319『対峙』
時は少しだけ遡る。
強風が吹きすさぶ屋上。
銀髪の女性は、男の首へと刀を突きつけた。
「喋るな化生」
その女性――悪魔王、阿久津真央は、殺意を瞳に宿して男を睨む。
刀を握る手へと力を込める。
それを見て、男は困ったように両手をあげる。
「やめてくれよ悪魔王。君と僕の仲だろう?」
「……私と貴様は初対面だ。……まぁ、初めて会った気はしないがな」
そう言って、阿久津は情け容赦なく刀を振るう。
その首が切り落とされる。
鈍い感触が手に残る。
だが、その首は切り落とされてもなお、笑顔を浮かべて喋っていた。
「うわぁ、おどろいた。いきなり首を切って来るなんて。君はあれかだなぁ。もうちょっと牛乳を飲んだ方が」
「黙れ」
阿久津は刀を振るう。
瞬間、その頭部は細切れとなって消えてゆくが……それでも、その声が途切れることは無かった。
気がつけば、体が消えている。
振り返れば、無傷に戻った男が立っている。
「怖い怖い。でもって、悪魔王。これでも僕は悪いことをしている実感が無くてね。何をそんなに怒っているんだい?」
男は笑顔を浮かべて問いかける。
しかし、その視線は直ぐに下の方へと向かった。
その方向には、地下格闘技戦【夜飛び】の試合会場がある。
阿久津は忌々しげに歯を食いしばると、刀を腰の鞘へと戻した。
「怒る、か。敷いて理由をあげるなら……暴走列車。アレの背後には必ずお前の姿があった。薄紫の髪をした、派手な和装の男」
阿久津は、この2年間、暴走列車について調べ尽くした。
某国出身の、どこにでもいる平凡な男。
ナムダ・コルタナ。
彼がいかにして【ああなった】のか。
それを調べた。調べ尽くした。
それでもなお、答えは出てこなかった。
ただ、ある日突然姿を消して。
次に観測されたその時には、暴走列車へと成り果てていた。
そして、その折に。
必ず、一人の男の姿があった。
「人間ではない何者か――【万死】と、そう名乗っているそうだな」
その言葉に、男の視線が阿久津へと向かう。
「正確にはちょっと違うけれど……それで、君はどうしたいんだい?」
「なにも。ただ、貴様が2年前のあの事件に関わっていると言うのなら――」
彼女は、再び刀へと手を伸ばす。
そして、ゾッとするほど冷たい瞳で、告げる。
「――ここで殺す。御仁のために、貴様は邪魔だ」
それは、一種の崇拝に近い。
彼女は、彼と解然の闇が同一人物であるとは思っていない。
それでもなお、本能のさらに奥の部分。心のどこかで、灰村解という少年に、尊敬とも崇拝とも呼べる、何らかの感情を覚えていた。
故の、2年間。
故の、執念。
敵討ち。
その為だけに2年間を費やした彼女の今。
それを前に、男は笑う……ことは無かった。
ここに来て初めて見せた、不機嫌な顔。
それを見た瞬間、阿久津の背筋に寒気が走った。
「……やっぱり、気に入らないなぁ、灰村解」
男は呟き。
冷や汗を流す阿久津は……次の瞬間、勢いよく頭上を見上げた。
それは、直観的なもの。
1度は対した彼女だからこそ分かる感覚。
「ま、まさか……! 御仁ッ!」
阿久津は叫び、そして、化け物が舞い降りる。
落ちた先は、倉庫の一つ。
ちょうど、戦いが行われているその場所だった。
阿久津は咄嗟に走り出し。
男は、嘲笑を浮かべて呟いた。
「さぁ、ショータイムを始めよう」
☆☆☆
心臓が、強く鳴った。
心に影を落としたのは、トラウマか緊張か。
冥府で対した偽物じゃない。
幾度となく夢に見た、2年前の男じゃない。
正真正銘――僕の知りうる【最恐】。
「――暴走列車。ナムダ・コルタナ……!」
【GOOOOOOOOOAAAAAAAAAA!!】
咆哮が響き、大気が震える。
会場全体へと尋常ではない衝撃が走る。
頭上から【ピシリ】と嫌な音がして、僕は勢いよく頭上を見上げる。
そこてみたのは、暴走列車が突き破ってきた穴を中心として、崩壊していく天井だった。
ここは地下。
もしもあれが全て落ちれば……生き埋めなんて生温しいことにもならないだろう。
全員、死ぬ。
そう理解した瞬間、僕は動いていた。
「【渦】!」
頭上へと手を掲げ、崩壊する天井を全て飲み込む。
前を見る。
眼前へと、暴走列車の拳が迫っていた。
「――ッ!」
こ、この野郎……いきなり奇襲かよ!
少しくらいは待ってくれてもいいだろうに!
僕はそう考えつつも、焦りはなかった。
「頼むぞ、シオン」
「おうよ!」
暴走列車の拳が鼻先に触れ。
次の瞬間、奴の体は巨大な炸裂音と共に吹き飛んでゆく。
音の方向へと視線を向けると、全身から大量の銃火器を召喚したシオンがいた。
暴走列車は空中で姿勢を整え、唸るように彼女を睨んだ。
【GOAAAAAA……】
「久しィじゃねぇか、なぁ、暴走列車! 覚えてるよなぁ、その顔は! てめぇが殺したこのオレ様を!」
彼女は叫び、獰猛に笑う。
僕は上空の瓦礫を全て飲み込むと、僕の肩へとポンタが飛び乗ってきた。
「また……思いつく限りいちばん面倒な敵が出てきたぽよな」
「あぁ、ホントだよ」
ポンタの言葉に、僕は拳を握ってそう返す。
「ダメもとで聞くが、六紗は?」
「海外に行ってるぽよ。お偉い大統領と会談らしいぽよ」
「……阿久津さんは」
「今日は張り切って家を出てったぜ!」
なんてタイミング!
僕の知る中で、最強の2人が不在とか!
僕は頭をかくが、居ないもんはしょうがない。というか阿久津さん! 指名手配犯が張り切って家を出ていくんじゃないよ!
「……けどまぁ、十分か」
僕はそう、口にした。
その声に、3つの笑みが返ってきた。
僕の肩で、ポンタが呟く。
「こいつには……優ちゃんを傷つけたって罪があるぽよ。2年前のようにいくとは、思わない方がいいぽよ」
僕の隣に、シオンが立つ。
「なはははは! 行くぜカイ! まさかとは思うが、コイツ相手に手ぇ出すな、なんて言うんじゃねぇだろうな!」
逆の隣へと、成志川が並んだ。
「よく分からないけど……この男、灰村くんの敵、ってことでいいんだよね。――なら、僕が殺しても問題ないか」
僕は彼らを見渡して。
思わず笑んで……想力の限りを込めた。
やっぱり、こいつらを連れてきてよかった。
暴走列車を前にしても、こんなにも心強い。
「あぁ、行くぞ、三人とも」
僕は呟き、異能を用いる。
「【暦の七星】」
「【我、征服の獣なり】」
「【死搭載の我が身】」
「【妄言此処に極まれり】」
銀色の渦が浮かび上がり。
征服王が、かつての姿を取り戻す。
少女の全身が凶器に染まり。
空間を、金色の太陽が包み込む。
それを前に、暴走列車は拳を握る。
「……やろうか。2年前の続きを、今此処で」
2年前は、為す術もなく殺された。
なんの反応も出来なかった。
……なんの、準備も出来てなかった。
だけど、今は違う。
2年間、お前を忘れた日はないよ。
どんな苦行も修行も、過去改編とお前へのリベンジを思えば……苦にもならなかった。
今まで鍛えて、積み上げた集大成。
仲間……と言いたく無い野郎も居るが。
それでも、お前に殺され、出会い、戦い、隣に立ってるこいつらと。
全てを総動員して、お前に挑もう。
「リベンジマッチだ。首を差し出す準備はいいか」
僕はそう告げて。
暴走列車は、大地を蹴った。




