行使して。
……それで、無事で済むとは思っちゃいない。
それを、シオンも直感していたのだろう。
彼女は、僕へと向けて駆け出そうとして。
「シオン、ライアーッ!」
「……ッ!?」
僕は叫び、その一歩を制止した。
彼女は目を見開いて僕を見て。
僕は、シオンに対して拳を向けた。
「お前は……僕の親分だろうが。なら、信じて待っとけ。僕は必ず生きて戻る」
なーに不安がってんだよ。
お前らしくない。
僕は大丈夫。
絶対に死なない。
だって、まだ夢を叶えちゃいないんだからな。
僕は空を見上げて、考える。
さて、これでもまだ、言葉不足だろう。
ならば、どうすればシオンを説得できる?
そう考えたら、すぐに言葉は飛び出してきた。
「それとも……なにか。お前は、子分を信じることも出来ねぇ玉無しか?」
僕はそう、挑発する。
彼女は大きく目を見開いて。
すぐに笑って、涙を拭いた。
「うるせぇ! タマナシはてめぇだ!」
その言葉に、僕も笑って前を向く。
「お前だろうが、クソ女」
そう呟いて、拳を握る。
……さて、暴走列車。
お前が殺されるのが先か。
僕が自滅するのが、先か。
いずれにしても、あと数分でケリが着く。
僕とお前の、腐れ縁。
始まりの因縁。
いい加減、終止符を打とうじゃねぇか。
僕は拳を構える。
暴走列車もまた、拳を構えて。
そして、二人同時に大地を蹴って、駆け出した!
命を削る。
それが、凡庸にできる唯一の方法。
お前に並び立つための、最期の手段。
あと数分。
思う存分殴り合おうか、ナムダ・コルタナ。
そんなに死にたいなら、僕が終わらせてやる。
お前にとって、僕が希望で。僕が終焉だ。
次回【それは、抗い難い終焉③】




